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異世界に行ったら人違いをされた。「堕天使トモゾー」って名乗っていたヤバい奴はオヤジだった。

掲載日:2026/05/28

家が燃えた。

ばあちゃんの不注意による火事は、数時間にして俺の全てを消し去ってしまった。

奇跡的に焼け残った浴室のドアを何気なく開けると、何故か異世界に迷い込んでしまい、ヤバい通り名のヤツに間違えられる。

「堕天使トモゾウ?」何だそりゃ?

ありえねーと思っていたら、それは父ちゃんの事だった。

トモゾーに間違えられた俺の異世界旅行


その日は異常なくらい運が良かった。

通勤電車は運良く座れ、企画書のコンペでは勝ち抜き、パチンコでは大勝ちをした。

タバコを吸いながら、1日の終わりを実感する。

サイコーだ。

街中の喫煙スポットで、ネオンを眺めながらこれからどうしようか考える。


キャバクラもいいよなぁ。

でも高級寿司も捨てがたい。

隣で2本目を吸う後輩を見る。

「これからどうする?」

滅多に吸わない紙巻きタバコを出して火をつけた。

スーツに匂いがつくから普段は吸わないけれど、生きている実感が欲しい時に吸いたくなる。


「守谷さん。今日めっちゃツイてるんで、守谷さんチョイスでいいっすよ」

「佐野はさ、肝心なところで帰るからなぁ。最後まで付き合えよ?」

「当たり前じゃないすか」

「俺、31歳にして人生の絶頂かもしれない」

「何言ってるんすか。今は序章っすよ。俺も守谷さんに続くんで、2人で業界トップに上り詰めましょう」

佐野の軽口を聞いて大笑いする。


定時で退社して、その足でパチンコに行ったから、まだ7時半。

キャバクラには早いか?

腹も減ってきたしなぁなんて考えてはみたけど。

結局、すぐにキャバクラに入った。

いい酒を開けて気分よく飲む。


一杯目を胃に流し込んだ時だった。

ポケットに入れていたスマホが振動した。

誰からだ?


画面をチラッと見ると、「姉」となっていた。

なんだよこんな時に。

普段、電話なんてしてこない姉からの着信に若干の違和感を覚えながらも、楽しい事に水をさされたくないので無視を決め込む。

が。

ずっと鳴っている。


切れたと思っても、またすぐに電話が鳴った。

また切れて、また鳴る。

10分間、ずっと電話が鳴りっぱなしだ。

なんだよ。

「ちょっと電話してくるわ」

そう言って外に出て、電話に出る。


「もしもし?」

「やっと出た!」

姉の第一声はかなり緊迫した声だった。

「ねーちゃん、どうしたの?」

ちょっと面倒くさそうな声を出す。

そんな焦る物事なんて、この世にいくつもあるわけではない。

「大変なの!いえがもえたのよ!」

言っている意味がわからずに、頭がフリーズする。

「は?何言ってんの?」

「だから!家が、燃えたの」

「意味わかんないんだけど。誰かと揉めて、ネット炎上したって事?」

「違うの。おばあちゃんが、石油ストーブをつけたまま出かけちゃって」

「は?もう春だし、外は20度近くあるのに?」

「朝、寒かったみたいよ。お母さんが仕事行った後、石油ストーブつけたまま出かけちゃって、家が全焼したの」

意味がわからなくてフリーズする。


「家が燃えたって…ぜん…ぶ?」

「全部よ!」

ねーちゃんの声が啜り泣きに変わった。

「私の漫画も、推しグッズも全て!全部よ!総額500万円!」

ネーチャンの叫び声が大きすぎて、音が割れてちゃんと聞こえない。

「自分の部屋を趣味に全振りして、ディスプレイにも拘って、間接照明も付けて。あーーー!!!!」


確かに、ねーちゃんの部屋は推しのアイドルのポスターだらけだった。

アクスタも、ツアーグッズも、DVDも、全部綺麗にディスプレイされていた。


俺も、都内の一人暮らしの部屋には多少の漫画しか置いていない。

集めたものは全部実家に……。

実家に?


ねーちゃんの部屋が燃えた。

と言うことは、俺の部屋は?

「俺の部屋は?」

啜り泣くねーちゃんに聞く。

「アンタの部屋も燃えたわ」

静かな声で、はっきりと聞こえた。

その言葉を聞いた瞬間、世界が無音になった気がした。

部屋が燃えた?

大量のフィギュアに、漫画。

趣味グッズ全てがあの部屋にある。


「は?意味わかんないんだけど」

頭の整理がまだ追いつかない。

「おばあちゃんは、出かけていて無事。お母さんも仕事に行っていたから、誰もいなくて怪我人はいないんだけど。全て燃えちゃったの」

生まれた時から住んでいた家。

どうなってるんだ?


「とーちゃんには伝えたの?」

「お父さん、今、海外の遺跡の発掘で…。来週帰国予定なんだけど、僻地すぎて連絡つかないのよ」

父ちゃんの仕事道具や、研究のメモも沢山あったはず。


「今晩どうすんの?」

「叔父さん家に泊めてもらうわ。おばあちゃんは泣き止まないし、お母さんはショックでフリーズしているから、私がしっかりしないと」

低い声の姉になんて声をかけていいかわからない。

「明日、土曜だし。とりあえず実家帰るわ」

それしか言えずに電話を切る。


この後、キャバクラに戻ったら、後輩の佐野がキャバクラのオネーちゃんとイチャついていた。

気分はドン底で、楽しむ気持ちになれない。

「俺、腹痛くなってきてさ。今日帰るわ。支払いはこれで」

佐野に5万円渡してすぐに店を出た。

俺も楽しみたかったけど、もう気分はドン底。

電話を受ける前までの絶頂点からの奈落の底は、ジェットコースターすぎておかしくなりそうだ。


なんで電話に出ちゃったかな。

電話に出なければ、今日一日最高な気分のまま終われたのに。


俺の部屋どうなってるんだろう。

ねーちゃんからは全部燃えたって聞いたけど、何か燃え残っているものがあるなら少しでも多く発掘したい。

火元は居間だから、俺の部屋は一番遠い。

きっと何かしらはあるはずだ。


明日は車で行ったほうがいいだろう。

ネットでレンタカーを予約する。

24時間のレンタカー会社の車が、日付を跨いだ3時からレンタル可能になっていたので、3時に予約した。

運良く、歩いて5分のところの軽自動車を予約できた。

金曜の夜に、土日のレンタカーの予約ができるのは運がいい。

しかも、軽自動車だから安い。

辛うじて俺の運はまだ尽きていないのかもしれない。

これなら、部屋の物が残っているのも期待できる。


本当は眠らずに行きたいけど、事故ったら元も子もない。

目が覚めたらすぐに借りに行こう。

焼け跡から見つけた物を持ち帰りたいけど、この家にはまだスペースがないし、軽に積み切れないくらい見つかるかもしれないし。


そうだ。幼馴染の瑛太に軽トラを借りよう。

アイツの家は農家で、軽トラは複数台ある。

繁忙期しか使わない倉庫を一時間借り出来たら最高だ。

そんな事を考えながら無理矢理寝て、朝起きたら4時だった。


やっぱりあんま眠れなかった。

火事現場を歩くから、普通の靴ではダメだよな。

服も汚れるかもしれない。

2泊3日の着替えを持ち、アウトドア用の服を着る。

去年、会社の同僚とキャンプをするときに、張り切って買った服と靴。

それからテントを出した。

アウトドア用品を詰めたまま、中身を入れ替えしていない鞄を出す。

なんでも入っているからこれがあれば大丈夫だろう。

田舎の一軒家で、近くの駅前にもホテルはない。

だから、テント泊になるかもしれない。

運が良ければ、隣町のビジネスホテルに泊まれるかもしれないけれど、有名な古木の桜が見れる地域だから、ホテルに泊まるのは難しいだろう。

でも、都内の桜はもう散りかけだからなんとかなるかもしれない。

古木の桜も散りかけのはずだ。

ネット予約を受け付けていないから、現地に行ってから考えよう。


田舎町だから火事の事はもう近所に知れ渡っているだろう。

ウチの敷地は四方を我が家の畑に囲まれた一軒家だから、近所の人に迷惑をかけなくて良かった。

それがせめてもの救いだ。

予約したレンタカーを取りに行くと、軽の中でも小型の部類の車だった。

古い型で、地方都市ではスーツを着たサラリーマンがよく営業用に乗っているのを見る小さな軽自動車。

ネットで見たのは、今時のスライドドア付きの軽の写真だったのに。

写真詐欺だよ!

