表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

王都が悲鳴を上げているのですか? 私は紅茶の香りしかしませんわ

作者: 上下サユウ

 王都の空が裂ける。

 雲が逆流するように渦を巻き、塔の先端が一つ、また一つと粉砕され、石片は雨のように降り注ぐ。白い砂煙が立ち上る中、人々は悲鳴を上げ逃げ惑う。


 すべてが遠雷のように響き、丘の上まで振動を運んでくる。

 やがて鳥が鳴きやみ、風が止まる、

 空気の流れそのものが、何かを恐れるように萎縮していく。遠くの空には、不穏な雲が渦を巻き、王都上空に墨の影が落ちる。まるで神が意図的にその場所だけを切り取ったように。


 ――でも、私、エリシア・ハーネットは静かに紅茶を口に運ぶ。

 辺境の小さな丘の上、陽光に温められた木製テーブルにティーカップを置き、ささやかな午後のひとときを楽しむ。


 本来なら新緑の香りを運ぶはずの風は、今は王都だけを避けるように吹いている。私のカップから立ち上る湯気だけが、平和そのものだ。


「良い香りですわ。今日の茶葉は当たりですわね」


 崩壊する王都を眺めながらも、落ち着いた声で私は呟いた。

 少し離れた場所で、従者のリアムが王都の方角を静かに見つめていた。表情は穏やかだが、その瞳は鋭く、冷たく光っている。


「塔が三本崩れました。南区画も沈み始めています。王都はもう長くはないでしょう」

「そうですの? まあ、私には関係ありませんけど」


 私は紅茶の表面に映る微かな揺れを見つめ、くすりと笑う。

 リアムが私の返答にほんのわずか微笑したのを、私は見逃さない。リアムは慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「……エリシア様、王都では復帰を願い、聖女である貴方様を探しているようです」

「そうですか。ですが探されても困りますわ。もう戻る気はありませんもの」


 その声には怒りも憎しみもなかった。

 ただ、完全な興味の喪失。


 王都にいた頃、私は災厄を呼ぶ聖女として断罪され、追放された。聖女だと言われ、祭り上げられ、便利に使われ、最後は責任をすべて押し付けられて、あっさり捨てられた。

 なら、私が同じように切り捨てて何が悪いというのだろう。


「それに……見て差し上げなさい。嵐が吹き荒れるのは、何も私のせいではありませんわ。彼ら自身の選択の結果なのですから」

「仰る通りです。エリシア様を追放した瞬間から王都の崩壊は決まっていました」

「最初に警告したというのに、誰も聞きませんでしたわね」

「愚か者ほど正しい声を恐れますから」


 遠くで王宮の塔が崩れ落ち、砂煙が天へ昇り、群衆の悲鳴が混じる。

 今になってやっと気づいたのだろう。災厄と呼んだ存在こそ、王都を支えていた柱だったと。

 

私の力は災厄ではなく、異常の前兆を可視化し、被害を抑えるもの。

 

 ――だが、気づく者はいなかった。

 愚かさは罪だ。


「紅茶が冷めてしまいますわ」


 私は視線を戻し、静かにカップを置いた。


「もう少し、落ち着いた世界で生きていきたいのです。あの王都がどうなろうと、もう知りません」

「貴方様の世界はこれから創られるものです。過去に縛られる必要はございませんからね」

「そうですわね。私を縛ろうとした者たちが、今度は自分の過ちに縛られる番ですもの」


 王都の空を切り裂くように稲光が閃く。黒雲は渦を巻き、風は荒れ狂い、華やかな王都が一変して崩れ落ちる。


 私は今日も、ただ紅茶を飲む。

 青空の下、静かな丘で。


 王都を包む黒い雲が、ざまぁと言わんばかりに雷を落とし続けている、その上から。

お読みいただきありがとうございました!

初のショートショート作品です♪

他にも↓見てみてくださいませ。

【連載版】完璧な婚約者ですか? そんな人より私は地味な従者を愛しています

https://ncode.syosetu.com/n5901lh/

ブックマークや↓【★★★★★】の評価、いいね!をお恵みくださいませ( ´∀`)ノ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