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第9話 確かな礎に

 神谷と波多野の遺体の前で、誰もが言葉を失った。


 霧は相変わらず訓練区域を包み込み、視界を白く濁らせている。


 だが、それ以上に彼らの思考を曇らせていたのは──二人の凄惨な最期だった。


 かつて先頭に立ち、、他の候補生より先に戦闘へと向かった二人。


 その背中は誰よりも頼もしく見えていた。


 軽口を叩き合いながらも確かな実力を誇っていた神谷と波多野が信じがたいほど無惨な姿となって横たわっている。


 その現実が将人の胸を灼いた。


 どうして彼らが。  


 なぜ──こんな終わり方を。


 怒りが込み上げる。


 胸の奥で燃え盛る感情が喉まで迫る。


 それは叫びにも似た衝動だった。


 なのに──言葉が出ない。


 ただ歯を食いしばるしかなかった。


 波多野の手が僅かに伸ばされたまま固まっている。


 既に事切れ動かなくなった友人の手を掴むかのように。


 その傍らに神谷が横たわっていた。


 冗談の一つも言わないまま、彼は静かに──いや、無理やり沈黙させられた。


 将人の視界が滲む。


 拳が震え、唇が震える。だが涙は、こぼれない。


 代わりに全身を熱が満たしていた。


 その沈黙を破ったのは澪のかすれた声だった。


「……私たちで止めるしかない」


 その言葉に将人は顔を上げた。


 彼女の瞳は涙に濡れていたがそこには揺るぎない意思があった。


 将人の中で何かが静かに燃え始める。


 恐怖の炎が怒りの刃へと変わるように。


「ここで逃げたら二人の死が──ただの無駄になる」


 将人が立ち上がると北条が拳を握りしめた。


「ならやるしかねぇだろ。……俺たちで終わらせる」


「敵の挙動パターン……解析する。私が支援するからみんなは前に出て」


 柚月が震える声を押し殺しながら、背負っていた小型ドローンを展開する。


 ドローンが起動音を立てて浮かび上がると同時に彼らは自然と一列に並び立っていた。


 かつて訓練で何度も繰り返した隊列──だが、今はそれが命を守る最後の砦だ。


 風が鳴る。霧が流れる。



 だが、その中に混じって微かに機械の駆動音が聴こえた。


 異常個体が静かに接近する。


 その動きは重く、そして確実だった。


 機械であるはずのそれは一歩一歩を意図的に選ぶように近づいてきた。


 まるで彼らの恐怖を嗅ぎ分けているかのように。


 その赤いセンサーは単なる認識装置ではない──確かに「獲物を値踏みする」視線がそこにあった。




「俺が前に出る。囮になって引きつける。お前らは隙を狙え」


 北条が肩を鳴らしながら前に進み出る。


 装着している格闘型スーツは打撃と防御を主とする近接戦仕様。


 将人は刀を腰から引き抜いた。


「斬れるのか……あの装甲が」


「柚月のサポートがあれば可能性はある」


 澪がそう言いながら、既に弓を構えていた。


 矢筒には複数のEMP弾頭が装填されている。


 狙うは機体の関節部、あるいは動力系の制御コア。


「行くぞ!」


 北条の雄叫びと共に、戦いが始まった。


 北条が突撃し異常個体の視線を奪う。


 その瞬間、将人が斜めから踏み込み、右腕の関節部を狙って刀を振るった。


 刃が深く入り込む。


 ──が、完全には切断できない。


 機体が反応し、肘を振るう。


 だが北条が割って入りスーツの腕部で受け止める。


 重い衝撃音と共に地面が震えた。


「こいつ……重すぎる!」


「耐えて、北条!」


 その声と同時に澪のEMP矢が放たれる。


 矢は風を裂き正確に機体の首元に命中。


 一瞬、異常個体の動きが鈍る。


「今だ、将人!」


「うおおおおおッ!!」


 将人が渾身の一撃を放つ。


 刀が深く、今度こそ関節部を断ち切った。


 異常個体がよろめき柚月のドローンがその挙動パターンを解析し続ける。


「次は左脚! 傾きが不安定、転倒誘発を狙える!」


「了解!」


 北条が足払い気味に接近、将人がその動きに連携し低く斬り払う。


 膝関節が破壊され異常個体がついに地面に倒れ込んだ。


 だが、その赤いセンサーはまだ生きている──殺意が消えていない。


「澪!」


「任せて……!」


 最後の一本のEMP矢が放たれセンサーを直撃。


 短く火花が散り異常個体の動きが完全に止まる。


 四人の鼓動だけが霧の中に残った。


 ──だが、それでも戦いは終わっていなかった。


 突如として異常個体の機体から赤黒い光が漏れ始める。


「再起動……!? コアが生きてる!」


 柚月が叫ぶと同時に機体がのたうつように動き出した──だがすぐに静止する。


