激突
崩れた城門を背に、ジェイは立っていた。
生ぬるい風が吹いている。
鼻を突く濃厚な鉄臭さは、ジェイが聖堂で斬り殺してきた騎士の血の匂いだ。
立ち込める臭気に、この場に集う皆が顔を顰めた。
ただ、一人を除いては──。
「ジェイ・ブラッド」
剣を構えた騎士が、堂々とジェイの名を告げた。
さながら決闘前の宣誓のようだ。
「アンタは?」
ジェイは銀色の全身鎧を身に着けた騎士に問い返す。
騎士の眉が、わずかにあがった。
会話になるとは思っていなかったのか、あるいはジェイの声が激情や憎悪に満ちたものではなく、淡々としていたからか。
「私はアルカード騎士団団長のアストレイ──」
名乗りをあげた瞬間、アストレイが血相を変えて剣を振るう。
細い血流が空を走り、赤い矢がアルカとユリアの胸元を正確に射抜こうとした。
「ッ──!」
鋼の風が駆ける。
アストレイが一閃、振り上げた大剣で矢を斬り払った。
石畳に血が散り、鉄と血が擦れる高音が響く。
ようやく王子アルカが息を呑み、ユリアが一歩後ずさった。
「ほう? アンタはバカ息子の近衛騎士とは違うようだな」
ジェイの一撃をきっかけに騎士が一斉に動き出す。
王子とユリアのもとへ駆け寄った騎士たちが、剣と盾を構えたまま、互いの背を預けるように囲む。
「四方防御──パリス陣形か」
中心を守るために、各方向に一点の隙もなく配置された防衛陣だ。
古来より、王族や将の生還率を高めるために磨かれてきた護衛の最終形。
正面、側面、背後──各方向の死角に対して盾と槍が重なり合っている。
ただ囲むのではない。接敵するすべての敵を殺せる範囲が計算され尽くしている。
何より重要なのは、どの方向から攻め込まれても、中心人物がすぐに脱出できるよう動線が確保されていることだ。
「要人警護と集団戦の訓練は積んでいるようだな」
布陣の速度、動きの無駄のなさ、それに命令系統が一切見えない。
つまり、命令など必要ないほど慣れきっている。
戦場での実戦を何度も経てきた連中だとジェイは素直に評価した。
──しかし。
「この国の騎士団は優秀なようだ。そこのボンクラが王子の国とは思えない程度には」
ジェイの口角があがり、無愛想な顔が不器用に歪む。
他人を嘲る時の浮かぶジェイの笑み。
それはサリアに叱られていた悪癖だ。
──だがもうジェイを叱る彼女はいない。
目の前で呆けている凡愚と売女が、奪ったのだ。
「……くくく」
ジェイが聖火広場に訪れた時にはもう手遅れだった。
燃え盛る炎はサリアを包み、すでに皮膚の大部分が焼かれていた。
──それでもジェイはサリアが笑うのを見た。
ジェイに今までの感謝を告げるように、サリアは笑顔を浮かべていたのだ。
まるで、食堂で怪我をした客を癒やしていた時のように。
死にかけていたジェイを救った、あの夜のように。
「──ああ、俺もお前らを救ってやろう」
だからジェイはその陣形を前にしても、一歩も引かない。
口元に僅かな笑みを浮かべ、すでに血を一滴、地面に落としていた。
「いい布陣だ。だがその鉄壁、俺には意味がない──」
ジェイの足元に、一滴の血が弾け落ちた。
その瞬間、地面を這った赤黒い糸が石畳の隙間を駆け抜ける。
「──ッ!?」
騎士たちは気づくのが遅すぎた。
石畳が鳴動する。
赤く染まった地面が、まるで意思を持つように騎士たちの足元で膨れあがり──
爆ぜた。
轟音と共に、石畳が粉砕され、赤い血潮の杭が次々と地面から突き出す。
四方防御をとっていた騎士たちが、血の槍に胴を貫かれ、中空に吊り上げられる。
「があぁっ──!」
「ひっ……ぎゃああああっ!?」
絶叫が幾重にも重なり、完璧だったはずの陣形が瞬時に崩壊した。
ジェイの足元には、大地から噴出した赤い血の華が咲いている。
生き残った騎士たちはバラバラに散り、防御の要だった四方防御が無残に破られる。
「なっ……何だこれは……!?」
動揺を隠せないアルカが声を震わせる。その背後で、ユリアが顔を蒼白にして口元を押さえた。
「──どうだ、騎士団長」
血で染まった石畳を踏み締め、ジェイはゆっくりとアストレイに向かい歩を進めた。
手にした銀柄の剣を、水平に構える。
「お前らの"鉄壁"は砕けたぞ──守るべき者はまさに裸の王様だ」
無惨な光景に騎士団長アストレイが一瞬だけ瞳を揺らすが、すぐに感情を押し殺し、剣の柄を両手で握り直す。
ジェイはその動作を見逃さなかった。
「次はお前の番だ──」
淡々と告げたジェイの目には、底冷えするほどの殺意が宿っていた。