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【完結済】聖女を追放し火あぶりにした王子と偽聖女〜覚悟しろ。聖女を殺した報いを俺が受けさせる〜  作者: 底一


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4/15

コックは殺すことに慣れている

 夕暮れ時の通りを歩くジェイの影が、地面に長く伸びていた。

 いつもなら、もうすぐ客が入り始める時間だ。

 だが今日は違う。

 昼間に王子が暴れたせいで、街には噂が広まり、店に近づく者すらいない。

 両手に抱えた食材は、ほとんどが無駄になるだろうと、ジェイはひとつため息を吐いた。


 静かすぎる通りの先、見慣れた店が視界に入った瞬間、ジェイの眉間に皺が寄る。


 扉が──開いていた。


「……鍵を閉め忘れるような奴じゃない」


 呟きながら、ジェイは無言で扉を押し開ける。

 軽すぎる手応え。ギィ、と錆びた蝶番が軋む。


 中は、静まり返っていた。


 だが、すぐに異変に気づく。

 食堂の空気が乾いている。

 いつも笑顔で駆け寄ってくるサリアがいない。

 それどころか、床には皿の破片、折れた椅子の脚、割れた瓶が散乱している。


「……サリア」


 返事はない。


 ふと、視界の隅に、金の房が落ちていた。

 拾い上げる。柔らかな感触と、微かな花の香り。


 サリアの髪だった。


 目を細めたジェイは、周囲を見渡す。

 床にはその髪が無造作に散らばり、薄い血痕が滲んでいた。


「……ッ」


 奥歯を噛み締めた瞬間、背後に人の気配がした。

 振り返ると、五人の男たちが扉をくぐって入ってきた。

 黄金の鎧に白のマント──王城直属の近衛騎士だ。

 その中の二人は昼間にジェイが追い返した男たちだ。


「よう、おっさん。ようやくのご帰還ってわけだな」


 先頭の男が嘲笑交じりに口を開く。

 剣の柄に手をかけたまま、店内を見渡し、鼻で笑った。


「……お前らがやったのか」


 ジェイの静かな問い。

 返ってきたのは、乾いた笑いだった。


「ははっ、違う違う。やったのは王子様さ。俺たちは、ちょいと掃除しただけよ」


 ジェイの視線が鋭くなる。


「……サリアはどこだ」

「おいおい、訊き方ってもんがあるだろう? お前は今、近衛に囲まれてんだぜ?」


 五人は横に広がり、ジェイを取り囲むようにじりじりと間合いを詰める。

 この足元が悪い中で、無駄に密集して互いの間合いを気にしていない。

 集団戦の訓練を本当に受けたのか疑問に思うほどだ。


(あの王子にうまく取り入って肩書きを手に入れたのだろうな)


 ジェイの視線が、一瞬だけ床を見る。

 割れた皿の破片。折れた椅子の脚。

 バリバリと音を立てるガラスの上を、彼らは無防備に踏みしめている。


(──基礎がなっていない)


