尾行
「マユは、あの人が、自分の父親を殺したと?……そう思うの?」
ならば、あの手は父親殺しの徴?
「縊死だったのよね。……偽装した可能性はない?」
「うーん。……無理だね。当時中学1年だよ。まだ少年じゃないか」
薬、絞殺、拘束、被害者の身体に他殺の痕跡は残る。
全く痕跡を残さない偽装?
脅して、自ら首を吊らせる……それ以外に思いつかない。
だが直接手を下さなければ、徴も無い筈。
「分かったわ。セイが言うなら、正さんは人殺しでは無い……」
マユは唇に指を当て、まだ何かを考えている。
「他にも、何か気になるの?」
「あのね、同じフレーズが何度も出てきたのが、ちょっとね」
「同じフレーズ?」
「そう。『勧められて』ってね。勧められて、インコを飼った。猫を剥製にしたのも勧められたから……」
「そういえばインコの剥製も、誰かに勧められて……それが何か?」
特別なことでもない。
山口の母は、馴染み客と親しそうだった。
困り事やら悩み事、互いに聞き合い、アドバイスするんじゃないのか。
「お父さんが自殺した時、誰かにペットを飼うことを勧められて、お母さんがオキナインコを選んだのかしら?」
「それは聞いてない。鳥は散歩に連れて行かなくていいからね。犬よりは世話が楽だと誰かが思いついたのかも」
インコは正を癒やし、家族のように愛された。
結果を見れば、ナイスなアドバイスと言える。
「でも文鳥やセキセイインコじゃないわ。中型インコは寿命が長い。本気で噛まれたら怪我するし、犬より手軽とも言えない」
インコは知能が高くて情が濃い。
かまってやらないとストレスで自分の羽をむしってしまう。
散歩は無いけど、毎日放鳥は必須。
糞の始末も大変。
「そんなのネットで調べれば分かるんじゃ無い? 動画見てインコを飼いたくなったのかも」
「25年前よ。今ほど情報は無いでしょ」
ではペットショップで一目惚れの情動買いか。
否、違う。薫はこう言った。
(その時にな、勧められて母親がインコを購入したんや)
と。
「わざわざ『勧められて』と、自分の意思では無いと明かしているのね。レアなペットだからこそ、『何で』と聞かれる前に説明してる感じもするわ。剥製にするのもレア、よね」
「インコの剥製は多くないね。殺した侵入猫を剥製するのはもっとレアだけど」
「レアだし、お金が掛かることを『勧められ』て、したのよね」
「まあ、そうなるね」
「勧めに、従い過ぎてない?」
「確かに。素朴で素直な性分なのかな」
「それか、逆らえない人に勧められたとか。力関係がずっと上の人」
「逆らえない……か」
山口食堂で会った<リュウゾウ>と呼ばれていた老人を、ふと思い出した。
「山口さんは、リュウゾウさんに聞いて、ここに来たらしい」
「剥製屋を紹介した……その人が剥製を勧めたのかしら」
「有り得るかな。威圧感のある爺さん。村の権力者って雰囲気」
「村の権力者?……指示に従うのが村の掟とか」
「そんな、おっかない感じでは無いよ。親しそうだった。親戚かもしれない。頼りになる伯父さん、とかね」
「剥製を勧めたのは、良かれと考えてのアドバイス?」
「そうだろ。実際、結果はハッピーだったんだ。猫の剥製もね。全て終わらせたんだから」
「全て終わらせた……」
マユは反芻して……聖を見つめる。
聖は<リュウゾウ>が陰のアドバイザーだったとして
何の問題もないと、思っている。
「ねえ、セイだったなら、どんなアドバイスをしたかしら?」
「?」
「山口さん一家が、大切な人と想定するの。まず父親の縊死。どんなアドバイスをするかしら……セイなら子犬を勧めそうね」
「え? 絶対勧めないよ。犬も猫も鳥も勧めないね」
「そうなんだ。……どうして?」
