90話 冥界
「ふう、取りあえず外には出られたか」
牢屋は斬っても斬っても修復するため、斬った瞬間に飛び出さなければならなかった。
そのため、まずは俺が外に出て次にフィリアと名乗る女性が脱出に成功した。
脱出できたとは言え状況が変わったわけではない。向井の所に向かいたいんだけど、フィリアに聞いたところそもそもここは『深淵なる大地』とは全く違う場所らしいし。
さて、どうしたものやら。
「うかうかしている暇はないぞ。檻から出たことは数時間もあれば気付かれるだろう。そうなればヘルブレインからの追手が来る」
「そういえばさっきからヘルブレインって言ってるけど、そいつって冥界の神とかいう奴か?」
「ああ、そうだ。何故知っている?」
「一回戦ったことあんだよ」
ていうか会話相手が知らないだろうなって思ってる奴の名前を説明なしで連呼するんじゃないよ。
もし俺じゃなかったら今頃頭の中ハテナで埋め尽くされてんぞ。
「ほう。それで生きているとは中々やるな」
「まあな。最後に分身体とは言ってたけど」
それに一回多分ほぼ死んでたけど。
「なるほど分身体か。それならばオーディンが勝ったとしても不思議ではないか」
「あー、すまん。俺本当は押出迅っていうんだ。反応しづらいから迅って呼んでくれ」
「分かった。ならば迅は私の事をフィリア様と呼ぶと良い」
あれ? こういう時ってお互いを呼び捨てで呼び合おうって話して関係値が対等になることでより一層仲が深まっていく展開じゃなかったっけ?
何か俺だけ一方的に地位を下げられた気がするんだけど。
「あー、んでフィリア様は武器とか持ってないのか?」
「私は愛と美の神だぞ? 武器なんてそんな危険なものを持っているわけがない。強いて言えば拳だな」
「一番戦闘狂みたいな発言ありがとね」
てっきりさっきのは冗談でしたっていうやり取りがあるかと思ったのにそれが当たり前かのようにフィリア様のまま進行しちゃってるよね!? おかしいよねコレって!?
「そんな事よりも私は迅が何故その槍を持っているのかを知りたいんだが」
「何かずっと言ってるよなそれ。こいつは俺の異能で手に入れたんだよ」
「異能で手に入れた? 主神オルウィスクの槍をその紛い物の力でか?」
『それについてはワシから説明しよう』
「ああ。それについてはワシから説明してくれるら……しい? へ!? 喋った!?」
いつの間にか光りだした主神の槍から唐突に声が聞こえる気がする。いや、流石に気のせいじゃろうて。あれ? 何か話し方も移った?
『さっき、お前さんがこの槍に『万能の手』を使用したじゃろ? それでこっちから接続できるようになったんじゃ』
「へえ……って誰だよ!」
「誰とは失礼な。お主が死にかけの時に救ってやったというのに」
「あー、あの爺さんか。あん時は助かったぜ」
確か全知全能の神オルウィスクとかって名乗っていたな。
俺の中では気の良い老人ってイメージだったけど。
とか思いながらフィリア様の方を見ると、先程までとは明らかに雰囲気が変わっていた。
何故か泣き出しそうで、それでいて驚いてもいるような表情を浮かべた後、地面に膝をつき、俺に向かって(正確に言えば俺の持つ槍に向かって)頭を下げたのである。
「ご無事……だったのですか。オルウィスク様」
『無事ではあるのう。じゃがまあ片目は見えんし、どのみち戦うのは無理じゃが』
「左様でございましたか。それでどこにいらっしゃるのですか?」
『それは教えられんのう。何せこの会話を奴に聞かれてるかも分からん』
「私としたことが配慮できず申し訳ありません」
さっきまでの口調とは全く違うやけに丁寧な言葉で俺の槍に向かって話しかけるフィリア様を見て若干気まずい気持ちを抱く。
一応、俺に向かって敬意を払っているわけではないけど、その敬意の姿勢を前から眺めているのはさっきまで雑に扱われていた俺という何とも不可解な光景ではあるよ。
「えーと、お二人はどういった関係で?」
『あーすまんな。そこから話すか。まあ長くなるが――』
それから槍越しにではあるが、オルウィスクはこれまでの経緯について教えてくれた。
まず驚きであったのが元々はオルウィスクこそがこの世界の主神だったというのだ。まあ、主神っていうのは一番偉い神ってことだな。
それがとある神の反逆によって失墜したのだという。その反逆した神の名はリベル。
そして俺達の世界に神の試練や異能を与えた張本人だという。
「リベルは何の目的でそんな事をしてるんだ?」
『あ奴の考えておることはよく分からん。強いて言うならば“趣味”じゃろうな』
趣味でダンジョンを作って試練を与え続けて、犠牲者を増やし続けているのか。
許せない……普通の人ならそんな感情を持つんだろうな。
俺はそこまでは思えない。どちらかと言えば遠い場所にそんなあくどい事をしている人がいるんだなっていう感覚だ。
それこそテレビでやっている犯罪者のニュースを見た時のあの感覚と同じだ。
その人に対する悪感情は芽生えるけど、それは自分の怒りとして芽生えているわけではない。
被害者への共感から芽生えている。だからこそ俺が解決しなければとかってなることはないんだ。
『異能はリベルやその配下の神々が設定した力じゃ。前に行ったように奴らが言う試練とやらをギリギリ突破できぬような作りになっておる。それがどういう事か分かるか?』
「人類はどう頑張っても滅ぼされるって事か?」
『まあ大まかに言えばそういう事じゃ。あ奴らはギリギリまで希望を与えて最後にその希望をへし折るのが好きなようじゃな』
うわ~、性格悪~。
「オルウィスク様。それを阻止するために私にできることはありますでしょうか? 私であればその制約はありませんし、お役に立てるかと」
『じゃがフィリアよ。お主は戦闘には向いておらんからのう。勝ちの目があるかは不明じゃ』
「……それはそうですが。せめてドーナ神さえいらっしゃれば話は違いますがあの方はもう……」
なんかまた新しい神の名前が出てきたな。
ていうか話を聞いている感じだと、オルウィスクはわりかし人間の事はどうでもよさそうなのに対してフィリアはどこか守ろうとしてくれてそうな気がする。
流石は愛と美の神だな~。うんうん。
『あ奴はまだ精神体として生きておるぞ。かつての力はまだ発揮できぬようじゃが』
「……本当ですか!? まさか生きていらっしゃったとは」
『人間界のどこかで元気にしとるはずじゃ』
何かよくわからんけど、神様が人間界に紛れ込んでいるらしい。
え、じゃあ本当にファーストって神様だったの? だったら途中までの俺って恥ずかしくないかこれ?
だってファーストって思いこんでた普通の一般人ってことになるもんね。
『まあ奴もおるし後は迅もおるしな』
「へ? あーまあ神の試練は突破したいな~って思ってはいるけど」
『うむ。ついでにリベルの奴も倒すんじゃ』
「え~、俺、神の争いに参加したくないんだけど」
『お主がそうでも向こうはそうではないじゃろうな。現に冥界にまで転移させられているわけじゃし』
確かに。
「え、冥界? 『冥府の監獄』っていうダンジョンじゃないのここ」
『『冥府の監獄』という冥界にある牢獄じゃな。お主が言う一般的なダンジョンという名称の場所ではない。つまりここは人間界ではないという事じゃ』
「――うそん」
そうしてオルウィスクからの衝撃な言葉を聞いた俺は少しの間、開いた口が塞がらないのであった。
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