まあ、借りられただけ運がいい。

荷物を詰め込み、車を走らせた。

4月の朝5時。


まだ日が昇る前の街を抜ける。

高層ビルの間を抜け、コンビニに寄り、コーヒーやパンを買った。

考えたら、昨日は一杯飲んだ所から何も胃に入れていない。

エネルギー補給のためにゼリー飲料を飲み、高速道路に向かう。

ナビは、有人の高速道路入り口に誘導してくれた。

ETCカードを持っていないからありがたい。


土曜日の早朝の高速道路でもトラックが多い。

これからの事を考えると最悪な気分になるので、スマホをBluetoothで繋いで音楽をかけよう。

車は古いが、ナビはかなり新しくて難なく繋げた。

何も考えないように、これからの事を想像しないように、アップテンポの洋楽をかける。


トラックの隙間から見える朝日は、いつも見ている太陽と同じとは思えなかった。

雲がほとんどない空がオレンジに染まる。

さっきまでビルの谷間をノロノロと走っていたのに、大きく見えたビル群はどんどん遠ざかり、ミラーに映る街が一つの山のように見えた。


パンをかじりながら、横を通り過ぎる高級車や外車のSUVを眺める。

みんないい車乗ってんなー。

何度かパーキングで休憩をして、ちょと仮眠もとりながら、実家最寄りの高速道路出口を出る。


ここから更に1時間以上走らないといけない。

だんだんと建物が無くなり、畑や田んぼが増えてきた。

長閑な風景の国道を走る。

果樹園がしばらく続き、それが無くなると畑だらけになってきた。

信号も殆どない道なので、目印のない交差点を曲がり、細いグネグネとした田舎道を進むと、家が点在する地域になった。

俺の実家の町だ。

まず家族が泊めてもらっている叔父さん家に向かう。


「おはようございます」

田舎の家はチャイムを押しても誰も出ないので、玄関の引き戸を開けて大きな声で叫ぶ。

スリッパで歩く足音が聞こえて、叔母さんが出てきた。

「優馬ちゃん!火事のことを聞いて朝早くから飛んできたの?とりあえず入って」

叔母さんに、高速のパーキングで買ったお土産を渡して、居間に入る。

そこには元気のカケラもないばーちゃんが座っていた。


「お義母さん、優馬ちゃんが来たわよ」

叔母さんが声をかけると、ボロボロと泣き出す。

「優馬!ばあちゃん、昨日…」

叔母さんの話によると、婆ちゃんも、母ちゃんも昨日は眠れなかったらしい。

公務員の叔父さんは地域の消防団にも入っていて今朝から実況見分だそうだ。

それが終われば、敷地に入ってもいいそうで、母ちゃんや姉ちゃんはそれまで休んでいるそうだ。


「俺、家見てきます」

「ショックを受けないでね」

叔母さんが気を遣ってくれる。

「ウチの人もショックなのよ。生まれ育った家が燃えたから。でも、実況見分は仕事だから、朝、肩を落として出掛けていったわ」

「覚悟して見てきます」


叔母さんに自転車を借りて、家まで向かう事にする。

「ウチの人が田んぼの見回りに行くための自転車でもいいかしら?」

貸してくれたのは、田んぼの畦道も走れるロードバイクだった。

タイヤがちょっと太くて見た目がイカつい。

「ありがとうございます。お借りします」

自転車で家に向かおうとすると、驚いた事に、家までの一本道が火事現場を見に行く野次馬で混み合っていた。

田舎町なのでみんな顔見知りだ。

俺の顔を見た近所のじーさんやばーさんが、声をかけてくる。

「あら!守谷さんとのこの優馬ちゃんかい?大きくなって、誰かわからなかったわ。大変だね」

「ばぁちゃんには元気出してって伝えといて」

「ワシらも火の始末には気をつけなきゃな」


野次馬のお年寄り達にとっては、遠い地域の地震や豪雨より、近所の火事の方が大ごとのようだ。

「火事現場を見たのは、20年ぶりか?」

「事件のない平和な町を謳っていたけど、その看板を下ろさなきゃいけないかなぁ」

「いや、放火じゃないから大丈夫だ」

なんて話も聞こえてくる。

「まあとりあえず現場を見に行かなきゃわからないな」

なんて言いながらゾロゾロと歩いている。


なんだかんだ言っても、火事現場を見たいだけじゃないのか?

自転車でゆっくり年寄り達を追い越して、家に近づいて行き衝撃を受ける。

火事から一日経ったけど、焦げ臭い匂いが漂う。

そろそろ家の屋根が見えてくるあたりで視界に入ったのは、焼け落ちて屋根の無い、何本もの焦げた柱だった。


アレが俺の家?

あまりの衝撃に自転車を降りて近づく。

敷地には黄色いテープの規制線が張られて近づけないが、想像していたモノよりも酷かった。

家はもう跡形も無く、辛うじて真っ暗の柱があるだけだった。

地面には焼け残ったであろう家財道具が散らばり、その上をブーツを履いた消防士達が歩き回っている。

車庫も、中の車も全部燃えてしまい、焼け残った車のボディーが無惨だ。

海外映画で見る映像のようだけど、これは俺の家だ。


じっと家の様子を眺めているうちに、実況見分は終わっていた。

叔父さんが俺の前に来て、肩を叩く。

「婆ちゃんの不注意だ。責めないでやってほしいとは言えないけど、家の建替えの資金は、俺と兄貴とで出すから」

「うん…」

「もう消防の検証は終わっているから入っていいぞ。使えるものがあるなら、なるべく早く持ち出すといい。町外から泥棒が来て、荷物を漁っていくかもしれないから」

「…うん。わかった」


叔父さんと規制線まで歩き、俺だけが中に入る。

「優馬君か。気を落とさずにな」

野次馬の爺さんが声をかけてきた。

その一言で、物珍しそうに見ていた近所のお年寄り達が帰っていく。

みんなバツが悪そうだ。


誰もいなくなった家の残骸を眺めてため息をつく。

なるべく冷静に辺りを見回した。

全部が燃えてしまったわけではない。

自分の部屋だった場所に行く。


限定品のシリアルナンバー入りの美少女フィギュアや、UFOキャッチャーで取ったアニメキャラのフィギュアなどは跡形も無くなっている。


子供の頃から使っていた勉強机も焼失してしまっている…。

ということは卒アルも焼けてしまったのか…。


でも、壁が一部焼け残っていて、40〜50冊床に積んであった辞書くらい分厚い週間漫画雑誌は角などは焼けているけれど、全部燃えてしまったわけじゃない。

壁にくっつけて置いてあった本棚も辛うじて残っていて、背表紙は焦げているが、漫画があることがわかる。

俺の部屋に、備蓄用の箱買いしたペットボトルの水が積んであったから、そのお陰なのかな?


しかも、焼け残った壁の裏には、農業用の水を溜めてある大きな桶が置いてあったからかもしれない。

水が入った桶と、大量のペットボトルの間だった壁は、多少なりとも焼け残ったんだ。


焼け跡を見ると、お風呂も焼け残っていた。

物理的に水があったところは、多少なりとも残るのかもしれない。


部屋のベッドのあった位置やクローゼットのあった場所。

泣きそうになるが、あることを思い出す。


俺の学生時代の…。

数十冊の漫画雑誌を退かすと、国語辞典、英和辞典、和英辞典、古語辞典と、辞典が並んでいるのを確認する。

これだけは焼け残っている…。

英和辞典に手をかけると、カタンと音がした。

これは辞典の外箱だけで、実際には中身は違う。

外箱を引き抜き、中に入っているものを確認した。

学生時代大切にしていたセクシーDVDだ。

面積の小さいビキニを着た巨乳のセクシー女優のソフィアちゃんの笑顔が、焼けた家事現場の俺の部屋と、晴天の今とミスマッチで笑える。

これだけは全部焼け残っていた……。

確かに、学生時代の俺にとっては宝物だった。

でも、それ以上にフィギュアの方が今の俺には大切だった。


あーあ。

膝から崩れそうになるのを辛うじて我慢する。

ソフィアちゃんのDVDが悪いんじゃない。

何故これだけが焼け残ったのか。

焼け残るなら限定品のフィギュアが良かったと本気で考えてしまう自分と、青春の思い出として手元に残ったのが大量のエロDVDだったことへの虚しさとで揺れ動いてしまっただけだ。