 まるで何かを“考えている”かのような沈黙。


 そして次の瞬間、異常個体は静かに立ち上がり彼らに背を向けて歩き出した。


 間合いを測るように赤いセンサーが彼らを一瞥する。


「……逃げた?」


 将人が呆然とつぶやく。


「……違う。あれ、自律判断で……退いたのよ。明確な“撤退行動”だった」


 柚月の声には震えと共にどこか確信めいた怖れがにじんでいた。


 異常個体は去り際、一度だけ振り返った。


 その赤いセンサーがまるで人間の目のように彼らを静かに観察していた。


 何かを“記憶”したかのように──そのまま霧の中へと姿を消した。


 誰もがその異様な存在に言葉を失った。


 訓練は唐突に終了が宣言された。


 まるで、それを「待っていた」かのように。


 通信障害は「システムエラー」、神谷と波多野の死は「訓練中の不慮の事故」として片づけられた。


 だが、誰の口からも「異常個体」についての言及は一切なかった。



 まるで最初からそれが“存在しないもの”として扱われているかのように。


 島教官の表情には普段にはない陰りがあった。  


 だが、その目には戸惑いと困惑が浮かんでいた。


 彼でさえも真相の全てを知らされていないのは明らかだった。


「いいか、お前たち。……この件については、今後一切口外するな」


 それが上層部からの命令だった。


 理不尽な沈黙。歯ぎしりする北条、拳を震わせる将人。


 澪は言葉なくただ手元の弓を強く握っていた。


 柚月の目はどこか遠くを見ていた。


 ──あれは本当に『訓練用の模擬機』だったのか?


 誰もが同じ疑問を抱えたまま、答えは出ないまま日々は続いていく。


 ーー 追記 ーー


 模擬戦が終了したその夜、将人たちは食堂の一角に自然と集まっていた。




 訓練は終了したはずなのに誰も部屋に戻ろうとは言わなかった。


 誰かが「神谷と波多野のこと、ちょっと話さないか」と切り出したわけでもない。


 ただ、無言のまま、それぞれがトレイを手にして座っていた。




 テーブルの上には簡素な食事と──湯飲みに注がれた熱いお茶が一つ手付かずのまま置かれている。




「神谷、紅茶派だったけどな。波多野がよく、わざと緑茶出して怒らせてたっけ」




 ぽつりと澪が笑みともため息ともつかぬ声を漏らす。




「でも、なんだかんだ全部飲んでたよな。『意外とうまいじゃん』とか言って」




 柚月がそう続けると北条が肩をすくめた。




「あいつら最初は正直ウザかったけど……今思えば、一番まっすぐだったのかもな」




 誰も言葉を否定しなかった。




 神谷と波多野がいたことでこの訓練の空気は確かに明るく保たれていた。


 それが今はあまりにも静かで重たい。




 将人は湯飲みに視線を落とした。




「……俺たちは進まなきゃならない」




 その言葉に皆が顔を上げる。




「悔しいよ。あんな死に方……絶対におかしい。でも、あいつらが残したもの俺たちが受け継がなきゃほんとに無駄になる」




 それは強がりでも美辞麗句でもなかった。


 喉の奥からこぼれ出た本音だった。




「真実、知りたいよな。何が起きたのか……どうして、こんなことになったのか」




 北条が静かに拳を握る。




「俺もだ。……黙って終わる気はねぇ」




「私も調べる。情報があるならどこからでも手繰る」




 柚月が表情を引き締め、目を細めた。




「なら……もう決まりね」




 澪の声は静かで、けれど強かった。




 ――彼らの中に確かな火が灯っていた。




 いつまでも被害者でいるつもりはない。


 大切な人を奪ったこの現実に向き合う覚悟を彼らは持ち始めていた。




 テーブルの上の湯飲みに誰かがそっと手を伸ばし微笑んだ。




「……ごちそうさま、神谷、波多野」


(第1章・完)

第9話にて第1章が終わりとなります!

読了ありがとうございました。


社会人をやりながらほぼほぼ初めて小説を書いてみました。

なので展開や世界観などところどころに変な個所があるかもしれません。

これからの成長に期待しつつ温かい目で見ていただけたらと思います。

気に入ってくださったり、少しでも続きが気になった方はブックマークや感想をいただけると続きを書く際の励みになります!!

心が折れずに済むので是非!


そして、未だに冒頭のロシア製機械兵の登場などにはこぎつけられていませんが2章からそういったものの核心に少しずつ迫っていくので、2章の投稿まで今しばらくお待ちください。

2章の投稿を始めた際には、将人たちの物語にお付き合いのほどよろしくお願いします。

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