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皆の願い

一部始終をマユに話した。


 話を聞くうちにマユの顔は曇っていき、

「跡継ぎですって?……笑わせてくれるわね」


(かつて見た事の無い)険しい形相で

 聖の手から3枚の紙をつかみ取り、

 なんと、

 引き裂いた。


 有り得ない。


 だって、マユの形状はポログラムでしょ?

 ごくたまに指に、髪に触れた感触はあるけれど

 モノに触れない、筈だろ?


 聖は

 息を吸うのも忘れ、信じがたい光景を見つめている。

 と、続けてもっと凄いコトが起こった。


 引き裂かれた紙が、消散した。


 マユの指から離れ、床に落ちる間に、跡形も無く……。


 なんで、か?

 マユと、瘤仙人は……同じ領域、だから?


「瘤が出来てから、『仙人』ぽい行動が始まったんだ。この時に何かが、取り憑いたんだよね?」

 と、聞いてみた。


「……そうでしょうね」

「邪悪な……悪霊とかじゃないよね?」

 瘤仙人は死を予言し

 困り事の解決策を提示しただけ。


 マユは答えない。

 口に出すのを躊躇っている風に見える。


「話に聞いた限りでは無害、だろ?」

 重ねて問う。

 

 マユはフフと笑った。


「全方位無害かしら? 鈴森さんが瘤仙人なってしまうのは災いではないの?」

「やっぱ……なっちゃうの?」

「わからない。今はまだ……敵の正体が視えない」


「敵、なのか」

「敵は老人の身体を捨てて、新しい頑丈な身体に棲み替えるつもりよ」


「へ?……鈴森さんが選ばれたのは、頑丈な身体だから?」

「多分、そう」


(カオルちゃうで。あんなヤンチャと違う)

 酒屋の婆さんが言っていたのを思い出す。

  

「人柄で選ばれたんじゃないの?」

 仙人の跡継ぎは、薫より鈴森がふさわしいと思った。

酒屋の婆さんも、そう思いこんだのか。


「薫さんは第2候補かもね。最初に2人に食べさせ、次により多く鈴森さんに……選考基準は、高身長でマッチョ、全臓器の機能が良好、じゃないの? 性格は関係無いでしょ。脳を乗っ取るんだから」


「の、脳を乗っ取られるの?」


(瘤を喰った薫と鈴森がどうなるのか)


 薫と鈴森は

 <味しいスジ肉>を、口に含んでしまった。

 ソレは既に身体に入り込んでいる。

 やがて脳に到達するの?

 そして棲みつくの?


 取り憑かれるとは、脳を乗っ取られるコトなのか。


 最悪。

 断固阻止すべき。


 回避できるはず。


「マユ、たとえば経口でウイルスが体内に侵入し、増殖する……それに似た状態なのかな?」

「まあ、そうかしら」


「だったら、増殖する前に、やっつける方法、あるよね?」

 マユを頼っている。

 さっき、3枚の紙を抹消したでしょ?

 手品みたいに……。


「セイ、やっつけたいけど、正体がね、まだ分からないでしょ。そしてね、鈴森さんは大丈夫な気がするわ」

「……勝てるってコト?」

 鈴森はテレパシーできる超能力者。

 他にも何らかの力を持っていそう。


「鈴森さんは自力で祓えるんじゃないかしら。だからね、そんなに心配しなくていいかも」

「そっか。あ、薫の方がヤバイんだ……第2候補だとしたら。……俺、どうしたらいい?(瘤を喰ったと)ありのまま知らせるべきかな」

 

「薫さんも、平気かも知れない。話すのは……様子を見てからでいいと思うわ」

 

