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空っぽ

数日過ぎた金曜の午後、(明日行くで)と薫からライン。

鈴森も誘ったと。


努めて忘れていた<瘤仙人>のことが、頭に浮かぶ。

いけない。

考えてはいけない。


いらぬ心配を鈴森に悟られてはいけな い。

他のことを考えよう。


明日の酒盛りの用意でも……と、冷蔵庫を開ければ、

缶ビールが残り僅か。


楠本酒店に買いに行った。


「セイちゃん、酒のつまみも、いるやろ」

 婆さんはチーズやピーナッツを適当に袋に詰めている。

 商い上手。

 客とのお喋りに無駄は無い。


 リュウゾウの話を自分からしたりはしない。

(瘤を食べたと、薫にチクったりもしないだろう)


「ばあちゃん、この前、天理からきた人、何してる人?」

 聖から話を振った。

 ちょっと聞いておいてもいいかと。


「あ、リュウゾウさんやな。なんやったかな。確か建築関係の、測量の仕事や言うてた」

「測量か」

「和歌山におってん。実家帰る通り道やからな。よお、来てくれてた」

「そうなんだ」

 変わった仕事でもないし、馴染みになった経緯もよくある話。

 会計を済ませて店を出ようとしたら


「セイちゃんの、お祖父ちゃんとな、一緒に飲んだこともあるねん」

 と婆さんが。

 これには少々驚く。


 山口正を紹介したのだから、注文歴があるのは想定内。

 が、父の代だと勝手に思っていた。


「祖父ちゃんに、なんかの剝製を頼んだの?」

「リュウゾウさんに聞いてな、そういうこともあったと、思い出してんけどな」

 聖が来るまで2人で飲んでいた……、あの時に聞いたのだ。


「瘤仙人さんの瘤が出てきたのは、その後や、ねんて」


「そのあと?」

 何のあと?

 聞き捨てならない新情報ではないか。


「なんか面白そうな話だね」

 詳しく聞きたい。


「鍋(ぼたん鍋)やってた時分にな、座敷の床の間に、大きな鷹の剝製あってん」

 聖の祖父の作品。

 今は婆さんの孫の元にあるという。


「リュウゾウさんは、いっつも『ええなあ』いうて眺めてた」


「で? やっぱ何かの剝製を?」

「派手な色の、ここらで見たこと無い綺麗な鳥やったと思う。よお憶えてないけど」

 

 本家の、池の柵に絡まって死んでいたという。


「綺麗な鳥……婆ちゃんも見たの?」

「写真を見せて貰った」


 現物(死骸)ではない。

 リュウゾウが持って来たのはポラロイドカメラで撮った写真。

 

「雪さん(聖の祖父)は剝製にしたらアカン、言うてん」

「断ったんだ」

「『この鳥は供え物と一緒に埋葬するか火葬するべき』と言うたんや。リュウゾウさんは、やっぱり『神の使い』か、と思ったんや」


「か、神の使い?」

 まさか、とは思わない。

 瘤仙人の起源かも知れない。


「鳳凰や、と言うてたな」

「鳳凰!(まさかね)そいつは凄いや。……で? 祖父ちゃんの言った通りに供養したの?」


「本家が自分とこの山にな、祠こしらえてんけど……」

 婆さんは口を塞ぐ仕草。

 喋って良いのか、迷ってる。


「何かあったの? 聞かせてよ。俺の祖父ちゃんが関係してたんだし」

「……しやな」

 婆さんは1歩近づいて小声で続きを話し出す。


「本家の年寄りがな、『神の使い』を家の敷地で死なせてしまった。頂かなアカンと」

 山の獣(山神様の使い)は殺したら食べなければいけない。

(人殺しの獣だけは食べない)

 この村にもある日本古来の習わしだ。 


「焼いて食べたの?」


「小指の先ほどの身を頂いた。すりつぶして吸い物に浮かべな、仙一さんに、食べさせたんやて」

「瘤仙人が食べたのか」

 鳥はまさしく鳳凰で 

 仙人化したのは、これが発端か


「仙一さんな、原因不明の高熱で死にかけてたんや。医者にも見放されて」

 

 カミサマからの頂き物が、命を救ってくれるかもしれない。

 世俗に染まらぬ汚れなき者です。

 どうぞ私らの元に戻して下さい、と祈った。


「仙一さん、嘘みたいに熱が引いて元気になったんや」

 その後で、瘤が出来てきた。

「外へ出歩くようになってん……なんや不思議なコトやってんで、とな、リュウゾウさん話してくれてん」


 なんや不思議なコト?

 怪奇現象なんだけど。


 もしかして

 明かな超自然現象も、

 全部<なんや不思議なコト>に過ぎないの?


