聖女の救済
テーマはジェイソ〇・ステ〇サム✕追放聖女のアクション復讐劇。
王子は死ぬ。
腹部の痛みが十秒ごとに襲ってくる。
痛みが来るたび、漏れ出る血がとめどなく下半身を濡らし、顔には脂汗が浮かぶ。
血を塞き止めようと周りを見渡し、諦めた。
ネズミが走り、散乱したゴミにまみれた路地裏だ。
浮浪者がそこら中に小便を垂れ流し、ひどい悪臭に満ちていた。
そんな場所にあるものを腹に巻いたら、死神は喜んで鎌を振り下ろすだろう。
「大丈夫ですか?」
声が天から降ってきた。
見上げれば純白のローブを纏った女が立っていた。
金色の髪が月の光を浴びて、夜だというのに煌めいている。
見てくれのいい女はたくさん見てきたが、目を奪われたのは初めてだった。
「お辛いでしょう……」
ああ、辛いさ。
ずっと裏にいた俺にとっちゃ、アンタは眩しすぎた。
いかにも高そうな絹で織られたローブ。まったくもって気に食わない。
だが、腹に風穴の空いていた俺にはどうすることも出来なかった。
よかったな、アンタ。
俺が万全だったら、その珠のような肌にナイフを突き立てていただろう。
身ぐるみを剥がせば、まとまった金になりそうだからな。
「すぐに治しますからね……」
今でも不思議でしょうがない。
汚泥に塗れた男が、腹から血を流してくたばりかけている。
それも汚い路地裏でだ。
誰もが知らぬふりして、目を合わそうともしない。
そのまま死んでいくのが運命だと、俺も思っていたくらいだ。
でもアンタは違った。
「──癒しよ」
アンタだけは、誰もが無視するゴミを拾ってくれたんだ。
本当に驚いたよ。
聖女の奇跡は、腹に空いた穴すら瞬く間に癒やしちまうんだな。
◆ ◆ ◆
「ジェイ! 8番さんに大盛りシチューをお願い!」
時刻は昼時。
王都の商店街にある食堂“蜂の蜜箱亭”には、今日もたくさんの客で賑わっていた。
ジェイと呼ばれた男が、呼びかけに答えず黙々と鍋をかき回している。
話すよりも殴るのが得意そうな、イカつい坊主頭の男だ。
「ちょっとジェイ! 聞いて……」
「8番と10番に大盛りシチューだ」
よそった皿を差し出された金髪のウェイトレスが、碧い瞳を細めてジェイを見る。
「ちょっと、私は8番って……」
「サリアちゃん! こっちもシチュー大盛りで!」
「えっ!?」
新たに注文したのは10番テーブルの客だった。
なぜわかったのかと、サリアはまじまじとジェイを見た。
あの客が席についてまだ1分も経っていない。
「彼がこの店に来るのは5度目だが、毎回大盛りシチューを頼んでいる」
目も合わせず、ぼそっとジェイが呟く。
5度目と言うが、この店に来る客は毎日200人を超える。
全員を覚えるなんて不可能であることをサリアは身を持って知っていた。
「ふふ、相変わらず優秀ですね、ジェイは」
「別に、これくらいしか能がないからな」
サリアが微笑んでもジェイは一切笑わない。
無愛想な顔で、作りかけの料理を仕上げていく。
「なら、ジェイ。もっと愛想よくしてください。せっかく優秀で料理も上手なのに……」
「あいにく、俺は愛想が良い方が客受けが悪い」
「もうっ!」
ああ言えばこう言う。
だが、言っていることが事実なのはサリアも知っている。
近づいた子どもは泣きわめき、大人は気味悪がって近づかない。
目つきの悪い、寡黙な男。それがジェイだ。
「本当は優しい人なのに……」
「それは誤解だ」
普段は全く喋らないくせに、褒めるとすぐに否定してくる。
一緒に食堂で働いた二ヶ月間で、サリアが見つけたジェイの癖だ。
「まあいいわ。じゃあ、残りもお願いしますね」
「………」
「ジェイ?」
返事がないのはいつものことだが、硬直するジェイなんて珍しい。
サリアが不思議に思うと、ジェイは警戒するように入り口を見ていた。
――カラン。
鈴の音が小さく鳴った瞬間、ガヤガヤとした店内の空気が凍り付いた。
サリアはお盆を抱えたまま振り返る。
戸口に立つのは、見間違えようのない上質な黒マント――胸元には王家の紋章。
「うそ……どうして、ここに?」
喉が鳴った。店の誰もが箸を止め、息を潜める。
「久しぶりだな、“偽聖女”サリア」
「アルカ王子……」
立っていたのは、この国の第二王子アルカ・アルカードだ。
意地の悪い笑みを浮かべ、店を品定めするように見ている。
周囲の人間は目を合わさないよう、顔を伏せていた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
趣味全開の作品ですが、いかがでしたでしょうか?
短いので、GW中には完結する……はず!
面白かったと思っていただけたら、☆☆☆評価やブックマークをしていただけると励みになります。
コメントやリアクションもいただけたら嬉しいです。