「……分かった。そうするよ」

 そうだ、薫だって何か力がありそうだ。

 何回か疑ったことがあったではないか。


 案じなくてもいいかもしれない。

 薫も鈴森も、簡単に取り憑かれたりしない。

 能ミソを乗っ取られたりしない。



「ところで、セイ。何で七夕飾りがこんなところに?」

 マユは剥製棚の隙間に突っ込んだ笹飾りを指差した。


「酒屋のばーちゃんに頼まれたんだ。川に流して欲しいって。シロがオモチャにしかけたから隠したんだ」


 笹飾りを取りだしてマユに見せる。


「セイ、メジロ荘って何?」

「メジロ荘?……なんだっけ。聞いたことがあるような……あ、あれだ。県道沿いの錆びた看板。和歌山へ行く方の……短冊に書いてるの?」

 聖は、短冊は読んでいなかった。


「メジロ荘を取り壊して下さい、って。全部の短冊に書いてあるわ」

 30枚ほどの短冊が全て同文。

 筆跡はバラバラ。


「民宿跡だね。何十年も放置されている」

「廃屋なのね」

「そう。……まあ、確かに、いい加減に取り壊して欲しいけどね」

「それが七夕のお願いって……ちょっと面白いんだけど」


「婆さん1人じゃ無い。皆の願いみたいだね。村の年寄り達の」

「行政に訴えるべきよね」

「おおげさな事はしないんだよ。近隣住民でも無いんだし。それで神頼み、なんだろうけど……笑っちゃうよな。他にお願いすること無いのかって」

「さしあたって書く願いは無い。それで皆で示し合わせてメジロ荘、になったのかしら」


「そんなとこだろうね。この短冊にはカミサマもびっくりかも」

「ほんとね」

 マユはくくく、と肩を震わせて笑いだした……よほど面白いらしい

 

「セイは短冊、書かないの? 願いはあるんでしょ?」

 半分笑いながら聞く。


「今の願いは『瘤仙人を消滅させて下さい』かな」

「そう、書けば?」

「いや、やめとくよ。一枚だけ願いが違うって、異物みたいじゃん」

 短冊に書けばどうなるものでもないし。


「……ねえ、これ、綺麗ね」

 マユは、折り紙で作られたスイカを指差す。

「ほんとだ。複雑な構造。アートじゃん」

「1つずつ丹精込めて、願いを込めて、折ったのね」


 マユは飾りに見入っている。

 ソファで寝ているシロが、寝言のようにクンと鳴いた。

 

 いつものように、平和な夜。 


 聖の恐怖心は緩み、

 未来予測は楽観に傾いていた。


 薫に、自分から連絡は取らなかった。


 そのうちに、いつものように

 非番の前夜にやってくるだろう。


(ゲームしよか。クマさんも誘たで)と。

 薫も鈴森も普段通り。

 自分は何を恐れていたかも忘れる

 <瘤>のことなど、2人の顔を見たら頭からぶっ飛んでいく。

 そうに決まってる。


 七夕から2週間過ぎた日の午後。

 薫から電話が掛かってきた。


「セイ、瘤仙人の名前が分かったで。名前はな、コメダセンイチいうねん」

 上機嫌なのか声が明るい。


「へえ、そうなんだ……」

 聖は、初めて聞いたフリをする。


「有り難い話が山ほど出てきた。本物の仙人さんやったで。けったいな死に方しはったんも、御利益があったんや」

 その話は初耳。


「屋根に上って鳥に食われたんだね。……それが、一体誰の利益になったの?」


「何十年もほったらかしの廃寺やろ。ハクビシンの巣窟やし、朽ちて今にも倒壊しそう、雨が降れば水が溜まって異臭はするしで、な。何とかして欲しいのが村の願いやった。瘤仙人のおかげで、数人屋根に上ったやんか。梁が折れて半倒壊や。危険で放置でけへんやろ。解体撤去、する事になったんや」


「……すっきりするんだ」

「そうや。皆の願いを瘤仙人が叶えてくれはったんや」

「皆の願い、だったんだね」

「そうやで。他にも有り難い、ええ話があるねん。近いうちに、ゆっくり聞かせるからな」

 そこで電話は切れた。 

 

 薫、なんか変、と思った。

 けど、どこが変なのか、はっきりしない。


 会話を再現してみたが、変な事を言ってたワケでもない。


 気のせい、と思う事にした。




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