これ、どうしようか。

自転車でここまで来てしまったから、カゴに入れて叔父さん家に持ち帰るわけには行かない。


でも、このまま置いておくと、今から来るであろう家族に見つかる可能性が高い。

焦って、幼馴染の瑛太に電話してすぐに来てもらった。

大きなSUVが家の前に停まる。


「優馬、大変だったな。火事現場、ヤバいね」

「ヤバいだろ?全部燃えたのにさ、これだけ綺麗に焼け残ってるんだよ」

まあまあな数のセクシーDVDを渡す。

「うわっ!お前の宝物じゃん。やったな。ってか、欲が火事に勝ったって感じか?」

「なんでだろう。今んとこコレしか見つけてないんだよね。でもさ、家族に見られるだろう?だから預かってよ。これだけが焼け残った事をあの性格悪い姉に知れたら、死ぬまで笑い物だよ」

「まあわかったよ。何か手伝うか?」

「大丈夫。ありがとう」

「気を落とすなよ。夜、気分が乗ったらメシでも食いに行こうよ」

「ああ。もし、一段落していたらお願いするかも」

瑛太と別れて、一旦叔父さんの家に戻った。


家族に火事現場に行くか聞くけど、全員が今日は行かないと答える。

まだショックが癒えないらしいから、俺1人で現場に戻ることにした。

これでヤバいものを見つけても大丈夫。

叔父さんが後で来てくれることになったので、まずはヤバいものを探さないとな。

叔母さんが俺の分の昼ごはんも作ってくれていたので、ありがたくいただいて急いで車に乗った。

町内放送のスピーカーから13時を知らせる音楽が聞こえた。

農作業に従事する人が多い町だから、時計を見なくても時間がわかるように8時、12時、13時、17時とそれぞれに音楽が鳴るのだ。


唯一被害に遭わなかった、路地を挟んで向かいにある農作業小屋の横にレンタカーを停める。

ここには畑の肥料や農作業用の機械などがあるけど、滅多に中には入らない。

もしもねーちゃんとか、とーちゃんの焼け残った物を見つけたら、とりあえずここに入れておけばいいだろう。

鍵がかかっていたら困るから、農作業小屋の引き戸を動かしてみると簡単に開いた。


よし。

気合いを入れて玄関のあった場所から歩いていく。

焼け残ったものを探すが、元フィギュアだったモノとかしか見つからない。


しばらくして軽トラで近所のおっさん数人と、チャリで叔父さんが来て、ドデカい金庫をみんなで軽トラに乗せた。

うちにあんなにデカい金庫があったなんて知らなかった。

「優馬君は、気が済むまでここにいるといい。夜はどうする?」

「瑛太とメシ食うつもりだし、夜は瑛太ん家に泊まるかも」

「わかった。念のため布団はひいておくよ。兄貴にはまだ連絡取れてないけど、勤務先の大学のメールアドレスの方にも連絡しておいたから」

「父さんが発掘に行くのって、あんま聞いた事ない国の僻地だから、確かに大学のアドレスの方がいいのかも」

「私もそう思ってね」

叔父さんは背中をポンと叩いて片手を上げ、軽トラで金庫を運んで行った。


叔父さん達を見送ると、また俺1人になってしまった。

突き抜けるような真っ青な空を見上げる。

もしも昨日雨だったなら…。

なんて一瞬でも考えてしまって頭を振る。

現実をみよう。

他の場所も探してみなきゃ。

焼け残った食器や、端が焼けこげていてもなんとなくわかる写真など、必要そうな物は農作業小屋の入り口に入れる。


そういえばセクシーな写真集も隠していたはずだ。

もう一度自分の部屋があった場所に行き、エロDVDを見つけた棚の裏側を見る。

が、ない。

恐る恐る、DVDを見つけた隣の書棚を見る。

あった!

背表紙は焼け焦げて本の形にはなってないけど、エロ写真集の残骸が見つかった。

背表紙が無くなったせいで、写真集じゃなくて、端の焦げたエロい写真が大量にある状態で、これはこれで人に見つかったらやばい。

500枚くらいの単なるエロ写真状態だ。


これはレンタカーに入れよう。

後部座席の足元に写真の紙束を置く。

今んとこ見つけたのはエロDVDとエロ写真集…。

煩悩の塊しか無傷じゃない。


他のものもなんとか見つけたい。

古い家としか思ってなかったけど、大きな家だったんだな。

火事に遭うまでは古くてデカい平屋の家だとしか思っていなかったけど、縁側に長い廊下があり、庭には桜の木もあった。

それが全部無くなってしまった。


ため息をついて、もう一度色々な物を退かしながら、何か残っていないか探す。

平屋だった家は面積が広いので、丁寧に探すとすごく時間がかかった。

今何時だろうか?

スマホの時計を見ると、18時だった。


辛うじて焼け残った風呂場の方を見る。

タイル張りの古い作りの風呂場は焦げてはいるが、他のところと比較すると、結構綺麗に焼け残っていた。

前日の残り湯を洗濯にでも使おうとしていたのだろう。

不思議なのは、浴室の扉が完全に焼け残っていることだ。

スリガラスが嵌め込まれたアルミのドアは、変形することなくドアノブまで綺麗に残っている。

近くに行くと、枠組みまで全部残っていた。

残っているとはいえ、アルミとガラスだ。

蝶番もアルミ製だし、熱で変形して開かないだろう。


そう思いながら、ドアノブに手をかけると、バチっと静電気が走る。

晴天で晴れた午後。

気温も20℃手前だろう。乾燥している感じはしない。

この状況で静電気?

なんだか変な感じがして、ドアノブを回してみる。

あっ、回った。壊れてないんだ。

ゆっくりとドアノブを押すと、ちょっとしか開かずに止まった。

浴室側を見ると、焼け落ちた木材が転がっていて引っかかっているようだ。


この家で唯一残ったドアをなんとなく開閉してみたい気持ちになって、浴室側の木材を退かし、脱衣所側から再度ドアノブを押す。

キィー

金属が擦れる高い音がして、ゆっくりとドアが開いた。

見えるのは今と変わらない景色なのはわかっているが、ドア枠の内側から浴室を見る……。


あれ?

畑だ。

全く知らない畑が見える。

ドアノブから手を離して、ドア枠の外から景色を見る。

ドアは自然に閉まり、視界には焼け残った浴室と、その奥には我が家の麦畑が広がり、青々とした麦が一面に見える。

更に奥には山が見えた。


だよな。

これだよ。

俺が小さい頃から見ていた畑の景色。

今は青麦の景色だ。

うんうんと頷いて、もう一度浴室のドアを開けた。

目の前にはキャベツ畑が広がっていて、奥には湖らしきものが見える。

ん?

おかしい。

ドア枠から外れて外を見るために、再度ドアノブから手を離すと、バタンと勢いよくドアが閉まった。

やっぱり麦畑と山が見える。


ショックで幻覚が見えるのか?

もう一度、浴室のドアを開けて一歩踏み出してみた。

ドアノブを持ったまま、キャベツ畑の広がる土地へと足を踏み入れる。

やっぱりキャベツ畑だ。

後ろを振り返ると、火事現場の我が家だ。

このまま、見たことのない土地を歩き回ってみるか?

嫌、戻れなくなったら困る。


ドアが完全に閉まらなければ戻れるよな。

ウチの風呂場のドアノブは、アルミ製の丸いドアノブだから内鍵が付いているから、と内側からドアを見ると木製だった。

年季は入っているが重厚で、反対側が火事でボロボロになったアルミのドアだとは思えない。

しかも、洞穴にドアがくっついている作りで、ドアの周りは岩だ。

完全におかしい。


木製のドアをまじまじと見ると、ノブではなく取手がついているが、取手の下には鍵穴がある。

なんの鍵が使えるんだ?

ポケットから鍵束を出し、何となく実家の鍵を刺して回してみた。

カチャン

軽い音がして簡単に鍵が閉まる。

次に、スマホを出してみた。

地図アプリで位置情報を確認しようとしたけれど、圏外。

待受の時計すら表示されない。

ここどこなんだろう。

ってか、風呂場がどこでもドア状態なのもおかしい。


どこでもドアは、戻るまでそこにあり続けてくれるけど、このドアはわからない。

畑があるから人が住んでることはわかるけど、ノブから手を離して、もしも閉まってしまいドアが無くなったら怖い。

ノブを握りしめたまま周りを確認する。


畑はあるのに人の気配がしない。

街も見えない。

もしかして、都市伝説とかに出て来る異世界なのか?

