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91話 大鹿の魔物との決着

『む、無茶だ! 逃げろ!』

『誰か探索者協会に通報を!』

『それはもう閉じ込められた時にしてるっつうの!』


 押出が冥界へと転移させられた頃、とあるダンジョン配信が配信サイトで賑わいを見せていた。

 そこに映し出されているものは決して楽しいものではない。若く有望な探索者による絶望的な戦闘であった。

 全身に切り傷を負い、打撲したであろう目は片方開き切らないくらいに腫れあがっている。

 それでもその少年、向井が剣を握るのには理由があった。それは転移させられた友を救出するのだという信念である。

 彼は自分で誘っておきながら友を危険な目に遭わせてしまっていることに負い目を感じているのだ。

 自分よりも強い特級探索者だということに油断してしまっていたのだという後悔は彼の剣を奮い立たせる。


「押出。すまねえ」


 ボソリと呟きながら友に渡された剣を握る手に力を加える。

 やはり適合していないみたいでシロリンが出す炎よりも小さな炎が剣身を纏っていく。

 そしてその上を向井の焔が纏って補う。二つの炎は交わることなく、まるで水と油のように分離している。

 二種類の炎を纏ったまま鹿の魔物の方へと飛び上がり、その剣を振るう。

 何度も振るわれるその剣は尽くが大角によって防がれる。

 鹿の魔物が操る大角は幾重にも分かたれていき、どれほど素早く剣を振るおうとそのすべてを対処できるのである。

 だが、大量に枝分かれさせればそれだけ角の耐久性は落ちるというものだ。

 向井は自身の体に分岐した角が貫いていくのも厭わずに大角の根元に向かって剣を振るう。


「折れやがれえええええ!」


 炎に包まれた剣が大角の根元に食い込んでいく。

 水と油のように分離し不安定な形を保っていた炎が徐々に手を取り合っていく。

 二種類の炎が一種類の新たなる炎へと生まれ変わった瞬間、これまでとは比にならないほどの大きさの豪炎が魔物を襲う。

 そして人間の大きさを優に超えるほどの太さを持つ大角はその根本からポッキリと折れているのであった。


『すげええええええ!!!!』

『あいつ、やりやがった』

『いけえええ!』

『そのままそいつ倒して友達も助けてやれ!』

『いけるぞ向井! 勝てるぞ!』

 

 心配ムードが漂っていたコメント欄もこれには沸かざるを得ないのだろう。

 一転して向井の背中を後押しするコメントが加速していく。

 同接は50万人を突破している。間違いなく今、日本で最も賑わっているダンジョン配信だろう。

 だがコメント欄の賑わいとは裏腹に向井の体は既にボロボロになっていた。

 全身が角に貫かれ至る所から出血し、先程の焔のせいなのか手先は少し焦げてしまっている。

 常人であれば今すぐにでも応急処置しなければ壊死するだろうが、子供の頃から炎の能力を操る向井には通用しない。

 とはいえ重症であることは間違いない。

 今も生命線である大角の片方を斬り落とされ苦悶の唸り声をあげている大鹿の瞳が向井を睨みつける。

 まさに向井にとって絶望的な状況であろう。

 だが彼の眼からはそのような後ろ向きな感情が排除されている。

 頭の中では次の一手をどう打つかを思考する他ないのである。


「……行くぞ」


 炎の巨人を彷彿とさせるほどの濃密な力の奔流が向井の片腕に集約されていく。

 一方で怒り狂った大鹿の残った大角がバネのように収縮されていく。

 

「次で……決める」


 双方が示し合わせることなく同じタイミングで攻撃を放つ。

 一方は大きな巨人を象った焔の剛腕、そしてもう一方は一気に放出された大角。

 二つの強大な力が交わった瞬間、ドローンカメラに映し出された光景が真っ黒に染め上げられる。

 力の衝突によって生み出された衝撃波が地面を削り、地煙を発生させたのである。


『ど、どっちだ?』

『お願い。向井君が勝ってて』

『お、おい見ろよあれ』

『何か見え始めた』


 大きく鋭い何かの先っぽが煙の中から見え始める。そしてその大きな何かの先端には血液のようなものが滴っている。

 

