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アルカの伏兵とジェイの激昂

 血の奔流がロビンを呑み込んだ。

 杭が十数本、一斉に突き出され着弾と同時に爆発した。


 立ち込める血塵が視界を覆う。

 上下左右から同時に叩きつけられたジェイの殺意の具現化だ。

 

 逃げ道は存在しない──はずだった。


 血塵を突き抜けるように鋭い銀閃が飛び出した。

 鋭利な先端がジェイの眼前に迫る。


「っ!?」


 産毛が逆立ち背筋を悪寒が走りぬけた。

 同時に心臓を鷲掴みにされ止まったような感覚に陥る。

 本能の警告に考えるより先にジェイの体が動く。

 

「く……っ!!」


 ジェイの眼窩を貫こうとした剣先から間一髪逃れる。

 焼けるような痛みとともに、左目に血が入った。

 視界の片方が奪われ、ジェイは本能的に体をひねって半身の構えを取る。


 「ははっ、こいつは派手だ!」


 晴れた血塵の中心で、ロビンが笑っていた。

 ジェイが僅かに目を細める。

 血の魔法は発動している。

 今もロビンを串刺しにするべく地面から一本の杭が突き上がった。

 だが、ロビンの前で杭が塵のように霧散する。

 そこでジェイは気付いた。

 周囲に漂う血塵は全てロビンに無効化されて血杭の成れ果てだと。


 「ひひ、驚いたか? 教えてやるよ。オイラの魔法はな──」


 ロビンは細剣を肩に担ぎ、口角を上げた。

 周囲をうずまく血の奔流をかき消しながら、ゆったりと歩いてくる。


 「“魔法の無効化ノンブル・オーダー”。周囲三メートル以内の魔法は自動的に弾かれる」

 

 魔法を無効化する空間。

 それが働く限り、どんな魔法も意味をなさない。

 ロビンはそのまま一歩、また一歩と踏み出す。


「アンタの血魔法もユニーク級だろう? だが、オイラはその中でもさらに希少でな」

「──アーケイン級か」

「御名答!」


 黄色い歯を見せるロビンに、ジェイの眉が顰まる。

 見た目の卑しさに反する強敵だと素直に判断した。

 アーケイン級の魔法など、宮廷魔術師でも持つものは少ない。


「だがアーケインの魔法を扱える者が山賊だったとは」

「きひひ。宮仕えなんて性に合わねえからな。ま、お前さんはそんなオイラにここで殺されるんだよ……もうボロボロじゃねえか」


 ロビンの指摘通り、ジェイはすでに満身創痍だ。

 細剣に貫かれ、血杭が暴走した左腕の感覚はすでにない。

 片目は流れる血により塞がったままだ。 

 だがロビンがゆらゆらと揺らす細剣は拭う隙を与えてくれない。

 そんな状況で、ジェイはニヤリと口角をあげた。


「くく。なんだ、魔術学校には筆記試験で落とされたのか? まあ、その頭では無理だったろうな」

「あっ?」


 ジェイの軽口にロビンの笑みが消える。

 卑しい瞳が見開かれ、怒りに表情が歪む。


「──てめえ、この状況わかってんのか」

「お前こそ。魔法が効かない程度でもう勝ったつもりか」

「はっ! この状況でまだそんな軽口を叩くのか……っ!」


 言い終える前に、ロビンは細剣を突き刺した。

 笛のような音を鳴らす細剣の速度は目に映らない。

 奇襲を狙った突きはジェイの死角、左半身を正確に狙ってくる。


「……ぐっ」


 肉を裂かれた直後、左肩の骨が砕ける鈍い音が鳴った。

 軌道を読み、躱したはずの細剣の先端が肩に突き刺さっている。


「おっと〜。骨までいただいちゃったぜ、オッサン?」


 ジェイが大きく飛び退く勢いで細剣を引き抜いた。

 砕かれた肩から鈍痛が全身を巡り、額に脂汗が滲む。


「……貴様、その力は──」


 それは見間違いではない。

 ジェイの目は、細剣の先端が伸びる瞬間を捉えていた。

 周囲に漂う血の霧を剣が吸収するように、先端に紅き刃を形成していた。


「まさか魔法武器マジックウェポンとはな。それもユニーク以上か」

「へえ? まさかこんな短期間に見抜かれるとは驚いたぜ」


 愉しむようにロビンが笑う。

 細剣の血を指先でなぞり、ジェイの血杭を再現する。


「御名答。ダンジョンボスのリッチから頂いた“隷属の剣”だ。貫いた相手の魔法をコピーすることができる」

「リッチ……確かに魔法主体のアンデットではお前に勝てんか」

「ひひ、そういうことさ。でもお前さんはすごいな、今までのやつは理解する前に死んでいったのによ」


 刹那、ジェイに血の杭が飛んだ。

 閉じた左目の死角。

 感覚の無い左腕でとっさに受ける。

 

 ──ひしゃげた。

 

 ジェイの左腕が力なく垂れる。

 関節が増えたように、力なく揺れた。

 滴る血。顔を顰めるほどの激痛。


 だが──。


「サリア……アンタの痛みに比べたらこの程度──」

 

