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【完結済】聖女を追放し火あぶりにした王子と偽聖女〜覚悟しろ。聖女を殺した報いを俺が受けさせる〜  作者: 底一


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炎に消えるサリア

 濁った怒声とざわめきの中、サリアは腕を縛られ、火刑台へと引きずられていた。

 周囲には黒山の人だかりができており、押し寄せる群衆を王城の兵や騎士たちが押しとどめている。

 裸足の足裏が、石畳を擦るたびに肉が裂ける。

 だがサリアは、痛みに声を上げなかった。上げられなかった。

 それよりも、胸の奥を圧迫するような、絶望のほうが重たかったからだ。


(なんで、こんなことに……)


 普段は行商人で賑わう聖火広場が、まるで公開処刑の舞台へと姿を変えていた。

 広場の中央に設けられた火刑台。

 神官たちは沈黙を貫き、群衆の中には貴族の顔もある。

 その壇上で、サリアはそびえる棒の前に立たれる。


 広場を囲むようにして設置された特別席。

 中央に、王子アルカが玉座に似せた椅子に座っていた。

 その隣には、白金の装束を着た聖女ユリアが控えている。


 アルカは足を組んだまま、サリアを見下ろして口元を歪めた。


「おやおや、どうしたサリア? 髪が短くなっているではないか」


 白々しく王子が笑うと、周りに控えた貴族も失笑を漏らす。

 食堂に押しかけた近衛が、邪魔だと無理やり剣で斬ったのだ。

 罪人であることを演出するための、王子の指示だとサリアは気付いている。


「実はお前が本物の聖女かどうか、手っ取り早く確認する方法があるそうだ」


 王子の言葉に、群衆がどよめく。

 その中には、サリアと顔なじみの食堂の常連もいた。

 ふざけるなと、彼らの罵声が届いてくる。

 それでも王子は浮かべた笑みを崩さない。

 群衆の声など、雑音程度にしか捉えていないのだろう。


「縛り付けろ」

「いえ、王子。私が行きます」


 縄を持つ騎士と入れ替わるように、ユリアが微笑みを携えて現れた。

 ゆっくりと前に進み出る。

 白いマントが風にはためき、手には聖火が灯された松明が握られていた。


「ふふ。これが、教会に古くから伝わる“聖女審判”よ。真の聖女は焼かれず、偽りの魔女は業火に焼かれる……この神聖な火でね」


 揺らめく炎。

 その熱よりも、ユリアの声に含まれる悪意の方が、はるかに肌を刺すようだった。


「そんな……教会が、こんなことを許すはず……」


 サリアのかすれた声に、ユリアは勝ち誇ったように微笑む。

 聖火をお付きの修道士に渡し、代わりに縄を受け取った。

 虫も殺さぬような笑みを浮かべ、サリアを棒へ括り付けていく。


「教会? ふふ、もちろん正式な許可なんて取ってないわよ。でも私、聖女ユリアが望めば、皆が喜んで協力してくれるの」


 ユリアは胸元に手を当てると、ゆっくりと外套を開いて見せた。

 そこには、薔薇を象った煌びやかなブローチが輝いていた。


「ふふふ。愚かなサリア……安心して? 私が聖女を継いであげる」


 その言葉に、サリアの瞳が揺れる。


「そ、それは……」

「これはレジェンド・マジックアイテム“救世の薔薇”よ。聖女の治癒力を最大限に引き上げるアイテムなの。あなたは知らないでしょうけど」


 ユリアはサリアに歩み寄り、妖しく耳元で囁いた。


「実はね、魔力を込めれば誰だって“聖女と同じ奇跡”を起こせるの。内緒よ?」


 喉が詰まったように、サリアは息を呑んだ。

 

「あなたはもう用済みなの。ふふ、あはははは!!」


 狂気じみた笑い声が広場を満たす。


「私は……聖女の地位なんていらないのに、どうして……」


 こみ上げるように嗚咽が漏れる。

 サリアは聖女になりたかった訳じゃない。

 あの食堂で、寡黙な男とひっそり暮らせればそれでよかったのにと。

 嘆くサリアの言葉に、ユリアはあっさりと答える。


「邪魔なのよ、あなたが生きていると」


 その瞬間、台座の後方で薪がパチパチとはじける音が響く。

 修道士たちが無言で聖火をくべはじめていた。


「ほんと、バカね。この国の王子と結婚して、莫大な富と権力まで手に入れられたのに」


 火が薪を這い、ゆっくりとサリアの足元へと迫ってくる。

 焦げる匂いが鼻先をくすぐり、炎の熱が肌に伝わる。


「そんなことのために……私を……」


 誰にも届かない、悲痛な呟きだった。

 群衆は沈黙し、ただ焔だけが唸り声のようにうねっていた。


 ──ああ、ここで終わりなの……。


 思えば貧民街の孤児院で育った自分には過ぎた人生だった。

 気付いた頃には扱えた不思議な力で、孤児のみんなやシスターの怪我を癒やしていた。

 それが教会の耳に入り、あれよあれよと王子の婚約相手に。 

 最初は物語の主人公になったような気持ちで、少しだけ嬉しかった。


(罰があたったのかな……)


 庶民では味わえないような豪勢な料理。

 一生縁が無いと思っていた、美しい絹のローブ。

 どれもが自分には過ぎたものだと自覚している。


(神よ。これは不相応な力を持った報いなのですね……でも私は──)


 サリアは、ゆっくりと目を閉じた。

 でも、心の奥ではまだ何かを探していた。

 信じたかった。

 足元を焼く炎に怯えても、思い浮かんでしまう彼の姿を。


「───リア──ッ!!」


 そのときだった。

 遠く、燃えさかる炎の向こうに、人の影が見えた。

 夕日の逆光で輪郭しか見えない。

 けれど、彼女は確信する。

 炎の向こうから、自分の名前を叫ぶ男の声。

 普段は無愛想で無口な彼が、いま、なりふり構わず大声を上げている。


(来てくれたのね、ジェイ……)


 サリアは微笑んだ。だが火は、もう腰にまで届こうとしていた。

 不思議と熱は感じない。それどころか痛みもない。

 自分が聖女だから、伝承通り焼かれないのか。

 少し期待して、サリアは足元を見る。

 

 ……足はとっくに、黒焦げになっていた。

 

 炭化して崩れ、原型を留めていない。

 聖女は炎に焼かれないという噂は、どうやら嘘だったらしい。


(……ねえ、ジェイ。あなたはきっと、普通の料理人じゃないのでしょう)


 でも、あの食堂での暮らしは──毎日のスープ、温かいシチュー。

 背を向けたまま出される食器。

 どこまでも無愛想なくせに、いつもサリアを気遣うジェイの視線。


(不器用だけど、優しさに満ちたあなたとの暮らしが──私の幸せでした)


 どうか……もう、誰も傷つけないで。


(きっと、まっとうな光の中で──生きてくださいね)


 その祈りが、風に乗って、あの人のもとへ届くことを願いながら。


 サリアは、燃え上がる炎に、静かに身を委ねた。

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― 新着の感想 ―
サリアのことは残念です……。 こうしてリベンジストーリーが始まるのですね。
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