電車に乗ってたら知らない駅に着いたとかいう、アッチ系?

携帯は圏外だし、待ち受けすら上手く表示されない。


歩き回ろうかどうしようか悩んでいると、ふと目の前に広がるキャベツ畑の違和感に気がついた。

なんだか遠近感がおかしい。

キャベツ、デカくないか?

バランスボールくらいありそうだ。

怖いくらいに長閑な景色が、ホラー映画の冒頭を思い起こさせる。

その時、遠くから

ドン

シャラン

ドン

シャラン

それとともに低い声で何かを唱えているのが聞こえてきた。


お経を唱えている?

金属の杖で地面を突く音と、シャランという鈴の音が近づいてくる。

頭の中では、背の曲がった老人が鈴のようなものをつけた長い金属製の杖を持ち、お経を唱えながら歩いているイメージ像が浮かんだ。

マジで怖い。

ドアを閉めて、元の世界に戻ればいいだけなのはわかるけど、声の主を見たいという好奇心もある。

お経を唱える声と、杖で地面を突く音、そして鈴の音がどんどん近づいて来る。


ドン

シャラン

岩影から顔を覗かせたのは、鈴付きの首輪をつけたオオサンショウウオと、その紐を握る2メートルくらいのガタイのいいオッサンだった。

彫りの深い顔立ちで、金髪の混ざった茶色い髪と髭を生やしていて、日本人と北欧人のハーフのような顔立ちだが、かなり強面だ。

「あっ!堕天使トモゾーじゃないか!まさか…」

オッサンは潤んだ目で俺を見て勢いよくこちらに突進して来る。

足音がドンドンと響き、地面が揺れる。


あまりの早さに反応できずにいると、いきなり俺にハグしてきた。

ビックリしてドアノブを握っていた手を離してしまった。

バタン

ドアが閉まる音が聞こえる。

ヤバい帰れない!

ドアの方を見たいけど、オッサンの力が強くて動けない。


「もう戻って来ないとは思いつつ、120年間セイコチャンと毎日ここを散歩しておったのだよ」

オッサンは興奮して地面を踏み鳴らす。

その度に杖で地面を突いたようなドンという音がする。

オッサンの足音だったのか。


「あっ、あの落ち着いてください」

「あまりに嬉しくて抱きついてしまった。すまんすまん。セイコチャンは堕天使トモゾーに久々に会えて嬉しいだろ?一緒に散歩したいか?」

手を離してくれたが色々と気になる事がある。


オオサンショウウオもこちらを向いて口を開けた。

「∂×◯♯▲」

オオサンショウウオの鳴き声がが、お経にしか聞こえない。

しかも時折り首を振るので、お経の合間に鈴が鳴っているように聞こえる。


「セイコチャンも堕天使トモゾーに会いたかったのか」

「%▲♯*」

「そうだよそうだよ」

オッサンとオオサンショウウオは2人で盛り上がっている。


俺は意味がわからなくて、2人の会話に割って入る。

「あの、お取り込み中悪いんですけど、堕天使トモゾーって?」

恐る恐る聞いてみると、オッサンとオオサンショウウオは顔を見合わせて、同時に捲し立てた。

低い声のお経と、オッサンの話し声が重なって何を言っているかわからない。


よくよく聞いてみると、「お前は自分を忘れたのか?」とか、「お前からトモゾーと同じ匂いがするから、間違えるはずがない」とか、俺が堕天使トモゾーに間違いないという事を言っているらしい。

堕天使トモゾーって、その名前ダサすぎるし、ヤバい。

どんなヤツが名乗っていたんだよ。


「あの。すいません、堕天使トモゾーさんの写真とかってありますか?」

「写真?」

オッサンがちょっと考える。

「そういや120年前も、お前は写真がどうのとか言ってたな。写真は無いけど、姿絵ならあるぞ」

姿絵?


内ポケットから出された、少しシワのある絵を見る。

やけに写実的だから、ほぼ写真と言っても過言では無いけど、内容が失笑レベルだ。


学校の卒アルの集合写真のようにたくさんの人が整列して立っているが、その最前列のさらに前に、真っ黒なフルフェイスのヘルメットを被り小豆色のジャージを着た、『薔薇』と書かれた真っ赤な原チャリに乗った人が描かれている。

この原チャリ、モーター雑誌で見た事ある。

1980年代に二輪メーカーから発売された『薔薇』って原チャリだ。


どう見てもヤバいヤツじゃないか。

俺とどこが似てるんだ?

さっぱりわからないが、オッサンもオオサンショウウオも得意気だ。

「姿絵の完成は見せられなかったけど、よく似てるだろ?」

「これじゃあ顔がわからないんですけど」

「わかるだろう!ほら、目元とか」

姿絵をもう一度じっと見る。

ヘルメットの目元の透明な部分をよく見ると、うっすら目が描かれていた。


「ちゃんと顔がわかる姿絵ってないんですか?」

「あぁ?ちゃんと?うーん。俺の娘が描いた絵ならある」

「それ見せてください」

「かなりカッコよく描いてあるから別人に見えるぞ?」

「それでもいいです!」

ありがたく受け取り、絵を見る。

3歳くらいの子供が描いたような二頭身の人間の絵を渡された。

これじゃあ、誰にも似ていない。

諦めてオッサンに絵を返す。


「120年間散歩しているっておっしゃってますけど、おじさんは何歳なんですか?」

見た目は50代後半の格闘家って感じだ。

「俺か?160歳だよ。堕天使トモゾーは、120年前は19歳って言ってたから、今は139歳か?お互い歳を取ったな」

「◇⁂*▲×◯☆‡」

オオサンショウウオも話してくれたけど、相変わらずお経にしか聞こえない。


「今から俺の家に行こう。みんな喜ぶぞ」

「ここから離れてしまったら元の世界に戻れないとかありますか?あと、ドアが閉まってますけど開ける事はできますか?」


「堕天使トモゾー、そんなことまで忘れたのか?まあ120年前だしな。鍵があれば可能だと、以前言っていたはずだがな」

鍵ってきっと家の鍵だよな?


行くか行かないか考える時間を与えられず、おっさんにヒョイっと抱き抱えられ、麻袋でも持つように右肩に掛けられた。

肩に乗せるんじゃなくて、引っ掛けるように持たれている。

そのせいで俺の視界はおっさんの背中と地面しか見えない。

上体を起こそうとすると、おっさんが「ジタバタするのも変わってないな」と笑い出した。

「トモゾーは歩くのが遅いからな。前みたいに俺が運んでやるよ。急ぐからな、ずり落ちないように肩に捕まっていろよ」

オッサンはオオサンショウウオを左手で掴み、小脇に抱えると、楽しそうに走り出した。

視界がぐわんぐわん揺れる上に、すごい速い。

車に乗っているみたいに景色が変わっていく。

未舗装の道路はすぐに終わり、舗装された道路になった。


その状態で数分移動すると、丸太小屋がいくつか見えた。

村かな?

