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暁光はまだ 1

 満尋は門前の塀に寄りかかって、勘吉、十壱を待っていた。三人で町の見回りに行くためである。肩透かしのような初仕事の後は、ずっと安全な仕事が続き、賊の洞を三人ずつで見張るローテーションを回しながら、近場の町の依頼で、見回りや門番などをこなすことが日課となっていた。

 宇木衛門が懸念したとおり、春日部幸望公が領主となってから領内の政治は悪い方へと傾き、町の防衛のために駐在していた兵は城下へと集められた。彼らを呼び戻すには、莫大な金を役人に渡さねばならず、それができない町や村はたちまち悪党の餌食となった。そんな中現れた鵟衆は、彼らにとってまさに救いの光である。もちろん金は払ってもらうが、役所に渡す額に比べればとても良心的だろう。

 今日行く町は、満尋が初めて宇木衛門に会った真田(しんた)町だ。内心複雑ではあるが、仕事だと割り切って見回りに専念することにする。後は、町の人が自分のことを忘れているよう願うばかりだ。

「お、満尋。良かった、いつも通りだな。心配したんだぞ」

 門のところで、およそ四日ぶりに会う先輩衆徒が声を掛けてきた。馬から降りた彼は、手綱を引きながら満尋を見て相好を崩した。四日前、初めて見る人間の死体に、真っ青になって返ってきた満尋をひどく心配してくれたのだ。次の日の早朝、彼は仕事で明鵠寺を離れてしまったが、その間もずっと気に掛けてくれていたようだ。「おかげさまで」と笑顔で返すと、「そうか、そうか」と満尋の背中を叩いて厩の方へ向かっていった。

 正直、こんなに早く気持ちを切り替えられたのは、伊月のお陰である。きっと、あの時『影映り』をしないまま布団に入っていたら、間違いなく自分は悪夢に侵されていただろう。あの夜、上手く気持ちを紛らわせることができたお陰で、満尋はなんとか立ち直ることができていた。

 しかし、昨日の『影映り』は少し伊月にきついことを言ってしまったかもしれない。というのも、彼女が元の世界へ帰れると簡単に言い出したからだ。帰りたい、という気持ちは分かる。自分だってそうだ。もし鵟衆に出会う前に帰る方法が有ると言われたら、間違いなく満尋はその方法で現代に帰っただろう。でも、実際はそんなこと言われなかったのだ。これをしたら帰れるだとか、何か役目を果たせば戻れる、なんて条件は自分たちには無かった。そんな自分たちが帰る方法を見つける、という行為は、暗闇の中を手探りするようなものだ。何を探せばいいのか、何処を探せばいいのか、まったく検討がつかない。

 伊月は帰る方法は絶対にある、と言った。ここに来ることができたのだから、帰ることも可能だ、というのが彼女の言い分だ。だが、いつ帰れるかも分からない、そもそも帰る方法があるのかすら分からない。そんなものに、伊月は自分の一生を全て捧げるつもりなのだろうか。

 ギリシャ神話のパンドラの箱。あらゆる災厄を閉じ込めた箱の、最も奥にしまわれていたのは「希望」だった。多くの本では、希望があるから安心して、というニュアンスで書かれていたが、満尋は以前から別の解釈の方が自然だと思っている。

 「無いことの証明は不可能だ」と自分は彼女に言った。どこかで区切りを付けなければ、疲れきって、そして壊れてしまう。箱の中には災厄しか入っていないのだ。それに気付いて欲しくて、多少強く言ってしまったけれど、彼女は分かってくれただろうか。

 『影映り』は月の満ち欠けに左右される。欠け始めた月の影響で、伊月の顔は今までのようにはっきりとは映らなかった。もしかしたら、ノイズ交じりの水面の向こうで、泣いていたかもしれない。


「――悪いな、遅くなった。……なんだ、また湿気たツラして。腹でも下したのか?」

「……違う。なんでもない、ちょっとした考え事だ」

 無意識に表情が暗くなっていたのだろう。走ってやって来た勘吉が満尋の顔を覗きこんできたが、大丈夫だ、と微笑む。大丈夫だ。自分も、きっと伊月も。

「真田町かぁ、俺はまだ行ったことねぇんだよな。結構大きかったら三人で回るの大変だよな。――あ、おおーい!! 遅ぇぞ十壱ぃ!!」

 誰かが走りよってくる音がしたな、と思ったら十壱だったようだ。まだ、こちらと少し距離のある十壱は「すみませーん」と、言いながら走ってくる。近づくにつれ、彼の長い髪の毛が、動きに合わせて右に左に大きく揺れるのが見えた。やはり、髪は短い方がいいのではないだろうか。

「遅くなってすみません。……行きましょうか」

 三人揃ったところで、腹に褐色の帯を巻く。これで良し、と皆で頷いて門の外に出た。山の中にある明鵠寺は、一歩外へ出たら延々と坂道である。傾斜はきつ過ぎず緩過ぎず。落下防止の柵も何も無い山道を下っていく。少し道端に目を向ければ、白や黄色、紫といった秋の花々が、控えめながらにも美しく咲いている。あまり花には興味が無かった所為で、名前が分からないのが残念だ。

「そうだ、勘吉。町の規模だけど、たぶん中くらいじゃないか? 三人で回るなら、丁度良いと思うぞ」

 鵟衆に入る前は、いろんな町や村を転々としながら、その中を走り回っていたのだ。真田町も、だいたいの所は回ったことがあるはずだ。少し記憶を遡って、町内の地図を頭に描いていると、その隣で勘吉と十壱は目を丸くしていた。なぜ、そんな顔をされたのだろうと、訝しげに見ると、二人はばつが悪そうに苦笑した。

「悪い悪い、ここでも世間知らずを発揮するかと思ってよ」

「もしかして、以前住んでいたのですか?」

 勘吉の言うとおり、あまり説明する側に居なかったので気持ちは分かるが、はっきり言ってくれる。そろそろ世間知らずではなくなっている筈だ。そして、十壱の質問にはなんと答えればよいか。確かに住んではいたが、明らか歓迎はされていなかったし、それ以前に定住していた訳ではない。とりあえず、「立ち寄ったことがあるだけだ」ということにしておいた。

「じゃあ、案内はお前に任せるな」

 その言葉にこくんと頷いて、町がどんな様子だったかを思い浮かべる。町人たちの般若のような顔を記憶から追い出して、町の地理を思い出すことだけに専念した。


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