『あれって魔物の角じゃ』

『てことは向井が負けたってことなのか!?』

『不味い不味い! 早く誰か来てくれ!』


 コメントが最悪の事態を想定しざわつき始めた次の瞬間、一つの大きな焔が煙を打ち払う。


「俺の……勝ちだ」


 腕には抉られたような怪我を負いながらも何とか魔物の脳髄に剣を突き刺している向井の姿が映し出された。

 次の瞬間、大鹿の魔物はその場に大きな音を鳴らして倒れる。

 そしてそれを見た向井が天井に向かって拳を突き上げ、高らかに勝鬨をあげるのである。


『やった! 向井の勝ちだぜ!』

『よくやった!』

『あんなバケモン、よく倒せたな』


 向井の勝ちを称賛するコメントが流れていく。

 そんなコメントの流れが少し落ち着くと今度はまた違った意見が出始める。


『あの子どうなったんだろ』

『オーディン君は探しに行くのか?』

『いや流石にダンジョン内で転移させられたんじゃ生きてんのは絶望的だし今から助けに行くのは意味ないと思うけど』


 目の前の敵が居なくなり、皆に考える余裕が生まれたことで更なる現実を突きつけられる。

 普通の者であればもう少し己の勝利の余韻に浸るところであろうが、最初から助けに向かうつもりであった向井は違う。

 満身創痍の体を引きずりながらもう既に足はダンジョンの奥へと向かっていたのである。


「押出、待ってろ。今助けに行くからな」


 オーディンという呼び名も気にしていられないのだろう。配信中だというのに本名を口にしながらダンジョン内を歩いていく。

 手には転移前の押出から受け取った炎の巨人の剣を握っている。

 

『おいおい探しに行くにしても一回休憩したらどうだ?』

『それか救援を待った方が良いよ。もし見つけられても共倒れになったら意味がない』


「皆すまないが、その意見は飲めない。俺は友人を助けないといけないんだ」


 身を案じるコメントを見ても向井の心は変わらない。何かに取りつかれているかのように足を引きずりながら歩いていく。

 これが今の向井が出せる最高速度なのだろう。この身体ではたとえどれほど格下の魔物であったとしても敵わない。

 そしてここダンジョンにおいてそのような脅威は落ち着く間もなく現れるのである。


「……群れか」


 いつの間にか前方に魔物の群れが現れる。この広いダンジョン内部において後ろに回れこまれれば命は無いであろう。

 咄嗟に後方を見て、囲まれていないことを確認すると再度剣を構える。


「行くぞ!」


 そして自らの身を投げやるかのように群れの中へと突進していくのである。

 通常ならば後ろに回れこまれないように距離を取りながら戦うのが定石である。ましてや突進などすれば、賢い魔物が相手であれば中央に誘い込まれて一瞬にして窮地に追い詰められるであろう。

 だが向井にはもう既に持久戦に持ち込めるほどの力は残っていない。短期決戦で仕留めるために飛び出したのである。

 しかし倒しても倒しても襲い来る魔物達の群れについに向井はその剣を叩き落されてしまう。


「くそ」


 叩き落された剣を慌てて拾いに行く。その行為には大きな隙が生じる。

 拾いに行った向井の眼前には既に魔物の大きな牙が迫っていた。


『ほら言わんこっちゃない』

『そんなの言ってる場合かよ!』

『向井くん!』


 コメント欄が慌ただしく動いていく中でも向井は何とかギリギリで攻撃を躱し、逆にカウンターでその魔物を串刺しにして命を奪う。

 ひとまず九死に一生を得ようとも状況は変わらない。

 何故これほどの魔物達が群れでこの場に現れたのか。

 それは絶対的強者が死んだことに起因する。

 ダンジョンの中と言えど、その生態系には弱肉強食は存在する。

 いわばあの大鹿の魔物によって虐げられ隠れ潜んでいた魔物達が、その枷が外れたことによって暴れだしたのである。

 

『こんなに魔物が居るの初めて見た』

『異常だろ! 次から次へとこんなのが起きるだなんて』


 既に向井の周囲には数十体の魔物達が攻撃の隙を窺いながらゆっくりと歩いている。

 そんな魔物達へと再度攻撃を仕掛けようとした向井が剣を構え、走り出そうとしたその時であった。

 前に一歩足を踏み出そうとしていた筈なのにいつの間にか地面に膝をついていたのである。

 既に身体は大鹿の魔物との戦闘で限界を迎えていたのだ。

 脳でいくら命令しようとも体は機能を失ったかのように動かない。

 そしてそれを好機と見た魔物達が一斉に飛び掛かる。


「……すまなかった押出」


 数十万人に見守られながら少年の目は静かに閉じていく。

 死を受け入れ、そして死を受け入れたことによって必然と見捨てる事となった友への謝罪。

 身に余ることをした自分への罰なのだと。世界を呪うでなく己を呪いながら冥界に足を延ばそうとしていた。

 しかし死を受け入れたはずの少年が目を開いて次に見た景色は冥界などではなく、魔物達がゴミのように吹き飛ばされていく光景であった。


「生存者を確認しました。かなりの大怪我ですが命に別状はないようです」


 そう伝えながら空中に無数のエネルギーの弾を生み出すその女性は躊躇いなくそれらを一斉に打ち出し、次から次へと魔物を屠っていく。

 そうしてすべての魔物達を瞬く間に殲滅した彼女は向井に対してこう告げるのであった。


「無事ですか?」


 そう尋ねてきた女性の顔が彼がダンジョン内で見た最後の景色であった。

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