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こぶとり爺さん

「オバチャン、猫は縄張りを出て遠出はせえへん。飼い主は近所やな。すぐ見付かったんか?」

 薫はメニューを手に取りながら、ついでのように聞いた。


「そうです」

「そうか。揉めたり、せえへんかってんな……俺、カツ丼と豆腐」

 聖にメニューを手渡し、話を終えた。

 火事の話は切り出さない。


「カツカレーとポテトサラダ、お願いします」

 聖も注文する。


 山口の母は立ち上がり、カウンターの中へ。

 調理しながら話の先を、語った。


「えらい怒りはったよ。罵られました。こっちもメグミちゃん殺されたんや。言いたいことはあったけど、黙っといた。今となっては、そんで良かった思ってます。あの、お方、火事出して亡くなりはったから」


「火事……B町の、コレか?」

 薫は携帯電話を触りながら聞いた。

 ネットで情報を確認する、不自然でないリアクション。


「そうそう。名前も家も知らんままやってんけど、お客さんが教えてくれた。怒鳴り込んできたときにな、店におった常連さん。あれは『猫婆さん』やと教えてくれた……あら、リュウゾウさん、いらっしゃい」

 客が1人、入って来た。

 80才位の爺さんだ。

 小太りで赤ら顔。


「ミヨちゃん、暑いなあ」

 首に掛けた手ぬぐいで汗を拭い、

「これは、これは、いらっしゃったか。なんとありがたい」

 と、……店の奥に向かって手を合わせた。

 何?

 薫は、振り返った。

 初めてまじまじと、もう1人の客を見た。


 白髪を束ねた、老人の後ろ姿を。


 その老人は

 ノーリアクション。

 静かに、ゆっくりと右の腕だけ動かしている。


「こっちのお兄さんら、誰やったかいな。薬局のお方か?」

 リュウゾウと呼ばれた老人は、隣のテーブルに腰を下ろしながら言う。

 聖の白衣(洗濯漂白で綺麗)を指差して。 


「リュウゾウさんが教えてくれた剥製屋さんやで。偶然、来てくれはった。ほんで偶然リュウゾウさんが入ってきたんやで」

 山口の母は、注文も聞かぬのに

 瓶ビールと豆腐を、リュウゾウに持って来た。


「ふうん。そうか」

 リュウゾウは素っ気なく呟いた。


(あの剥製屋か)

 とか、ありがちな話の流れにならない。

 

ソレで聖も

(前に剥製の注文頂いたのでしょうか)

とも聞けなかった。

ちゃんとみれば高級ブランドのスポーツウエアだし

金時計の文字盤にはダイヤが煌めいている。

佇まいに威圧感がある。

気さくに話しかけにくい。


 暫く後で、カツ丼、カレーやらが聖たちのテーブルへ。


「美味い。メチャ美味い」

 薫の箸の動きは速い。

早く食べて早く出ようとしている感じ。

 聞きたい事は、全て聞けたと言うコトか?


 美味い、は嘘ではなさそう。

 カツカレーもポテトサラダも

 見た目は素朴だが、かなり美味しいのだから。



「ごっそうさん。すんません、万札しかないねん」

薫は奧のカウンターまでゆっくりと行く。


「いやー、座っといて呼んでくれはったら良かったのに」

山口の母は、調理の手を止めカウンター右端のレジへ。


 薫は、しっかりと謎の老人を見ていた。

 正面からの姿を見たいが為に、

カウンターまで支払いに行ったのか。



「こぶとり爺さん、やったで。こぶとり爺さんがな、酒飲んでた。豆腐食べながら」

店を出るなり、薫は言う。

たいそう面白いモノを見たような顔で。 


「こぶとり爺さん? ……瘤があるって意味?」

「うん。右のほっぺ、肩に尽きそうなくらい大きな瘤が垂れ下がってるねん」

 

「そうなんだ……で? なんで嬉しそうに言うの?」

小学生じゃあるまいし、人の外見を面白がるのって、どうよ?


「絵本のまんま、やってんで。俺はずっとな、あんな瘤は誇張やと思ってた。おとぎ話の中だけ、実際はおらんと。ところが、ちゃんと存在したんやんか」

 と、幼児レベルの驚きと感動を語る。


「立派な瘤だけ、ちゃうで。白い綺麗な顔してたで。白人の爺さんみたいやった」

「実際そうかも。あの人、俺より背が高そうだった」


「あとから入って来た爺さん、ありがたいって、手を合わせてたやんか。ひょっとしたら村で最高齢とか。そんで仙人扱いかも知れんで」


 仙人か妖怪か知れない。

人かどうか怪しい、と聖は思っている。

 瘤の話を聞いてますます、そう思っている。

 けど、正体を知りたいとは思わない。

 

 ロッキーに乗り込み話題を変える。

「薫、猫のことだけど……なんで分かったの? 陳列棚に飾ってたのも分かったんだ。凄すぎる」

 

「それはな、よれよれの首輪で見当は付いてたんや。俺やったら綺麗な首輪つけたるやん。なにか理由があると。ほんで陳列棚には剥製猫が収まりそうな空間があったやんか」

「首輪で、見当付いてたのか」

 薫の洞察力に今更ながら感心する。


「セイ、あのオバチャン、陰な感じが無かったやろ?」

「うん」

 少なくとも人殺しではない。

 (リュウゾウにも人殺しの徴は無かった)


「嘘ついてないと、思うで」

「けど、ちょっと喋っただけで俺が剥製屋とわかったんだよ。侮れないかも」


「それはな、息子から聞いてたんやで。背の高いイケメンで白衣着て、片手に手袋していたって。そんな奴、そこらにあんまりおらんで」

「へ?……そうなのか」

 聖は自分の外見には無頓着。


「剥製が火事現場にあった経過は判明した。山口食堂の常連が『猫婆さん』を知ってたんやろ? 火事の詳しい状況も、客の誰ぞが、知ってるんちゃうかな」


「また来る気なの?」

 何回か通い、馴染みの客となり、常連客に探りを入れるつもりか?


