89話 牢屋
「うわ!」
真っ青に染まったかと思えば次の瞬間には何故だか落下していた。
落下と言ってもそれほど長い時間ではない。大体1mくらい落下し、地面へと着地することになった。
「何なんだよ一体……ていうかどこだここ」
全く見覚えのない場所。それに先程まで間近にいた向井の姿も見えないことから俺は自分が転移させられたことを察する。
転移石で慣れててよかった。じゃなきゃこんなに早く状況把握なんてできないぞ。
「まずいな~。あの魔物、向井一人じゃ倒せないだろうし早く戻らないと」
「……誰だ?」
俺が一人でこの後の行動を考えていると、突然誰かに話しかけられたためビクッとその場で飛び上がる。
ここで落下した高さを優に超えたんじゃないかとかこんなダンジョン内部で誰かに出会うとか絶対にヤバい奴だとかいろんな思いを巡らせながら声のした方を見るとそこに居たのは明らかに敵意むき出しでこちらを見ている女性であった。
「女?」
「誰だと聞いている」
いやちょっと待てちょっと待て。ただでさえ頭の整理がついてないのにいちいち冷静に質問に答えてられるかよ。
できればそこに置いてある金棒に手を伸ばすのはやめてほしい。
「オーディンです」
「誰だそれ」
「神です」
「神だぁ? 嘘をつくな。そんな神、聞いたことないぞ」
先程よりも更に敵意が濃くなった気がする。何だ何だ。ちょけちゃ駄目だなんて聞いてないぞ!
てかそんなことより、こんないきなり敵意むき出しの女なんかより、向井の安否が心配だ。まちょっと胸は大きいし露出も激しいから見たくないことはないんですけどね。
取りあえず今はここから元の場所に帰ることを考えないと……ってあれ? 何か鉄格子みたいなものが見えるな。
少し全体を見ると俺がいる場所は部屋みたいになっている。そしてその出口であろう場所には牢屋みたいに鉄格子が交差している。
え、何なのここ。
取りあえず抜け出すか。
「剣を抜くという事はつまり私と敵対するという意味だな?」
「うるさいな。ここから出るだけだよ」
「ここから出る」
「……ここから出る? なるほど私を処刑しに来た訳ではないようだな」
処刑? 何を意味の分からんことをほざいているのか。
――取りあえずステータス数値を剣に乗せて。
「はああああっ!!!!」
思い切り剣を振るう。普通の鉄ならこれくらいで斬れるは……ず? あれ?
「斬れない」
「そりゃそうだろう。その格子はヘルブレインの奴が作った神を捕らえるための特別製だ。ただの人間にそれが斬れるわけがない」
「そ、そうなのか? って神?」
ヘルブレイン? どっかで聞いたことがあるような。それに何か神を捕らえるとか意味の分からないことを言い始めたし。
俺がちょけたから向こうもちょけ始めたのか? 何だ意外とノリがいい奴じゃないか。
「ああ。私の名はフィリア。悪神によってここ『冥府の監獄』に閉じ込められている愛と美の神だ」
「『冥府の監獄』? ここって『深淵なる大地』じゃないのか?」
「うむ。違う場所だ」
違う場所。そっか違う場所なのか……。
「ってええええええええ!? うそん!?」
「うるさい」
頭頂部に雷に打たれたかのような衝撃を感じる。
おいおい愛と美の神の割にいきなり人の頭を叩くとか設定ミスってんだろ! しばくぞ!
「……まあまずここから抜け出さないといけない事には変わりないな」
「どうやってだ? さっき試しただろう? この檻は人間如きの力じゃ開けられんぞ」
ていうか何で神が捕らえられている檻に人間である俺が入れられなきゃいけないんだという疑念を振り払いながら俺はアイテムボックスの中から『主神の槍』を取り出す。
「やってみなきゃ分からないさ。さてと、こいつでも使ってみるか」
「ん? その武器はまさか」
今のところあまり出番の少ない『万能の手』を発動させて主神の槍に触れる。
すると途端に槍が光りだし、檻中に光が充満する。
ビンゴ! やっぱり使えたか!
「ほいさ」
軽い声掛けと共に俺は主神の槍を薙刀の形に変形させ、思い切り横に振る。
すると槍は凄まじい斬撃を生み出し、思いのほかあっさりと檻の格子を切り裂くことに成功する。
「ほら、開いたぞ」
主神の槍を手に誇らしげにフィリアと名乗った女の方を振り向く。
そして俺が思い描いていた通り、驚いたように目を真ん丸にさせている姿を見て満足する。
うんうん、そうだろ? 俺がこんなに強いだなんて意外だよな?
だけど何か俺じゃなくて俺が持ってる槍の方を見ているような……。
そんな事を考えているとフィリアはぐっと俺の目の前まで顔を近づけてきてこう言う。
「その槍をどこで手に入れた?」
そんな言葉と共にせっかくさっき斬った牢屋の格子が元通りになるのであった。
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