景色をもっとよく見ようとしたところで、オッサンは立ち止まった。

「俺の家だ」

肩から降りて家を見て驚く。

中世の豪邸風で、五角形に作られているのか、塔が5つある。

五角形って、どこかの国の国防施設かよ。


「みんな喜ぶぞ!120年ぶりだからな」

俺にそう言うと、大きな観音開きの扉を開けて、「戻ったぞー」と、叫びながら、玄関横の小川にオオサンショウウオのセイコチャンを放した。

家に小川が流れているなんて豪快すぎだろ。


「大将、おかえりなさいませ」

黒いワンピースに白いレースのエプロン、頭にはレースのカチューシャをつけた、グレイヘアーのふくよかな、どこをどう見ても日本人のお婆ちゃんが迎えてくれた。

お婆ちゃんは髪をお団子にしてカチューシャをつけているのに、かんざしもつけている。

足が悪いのか杖を持ち、左右に揺れながらバランスを取って歩いてきて、お辞儀をした。

それから隣の部屋に続く扉を開けてくれた。

ダイニングなのか大きな円卓が見える。


「オヤツが出来てますが。お客様がいらっしゃるなら言ってくれないと。1人分しかオヤツはありませんよ?」

「急な来客ですまんな。なんと、堕天使トモゾーが来てくれたんだよ。マリリンも120年前に堕天使トモゾーに会っているだろ?」

このお婆ちゃん、どこをどう見たって日本人なのにマリリンって名前なんだ。

「ええ!会いましたとも。堕天使トモゾー様ですか。ありがたやありがたや。まさか、死ぬまでにまたお会い出来るとは」

左右に揺れながら、歩いて近づいてくると俺の手を握って涙ぐんだ。


「トモゾー様とのツーショット、大切にしております」

マリリンさんは、首から下げたロケットを開いて見せてくれた。

そこには、超絶にスタイルのいいメイド服のクールビューティーな美人とフルフェイスのヘルメットの人が描かれている。

「すごい美人のこの女性は?」

「あらやだ。堕天使トモゾー様!アタシですよ。130歳のアタシです」

マリリンさんは照れながら、俺の背中を叩いたが、その怪力ぶりに痛いとは言えずに我慢する。


「ということは、マリリンさんは今250歳?」

「レディに歳を聞くなんて!デリカシー無さすぎます」

声を震わせながら抗議を受けた後、杖を軸にして回転しながら回し蹴りを喰らわせてきた。

蹴りが膝裏に入ってガクッとなり、立っていられない。

手加減してくれているのか、はたまた高齢だから力がないからなのかはわからないけど、勢いの割に痛くはない。


「踵落としのマリリンの異名は今でも健在かもしれないなぁ。昔、足相撲大会で世界一になっただけある」

オッサンはウンウンと、腕を組んで頷いた。

「アタシは、か弱いレディですよ!」

急に声を小さくして、小刻みに震えて見せる。

「マリリンさん、とうとう自分の体重が支えられな…」

オッサンが言い終わる前に、マリリンさんはオッサンのズボンの両脇を掴むと、勢いよく上に引き上げた。


「イッテー!!」

ズボンがオッサンの股間と尻に食い込み、それが痛かったのかしゃがみ込んだ。

「大将のオヤツは干し芋です。堕天使トモゾー様はプリンをお召し上がりください」

俺の立っている場所から一番近いテーブルに、巨大などんぶりが置かれた。

どんぶりの中はプリンだ。いちごジャムがかかっていて美味しそうではあるが、いかんせん量が多すぎる。

デザートスプーンを手渡され、食べざるをえない雰囲気になる。


「あっ、ありがとうございます」

プリンをすくい、口に入れる。

甘くない。むしろ辛い。

頭で甘いプリンを想像して食べたので、混乱する。

なんだこれ?

もう一口食べてみた。これ、茶碗蒸だ。

いちごジャムだと思ったのはチリソースだ。

中から、エビチリが出てきた。

次は、シュウマイ…。具材に何が入っているかわからない闇茶碗蒸しだ。

大きなどんぶりなのに、デザートスプーンって食べにくい上に、次から次へと色々なオカズが出てくる。


スプーンに固いものが当たった。グチャグチャにならないように気をつけながら具を確認すると、アジのようなお頭付きの魚が入っていた。

これがこの世界のオヤツ…。

この魚どうすればいいのか。


戸惑う俺を無視してマリリンさんが話し出した。

「今日、肉屋で聞いたんですけどね、またデラックスラグジュアリーマンが暴れてるらしいんですよ」

「デラックスラグジュアリーマンがか?アイツは正義の味方を名乗っているのに」

両手で干し芋を持ち、奥歯で噛み締めながらオッサンが答える。


「なんでも、悪の化身が毒入りのチョコレートを作って売っているとかって噂を聞きつけたとかで。全てのメーカーのチョコレートが危ないって言い出して、高級チョコレートだけ全部没収していったらしいですよ」

「アイツはラグジュアリーな物にしか興味を示さないからな。アイツがチョコレート食べたいだけじゃないのか?俺も大量のチョコが食いたい」

オッサンが言うと、マリリンさんも頷く。

「デラックスラグジュアリーマンって正義の味方だって言ってますけどね。悪の化身だと言われている秘密結社エビイモ団の方がよっぽどマトモですよ」


デラックスラグジュアリーマンに秘密結社エビイモ団って、変な名前。

俺は隣で闇茶碗蒸しを食べながら聞いていた。

あっ、茶碗蒸しから干し葡萄が出てきた。

茶碗蒸しと格闘している俺を無視して、オッサンとマリリンさんは話を続ける。


「デラックスラグジュアリーマンの好きにさせるのももう終わりだ!だって堕天使トモゾーが戻ってきたからな。そうだ!国中に発表しよう『堕天使トモゾー降臨!』ってな」

オッサンが胸を張って言う。

「いいわね!早速国中に発信しなくちゃ」

マリリンサンの言葉にオッサンは嬉しそうに笑い出した。

「堕天使トモゾーはヒーローだからな。デラックスラグジュアリーマンの時代はもう終わりだ!国中がお祝いになるぞー」

「お祝いになりますね。早くみんなに知らせなきゃ」

嬉しそうな2人を見て、俺は焦った。

SNSで流されたら、ヤバそうだ。


「あの!国中に知らせるのは、やめた方が…」

俺はなんとか阻止しようとするが、

「大丈夫よ。堕天使トモゾーのことは120年経ってもみんな覚えているから」

と言って聞いてもらえない。

マリリンさんはエプロンのポケットに手を突っ込んだ。

「発信しなきゃ。あら?ここに入れたはずなのに」

次はスカートのポケットに手を入れた。


「ますは、新聞社がいいかしら?それとも直接発信しようかしら?」

「新聞社に連絡しても、アイツらはデラックスラグジュアリーマンの手下だからな。無理だよ。直接みんなに知らせよう」

「それがいいわね」

スマホを出す気だ、と思ったのだが、スカートのポケットから出てきたのはカブトムシだった。

カブトムシ???

驚いて俺は固まる。


マリリンさんは一生懸命「堕天使トモゾーが戻った事を国中に知らしめなさい」と言い聞かせている。

カブトムシがウンウンと頷くと、窓から外に放った。

飛んでいくカブトムシをじっと見ていたが、まず近くの木に留まった。

せめて伝書鳩じゃないか?

カブトムシって!

何から何まで不思議な世界だ。


「そういえば、今回は愛車のコイビトはどうした?」

オッサンが聞いてきたのは、きっと真っ赤な原チャリの事かな?

「俺はトモゾーじゃないから、真っ赤な原チャリなんて乗ってないよ」

それを聞いてマリリンさんとオッサンは声を出して笑った。

「堕天使トモゾーじゃないなんて、いつまで冗談をいってるんだ?まあいい。今夜のトモゾーの歓迎会のために町に買い物に行こう。マリリンにご馳走を作ってもらわないとな」

オッサンに連れられて車庫に行くと、そこにはファミレスで見る猫型の配膳ロボットそっくりのものが繋がれた馬車があった。

しかも2台繋がれている。

もしや配膳ロボットが馬車を引くのか?


「いいだろ?俺の愛車だ。このネコガタをブリーダーから買ったんだ。高かったんだせ?」

ロボットにブリーダー?意味がわかない。工業製品だろ?

「ブリーダーがいるって事は牧場で育てているの?」

「牧場?あんなところでは育たないに決まってるだろ。堕天使トモゾーは知らないのか。120年前にはまだいなかったからな。10年くらい前から飼われ出したんだよ」

オッサンは配膳ロボットを撫でた。

「くすぐったいニャ」

配膳ロボットのモニターには嬉しそうな顔が表示されている。


「可愛いだろ?オスとメスの見分けがつくのはブリーダーだけだからな。ウチの2匹は同じ性別だったらしくて交配に成功しなかったんだ。2匹買ってきても、子供を産ませることに成功したヤツは俺の知る限りいないんだ」

そういいながら、オッサンはもう一台の猫型配膳ロボットを撫でる。

「あったかい手だニャ」

ロボットの言葉にオッサンは嬉しそうに笑ってから、馬車に乗り込んだ。

「ネコガタを買いに隣国まで行ったんだぞ。この辺りじゃまだネコガタを飼っているところは無くてな。都会の金持ちくらいしか飼ってないんだぜ?」

かなり自慢げだ。


馬車の壁には木製の地図がはめ込まれていて、『駐車場』の文字だけはボタン状で押せるようになっている。

日本語なんだ。

マリリンさんが中央広場駐車場のボタンを押す。

「出発するニャ」

配膳ロボットの声と共に馬車が動き出した。

やっぱりゆっくりだ。

オッサンが走った方が早い。


馬車からは長閑な景色が見える。

分かれ道には読めない文字の看板が立っていた。

「ここを右曲がると堕天使トモゾーの家の方向だが、街は左だ」

バランスボールみたいなキャベツ畑が広がっているし、さっき見た山だ。

どんどん進んでいくと、煉瓦造りの建物群が見えてきた。


19世紀とかの海外の景色みたいだ。

すげー!