 沸き起こる憤怒がジェイの苦痛を上書きする。

 怒りに呼応するように血が沸騰した。

 暴走を始めてジェイの血が、赤い霧となって周囲に満ちはじめた。


「やることは変わらん。お前を殺し、後ろの二人を殺す」

「おいおい、オイラに勝つつもりか……っと!!」


 ロビンが慌てるように片手を振るう。

 すぐ横を通り抜けようとした血杭がロビンの腕に当たって霧散した。

 ヒッと息を呑む悲鳴がロビンの後ろから響く。


「おい王子、さっさと逃げな。こいつ、オイラの隙を付いてあんたを殺すつもりだぞ?」

「ッ、ユリア、行くぞ!」


 アルカがユリアの手を引き、城の奥へ駆けていく。

 ジェイは追わない。

 標的はとっくに増えていた。

 まず一人目はサリアを辱めた──眼の前の男だ。


「さあ、審問官さんよ。あんた、もう終わりだ」


 ジェイが間合いを詰め、剣を振るう。

 しかしロビンは軽やかに受け流し、細剣をすくい上げるように切り返す。


「どうした、もう剣に力が入ってねえぞ?」


 刃が交差するたび、ロビンの笑みは広がっていく。

 ジェイの剣筋にほんの僅か、振れが混ざり始めていた。

 それに気づいたロビンは、確信を持って踏み込む。


「左腕の傷、深ぇんだろ? もうアンタに勝ち目はねえよ」


 ロビンの細剣が、遊ぶようにジェイの全身を切り裂く。

 吹き出た血が杭となってジェイの全身を穿つ。

 また、血が飛ぶ。だが、ジェイはうめき声一つあげない。

 ただ、静かにロビンを見据えていた。


「──何を見てやがる」


 ロビンが不意に眉をひそめる。

 膝が震え、ついに力を失い片膝を着いた。

 まともに立てなくなったジェイは、尚も眉間に深いシワを寄せロビンを見ている。


「てめえ、この死にぞこないがっ!!」


 ロビンの細剣が突き出された。

 軌道は眉間。

 動けぬジェイの脳髄を貫こうと迫る。

 絶えず左半身から激痛が走り感覚はとうにない。

 傷は深く、身体はもはや人間の限界を超えた熱を帯びていた。

 常人ならとっくに倒れて意識を失っているだろう。


 ──だが。


「サリアを辱めたこと、あの世で神に裁かれるが良い」


 ジェイの右手が、懐から一つの小瓶を取り出す。

 瓶の中には、黒金に近い紅色の液体がとろりと揺れていた。


 「──っ!」


 ロビンが目を見開き剣の速度を増す。 

 眉間に迫る剣に構わず、ジェイは液体を口に流し込んだ。

 瞬間、体内の血が逆巻き、魔力が弾け飛ぶ。

 全身を赤黒い紋様が走り、筋肉が異形のように隆起し、骨のきしむ音と共に影が形を変えた。


 「な、てめえ、それは──!?」


 ジェイの眉間に届いた細剣。

 しかし硬質な音に阻まれ切っ先が止まっている。

 硬い音を立て、そのままポキリと折れた。

 ジェイの皮膚は龍鱗と化し、眼は金色に変質した。


 「──竜の血だと……!」


 翼を広げたそれは、半透明の血色の龍躯。

 ジェイの喉奥からゴロゴロと音がなる。

 こみ上げるは灼熱──。

 人間を灰燼に帰す程の炎が竜人と化したジェイの口から溢れた。


「血流魔法にはこんな使い方もある。魔法が効かないのなら竜の咆哮ブレスも耐えられるんだろうな」


 ロビンの額から汗がにじみ出る。

 ジェイの額で止まっていた細剣がドロリと崩れ溶け落ちた。

 

「っっっっちいいいいいっ!!?」


 赤熱した細剣がロビンの手を焦がす。

 たまらず剣を離し後退するロビンをジェイは追わない。

 代わりにアギトと化したジェイの口が醜悪に裂けた。

 竜の口。並ぶ牙。

 灼熱の炎を溢しながらジェイが邪悪に笑う。


「魔法は消せても、現象の影響は受けるようだな」

「おい、待っ──よせっ!?」


 口を開いた。

 赤い光が口腔に集まり、瞬間──灼熱の奔流が放たれた。


 「うぎゃあァアアアアアアアア!!」


 ロビンの叫びが、光と熱と共に呑み込まれる。

 周囲を飲み込んだドラゴンブレスが、空気を焼き、壁を砕き、地を裂いた。


 ──次の瞬間、爆音。


 城壁が大きく崩落した。

 瓦礫と煙が晴れたその先。大きく壁が崩れた城の奥。

 ジェイの視線が、わずかに動く。

 その視線の先。

 崩落する瓦礫をかいくぐり、アルカとユリアが逃げ出そうとしていた。


 「……逃がすカ」


 ジェイが、無言で右手を掲げる。

 ひときわ鋭く形作られた血の杭が、王子の足元へと突き出された。

 鋭音と共に、それがアルカの足を貫く。


 「ぐ、あッ──!!」


 そのまま地面に崩れ落ち、アルカは動けなくなる。

 ユリアがその場に立ち尽くし、震える。


 ジェイが、ゆっくりと歩み寄ってくる。


 竜の血は効力を失い血に濡れた男の姿に戻る。

 だがジェイの二人を睨む眼は獣のように鋭い。

 それでいて静かすぎるほどに、その声は澄んでいた。


 「さあ、裁きの時間だ」


 血が蠢く。

 空気が、張り詰める。

 崩れた城壁を覆い尽くすが如く、血の奔流がうずまいた。

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― 新着の感想 ―
……ロビン、強敵でしたね。 あとはメインディッシュのおバカなステーキと、デザートの楽観お花畑なケーキを残すだけ。 赤いソースでデコレートして頂きましょう〜!
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