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【完結済】聖女を追放し火あぶりにした王子と偽聖女〜覚悟しろ。聖女を殺した報いを俺が受けさせる〜  作者: 底一


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燃え広がる聖火

 松明の炎が、夜風に揺らめいている。

 オレンジ色の光がユリアの顔を照らす。

 キリッと睨む目が、不快感とその傲慢さを露わにしている。

 それがジェイにとっては心地よかった。

 最後までそのままであってくれと、赤黒い液体を操作しユリアの足首に絡みつかせる。


「きゃっ!? ちょっ……離しなさい!!」


 逃げようともがくユリアの四肢に、血の触手が次々と巻きつく。

 腕は左右に広げられ、伝承で使徒を処刑した十字架の形を作る。

 聖女を騙り、偽りの裁きを行った神敵にはふさわしい姿だ。

 

「これは……まさか!?」


 何が起きるかを悟ったらしい。

 ジェイは答えを示すように、松明をユリアの目の前でちらつかせた。


「聖女審判の再現だ。お前が望んだ通りにな」

「お、お願い……許して……私が悪かったの……」


 唇を舌でなぞり、目に涙をためた蕩けるような顔でジェイを見ている。

 情欲を誘う女の顔だ。武器の使い方は心得ているらしいと素直に感心する。

 だが、何もそそられない。

 

 ──本当に美しい人の顔が思い浮かんだ。


 情欲を伴わず、女を美しいと思ったのはあとにも先にも彼女が初めてだ。

 だからこそ、あの清廉な少女を守りたかった。

 弱く儚げでありながら、強く善き人だった。


「許しを請うなら、サリアにしろ」


 淡々と告げると、情欲を誘う妖艶な女の顔が崩れた。

 目を吊り上げ、眉間にシワを作り、悪魔のような形相でジェイを睨む。

 らしくなったじゃないかと、ジェイは笑って用意していた薪を足で蹴り寄せる。

 アルカの肉片に混ざった木材が、ユリアの足元に積まれていった。

 血流魔法で薪に浸透した血を抜いておく。

 瞬時に乾いた木材は、きっとよく燃えるだろう。


「やめて……やめてよぉ……」


 ジェイが薪を並べた瞬間、ユリアが涙を流しながらか弱い少女のような声で泣く。

 少し既視感を覚えた。思い返すのは異端審問の過去だ。

 信仰を絶対とし、自我を殺して異教徒に救いを与えた。

 だが今回は自我を殺していない。むしろ、望んで行っている。


「聖女を貶め葬りし大罪。偽りの奇跡。汚れた信仰──すべて炎で清めたもう」


 久しぶりに唱えた審問官の宣告。

 あの時と同じように、神の名の下に粛清するだけだ。

 捨てた過去を舞い戻らせたのはコイツラなのだから。


「ふ、ふざけるな!! 私は聖女なのよ!? 神に愛されし乙女なのよ!? アンタが一体、誰の代行をのたまうのよ!!」


 そういえばと気付く。

 この耳をつんざくような声に、心は少しも動じない。

 先程は獲物が喚くほど、耐え難い快楽のような憎しみに支配されそうになった。

 原因はやはり竜の血だろうと考えながら、ジェイは僅かに口角を上げる。

 今は自分の意志で、眼の前の女に裁きを与えられるのだから。

 そう考えれば、この女の言っていることは正しい。もう己は代行者ではないのだ。


「くく……確かにな」


 ぼそっと呟くと、ユリアが僅かに笑みを浮かべた。

 驚いたことにまだ助かると思っているらしい。

 その図太さに感心しながらジェイは薪を積み上げていく。


「あなたに聖女を断罪する資格はないっ! サリアが死んで、聖女の力を扱えるのはもう私しかいないのよ!?」


 勢いづいたユリアが、震え声で言葉を重ねる。

 聖女の力。あれは明確な脅威だ。

 サリアは頭の中がお花畑だったので問題なかったが、あの奇跡は使い方次第でどの禁術よりも凶悪だ。


「教会の象徴は今や私しかいない! それに見た目も洗練されている私のほうが聖女にふさわしいでしょうが!?」


 サリアの顔がユリアに重なる。

 表面的な美しさはユリアに軍配があがるだろうが、だから何だとしか思わなかった。

 この女と違い、サリアはバカ正直に聖女の役目を全うしようとしていたことを思い出す。

 もしあの時、彼女の考えを変えることが出来たら。

 そんな義理はお前にはない、気にするなと強く言うことが出来たら。

 こみ上げる後悔が、静かな憎悪を掻き立てる。


「言い残すことはそれだけか?」

「なぁっ!?」


 ユリアの顔が大きく歪む。

 審問官として今まで()()を与えてきた獲物が浮かべる表情と同じ顔だ。

 どいつもこいつも、醜悪に歪む。

 死に際にまで微笑みかけるなど、あの聖女にしか出来ないことだろう。

 

「さあ、許しを請え──我欲に溺れ貶めた聖女サリアに」


 ジェイが松明を再び手に取った瞬間、ユリアが叫んだ。


「さ、サリアなら許してくれるはずよ!」


 ジェイの手が止まった。

 松明の炎が微かに揺れる。


『──ェイ』


 かすかな囁きのように、名前を呼ばれたような気がしたのだ。

 振り返っても誰もいない。

 

 ──そうだ、あの時も。

 

 ユリアの光に貫かれた時、背後から抱きしめてくれた温かな腕を覚えている。

 胸元のサリアの遺髪が光を吸収し、自分を守ってくれた。

 あの瞬間、確かに彼女の存在を感じた。

 

 今も同じだ。止めようとしているのか、それとも──

 