テンション上がる!

何軒か店に入り、買い物をしていく。

酒屋では大量の酒を買い、肉屋では豚肉みたいな肉の塊を買い(全く知らない動物だけど美味そうだ)、チーズやパンなど沢山の食材を買い込んだ。

「今日はお祝いだからな」

オッサンは値段も見ずに次々と買い物していく。

豪快だ。


「次はスイーツね」

マリリンさん行きつけの店に行こうと、馬車に乗り移動している時だった。

外を見ていると「その馬車止まれ!」と声がして馬車を止められた。

外から扉が開いて、こちらを覗き込んできたのは肩パットが入った真っ赤な全身タイツでアメフト選手のようなヘルメットと、競輪選手のようなサングラスをかけたガタイのいい男性だった。

靴は、プロレスラーのリングシューズのようなモノを履いている。


「お前ら外に出ろ」

そう言われて、オッサンは小さく舌打ちをした。

「デラックスラグジュアリーマンか」と呟いたのが聞こえる。


これが、デラックスラグジュアリーマン?なんとも言えないくらいカッコ悪い。

確かに、胸のところには大きくDと書かれていて、真っ白のマントには沢山のDの文字。

うん。

ダサすぎる。


オッサンと俺とマリリンさんは馬車を降りた。

「何か用かな?」

オッサンが聞く。

「都会から引っ越してきたスーパーお金持ちの家から、希少種のネコガタが盗まれたらしい」

顎を少し上げて見下すようにこちらを見ている。

デラックスラグジュアリーマンって、感じ悪いな。

これが正義の味方か?


「何が言いたいんだ」

オッサンが睨むが、デラックスラグジュアリーマンは鼻で笑う。

「お前らみたいな貧乏そうなヤツがネコガタを飼うはずないだろう?怪しいな」

感じ悪く難癖をつけてくる。

安っぽいドラマのチンピラみたいだ。

やばいヤツだ。


「俺が貧乏だって言いたいのか?」

オッサンが凄むが、バカにした態度で笑い出す。

「服は安っぽいし見た目も冴えないオッサンが、変な服の男と、行き遅れのババアを連れてりゃ怪しいだろ」


俺の服は、反射板のついた赤色のカモフラ柄のアウトドア用のジャケットに外仕事の人用のポケットが沢山ついたパンツ、それから黄色いバケツハットだ。

近くのガテン系の人々の愛用ショップの売れ残りで揃えたから、色なんかは気にしない。

着心地や性能が大切だ。

何か言い返そうにも、ガタイが良すぎて怖いから何も言えない。

「おっ?馬車の中には高級車具材が大量にあるじゃないか。益々怪しいな」


そこに3人のオタク風のヤツが割って入ってきた。

「あっあっ」

小太りのヤツはオドオドしているだけだ。


「安っぽい服とか、人を見た目で判断するのはハラスメントだと思います」

細身眼鏡が抗議をする。


「いつもデラックスラグジュアリーマンは、全身タイツだし。そんな人は他にいなくて、俺たちの服をイジるけど、デラックスラグジュアリーマンの方が変な服だと思います。私服も色違いのタイツだし」

キノコ頭のヤツが抗議した。

なんだ?助けに入ったと言うよりは、小言を言っているだけと言うか。


「出たな、秘密結社エビイモ団!この陰キャの集まりが!お前ら最近勢力を伸ばして、隣町まで団員を増やしているそうじゃねーか!なんだ?『世界平和より押活』ってよ」

デラックスラグジュアリーマンが3人に向かって唾を吐くと、「あわわわわ」と言って怯んで座り込んでしまった。


デラックスラグジュアリーマンも秘密結社エビイモ団も、どっちもどっちだ。


「マリリンに謝れ!は行き遅れのババアなんかじゃない!最強のシングルババアだ!」

強い口調で言い切るオッサンに、マリリンさんは踵落としを喰らわせた後、昭和の女子高生のように体をクネクネさせて、上目遣いをする。


「いや〜ん、ひどぉーい。そんなこと言うのは、好意の裏返しね?マリリンを狙ってるんでしょ?もう!乱暴者、マリリン困っちゃう〜」

「キモ!!」

デラックスラグジュアリーマンの言葉にマリリンさんが怒って、杖を剣のように使って攻撃をしようとするが、デラックスラグジュアリーマンは攻撃を避ける。

「レディを侮辱するなんて、酷いわ」

杖を捨て、その場にしゃがみ込み泣き真似をするけど泣いていない事は誰が見てもわかる。


「お前ら反抗的だな。やっぱり犯人か?ネコガタは俺が貰う」

「俺が貰う?つまり難癖をつけてネコババしようって気か?」

踵落としのダメージで、片膝をついたままのオッサンが抗議するが、やっぱり鼻で笑われる。


「お前はこれから窃盗の容疑で取り調べを受けてもらおうか。ネコガタに高級食材。高級車もあるぞ。かなり怪しいからな」

デラックスラグジュアリーマンがそう言うと、腰の低そうなおじさんがペコペコしながら数人出てきて、「申し訳ないけど取り調べに」「ほんと申し訳ないね」と口々に謝りながら、一緒に行こうとオッサンを促す。


「行っちゃダメ!洗脳されちゃうわ」

マリリンさんがオッサンを止めようとするけど、デラックスラグジュアリーマンが阻止してくる。

「うるせーな。お前らに用はない。家に帰れ!」

そう言って右手をかざした。


「ラグジュアリーー!ゴーーーホーーーム!フラーーーッシュ!」

デラックスラグジュアリーマンの手から眩い光と強い風が出て、俺とマリリンさんは飛ばされた。

「家に帰って寝てろ!」

空に飛ばされて景気がどんどん小さくなっていく俺たちに向かって、デラックスラグジュアリーマンが叫ぶ。


「アレをくらうと家に帰っちゃいますよ〜」

空中でマリリンさんが教えてくれた。

「えええ?」

驚く俺に手を振ってくる。

マリリンさんと俺との間に少しずつ距離が出来始めたからだ。

「それでは〜。我が家はこっちなので〜。家に帰ったらフル装備で大将を奪還しに行ってきます」

敬礼するマリリンさんが小さくなっていく。

俺は、扉がある岩場の方に飛ばされた。


やばい!落ちたら怪我する!

こんな高いところから落っこちたら大怪我だ。

わかっちゃいるけど、惰性で空を飛んでいる俺にはどうすることもできない。

どんどん地面が近づいてくる。

どうしたらいいのか…。

異世界なんかで死にたくない。

自分が思いつく最善策を取ることにした。

衝撃に備えるために体を丸くして頭を守る。


ボヨン

体が柔らかい物の上に落ちて、跳ね返された。

びっくりして目を開けるとキャベツ畑の上に落ちて、キャベツに跳ね返されたみたいだ。

無傷で立ち上がり、キャベツを触ってみる。

中に空気が入っているような触り心地だ。

助かったー。


マリリンさんは大丈かな?

オッサンを奪還しに行くって言ってたな。

俺もなんとか加勢したいけど、装備が何もない状態では敵わない。

実家の鍵を出して、木製の扉の鍵穴に入れて回す。

カチッと施錠解除の音がした。

扉を押すと、火事現場が見える。

扉の中に足を踏み入れた。

焼け焦げた火事現場に戻った。


急いで納屋に向かう。

なんとかオッサン奪還に使えるものは。

農作業機の奥に、バイクを見つけた。

誰のだ?

とーちゃんはバイクが趣味で何台か所有しているが750のデカいバイクだ。(多分火事で燃えただろう)

それに比べて、ここにあるのは新聞配達や郵便配達用みたいな外見のバイクで、エンジンは原チャリよりは大きそうだ。

赤を基調としているので、郵便屋さんそのものみたいだな。違いは、赤と黄色の2色使いな事と、手紙を入れるような箱が付いていないのと、手を守るカバーが付いていない事だ。


近づいてみると、鍵はついたままなのでガソリンメーターを見る。

ほぼ満タンに近い。

エンジンをかけてみると、普通にかかった。

これなら大丈夫そうだ!