 マユに、

 聞いた話を一気に喋った。


「鳳凰のような……鳥?……鳥を食べたと?」

 

 マユは黙って部屋の中を歩く。

 剥製棚まで行ったり来たり。


「マユ、瘤仙人に取り憑いていたのは『神の使い』の鳥? 肉片を喰ったから仙人になったのか? 」


 聖は長い沈黙に耐えられない。

 正体が判明したのだ。

 次は、(瘤を食べた)薫と鈴森がどうなるか答えが欲しい。


「セイのお祖父様が『神の使い』と断言したのでは無いのでしょう?」

「ん?……えーと。祖父ちゃんは剝製にせずに亡骸を供養すべきと、言っただけ」


 神の使いと決めつけたのはリュウゾウだ。


「セイ、鳳凰に似た鳥に心当たりは?」

「へ?……一番近いのはケツァールかな。派手な色の鳥は、大型インコとかに色々……けど、どれも奈良の空を飛んでないよ。南方の鳥だから」


「人が持ち込んで、色々あって奈良で事故死。疲れ切っていたかも……剝製にするのも可哀想だと、お祖父さまは考えたのでは?」


「傷ついた老鳥で、剝製に出来ない状態だった可能性はあるな。鳥の死骸は生ゴミみたいに捨てる人もいるから、ちゃんと供養して欲しいと言っただけかも」


「リュウゾウさんは誤解したのね。鳳凰かも知れないと思っていたから」

「マユ、こういうこと? 取り憑いた鳥は鳳凰じゃ無かった。普通の鳥が、村の人たちに拝まれて調子に乗ってカミサマ化した」

 

 神の使いと疑わず、食するという儀式をおこなった。

 丁重に埋葬。祠までつくった。


「セイ。鳥では無いわ。あれほどの力は無い。たとえ神使であっても」

 マユは言い切った。

 鳥では無いのか

 ならば何が取り憑いた?


「大きな考え違いをしていたかもしれない……あれほどの力なのに、瘤仙人のエピソードはスケールが小さい。妙だとは思ってたの。何が取り憑いてるのか謎だった……もしかして……もし私の考え通りだとしたら……なんて、不憫でしょう」

 マユは目を伏せる。

 瘤仙人を哀れんでいるの?

 

「セイ、あの力は、生まれ持っていた力かもしれない、と考えてみて」

「あれが、生身の人間の力?」

 

 聖は凄まじいパワーを体感済み。

 瘤が入っていたケースに触れただけで

 自分の手が、巨大化し

 指は壁を突き抜け、森の木に触れていると、生々しく感じた。


「本物のエスパーなのか?」

「……仙一さんは子供心に皆と違うと気付き、それから引きこもったのかもしれない」

 

リュウゾウは米田仙一の半生を語っていた。

何十年も、本家の敷地の中だけで生きたと。


奥女中が母親替わりで、大切に育てられ、欲しがるモノは何でも与えられた

耳は聞こえるのに口はきかない、白いモノしか口にしない。

幼少期より変わった子ではあった。

だが、嫌う者はなかった。

物静かで優しい性分。

そして、美しかった。

白い肌に端正な顔だち。

洋画に出てくる美少年のようだった。

継母も、母親違いの弟と妹も、疎んじてはいなかった。


「喋らなかったのよね……言霊封じとも考えられるわ」

 紙に書いた文字は消せるが

 声は音となりどこまでも拡散する。

 言霊の威力が恐ろしくて禁忌としたのか。


「マユ、引きこもりを解除したのはなんで? 鳥を食べたのとは無関係?」

「時期からして関係はあると思うわ。けれど影響を与えたのは食べた鳥ではない。鳳凰だと思い込み、鳥を食べさせた、家族の祈りだと、そんな気がしてきたの」


 世俗に染まらぬ汚れなき者です。

 どうぞ……死なせないで下さい。


「エスパーでも病気で死ぬの?」

「そこは不明ね。……自死を試みた可能性もあるわね」

 両親は年老い

 懐いてくれていた甥や姪も、もう子供では無い。

 邪魔者と嫌われる前に、自分はこの家から消えるべき。

 

 エスパーの自死に何の道具も要らない。

 

「そっか。死のうとしたけど、家族の愛情に引き留められたんだ。奇跡の生還でキャラ変更する気になったのかな」


「キャラを替えたと言うより、空っぽになった……そんな感じがするわ」


「からっぽ……」

 突拍子も無いとは、思わなかった。


 静かすぎる佇まいに

 生身の人間かと疑った。

 あやかしかも知れぬとも思った。

 中身が空っぽ……それなら腑に落ちる。


「感情も意志も捨てた。大切な誰かの、思い通りに行動するだけ。そういう者に自ら変化したの」

「大切な誰かって?」

「家族、そして親しい村人。範囲は狭い。引きこもりだったんだし」

「そっか。で、瘤は? 瘤は、なんで出てきたの?」


「瘤の謎ね……それも、誰かのイメージだったりして。神の鳥を食べ蘇った徴、以前とはどこかが変化していて欲しいと。仙人らしい服装、振る舞い、誰かがイメージした姿。……じゃ、ないかしら」