「メシが美味いからな。大きな豆腐、食べてみたいし。あ、次の交差点左へ入って。火事現場通って行きたい」

「……いいよ」 


 焼け跡には一部にブルーシートが掛けられていた。

 まだ焦げた臭いがしている。


 聖たちは、車を降りかけたが、前から来たトラックにクラクションを鳴らされた。

 道幅が狭く対向可能な箇所が限られているのだ。


「無理やな。車停めるとこ無いな」

 諦めて現場を離れる事になった。


「薫、この通りは、地図で見るより狭い感じだね」

「用水路があるからな」


 聖は、火災時に、認知症っぽい老人1人立っていた話を思い出す。

「この狭い路の真ん中に人がいて、クラクション鳴らしても動く気配が無かったら引き返すしか無いね」

「消防員も知ってたくらい有名な徘徊老人や。見たコトあるドライバーは、姿が視界に入った時点で道を替えるやろな」

 火災の始まりを徘徊老人は見たのかも知れない。

 それで足を止めたのでは?

 結果、通行車を立ち入らせない役割を果たしてしまった。

 通行者からの通報が無く、路駐の野次馬も無かったのは単純な理由かもしれない。

 

「大きな家ばっかりやな。これは地主屋敷かな」

 火事現場の先の通りは、古くからの集落。

 漆喰塀で囲まれた屋敷もある。

 航空写真では数軒家があるように見えた。

 だが実際は広い敷地の中に複数棟が建つ構造だった。


「薫、これだけ広い屋敷だと、家の中で長屋の火事に気付くのは無理だね」

 近隣住人は、長屋が燃えているのに本当に気付かなかったのかも。

 火事を知りながら見殺しにした、その可能性は低そうだ。


「駅は近いが、本数少なすぎる。外出は車使うんちゃうかな。国道に出るのに狭いところ避けたら、長屋の前は通らんな……さっきから、だれも歩いてないやん。ほれ、サギがまったり歩いとるで」

 道の先に灰色のサギ。

 細い用水路を歩いて移動中。

 聖は、しっかり見たくて窓を開ける。


 サギは聖をチラ見して嘴を上げる。

(さっさと行けよ)

 とでも言われた感じ。


「キキキってサギが鳴いてるンか?」

 薫は助手席から身を乗り出す。

 

 確かに鳥の鳴き声が。

 キキキ、キアキア。

 甲高い鳴き声は、サギでは無い。


「インコが家の中で鳴いてるんだよ。……1羽じゃないな。すぐそこの家と、後ろの方からも聞こえてる」

「インコの声が外まで聞こえるんか?」

「うん。中型インコだね」


「中型インコ……山口家のメグミちゃんと一緒か?」

「オキナインコじゃないね。ボタンインコか小桜インコ、だと思う」


「ここいらでは中型インコ飼うのが流行ってるンやろか」

「どうかな」

 誰かが産まれた雛を、近所に譲ったのかもしれない。


 聖は不意に、自分もインコが欲しいと思った。

 シロも喜ぶに違いない。

 犬は鳥と仲良く出来るのだから。



「セイ、偵察の収穫が、こぶとり爺さん、なの?」

 マユは力が抜けたと笑った。

「だって、事件性無さそうだもん。現地を見てね、近所の人は本当に火事を知らなかったんだと、俺は思ったけど」


「何故、インコ殺しの猫を剥製にしたかも、あっさり話してくれたのね」

「そう。剥製にして飼い主に返そうとしたのは善意だと思うよ。死骸を埋めてしまえばそれで済んだ話だしね」


「じゃあ、終わったのね」

「うん」

 聖は終わりにしたい。

 瘤のある老人を忘れたい。


 どうしても生身のヒトと思えない。

 自分にだけ見える幽霊なら、まだいい。

 ヒトでないのに

 誰にでも姿が見えて

 ヒトのように酒を飲んでいるのが、コワい。

 幸い後ろ姿しか見ていない。

 顔を知らないままに記憶から消したい。


 薫は、もう山口食堂には行かないと思っていた。

 火事現場の前を車で通ってみて

 事件(近所がよってたかって見殺しにした)と疑う材料は無かったのだから。


 ところが2週間後

 午後2時。


「熊さんと山口食堂でランチ」

 と薫からライン。

「セイ、本物の、こぶとり爺さんやったで」

 意味不明なメッセージに続いて画像が送られてきた。


 座っている白髪の老人を斜め上から盗み撮りした写真だ。

 額は広いが、はげ上がってはいない。

 眉毛は白くて伸ばし放題。

 鼻筋の細い高い鼻。

 薄い唇。

 長めの顎。

 目尻の深い皺以外、白くてつるんとした顔だ。


「セイ、写真よおく、みて。瘤が無くなってる。鬼に取って貰ったんかしら」


 肉薄の頬に瘤は無かった。

 外科手術で取ったような傷跡も無かった。


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