 風の音か、幻か、それとも本当に……。


「ああ。確かにあの素朴な田舎娘なら、お前を赦すだろう」


 ユリアが表情を変えた。

 ここぞとばかりに、儚げな表情を作り涙を頬に流す。


「そうよ、サリアなら……うう、おねがいよ。あの聖女に生涯、贖罪の祈りを捧げるから……」


 そんなユリアに、ジェイは微笑む。

 あざとく涙を浮かべた瞳の奥に、ちょろいと嘲る本性が垣間見える。


「──だが俺は許さん」


 薪に放った炎がパチパチと音を立てて燃え上がり始める。

 まるで血の十字架を這い上がるように、聖火はユリアへ向かう。


「いや……いやよぉ……熱い……熱いっ!!」


 白い礼装の裾が焦げ始め、やがて炎に包まれる。

 ユリアの悲鳴が夜空に響き渡った。


「きゃああああああああああッッ!!!!」


 炎は容赦なくユリアの全身を包み込んでいく。

 魔法で作られた血の拘束具は炎に溶けることなく、彼女をその場に縛り続けていた。


「あああ、イヤああああああ───」


 ジェイは無言でその光景を見つめていた。

 炎の中でもがくユリアのことは、もうどうでもよくなっていた。

 ただ、胸元のポケットに手を当て、サリアの髪をそっと撫でる。


「これで……終わりだ」


 ユリアの声は途切れ、炎だけが音を立てて燃え続けた。

 復讐は果たされた。

 しかし、何も満たされない。

 当然のことをしただけだと、何の感慨も沸かなかった。


 ──サリアは、もう戻ってこない。


 その事実だけが、重く胸に残る。


 炎はひときわ高く燃え上がり、夜の闇を明るく照らす。

 その時、瓦礫の向こうから爆発のような音が響いた。

 城壁が大きく崩れ、煙と石の破片が舞い散る中──


「ジェェいいいい!!!」


 アストレイが剣を抜いて駆け込んできた。

 全身傷だらけ、鎧は所々砕け、顔には血が流れている。

 それでも騎士団長は剣を握り、燃え盛る炎に向かって突進した。


「聖女様……くそ、間に合え……っ!!」


 だが、炎は既に最高潮に達していた。

 ジェイはユリアを縛った血魔法を解く。

 炎の中、崩れるユリアの影とアストレイの絶叫が重なり合い、空に響く。


「まだ生きていたのか、騎士団長」


 ジェイは燃え盛る炎を見つめたまま答えた。

 燃え広がる炎を挟んで、アストレイが足を止る。

 

「貴様……なんということを……」

「なんということ……、それは転がっている肉塊とその消し炭に言うんだな」


 言葉にならない呻きが、アストレイの喉から漏れる。

 床に散らばった肉片を清めるように、聖火が地面へ広がっていく。

 正面にいるアストレイから視線を逸らし、ジェイは己を囲む炎に向かって歩いた。

 

「──もう、この国に用はない」


 ジェイは最後にゆっくりと振り返った。

 歯をむき出しにして何かを叫ぶアストレイの姿がある。

 王子を守ると宣言したあの騎士を、当初は必ず殺すと誓ったはず。

 だが、いまはどうでもよくなっていた。


「待て……貴様……ッ!」


 アストレイが剣を構えようとした瞬間、ジェイは血を爆ぜさせ炎に紛れた。

 赤い霧が一気に広がり、視界を覆い尽くす。

 同時に炎が爆発的に燃え上がり、ジェイの立っていた場所を炎の嵐が包みこんだ。



       ◆     ◆     ◆



 燃え盛る炎がゆらゆらと踊る。

 熱風がアストレイの顔を叩き、思わず手で顔を覆った。

 血の霧と炎の煙が混ざり合い、何も見えない。


「くそっ……!」


 それでも怒りが体を突き動かし、炎へ進む。

 異端審問官だろうがなんだろうが、アストレイの知ったことではない。

 一介の個人が王子と聖女を殺した。

 それは王国に対して牙を剥く行為であり、アストレイが保ってきた秩序を踏みにじる侮辱だ。

 正面から剣で敗北したという事実が、より怒りを掻き立てる。

 アストレイは炎を掻き分け、追いつき首を刎ねようとジェイのいた場所に剣を振り下ろす。

 だが数秒後、炎と霧が晴れたとき──ジェイの姿は、跡形もなく消えていた。


「くっ……」


 アストレイが歯噛みする。

 燃え盛る炎だけが残され、復讐者の影は炎に溶けて消えていた。


「──探せっっ!!」


 大声をあげれば炎の向こうから、騎士たちの返事が聞こえてくる。

 ジェイの行方の捜索は、国内の騎士が総出を上げて取り組むだろう。

 莫大な報奨金がかけられ、全ての街に似顔絵が貼られることになる。 

 決して逃げられるものではない。


 ──でもきっと、あの男は捕まらないだろう。


 そんな予感がアストレイの胸の内に、色濃く影を落とした。

 力なく剣を下ろし、燃え続ける炎を見つめえる。

 守るべき者は、全てあの男によって殺された。

 挙げ句に死体も回収できない。


 ただ、守るべき者だった灰だけが、風に舞い散っていく。


「必ず探し出す──ジェイ・ブラッドッ!!」


 例え意味がないと理解していても、アストレイは言葉を吐き出さずにはいられなかった。

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― 新着の感想 ―
復讐はなっても、次の憎悪と復讐を生むんですよね。 アストレイの新たなリベンジストーリーが始まる流れにゾクゾクします。 狩人交代でこの先がどうなるのか見通せなくなり、目が離せません。
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