「危険だから。心弱ってる人に、世話は無理。人間よりはるかに死亡率高いからね。特に鳥は絶対勧めないね。前触れ無く突然死んじゃう。飼い主にはキツいよ。心壊れそうになるよ。……オキナインコが長生きしたのは運が良かったんだ」
「インコの剥製は?」
「……勧めないかな」
「あら、子供の救いになったのに?」
(去年、嫁が癌で亡くなりましてね……それからメグミちゃんは嫁そっくりの声で喋るようになりましてん。孫は『ママはメグミちゃんの中におる』と、言うてたんです)
「あのさ、母親の声で喋ったのは、子供の為じゃないよ。インコは亡き人が恋しかったんだ。この世に留まるより、母親の元に逝かせるべきだね」
「セイは人間の子供より、インコの思いを重視するのね」
マユは少々呆れ顔。
「まあ。そうかな。インコと、母親だけどね」
母親を亡くした子供より、子供を残して死んだ母親が可哀想。
あの世で、せめてインコと一緒にしてあげたい。
(出産時に死んだ)自分の母と重ねずにはいられないのだ。
「マユ、俺だったら何も勧めない。けど、勧めた誰かに山口さんへの悪意はないよ」
「それは、そうだと思うわ。……ねえ、新しいゲーム出たんでしょう? 見たいわ」
マユは真珠のような歯を見せて微笑んだ。
<山口食堂>にも<瘤とりじいさん>にも、
マユはもう、興味は無さそう。
自分も忘れていいような気がした。
しかし3日後、急展開。
鈴森が工房に来た。
午後7時過ぎ。
ノックにドアを開ければ一人で居た。
アポも無く薫と一緒でも無い。
夕焼けが表情を隠しているが
大きな肩が上下しているのは
県道から走ってきたせいだ。
「入って下さい」
聖は太い腕を引き寄せた。
「食堂出て、此処へ来てしまいました」
「……山口食堂に行ったんですね」
偵察は薫に頼まれてのこと。
でも聖に会いに来た。
<霊感剥製士>に用があるのか?
「セイさん、実はね、尾行されたんです」
「び、尾行?」
鈴森の話は
思いがけない言葉で始まった。
「私の住まいを知りたいみたいですね」
「誰が? 山口さんですか?」
「前に薫さんと行ったときにね、客の1人に色々聞かれたんです」
どこから来たのか
仕事は何か
妻子はあるのか
「薫さんが答えていました。2人とも剥製屋の幼なじみでリサイクル業やと」
鈴森は、尾行に気付き自宅マンションに帰らず神流剝製工房を目指した。
幼なじみの家を訪ねても、不自然では無いだろうと。
「鈴森さんの家を突き止めようとしてる……なんでだろ? メッチャ気味が悪いですね」
「セイさん、気味が悪いコトは他にもあるんです」
「みたいですね。ゆっくり聞きますよ」
聖は冷えたビール缶を持ってくる。
「うわ、飲みたいですけど、車置いてますから、私は水で」
鈴森は真から残念そう。
「軽トラ、県道でしょ。尾行車が近くで待ってるかも。俺が霊園事務所まで移動させます。シロを迎えに行く時間だから丁度いいし。先飲んでて下さい。……今夜は泊まってくださいね」
鈴森は丸い目を一層丸くして聖を見つめ、無言で頷いた。
キーを受け取り小走りで県道へ出る。
荷台を確認するそぶりで、辺りをうかがう。
すると、20メートルほど後ろに、白い軽ワゴン車が停まっていた。
運転手のシルエットは、男で大柄では無い。
顔は判別出来ない。
が、山口正だと直感。
やはり鈴森を待っていたのだ。
県道に路駐。
剥製屋に長くは居まい。
少し待てば戻ってきて、自宅へ向かうと。
発進すると、案の定付いてくる。
だが、霊園へ至る橋の手前で、ワゴン車は停まった。
辺鄙な森へ続く暗い道。
尾行に気付かれると分かったのか。
それとも白衣の男を追っても無意味と気付いたのか。