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異端審問官ジェイVS騎士団長アストレイ


 むせ返るほどの血の匂いが立ち込めていた。

 アルカード騎士団の精鋭は蹂躙され、おびただしい血を流し地面に転がっている。

 小川のように流れる血の中心に、王子アルカと聖女ユリアが顔面を蒼白にし震えていた。


 ジェイは銀柄の剣を握り、光を吸い込むような黒鉄の刃をまっすぐ二人に向けた。

 だが、その間に立ちふさがる者がいる。

 アルカード騎士団の頂点。

 色褪せた銀の鎧に身を包んだ騎士団長――アストレイ。

 その手には巨大な大剣が握られ、全身に風を纏っている。


「……最強の審問官であろうと、王家に仇なす者は斬り伏せる」


 アストレイの声には怒気も畏れもなかった。

 眼前に立つ復讐者を、ただ戦うべき敵として見ている。


 ジェイは応じない。

 ただ無言で、足を踏み出す。

 血を踏みしめる濡れた音だけが、戦場の合図だった。


 刹那、火花が散る。

 二本の剣が空間を裂いた。

 鋼と鋼がぶつかる音。そのたびに風が巻き、刃が叫ぶ。

 アストレイの剣は正統と巧妙の複合だ。

 筋力と強化魔法の複合による重撃と、見えざる刃を交差させた攻撃。


「──風断ふうだん


 アストレイが大剣を振り下ろした瞬間、躱したジェイの肩を何かが掠めた。

 薄く、だが確かに肩が裂かれる。


「この切り口……かまいたちか。風魔法の使い手とは珍しい」


 傷跡を確認したジェイが感心するように呟いた。

 傷の大きさの割に血が出ていない。

 切り口は裂傷のように不規則だった。

 鋼ではない()()による傷。

 風そのものを斬撃に変える魔法剣術だ。


「だが、ただの大道芸で俺は殺せんぞ?」


 ジェイは剣を構え直しながら、呟くように言った。

 その瞳に焦りはない。むしろ余裕すらあった。


「王に認められた我が剣技、未だ敗北を知らず」


 アストレイが距離を詰める。

 これみよがしに振り上げられた大剣。

 ジェイの死角を突くよう、地面から風の刃が迫りくる。


「くく、正統派騎士のような振る舞いはすべてフェイクか」


 鈍重な大剣に意識を取られれば、放たれている風の刃に切り刻まれる。

 風の刃に意識を散らし、巨剣グレートソードを蔑ろにすれば一撃であの世行きだ。


「しかし──見えているぞ」


 ジェイの周囲に、霧のような薄い血が漂っていた。

 漂う血の揺らぎが、風の流れを可視化する。


「ッ!」


 アストレイが目を見開く。

 ジェイは大剣に目を向けたまま、死角を縫うように迫った風の刃を剣で振り払ったのだ。

 

「──だがっ!!」


 黒い閃光が走ったようにしか見えないジェイの剣速に不可視の風刃は散らされた。

 しかしすでに大剣はジェイの頭上へと振り下ろされている。

 見えたところで関係ない。

 無敗の接撃。対個人の究極戦法。

 二段構えによる決殺の一振りがジェイへと迫る。


「っっっ!!!??」


 ──瞬間、ジェイの黒鉄剣がアストレイの喉元を掠めた。


 刻まれたのはかすり傷。だが急所を正確に狙われた。

 無意識にのけぞったわずかな体勢のブレ。

 力の逸れたアストレイの握りをジェイは柄で打ち抜き、剣の軌道を大きくずらした。


「く……っ!」


 形勢逆転。

 途端にアストレイが窮地に陥る。

 巨剣の重量は取り回しの機微に欠け、致命的な隙を生み出した。

 喉元に迫る黒鉄の切っ先。

 アストレイから声にならぬ雄叫びが漏れる。

 懸命に崩れた体勢のまま巨体を捻る。

 だが、 ジェイの剣のほうが早い。

 ジェイは僅かな腕の動きで、アストレイの顎下へ剣を突き刺した。


「──ほう?」

  

 刹那、硬質な感触が伝わる。

 切っ先はアストレイを貫通せず、顎の下で止まっていた。


「神祈──祝福の盾ベネディクト・シールド


 騎士の背後、神官服の男が杖を掲げていた。

 最高司祭・ランベルト。

 聖属性の守護結界がアストレイを死の淵から救った。

 杖先から黄金の魔力を流し、ランベルトが発破をかけるように励ました。

 

