マユの推理
「死んじゃったね」
翌日、マユに報告。
(ヨウムの剝製に宿っている)マユは
この部屋で語られた全ては知っている。
「『認知症あり、既往症顔面腫瘍、異常行動により事故死の超高齢者』と、カオル言ってたな」
「『瘤仙人』と呼ばれていたのね」
「仙人が何なのか分からないけど90才過ぎてるのに、自力で屋根に登ったのは超人っぽいね」
「最後の力を振り絞って、『天』を目指したのかな……」
マユは、つと立ち上がり、
円を描いて舞うような仕草。
(白い羽毛を編み込んだ生地のドレス。
白地に花の刺繍の着物を羽織っている)
「天、を目指して?……鳥の最後みたいに?」
聖はヨウム(マユが宿っている)の死を、思い出した。
最後に上に飛んで…、落ちた。
天を目指すかのような垂直飛翔を見たと。
悲しくて美しい光景が蘇る。
「まさかね……こんなに、とはね……」
マユは1人呟いている。
視線は床に落ちている、赤い小さなフードケースに。
「ん?……あ、忘れてた」
聖はソレを拾う。
山口正が届けた、お土産の<スジ肉>が入っていた。
トラがべろりと舐めたので中はきれい。
「返すほどのモノじゃないよね。……捨てちゃっていいよね」
聖はゴミ箱に投げ入れようとする。
が、マユが止めた。
「セイ……ゴミと一緒にしてはいけない」
「へ?……なんで?」
どう見たって安価な使い捨てのケースだけど。
「やっぱ洗って返すべき?」
「……それも違う」
「じゃあ、コレ、どうしたらいいの?」
「どうしたらいいかしら……」
マユは黙り込み、何かを真剣に考えている様子。
……コレ、どうするか考えてるの?
……そんな重要事項?
「燃やすべきね。洗わないで、そのまま。焼却炉はだめ。煙が昇っていくのを遮る物の無い場所……河原が良いわね」
「へ、なんで?」
聖は再び聞いた。
「え?」
マユは問われたのが不思議そう。
「セイ、本体は自らを天葬した。付属物が収められていた入れ物も、後を追わせたいじゃない」
「へ?」
俺は今、何を聞いた?
マユの説明が理解出来てない。
どこがって……フゾクブツ、って何?
ホンタイって……。
「まさかとは思ったけど……セイは感じていなかったんだ」
また謎の言葉を投げかける
「はい……感じてないです」
右手に握った小さなケースなら、何も感じてない。
「あ、そうか。そっちじゃ弱いんだわ。セイ左手に載せて。手袋外して」
「? は、はい」
謎の指示に従う。
剥き出しになった手は母の手。
白いきゃしゃな手に、ソレを載せると……。
奇妙な感覚に捕らわれた。
自分の手が、にゅうっと広がっていくような。
あっという間に巨大化し
指は壁を突き抜け
森の木に触れていると、生々しく感じる。
「うわ、やばい」
聖は驚き恐れ、ケースを手放した。
「感じたようね」
マユは微笑む。
「い、今の何?……異次元に持ってかれそうだった。……ちっぽけなケースが、俺に幻覚を見させた……そうなの?」
「中に収まっていたモノの力が、残ってるのよ」
「中?……入ってたのはスジ肉だよ。山口食堂のメチャ美味いスジ肉の煮込み」
聖は、まだ分からない。
「そう、肉が入っていたのよね。……ねえ、その肉が現れたのはいつ? 瘤が消えた直後だったりして」
「こ、瘤……?」
スジ肉と瘤に因果関係があるのか?
「『こぶとり爺さんの瘤が無くなってる』と、薫さんが知らせてきたのよね。……その日にスジ肉が出てきたんじゃなかった?」
「へ?」
聖は薫とのラインを確認。
「そう、だった」
スジ肉=取れた瘤
マユが何を言いたいのか、やっと分かる。
「マユ……薫と鈴森さんは瘤を煮たのを食べちゃったと、思うの?」
疑いながら聞いた。
「食べさせられた、でしょうね。どうしても鈴森さんに食べさせるために、追ってきたとは考えられない?」
山口正は、過剰な親切心で、お土産を届けに来たのでは無い。
鈴森の口に入れるのが、任務だったと、
マユは推理する。
「切除した瘤を牛すじと偽って食べさせた……悪趣味すぎるよ。まさか、そんなグロいこと……」
山口ミヨも正も、素朴な善人であるはず。
「セイ、なんであれ普通の肉では無さそうよ。『残り香』だけでセイは狼狽えていたじゃない」
「う、うん。メチャ衝撃的だった。……やっぱ、あの爺さんの瘤? ……凄い力を持っていたってコト?」
付属品の残り香があの威力。
本体はどれ程のパワーだったのか。
「俺、あの爺さんを見くびっていた? 死人のように気配が薄かったけど……」
容貌、佇まいは「仙人」
呼び名は「瘤仙人」
で、
正体は本物の仙人?
「マユ、本当に瘤だとして、どうして薫と鈴森さんに食べさせたんだろう」
誰が、何の為に?
「今はまだ分からない。セイが調べるしかないとは思うわ」
「俺が?」
「そうよ。セイが1人で調べるのよ。瘤を食べたかも知れない、なんて薫さんと鈴森さんに言えないでしょう?」
「……そっか。瘤も人肉だもんな」
早々に山口食堂に行こうと決めた。
山口正に直接問えばいい。
なんなら<霊感剥製士>を名乗って
全て知っている風を装って。
薫達に知らせるのは結果次第。
必然性が無い限り
2人には伝えない。
あれは瘤だったと極力知らせたくない。
翌日午後
黒のスーツに着替え、山口食堂に行くことにした。
車に乗り込む前に
例のケースを河原で焼いた。
素材はポリプロピレンかポリエチレン。
それが薄っぺらい紙みたいに
臭いの無い白い煙。
あっという間に灰になって風に散った。
聖は悪いモノでは無いと、感じた。
<邪悪な気配はない>
鈴森が言っていたのを思い出す。
思い返しても<瘤仙人>に邪気は無かった。
山口食堂で出会った人たちも善人オーラ満開。
特異な力を持つ老人は、善人達の役に立っていたのだろうか。
ゆえに<仙人>と呼ばれた……。
<瘤>を食わせたのも、善意からだったりして。
滋養強壮、万能薬、とか。
案外そんな理由かも。
思いめぐらせていたら
楠本酒店から電話。
(神流剥製工房から東に3キロ、県道にある酒店。昔は食堂も営業していた)
「セイちゃん、ちょっと出てこれるか?」
90才近い店主の声は大きい。
「今から?……ばあちゃん、何かあったの?」
緊急の用件でない限り明日にしてほしい。
「セイちゃんにお客さんやねん。バスで来はったんやけどな。そこまで行く道がわからんねんて」
「お客? 剥製の?」
「違う。うちの、昔のお馴染みさんやねんけど。ヨネダ リュウゾウさん。天理から来はったんや」
ヨネダ リュウゾウ
あの老人だ。
山口食堂で一度会っただけの。