ハンドルには真っ白な郵便屋さんみたいなヘルメットが引っ掛けてあったのでそれを使うことにした。


攻撃できるものは……。

目に入ったのは、山積みにされた肥料と農薬だった。

農薬を人に吹きかけるのは流石にやばいよな。

壁に立てかけてある鍬なんかも違う。

アレ出したらかなりやばいヤツだ。


収穫用の大きなプラスチックのカゴを見ると、剪定ハサミなどが入った腰から下げる鞄を見つけた。

これ、ばーちゃんが山菜採りに山に行く時に持っていくヤツだ。

熊よけの鈴がついたリュックも置いてある。

中を見ると、クマ撃退用のスプレーが2本に携帯用スコップ、虫除けスプレーになんか色々入っていた。

クマ撃退用スプレー!

よし。


ばーちゃんのリュックを背負い、バイクを押して納屋から出た。

デラックスラグジュアリーマンってショボそうだったから、ワンチャン、賄賂は通じるかもしれない。

エロ写真集…じゃなくて、背表紙が焼け焦げてしまい、単なる大量のエロい写真になってしまったかつて写真集だったものは、賄賂として使えそうだ。

車の後部座席の足元に置いた、バラバラの写真を掴み、リュックに入れて背負った。


バイクを押して火事現場まで行き、風呂場の扉を押す。

キィィィ

扉の向こうは、やはりサイズ感が違うキャベツ畑が見えた。

バイクを手押しして、異世界へと足を踏み入れる。

誰かが入ってこないように扉を閉めて鍵をかけた。

今からオッサンを助けよう。

エンジンをかけて、ヘルメットを被り、先ほどまで見た街の方へと向かおうとすると、分かれ道のところでマリリンさんと合流できた。マリリンさんは猪が引く小さな1人用の馬車に乗っていた。

これがかなり早い。

バイクと同じ速度が出るので(ただし、速度を落とすのも曲がるのも苦手らしいけど)、あっという間に街に着いた。


エンジン音で道行く人が振り返る。

「この不思議な音は、堕天使トモゾーが戻ったのか?」

「派手な乗り物!堕天使トモゾーよ!」

女の子が手を振ってくれるが今はそれどころじゃない。


「アレが大将が拘束されている建物よ」

5階建ての雑居ビルみたいな建物だ。

煉瓦造りの海外の街並みの中に、ポツンと日本風の雑居ビルが建っている。

壁面には大きくデラックスビルと書かれているので間違いないだろう。


バイクを停めるがマリリンさんの猪は止まることができずに壁に激突して停止した。

ドン!

大きな音がしてビルが揺れる。

「止まれないのはいつものことよ」

マリリンさんは余裕の雰囲気を醸し出しながら猪を撫でた。

しかし、その衝撃で非常口のドアが勢いよく開いた

ビルの衝撃が大きかったらしく、デラックスラグジュアリーマンの手下のスーツのおじさん達が、防災用のヘルメットを被り震えながら非常階段を降りてきた。

「地震だ!安全な場所に避難だ」

おじさん達の顔は本気だ。


おじさん達に混ざってデラックスラグジュアリーマンとオッサンもいる。

ぼやいてるデラックスラグジュアリーマンの声が聞こえてきた。

「なんだよ!もう少しのところなのに」

手に紙を握りしめたままぼやいている。

避難しないといけない時に持ち出さないといけない紙ってなんだ?

じっと下から眺めているが、こちらに気がつく様子はない。

階段を降りきると、デラックスラグジュアリーマンはオッサンの方を向いて紙を差し出す。


「少し邪魔が入ったが、この譲渡証明書に署名して、実印を押すだけだ。ほら、俺の名前は書いてある」

デラックスラグジュアリーマンは紙を指さし後、オッサンにボールペンを持たせた。

「とっとと署名捺印しろよ」

オッサンは反論する事なく、虚な目で紙を眺めている。


マリリンさんは「洗脳されている!」と叫んで、左右に揺れながらガニ股で走って行く。

俊足すぎ。

オリンピック100メートル走なら、絶対優勝だよ。

すごい勢いでデラックスラグジュアリーマンの前に行って紙をひったくると、勢いを落とさずに戻ってきた。

「コレ何の紙?」

ヒラヒラさせながらデラックスラグジュアリーマンに見せる。


「おい、ババア!何すんだよ!譲渡契約書だよ!返せよ!」

デラックスラグジュアリーマンが怒ってこちらに向かって走ってきたけど。

遅い。

遅すぎる。

まるでスローモーション。

走るのが遅いラグビーサークルの選手みたいだ。

筋トレし過ぎて、走るのが遅いのだろう。


マリリンさんがヒラヒラしている紙をじっと見ると、ネコガタの譲渡証明書と書いてあった。

甲は乙に…。

ちゃんとした書類だ。

何だこれ?

異世界でも甲と乙なのか?

乙の欄には、デラックスラグジュアリーマンの名前と楕円形の『デラックス』と掘られた印鑑が押されていた。

この世界、印鑑まであるんだ。

異世界のくせにリアルだ。


「ネコガタを巻き上げても、揉めないための書類を準備するなんて用意周到すぎでしょ!この悪魔!性悪!お前なんか正義の味方でも何でもないわ!」

マリリンさんが叫ぶ。

「このヤロー!」

「私は野郎じゃないわ!」

マリリンさんの声から怒りが伝わる。

「レディに向かって野郎とかありえない。言うなら『このアマ』とかでしょ、私を男扱いするなんて」

「は?何ぶつぶつ言ってるんだ?」

マリリンさんの怒りが伝わらないデラックスラグジュアリーマンは軽く流している。

「ゆーるーせーなーいー」

低い声で呟く。

マリリンさんからメラメラと炎が上がる。

比喩じゃない。

リアルに足元が燃えている。


「ヤンのか?このクソが!デラックスラグジュアリーマンだか何だか知らないけどよ!女性に対しての態度が悪過ぎんだろ!」

マリリンさんの声が地響きのように聞こえ、それと同時に全身が炎に包まれて焦げ臭い匂いが一面に漂った。

「くっせーなー!ババアの燃えカスなんて、ゴミクズ以外何なんだよ」

デラックスラグジュアリーマンはバカにしたように言いながら、小さいマリリンさんを見下ろすように仁王立ちになると、シュツと手から紙を抜き取った。


マリリンさんの炎があっという間に消えて、アタフタして紙を取り返そうと背伸びをする。

「ちょ!返してよ!」

「これは俺の書類だ」

「ネコガタが欲しいなら自分で買いなさいよ!大将から巻き上げるんじゃないわよ」

「オマエには関係ない。盗まれたものを取り返すだけだ!」

そう言ってまた手から光線を出そうとしてきたので、俺は咄嗟にリュックサックからクマ撃退用スプレーを出してデラックスラグジュアリーマンめがけてスプレーを噴射した。


「うわ!」

ゲホッゲホッゲホッ…。

ヘルメットとサングラスをしているから目は平気だったようだが、少し吸い込んだようで咳き込んでいる。

「何だこの強烈なスプレー!ゲホッ。ババアも一緒に咳き込んでるじゃねーか。ゲホッ。味方も攻撃したオマエはバカか?ゲホッ」

マリリンさんも腰を曲げて咳き込んでいる。


「私は、ゲホッ。痰が絡まったのよ、ゲホッ」

普通に高齢者特有の咳だった。

「お茶…。お茶…」

斜めがけの小さなカバンから蓋つきのガラス瓶を取り出して、中に入っている液体を飲んだ。

「これで落ち着いたわ」

マリリンさんはついでに飴も出して口に入れた。


「落ち着き過ぎじゃねーか。ゲホッ…」

デラックスラグジュアリーマンは、バカにしたように言ってからスーツのおじさん達の元に歩き出した。

「あっ!咳き込んだ時の唾で、俺の署名と捺印が滲んで読めなくなっている!何でだ?」

デラックスラグジュアリーマンがおじさん達を睨む。

「ボールペンが水性だったんですよ〜」

1人の禿げたおじさんが、揉み手をしながら誤魔化すように答えた。


「予備の書類は?早く準備しろ」

デラックスラグジュアリーマンに言われて、小太りのおじさんがビルに戻って行く。

「オマエらが邪魔をしたからだ!まずオマエ!ビルに激突とかありえんだろ!家に帰れ!」

猪に本気で怒っている。

「ラグジュアリーー!ゴーホーム、フラッシュ!」

猪に光線を喰らわせた!

猪が飛ばされて行く。


「オマエらも邪魔なんだよ!」

デラックスラグジュアリーマンがこちらを向いたので、俺も身構えてリュックに手を入れた。

次の攻撃アイテムを…何か…。

デラックスラグジュアリーマンが手を翳してくる。

やばい!