「誰かの希望通りに、姿カタチも変えちゃうの?……なんかさあ、テレパシーで作動するAIみたいだね」

「……そうかもね。セイ、言ってたよね。山口食堂で出会った人たちは善良だと」

「うん。鈴森さんも同じ感想」


「温厚で善良。争い事を好まない。ご近所に苦情を言ったりはしない。厄介な家族も大切に扱う。けど人間だもの。『いなくなればいいのに』と心の中では呟くでしょう」

 瘤仙人は、

 聞こえてきた<願いの声>を聞き取り、反射的に動く。


「マユ……それだったら例の火事、やっぱり関係しているんじゃないか」

 猫婆さんは近隣住人に快く思われていなかった。

 いなくなればいいのにと、誰かが心の中で呟いても不思議じゃない。


「……そうね」

「人殺しの徴は無かったんだけど」

「手を下してないからでは? コンロの炎を大きくするくらい遠隔操作で簡単にできそうよ」

「出来そう、なの?」 


 聖は寒気を憶えた。

 仙人じゃない。

 完璧なアサシン(刺客)じゃないか。


 何でだが、リュウゾウの言葉が頭に……。

(あの父親はもっと早よ死んでも良かったくらい、難儀な男やった。しやからな首吊りよったんはええんや)

 あれは山口正の父親の話、だった。


「居なくなればいいと、少なくともリュウゾウさんは、思ってたのね」

「う、わ……あのさ、死人が出る家の前に居たの、予知ではなかった?」


「そうねえ……介護疲れの家族に同情する人はいるでしょう。そろそろ往生してもいいのにと、思ってしまったり」

「長年、そういうのやってたら、村の人は恐れるんじゃないの。死に神じゃん」

 メッチャこわいんだけど。


「誰かの死は、誰かを救った。それなら<死に神>の仕業だなんて言わないでしょ。それにね、瘤仙人がやったのは人殺しだけじゃないんでしょ?」


「大雨のあと、裏山が崩れるのを、知らせるような働きをしたって、そんな話も聞いたな」

「裏山?」

「うん。お陰で命拾いした一家の話」

「それはどうだか。この雨で崩れてしまえば良いと、誰かが期待したのかも」

「成る程、そっちかも知れない」 


 しかし、

 悩み事に、答えてはいたのだ。


「山口正にインコを飼えと勧めた。あれも誰かの望み?」

「正さんか母親の希望、有り得なくないでしょ」

 村には、インコの鳴き声が聞こえる通りがあった。

 近所で飼っているのを見て、心惹かれていたかも知れない


「『剝製』は……リュウゾウさんの思いつきかな」

「インコが死んで剥製屋を思い出したのね」



 (運動会の借り物競走、知ってはるやろ?

 何が書いてあるか、ドキドキしましたやろ。あれと似たようなもんです。

 ……書いてるとおりに、せなアカンと皆で盛り上がってな…)


 リュウゾウは面白がっていた。


 瘤仙人は何と書くか?

 ○○と書いたら面白いのに……。


 瘤仙人はきこえたままに○○と、書く。


「マユの推理通りだとしたら、鈴森さんを後継者って話も、誰かの発想ってなるよ」

 山口食堂で

 鈴森は異様な歓迎を受けたと言っていた。


「それよね。誰かがね……年齢から考えて先はそう長くない。瘤仙人がどんな死に方をするのか。面白い展開を期待していた……。セイ、鈴森さんが最初に行ったとき、瘤は、取れていたのね?」


「えーと。そうだね。その日に<美味しいスジ肉>を食べたんだ」


「と、いうことは……鈴森さんが瘤仙人の後継者になるのを望んだ、それが始まりのストーリーでは無いのね」

「ストーリー、なんだ」


「こうなって欲しいと、誰かが空想したストーリー。瘤仙人は従っただけ。跡継ぎへのバトンタッチのアイテムは瘤。それだってストーリーの一部」


「だけどさあ。瘤仙人はもう死んだんだよ。死んでもエスパーの力は残るのか?」

「『念』、として残るのよ。怨念と同じ。死の瞬間に、強い思いをこの世に残すのよ」


「……そっか」

 やはり薫達は影響を受けてしまうのか。


「あ、でも、最後の<念>なのよ。アクシデントが起こっても、書き換えも追加も不可能だわ」

「と、いうことは……誰が、何を願ったか知れば、薫達を救える?」


「絶対、とは言えない。私の推理に過ぎない。セイ、検証しましょう。瘤仙人の軌跡を」

 




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