 五人、全員が剣を抜いている。

 だが、脅威は微塵も感じなかった。

 むしろ、その粗雑さがジェイに冷静さを取り戻させる。


 ──時間が惜しい。


「……今なら許してやる。サリアの居場所を教えて、消えろ」

「へっ! 強がってんじゃねえぞおっさん!?」


 言い終わるや否や、男の一人が剣を振り上げた。


 待ち構えたように、ジェイが動いた。


 滑るように一歩を踏み出し、床に落ちていた皿の破片をつま先で蹴り上げる。

 破片は回転しながら男の顔面に直撃した。


「がっ──あぁぁッ!」


 悲鳴。血が散る。男は顔を押さえ、倒れ込む。


 二人目が反応する前に、ジェイは椅子の脚を拾い上げ、躊躇なくその喉元へと突き刺した。

 骨の砕ける音と共に、男の体が崩れ落ちる。


「残りは三人か」


 血溜まりを踏みしめながら呟いた。

 唖然としていた一人が叫び声をあげ、剣を振るう。

 だが、ジェイは既に距離を詰めていた。

 刀身が振り下ろされるより早く、ジェイの掌底が男の鼻にめり込む。

 肉の潰れる音、鮮血。鼻骨を粉砕された男が仰向けに吹っ飛ぶ。

 倒れた男の顔面に、折れた椅子を突き刺して床に縫い付ける。


「──三人目。残りは二人……」

「く、くそっ……!」


 四人目が背後から迫る。

 が、足元の酒瓶に気づかず、滑った瞬間──ジェイのかかとが首元を踏み抜く。

 鈍い音がする。首の骨が折れたのだ。

 血の泡を口から吹いて痙攣する体を見下ろし、ジェイは息を整えた。


 残るは一人。


 だが、ジェイの視界から最後の一人は消えていた。

 その時、うなじに感じる息の気配。


 ──来る。


 ジェイが動くより早く、剣の刃が軌道を描いた。

 乾いた音とともに、制服の左肩が裂ける。  

 だが、ジェイは即座に身をひねり、肘を鼻に叩き込んだ。


「ごはっ……!」


 骨が砕ける音が鈍く響く。

 男の体がぐわんと揺れ、床に叩きつけられた。

 鼻から血を流し、呻きながら後退りする男を見下ろし、ジェイはゆっくり近づいていく。


「お、お前……何者だ……っ! ただのコックじゃねえな!?」


 顔をゆがめ、震える声で男が叫ぶ。

 ジェイは肩の傷に目もくれず、無表情のまま答えた。


「どうでもいい。お前には聞きたいことがある」


 返事を待たず、片膝をついて男の襟をつかむ。

 視線を合わせるように引きずり起こすと、男が痛みに顔を歪めた。


「サリアはどこだ」

「…………」


 男は答えない。

 黙って睨む男に、ジェイは落ちていたテーブルの破片を拾い、男の顔に近づけた。


「喉をかっきると、血で窒息するんだ。最後の最後まで苦しむことになる」


 鋭利に尖った木の断片を、怯える男の喉に軽く刺す。

 漏れ出る鼻血を抑えるのも忘れ、男は降参するように両手を上げた。


「わ、わかった言うから……聖火広場だ! あの女はあそこにいる!!」


 その言葉に、ジェイの声がわずかに低くなる。


「広場? 何をするつもりだ」

「ひ、火あぶりだ……! 王子の命令で……あの女、聖女審判と称して火刑に処される!」


 今すぐその喉元へ木片を突き刺しそうになったのを、ジェイはなんとか思いとどまる。


「王子の……命令か」


 言葉の反復は、問いかけではなかった。  

 怒りが、ゆっくりと全身に満ちていく。


「くく……そうだよ……あんたが守ってた偽聖女を、王子様は……」


 男が笑いかけた瞬間だった。

 ジェイの手が喉元に伸び、言葉を途中で奪った。

 気道が圧迫され、男は目を剥いてもがく。


「──先に地獄に行っておけ」


 勢いよく木片を男の喉に突き刺した。

 必死で喉元を抑え、男が血の泡を吹いてもがく。

 懸命に呼吸をしようとする男の喉から、風鳴りのような音が響いた。

 が、それもほんの数分だけ。すぐに店内に静寂が戻った。


「サリア……」


 散らばる近衛騎士の死体をジェイは見ていない。

 ジェイの脳裏には、すでに別の光景が浮かび上がっていた。


 ──燃え上がる炎。喚声。薪が爆ぜる音。その真ん中に、サリアが。


 爪が食い込んだ拳から血が流れている。


「待ってろよ……サリア」

 

 ジェイは拾った金色の髪束を懐にしまい、骸たちに背を向けて扉を開ける。

 燃えるような夕陽の中、足音ひとつ立てずに駆け出した。

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― 新着の感想 ―
結構、キツめの残虐表現ですね……。 サリアが無事だといいのですけど、なんだか嫌な予感がします。
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