「我ら二人の連携があれば、たとえジェイ・ブラッドであろうと──」

「に、逃げろランベルト!! この男、格が違──」


 血が、空間を裂いた。


 ジェイの剣の柄から噴き出した血液が、刀身を覆い魔剣と化す。

 血の奔流が炸裂し、ジェイはランベルト目がけて跳躍。


 アストレイが割って入る。だが、間に合わない。


「失せろ」


 囁いた刹那、爆発のような血風が巻き起こり、二人を吹き飛ばした。

 全身鎧のアストレイが、枯木のようなランベルトに激突する。


「がはッッ!!」


 血を吐いて白目を剥き、ランベルトが意識を失う。

 見るからに致命傷だ。


「……部外者には退場願おうか」


 鎧がひしゃげるほどの音をたてて城壁に激突したアストレイ。

 胸にはかばうようにランベルトを抱いている。

 その背後、ひび割れた白亜の壁に、ジェイの血魔法が幾何学的な絵を描き侵食していく。

 ツタのように壁を這った血が、鈍く光った。


 ──轟音。

 

 発生した爆発と砂塵。

 崩れ落ちた瓦礫の中に二人の姿が埋もれていく。


 「お前たちは後でゆっくり捌く。今は──」


 ジェイの視線が、ゆっくりと城壁の奥へと向けられた。

 立っているのは王子アルカと、あの女だ。


 「さあ、救済の時間だ」


 足音だけを残して、ジェイは走り出した。

 わずかに生き残っていた兵士が慌ててジェイの前に躍り出る。

 ──兵士の持つ盾が砕けた。

 破裂音とともに、赤黒い血の杭が床から生え、残りの兵士を串刺しにする。

 ジェイの眼の前で血の杭が狂い咲くように乱立する。

 その中央。杭が形成した空白の道。

 その道の先に、アルカとユリアがいた。


 「な、なんなのよアイツ……」


 ユリアが怯えるように尻もちをついた。

 全身を震わせ、ジェイに視線を釘付けにしている。

 杭から滴る兵士の血が、ジェイの顔にべったりとかかる。

 だが、ジェイは瞬き一つせず、二人の元へと歩を進めていく。


 その最中、アルカの視線にジェイが違和感を抱く。


 ──そのとき。


 「今だっ!!」


 アルカが叫んだ。


 血の杭が一斉に霧散。

 横合いから突き出された一振りの細剣が、ジェイの左腕を貫いた。


 「……ッ!」


 ジェイが顔を顰め、視線を向ける。

 乱れた金髪に粗野な革鎧。

 浅黒い顔に笑みを浮かべた男が立っていた。


 「はっ。異端審問官ってやつも、大したことねぇな」


 殺気も緊張もない、軽薄な声。

 まるで山賊ような風貌──だが、その一歩には違う“技”の気配がある。


 「待たせたな、アルカ。おいらの出番ってことか」


 男は片目を細めて笑った。


「貴様……」

「おいらは近衛騎士団──団長、ロビン様よ」


細剣をくるくると回しながら、肩をすくめる。


「サリアって聖女……あんたのお気に入りだったんだろ? いやぁ、いい女だったなぁ。昔、山賊やってた頃はよ。ああいう気の強ぇ女、縛ってからが本番だったもんだぜ」


 ──音が、止まる。


 場の空気が張り詰める。


「刑場にしょっぴく時もな、我慢できなくてちょいと触っちまったんだよなぁ……いい顔してたぜ? おいらを睨みつけながら、涙を堪えて……ひひ、ほんと、燃やしちまうなんてもったいねぇよなあ」


 ジェイの体内で、何かが弾けた。

 魔力が暴走する。

 血が逆流し、抑え込んでいた感情と共に、皮膚を突き破るように血杭が噴き出す。

 杭は制御を失ったまま暴れ弾け、周囲の瓦礫を貫いた。

 そして──貫抜かれた傷口を広げるように、ジェイ自身の左腕からも血杭が湧き出した。


 「ッ……」


 鈍い音と共に、鮮血が噴き出す。

 ジェイは動じなかった。

 血が滴る左腕を下ろし、右手だけで剣を持ち直す。


 その顔には怒りも熱もなかった。

 ただ、静かに──底冷えするほどの殺意だけがあった。


「……その口、今すぐ閉じろ」


 ジェイの足元で、血が蠢く。

 杭が変質する。鋭さを失い、代わりに太く、重く、濁っていく。

 まるで血そのものが意思を持ち、何かを喰らおうと膨張しているかのように。


 それでもロビンは変わらず軽薄な笑みを浮かべていた。


「ひひっ……なんだよ、冗談だろ?」


 次の瞬間、ジェイの背後から爆風が起きた。


 吹き飛ばされた瓦礫と共に、血の奔流が地面を這い、

 まるで“何か”が地中から這い出ようとしているかのように、

 周囲の空気が、重く──死の気配に染まっていく。


 ジェイの声が、低く響いた。


「──お前だけは、楽には死なせない」


 剣を構え、たった一歩、踏み込む。


 世界が、血の色に染まりかけていた。


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― 新着の感想 ―
ゲスな割にはお強いロビン。 怒らせるようなことを言わなければ、番狂わせもあったかも知れないのに……。 激怒したジェイの血の滾りがここまで伝わってきますね。
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