インコと猫
神流剥製工房:吉野川に注ぐ清流に面して、ぽつんと建っている。元は木こりの宿泊施設。正面に小さな吊り橋。辺りは原始林。1キロ西に「山田動物霊園」がある。
神流 聖:30才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。
山本マユ(享年24歳):生まれつき心臓に重い障害があり、聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。アルビノのヨウムの剥製に憑いている。元は幽霊。のちに山の女神と合体したらしい。
シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。
結月薫:30才。聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。
山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。山田動物霊園のオーナー。美形だが、常に派手すぎるファッション。喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。
桜木悠斗:山田動物霊園の住み込みスタッフ。元ホストでイケメン。
トラ:悠斗の飼い犬。秋田犬。
鈴森甲太郎:34才。養豚所経営者。大男で顔は可愛らしい。時々精神感応してしまう。(自分でコントロールできない)。愛称は「熊さん」
<猫>が届いたのは春だった。
風が強い夕暮れ時。
今にも一斉に散りそうな
山の桜を眺めていた。
吊り橋の上でハンコ握って。
<猫>が届く頃だと待っていた。
すると、
「ワン」
シロが嬉し吠え。
続いて対岸の森にオートバイ出現。
結月薫、だった。
コバルトブルーのパーカーに黒いズボン。
背中のバッグは大きい。
泊まっていく気だと分かった。
「セイ。突然来て驚かせたろう、思てたのに。さすがやな。霊感で分かったんやな」
「いや、違うよ。荷物が届くから……あ、来たみたい」
発泡スチロールの箱を抱えた人が、やってきた。
「もしや中身はアイスクリーム?」
薫は送り状を覗きこみ、
作業室まで付いて来た。
「残念。猫だよ。あっちで待っていて。内臓だけ取っちゃうから」
言っても、薫は作業室から出て行かない。
「見るの? グロいよ」
黒い大きなオス猫。
足先と口周りだけ白い。
赤い首輪は劣化している。
「死後18時間から30時間かな。病死やな……腹水が溜まってるやん」
薫は猫の身体を触る。
「ん? 肺もパンパンやで。これは溺死やな」
「すぐに分かるよ」
聖は首輪を外し、猫の腹を割いた。
不自然な量の水がでた。
薫は鼻を近づける。
「塩素くさい。溺死現場は……除菌中の浴槽やろか」
「風呂場に入って行ったのか……塩素臭いのに? で、落っこちた……そんなドンくさい猫いる?」
「では何者かに浴槽に沈められたんか?……う、わ、殺人事件やないか」
薫は、なんか楽しそう。
「そうかも(人じゃないけど)」
「飼い主が第一容疑者やな」
「カオル、飼い主が殺したとして、なんで剥製にするのかな?」
「病気で苦しんでたんちゃうか。見るに見かねて、楽にしてやったかもしれん。剥製にするのは愛情やな」
「まあ、そうかも知れないけど……あのさ、この猫の前にね、同じ人からインコの注文があったんだ。高齢のオキナインコ」
「インコ? 鳥と猫を一緒に飼ってたんか。それって大丈夫なん?」
「インコを完全に隔離すれば一緒に飼える。まれに仲良くなるケースもある。でもね、インコは猫に殺られたと聞いたよ」
「……何やそれ。猫に殺されたインコの次が、人に殺された猫。おもろい話ヤンか」
薫は贓物の載ったトレイに手を伸ばす。
「セイ、これは俺が焼却炉で焼く。早く済ませてビール飲みながら、ゆっくり話聴かせてもらうで」
ちょっと<お仕事モード>
……その客が来たのは年が明けて間もない頃だ。
アポもなく男が1人で来た。
(すんません。剥製がなんぼくらいするのか知りませんねん。50万持って来ました。足りない分は振り込みで支払います)
何度も頭を下げて、言った。
「感じは悪くなかったんやな。見た感じもか?」
「うん、そうだよ。紺のブレザーに白いセーター、だったかな。30代後半だと思った。小柄だけどマッチョ。中学生みたいな可愛い、優しい顔立ち。かなり日焼けしてた。野外で働いてる人かも知れない。凄い緊張してた。口数が少ない人でさ。俺が1人で喋ってたっけ」
インコの死因も聖が聞いた。
男は、(アイツです……猫です)と答えた。
その時だけ、優しい顔では無かった。
「完成して送った後、女の人が電話してきた。孫も喜んでるって。こんなに安くていいのかと」
「孫、言うてたんか。それは、ここに来た男のオカンやろな」
「その人が『猫の剥製』を頼みたいと電話してきたんだ」
「セイ、猫の剥製は、オカンが知り合いに頼まれたのかもしれんな」
インコの剥製を見て、安楽死させた猫を剥製にしようと思ったのかも。
「これやと、インコと猫に因果関係は無いな」
「俺も、それは考えた……だけどね、関係あるみたいだよ。インコに猫の毛が付いてたんだ。黒いのと白いのがね。同じ毛色でしょ」
聖の感触では<同一>であった。
「インコ殺しの猫か。猫殺しの理由はあるんや。ほんなら知り合いに頼まれたのでは無いな。……他所から来た猫かもしれんな。家に入り込んでインコを殺した。しやから始末した」
