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9/15

激突

 崩れた城門を背に、ジェイは立っていた。

 生ぬるい風が吹いている。

 鼻を突く濃厚な鉄臭さは、ジェイが聖堂で斬り殺してきた騎士の血の匂いだ。

 立ち込める臭気に、この場に集う皆が顔を顰めた。

 ただ、一人を除いては──。


「ジェイ・ブラッド」


 剣を構えた騎士が、堂々とジェイの名を告げた。

 さながら決闘前の宣誓のようだ。


「アンタは?」


 ジェイは銀色の全身鎧を身に着けた騎士に問い返す。

 騎士の眉が、わずかにあがった。

 会話になるとは思っていなかったのか、あるいはジェイの声が激情や憎悪に満ちたものではなく、淡々としていたからか。


「私はアルカード騎士団団長のアストレイ──」


 名乗りをあげた瞬間、アストレイが血相を変えて剣を振るう。

 細い血流が空を走り、赤い矢がアルカとユリアの胸元を正確に射抜こうとした。


「ッ──!」


 鋼の風が駆ける。

 アストレイが一閃、振り上げた大剣で矢を斬り払った。

 石畳に血が散り、鉄と血が擦れる高音が響く。

 ようやく王子アルカが息を呑み、ユリアが一歩後ずさった。


「ほう? アンタはバカ息子の近衛騎士とは違うようだな」


 ジェイの一撃をきっかけに騎士が一斉に動き出す。

 王子とユリアのもとへ駆け寄った騎士たちが、剣と盾を構えたまま、互いの背を預けるように囲む。


「四方防御──パリス陣形か」


 中心を守るために、各方向に一点の隙もなく配置された防衛陣だ。

 古来より、王族や将の生還率を高めるために磨かれてきた護衛の最終形。

 正面、側面、背後──各方向の死角に対して盾と槍が重なり合っている。

 ただ囲むのではない。接敵するすべての敵を殺せる範囲が計算され尽くしている。

 何より重要なのは、どの方向から攻め込まれても、中心人物がすぐに脱出できるよう動線が確保されていることだ。


「要人警護と集団戦の訓練は積んでいるようだな」


 布陣の速度、動きの無駄のなさ、それに命令系統が一切見えない。

 つまり、命令など必要ないほど慣れきっている。

 戦場での実戦を何度も経てきた連中だとジェイは素直に評価した。


 ──しかし。


「この国の騎士団は優秀なようだ。そこのボンクラが王子の国とは思えない程度には」


 ジェイの口角があがり、無愛想な顔が不器用に歪む。

 他人を嘲る時の浮かぶジェイの笑み。

 それはサリアに叱られていた悪癖だ。


 ──だがもうジェイを叱る彼女はいない。

 

 目の前で呆けている凡愚アルカ売女ユリアが、奪ったのだ。


「……くくく」

 

 ジェイが聖火広場に訪れた時にはもう手遅れだった。

 燃え盛る炎はサリアを包み、すでに皮膚の大部分が焼かれていた。


 ──それでもジェイはサリアが笑うのを見た。


 ジェイに今までの感謝を告げるように、サリアは笑顔を浮かべていたのだ。

 まるで、食堂で怪我をした客を癒やしていた時のように。

 死にかけていたジェイを救った、あの夜のように。


「──ああ、俺もお前らを救ってやろう」


 だからジェイはその陣形を前にしても、一歩も引かない。

 口元に僅かな笑みを浮かべ、すでに血を一滴、地面に落としていた。


「いい布陣だ。だがその鉄壁、俺には意味がない──」


 ジェイの足元に、一滴の血が弾け落ちた。

 その瞬間、地面を這った赤黒い糸が石畳の隙間を駆け抜ける。


「──ッ!?」


 騎士たちは気づくのが遅すぎた。

 石畳が鳴動する。

 赤く染まった地面が、まるで意思を持つように騎士たちの足元で膨れあがり──


 爆ぜた。


 轟音と共に、石畳が粉砕され、赤い血潮の杭が次々と地面から突き出す。

 四方防御をとっていた騎士たちが、血の槍に胴を貫かれ、中空に吊り上げられる。


「があぁっ──!」

「ひっ……ぎゃああああっ!?」


 絶叫が幾重にも重なり、完璧だったはずの陣形が瞬時に崩壊した。

 ジェイの足元には、大地から噴出した赤い血の華が咲いている。


 生き残った騎士たちはバラバラに散り、防御の要だった四方防御が無残に破られる。


「なっ……何だこれは……!?」


 動揺を隠せないアルカが声を震わせる。その背後で、ユリアが顔を蒼白にして口元を押さえた。


「──どうだ、騎士団長」


 血で染まった石畳を踏み締め、ジェイはゆっくりとアストレイに向かい歩を進めた。

 手にした銀柄の剣を、水平に構える。


「お前らの"鉄壁"は砕けたぞ──守るべき者はまさに裸の王様だ」


 無惨な光景に騎士団長アストレイが一瞬だけ瞳を揺らすが、すぐに感情を押し殺し、剣の柄を両手で握り直す。


 ジェイはその動作を見逃さなかった。


「次はお前の番だ──」


 淡々と告げたジェイの目には、底冷えするほどの殺意が宿っていた。



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― 新着の感想 ―
戦闘描写が凄い……。 緊迫感、スピード感、ダイナミックさ、どれも高くて読んでいて高揚感がハンパなかったです!
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