そこな娘がぷるぷる震えよる理由? そんなの自明の理であろうがっ!
我は、この国より東方の地よりこの学園へ留学して来たのだが――――
「っ……!」
「どうした、大丈夫か? ええいっ、貴様! 彼女になにをしたっ!?」
学園内の廊下や道を歩いていると、男共に囲まれた一人の娘がいきなり震え出し、それにいきり立った男共が近くを歩いている女子達へ恫喝するように問い質す。
「はぁ……わたくしはなにもしておりませんわ」
言い掛かりを付けられた女子は溜め息を吐き、呆れたような表情で否定する。
「ち、違うんです、わ、悪いのは……あたし、で……」
そして、男共に囲まれた娘が自身が悪いと涙目で言い出し、
「君は、こんな女も庇うのか……なんて優しいんだ。ふん、彼女に免じて今日のところは大事にしないでおいてやる!」
男共が娘へとよくわからぬ感動をし、娘の肩を抱いて立ち去る――――
というような、芝居の一幕のような場面が約週一の頻度で見受けられる。
珍妙に思い、滞在中の案内の者に演劇部とやらの練習かと問うてみるも、花畑がどうたらと要領を得ない。しまいには、国の恥部を見せて申し訳ないと謝罪される。
どうやら、アレらは恥ずかしい連中のようだ。まあ、無関係と思しき女子達を恫喝して歩いておるのだから、男として恥ずかしい連中なのは違いあるまい。
そんな風に疑問に思いつつ、騒がしい連中だとして留学生活を送っていたある日のこと。
「きゃっ!」
と、件の騒がしい連中の一人。いつも男共に囲まれている娘が、俺の目の前に出て来おった。
「た、助けて……くだ、さい……」
ぷるぷると、毛の薄い寒がりの子犬のように震え、俺の制服を掴んで涙目で見上げる娘。
「彼女になにをしたんだっ!?」
と、周囲の女子共を威嚇するように吠える男。近くで聞くと、煩くて敵わんな?
「ですから、わたくし共はなにもしておりません!」
周囲にいた女子が迷惑そうに言う。
なんと言おうか……これは、巻き込まれてしまったということだろうか? 案内役が、慌てた顔をして俺と娘の間に割って入ろうとする。
「なにをしているんですかっ!? 無礼ですよっ、早く離れてください!」
「よい」
娘を引き離そうとした案内役を手で制する。
「っ!? まさか、あなたまでっ!?」
案内役が驚愕し、次いで苦々しいという表情に変わる。
「もう我慢ならないぞ! いい加減、彼女を虐げるのをやめろ!」
「ですから、本当になにもしていませんと何度も言っているではありませんかっ!?」
と、男共と女子達の言い争いが始まる。
「うん? よくわからぬが……娘」
「っ……は、はい」
俺の制服を掴んだままの娘を見下ろし、確認する。
「俺に、助けを求めるのだな?」
コクンと、今にも泣き出しそうな顔で娘が頷いた。
「あいわかった。では、娘よ」
瞬間、周囲の女子達から声にならぬ緊張がひしりと伝わって来た。
「はい……」
「さっさと往くがよい。ここは、我が食い止めてやろう。相当……切羽詰まっておるのだろう? 異国より来るこの我を頼る程に、な」
「ぇ? はい?」
きょとんと首を傾げる娘。
「よいのだ。わかっておる。貴様は、憚りへ急いでいるのであろう?」
俺は、慈愛を以て優しく娘を急かす。
「はい? はば、かり?」
「うん? 通じぬか? では、雪隠ならどうだ?」
「せっちん? なんです? それ」
「う~む……これも通じぬか……厠……いや、そうじゃ! 便所じゃ!」
「は?」
「貴様、アレであろう? いつもいつも、男共に取り囲まれ、便所へ行きたいと言い出せずして、我慢の限界を迎えてぷるぷる震えておったのだろう? そして……自分を取り囲む男共をなんとかしてほしくて、通り掛かる女子達へと涙目で助けを求めておったのだろう?」
「え? やっ、違っ!? ち、違いますっ!?」
真っ赤になって否定する娘。
「大丈夫だ。便所へ往くは人間の生理的欲求。我慢は身体に毒ぞ。無理をすれば病にもなろう。ここは我が引き受ける故、早う行くがよい。限界、なのだろう?」
優しく促すと、
「ち、違いますから~っ!?」
そう大声を上げながら脱兎の如く走り去って行きおった。やはり、相当我慢しておったのだろう。憐れな娘の後ろ姿を見送り、
「さて、主らよ」
娘を取り囲んでいた男共へと向き直る。
「一人の女子を取り囲み、休憩時間どころか授業中までも四六時中付き纏っておるそうだな? 男なれば、女子のぷらいばしーに気を配るがよい! というか、便所へ往くを邪魔するなど、あの娘の人間としての尊厳を傷付ける卑劣極まる最低な行為ぞ!」
自分らとて便所へ行くだろうに。
「可哀想に。あの娘がいつも、毛の薄い子犬のようにぷるぷる震えておったのは、自明の理! それを、通りすがっただけの女子のせいにするなど、笑止千万! 冤罪、勘違いも甚だしい! 貴様らの配慮不足よ! あの娘は、いつも『自分が悪い』と言うておったであろうが? それは、便所へ行きたいと言い出せぬ己が悪いと判っておったからよ」
「そうだったのですね! お可哀想に……確かに、いつも殿方に取り囲まれている状態でお花摘みに行きたいなど……シャイな方には非常に言い出し難いことでしょう!」
「うむ。これは、あの娘を取り囲んでおった男共が悪い。これから、あの娘がぷるぷる震え、涙目になっておったら、便所へ行くのを促して助けてやるといい」
「ハッ、わかりました。この度は、お騒がせして申し訳ございませんでした」
男共に糾弾されておった女子の一人が、晴れやかな顔で頭を下げる。
「よいよい。それより、貴様ら。女子らに言うことはないのかの?」
ギロリと圧を籠めて男共を睨め付けると、
「っ!? す、すまなかった!」
青い顔で頭を下げ、脱兎の如く逃げ出しおった。
「っ……っ、ぷはっっ!?」
「うん? どうした?」
「い、いえ、っ……あ、あんな方法で、花畑共の……駆除をしてしまわれる……とは」
ぷるぷると身を震わせ、なんぞ笑いを堪えている様子の案内役を見やる。
花畑? 先程、女子の一人が便所のことを花摘みとか言うておったな? 隠語かなにかか?