「うん。自分ちの猫なら殺せないと思う。ペット同士の事故は飼い主の落ち度だしね」
「しやけど侵入猫を始末したんやったら……死体は埋めるか川に捨てるか、やんな」
「だよね。なんで、わざわざ剥製にするんだろうね」
「分からん。気色悪いな。さっさと仕上げて終わらせたらええやん」
「そのつもり。簡単でいいと、言ってたしね」
「簡単……つまり安く早く、やな」
「多分ね。ポーズの希望は無。首輪は付けといて欲しいって、それだけ」
「ふうん。ボロボロの首輪やったけど、な……」
薫は数秒黙り、話題を変えた。
「食料の買い出しは悠斗に頼んでるねん。熊さんも誘ったけどな、忙しいらしい」
鞄から赤いコントローラを取りだした。
「へえ。いいじゃん。新しいの買ったんだ」
聖の関心もゲームに移った。
翌日、マユは早い時間に出現。
「セイ、あのことは、薫さんに話さなかったのね」
咎めてはいない。
「うん。確実では無いからね、考えてみたけど、あの人はね、人殺しでは無いと思うんだ」
(インコを持って来た)男の手に、<人殺しの徴>のようなモノを見た。
右手は顔と同じく日に焼けているのに
左手は不自然に白かった。
気付いた瞬間は<人殺しの徴>かと、嫌な感じがした。
しかし、何度か盗み見した結果
指の太さも爪の形も、両方の手に明かな相違は無かった。
左手だけ日焼けしていない事情があるのかも知れない。
<人殺し>と決めつけられないと、考え直した。
「猫を剥製にするのも事情がありそうね」
「見当もつかないけどね」
「猫の素性は分からないのね。インコとともに飼われていたのか、違うのか」
「うん。聞けないしね」
「不可思議で気になるけれど勝手に想像するしかないわね」
マユはそれ以上インコと猫について聞かなかった。
聖にとっても、ちょっと変な受注に過ぎなかった。
簡単なポーズ(お座りして小首を傾げている)で、
客の希望通り、通常より短期間で仕上げた。
急ぎ仕事でも出来上がりは完璧。
今にもミャアと鳴きそう。
自分の仕事に満足した。
依頼主に送ってそれで終わり。
猫に殺されたインコと、殺した猫。
不思議な依頼だったけど、思い返すこともなかった。
日は過ぎて……梅雨に入ったのか2日前からずっと雨。
陰気くさい朝に薫からの電話。
「見て欲しいもんがあるねん。……セイが作った剥製や思う。今から送る」
警察署内から架けているような気配。
送られてきた画像は、あの猫だった。
丹精込めて作った剥製。
変わり果てていても、見間違える筈は無い。
思いも寄らぬ<再会>
胸がざわめく。
……猫は無残な姿になっていた。
右半分が墨のように黒く原形を留めていない。
左半分も毛が焼けこげていた。
復元は不可能。
(かわいそうに)
涙がこぼれそうになる。
「カオルも一緒に見た猫だけど……。でも、なんで?」
なぜ焼かれたのか、よりも、
自分に知らせてくる理由が聞きたい。
「火事現場にあったんや」
「え? 火事か……あのお客さんの家が焼けたのか?」
とんだ災難で気の毒。
しかし<半焼け剥製>の確認、必要か?
「セイ、焼けたのはヤマグチタダシの家では無い」
と、薫は答える。
……ヤマグチタダシ
あの人は、たしかそんな名前だった。
直線のみでシンプル……山口正、だった。
薫に伝えた憶えは無いんだけど……。
「そっか。剥製を誰かに譲ったのかな」
で?
それでも、どうでもいいんじゃないの?
剥製の出何処なんか
「セイ、焼け跡から1人の遺体が発見された。性別年齢不明や。住民登録は65才の未亡人なんやけど。本人確認が進まんのや。親族はおらんし、近隣住人はな、誰が住んでるのか知らん、言うんや。携帯電話は所持していない。困ってたんや。剥製つながりで確認できそうやな。ヤマグチタダシの母親に聞いてみる。隣町やしな」
早口で言って、電話は切れた。
聖は、その夜、火災のニュース動画を探した。
マユと一緒に。
「多分、これだ。4日前、午後3時頃だって」
火災現場は天理市B町。
築50年以上の2階建4連棟だ。
燃えたのは右端の家。
1階は中が真っ黒に焼けこげている。
2階のベランダにはブルーシートが掛けられていた。
鎮火の後に撮られた動画だった。
(焼け跡から一人の遺体。警察は遺体の身元、出火原因を捜査中)
「『この家に住む○○さんと連絡が取れない』って言ってないな」
「携帯持ってないのよね。元々外出先では連絡取れない人なのね。薫さんは、偶然見覚えの在る<猫>を発見し、セイに確認したのね」
「それにしても、薫は凄い奴だ。猫の送り状をチラ見しただけで、住所まで記憶していたとはね」
薫は(隣町)と言っていた。
「警察官の感がそうさせたんじゃない?……猫に、この先起こる事件の臭いがした、とか」
「事件って……放火だと思うの? 煮物していて、うっかり忘れてたとか、そういうのじゃないのかな」
「インコが猫に殺されて剥製になった、インコを殺した猫も誰かに殺され剥製になった。今度は猫の剥製持ってた人が焼け死んだ。……この連鎖、私は怖いんだけど。セイは、ちっとも怖くないの?」
怖い、と口にしながらマユの瞳は好奇心で煌めいている。
聖の心は、剥製猫に留まっていた。
剥製となってから、わずか3週間で焼けてしまった。
せっかく可愛らしい姿に留めたのに。
100年でも200年でも同じ姿で存在できたのに。
残念で悔しい。
二度殺されたようで猫が哀れだとも思う。
まだ、ちっとも怖いと思っていなかった。