王都が悲鳴を上げているのですか? 私は紅茶の香りしかしませんわ
王都の空が裂ける。
雲が逆流するように渦を巻き、塔の先端が一つ、また一つと粉砕され、石片は雨のように降り注ぐ。白い砂煙が立ち上る中、人々は悲鳴を上げ逃げ惑う。
すべてが遠雷のように響き、丘の上まで振動を運んでくる。
やがて鳥が鳴きやみ、風が止まる、
空気の流れそのものが、何かを恐れるように萎縮していく。遠くの空には、不穏な雲が渦を巻き、王都上空に墨の影が落ちる。まるで神が意図的にその場所だけを切り取ったように。
――でも、私、エリシア・ハーネットは静かに紅茶を口に運ぶ。
辺境の小さな丘の上、陽光に温められた木製テーブルにティーカップを置き、ささやかな午後のひとときを楽しむ。
本来なら新緑の香りを運ぶはずの風は、今は王都だけを避けるように吹いている。私のカップから立ち上る湯気だけが、平和そのものだ。
「良い香りですわ。今日の茶葉は当たりですわね」
崩壊する王都を眺めながらも、落ち着いた声で私は呟いた。
少し離れた場所で、従者のリアムが王都の方角を静かに見つめていた。表情は穏やかだが、その瞳は鋭く、冷たく光っている。
「塔が三本崩れました。南区画も沈み始めています。王都はもう長くはないでしょう」
「そうですの? まあ、私には関係ありませんけど」
私は紅茶の表面に映る微かな揺れを見つめ、くすりと笑う。
リアムが私の返答にほんのわずか微笑したのを、私は見逃さない。リアムは慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「……エリシア様、王都では復帰を願い、聖女である貴方様を探しているようです」
「そうですか。ですが探されても困りますわ。もう戻る気はありませんもの」
その声には怒りも憎しみもなかった。
ただ、完全な興味の喪失。
王都にいた頃、私は災厄を呼ぶ聖女として断罪され、追放された。聖女だと言われ、祭り上げられ、便利に使われ、最後は責任をすべて押し付けられて、あっさり捨てられた。
なら、私が同じように切り捨てて何が悪いというのだろう。
「それに……見て差し上げなさい。嵐が吹き荒れるのは、何も私のせいではありませんわ。彼ら自身の選択の結果なのですから」
「仰る通りです。エリシア様を追放した瞬間から王都の崩壊は決まっていました」
「最初に警告したというのに、誰も聞きませんでしたわね」
「愚か者ほど正しい声を恐れますから」
遠くで王宮の塔が崩れ落ち、砂煙が天へ昇り、群衆の悲鳴が混じる。
今になってやっと気づいたのだろう。災厄と呼んだ存在こそ、王都を支えていた柱だったと。
私の力は災厄ではなく、異常の前兆を可視化し、被害を抑えるもの。
――だが、気づく者はいなかった。
愚かさは罪だ。
「紅茶が冷めてしまいますわ」
私は視線を戻し、静かにカップを置いた。
「もう少し、落ち着いた世界で生きていきたいのです。あの王都がどうなろうと、もう知りません」
「貴方様の世界はこれから創られるものです。過去に縛られる必要はございませんからね」
「そうですわね。私を縛ろうとした者たちが、今度は自分の過ちに縛られる番ですもの」
王都の空を切り裂くように稲光が閃く。黒雲は渦を巻き、風は荒れ狂い、華やかな王都が一変して崩れ落ちる。
私は今日も、ただ紅茶を飲む。
青空の下、静かな丘で。
王都を包む黒い雲が、ざまぁと言わんばかりに雷を落とし続けている、その上から。
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