我が生国とは言語と文化の違いがある故、未だ理解が難しいことがある。まあ、それこそが留学の醍醐味と言えようがな!
「し、失礼、を……コホン! おそらく、彼らも反省していることでしょう。これからは、あの手の騒ぎが減って静かになるかと思われます」
「ふっ、これにて一件落着と言うたところだな!」
それから、案内役の言うた通り。
あの娘が男に取り囲まれることが減った。そして、涙目でぷるぷるしていると他の女子へ便所へ行くことを優しく促され、顔を真っ赤にさせながら走り去る光景が見られた。
この学園の女子達は、冤罪を吹っ掛けられて恫喝をされていたというに優しいことだ。
それからしばらくして……あの娘を取り囲んでいた男共は、便所へ行きたい女子の邪魔をし、悶え苦しむ姿を見て悦に入る、非常に性質の悪い性癖を持った連中だと噂されていた。
成る程……世の中には、我の考えも及ばぬ悪質非道極まりない特殊な性癖を持った連中が存在している、ということか。
たーげっとにされたあの娘も、さぞや迷惑であったことだろう。
そして、いつしか悪評の立った連中を学園で見ることがなくなった。身を小さくして過ごしているのだろう。
さて、今日はどのような授業があるか楽しみだな!
――おしまい――
読んでくださり、ありがとうございました。
留学生はきっと、和風な国からやって来た殿です。若様や若殿とか呼ばれてそう。ꉂ(ˊᗜˋ*)
実はこれ、別作品『恥ずかしい』シリーズ? の、特殊性癖集団というパワーワードで思いついてしまった話です。(*ノω・*)テヘ
最初は、普通の? ちょい天然な女の子が巻き込まれて、「彼女はきっと、お手洗いを我慢してるんですっ!? 可哀想だとは思わないんですか!」って話になるはずだったのに……
なんか脳内でいきなり、「憚りじゃ! 雪隠じゃ! わからぬ? うん? 厠でも通じぬか? ふっ、そうじゃ! 便所じゃ便所!」とか、殿っぽい人が言い出した。ʬʬꉂꉂ(๑˃▽˂๑)
なので、殿が主役? になってしまった。
多分、乙女ゲーム的な世界。殿は隠しキャラ。でも逆ハーエンド狙いで攻略しようとすると、絶対攻略できない感じの、変人枠みたいな?
ちなみに殿は、善意でヒロインちゃんを助けてあげたつもり。
殿「さっさと往くがよい。ここは、我が食い止めてやろう。相当……切羽詰まっておるのだろう?」意訳:ここは俺に任せて先へ行け!( ・`д・´)
だったのに、便所連呼でヒロインちゃん及び、攻略対象共をオーバーキルしてしまった。
それからは、ヒロインちゃんがぷるぷるし出すと、親切なお嬢様達が「お手洗いに行きたいのね?」と、慈愛の眼差しで促してくれるようになった。
攻略対象共も気を遣って、ヒロインちゃんへ侍れなくなった。そうなるともう、攻略どころじゃなくなって、ヒロインちゃんはぷるぷるするのをやめた。
攻略対象共は、特殊性癖集団呼ばわりされて肩身が狭くなり、つるむのをやめた。婚約も、多分令嬢側から解消されてんじゃない?
なんか、そんな感じで殿は見事学園の平和を守ったのであった!(((*≧艸≦)ププッ
毛の薄い寒がりな子犬→チワワとか?
殿「うん? 此度の件、俺の方が彼の娘へとでりかしーに欠ける言動をしておる? うむ。それは認めようぞ」( ・`д・´)
「これは……できれば言わずに済ませたかったのだがな。斯様に若き身空で病を得、むつきが必要になってからでは手遅れになろうが!」(; ・`д・´)
と、殿は申しております。ちなみに、むつきとはオムツのことですね。
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