手から光線がでる!


その時だった。

遠くから低い音のエンジン音が聞こえてきた。

だんだん近づいてきて、デラックスラグジュアリーマンに激突して止まった。

真っ赤なバイクだ!

どこから来た?


デラックスラグジュアリーマンはバイクにぶつかられた衝撃で一歩下がり怯んだが、運転していた人は何事も無かったかのようにバイクを降りる。

「大丈夫か?優馬」

バイクから降りてきたフルフェイスの人が、ヘルメットを脱いだ。

「父ちゃん!今、発掘調査で海外なんじゃ」

「海外にいたけど、大学のアドレスに届いたメールを見たんだよ。それで急いで戻ってきたんだ。ちょうどタイミング良く、大富豪が自家用ジェットでアメリカに遊びに行くところだったから『日本まで乗せてってくれ』ってお願いして、戻ってきたんだ」


「大富豪の自家用ジェットをタクシーみたいに使ったのか?」

「知り合いじゃない大富豪がヒッチハイクで乗せてくれたんだよ」


「どうやってそんな大富豪見つけたんだよ」

俺の質問に父ちゃんはニヤッと笑った。

「JAPANって書いた紙を持って、金持ち専用の発着口でヒッチハイクしたんだ」

さすがだな父ちゃん。

ぶっ飛んでるよ。


「おい!オマエらだけで、何話してるんだ。見ろよ!俺の大事なデラックススーツにタイヤの跡が付いたじゃねえか!」

脇腹と太ももにタイヤの跡が黒く残っている。

「これが終わったらスナックに行ってママを口説こうと思っていたのに!着替えないといけないじゃないか!」

怒るところはそこか?


「久しぶりだな、デラックスラグジュアリーマン。相変わらず単細胞だな」

父ちゃんはデラックスラグジュアリーマンと面識があるのか?驚いて父ちゃんを見るけど、今は聞ける雰囲気じゃない。

「オマエ誰だよ!」

「俺がわからないのか?堕天使トモゾーだよ」

父ちゃんが大声で叫んだ。

堕天使トモゾーって父ちゃんの事だったのか!


「堕天使トモゾー?ここにいるじゃねーか」

デラックスラグジュアリーマンは俺を指差した。

「こいつは偽物か?よくわからんくなってきたな。面倒くさいから、オマエら纏めて消してやるよ」

また手を翳してきた。

今度こそやばい!

咄嗟にリュックサックの中から、焼け残ったセクシー女優の写真をばら撒く。


何もつけていない全裸の女性が砂浜に寝転ぶ写真や、スケスケの水着でシャワーを浴びている写真など、エロ以外の何物でもない写真が大量に宙を舞った。

「うわ!何だこれ!」

デラックスラグジュアリーマンは、足元に落ちてきた大量の写真から一枚を手に取る。

「な…な…なんて破廉恥な…」

ワナワナと震える。

「こんな…風紀を乱すもの…」

更に怒らせたか?


「女性の服の下って…まだ見た事…」

そう言って頭を抱えた後、しゃがみ込んで足元の写真を拾い集める。

「うおー!エロい!エロすぎる!想像していた数倍エロい」

食い入るように写真を眺めながらぶつぶつ言いだした。

「この姿絵はリアルすぎる!オマエらこれをどこで手に入れたんだ!と言うか、こんな沢山の美人の裸を見たのか!」

俺の宝物だった写真集は、沢山の女優が出ている物も混ざっていた。

だから、ありとあらゆる美人の際どい写真をばら撒いた事になる。


「美人の裸を大量に見れるなんて羨ましいぞ!…じゃ無かった。風紀を乱す姿絵だ!実にけしからん」

デラックスラグジュアリーマンは、写真から目が離せないのか、足元に散らばっている写真を一枚一枚眺めながらゆっくりと拾い集めている。


「まだ持っているのか?ばら撒かれたこれは返さんぞ!俺が宝物として仕舞う……じゃなかった。俺が治安維持のため没収する」

父ちゃんは俺をチラッと見てニヤッと笑った。

「なら、大将を返してくれ。大将は、村1番の大将なんだよ」

父ちゃんの交渉に、マリリンさんが「馬車もついでに返して」と付け加える。


「え?…」

断ってこないと言うことは、迷っているということか?


「もっと凄いものがある。裸の像だ。とある国の神様なんだ」

父ちゃんは布に包まれたラグビーボールくらいの大きさの物をバイクの横に掛けてあるカバンから出した。

デラックスラグジュアリーマンの鼻息が荒くなる。


「あまりにも凄い物だからな、ここでは見せられない。そもそもこれは神として作られた像なんだ」

「それをよこせ!」

「簡単には渡せないなぁ。これは神だからな。大将と馬車を返してくれたら、デラックスラグジュアリーマンに渡そう」


うーんと考えるデラックスラグジュアリーマンに対して、父ちゃんは畳み掛けるように言う。

「裸の姿絵も一枚おまけしよう」

「乗った!」

デラックスラグジュアリーマンの鼻息は更に荒くなる。


「大将と馬車を返してくれ。そうしたら渡す」

デラックスラグジュアリーマンは、馬車にオッサンを押し込んでこちらに寄越して来た。

「ありがとう。この裸の像と、裸の姿絵を約束通り渡そう」

父ちゃんは俺の方を向くと、右手を出した。

「優馬、一枚くれ」

鞄に手を突っ込んで一枚抜き取り、どんな写真なのかチラッと見て、ニヤリと笑った。

それから裸の像を包んでいる布の中に押し込み、地面に置く。

「交渉成立だ」

父ちゃんは俺たちに「急げ!」と言うので、バイクのエンジンを掛けてオッサンの家の方に向かった。


その後、オッサンにレモンをかじらせて、目を覚まさせた後、2人は再会を喜んだ。

こうやってみると、オッサンも父ちゃんもガタイがいいので、格闘家の再会みたいだ。

父ちゃんはセイコチャンとも感動の再会を果たし、再会パーティーとして朝までみんなで飲み明かした。


オッサンの村には綺麗な女性がいっぱいいたけと、みんな父ちゃんに群がる。

年齢を聞くとみんな50歳を超えていた。

この世界では20歳くらいから150歳くらいまで見た目の年齢が変わらないらしい。

父ちゃんは熟女に大人気だった。


大盛り上がりの中、父ちゃんが「そろそろ戻らないと、いけない」と言ったので、みんなに別れを告げて、あの扉をくぐる。


火事の現場に立ち、父ちゃんが告げたのは驚くべき事だった。

「あちらの世界と時間の流れが違うらしい。今は深夜だが、お前が火事現場にたどり着いてから、1日も経っていない。あちらの世界とはいつ繋がるのか、俺なりの見解を言うと、『家の敷地で出火したら』だ」

「は?なんだよそれ」

「前回は、この敷地にあった小さい小屋がボヤで少し燃えた時だ」

「へぇ…」

頭が追いつかない。


「とりあえず、ホテルを取ってある。弟のところに2人で押しかけるのは申し訳ないからな」

帰りの車の中でいろいろ聞いた。

空港からバイクを飛ばして来た事。

あの布に包まれた神様は、ジャングルの奥地の原住民の神で、男性の裸の像である事。

最後に渡した、裸の写真は熟女のモノだった事。


そして、なぜ父ちゃんがトモゾーと名乗っていたか。

10代だった頃、某国民的アニメのトモゾウさんにそっくりで、あだ名がトモゾーだったかららしい。


2人で酒を飲みながら、色々な話を聞いた。

父ちゃんが大学教授になって、発掘に携わっているのは、あの異世界の入り口が他にあるかどうかを調べるためらしい。


次の日、2人で実家の風呂場のドアを開けたけど、もう異世界には繋がっていなかった。

アレは夢だったのか?

嫌、夢じゃない。


その証拠に、後日、山菜採りに出かけたばーちゃんから「裸の女の写真をリュックに大量に入れたのは優馬か?」と怒って電話があった。

老人会の仲間と山菜採りに行って、少し焦げたセクシー女優の写真が出て来て、ハジをかいたそうだ。



いかがだったでしょうか?

これはトモゾーさん(仮名)の実家が火事になり、セクシーDVDだけが無事だったと言う実話からお話を書かせてもらいました。

本人様の許可は頂いております。

トモゾーさんの20代の頃のお話をして頂きありがとうございました。30代の今は、私の近くの席に座って、今も普通に勤務しておられます。

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