88話 予測
目の前の大きな鹿の魔物がこちらを見下ろす。
狩られる側ではなく狩る側の余裕が相手にはあった。
「俺は右から。オーディンは左から行ってくれ」
「了解」
それだけ言うと今度は二人で駆け出し、鹿の魔物へとの距離を詰める。
俺が手に持っているのはステータス数値をそのまま攻撃へ転じることができる武器。
こういった武器の扱いには慣れてるだけあって最初からこいつを使いこなすことができる。
剣なんてあんまり使わないんだけどな。
『おお! オーディンも結構良い動きするな』
『確かに……ってなんかどっかで見たことあるような気すんだよな。どこでだっけ?』
『あ! あれじゃね? 天馬探索高校の事件で表彰されてた』
『あんな奴居たか?』
コメント欄で俺の正体が議論されている最中、俺はというと凄まじい勢いで迫りくる大角を剣で弾き返していた。
この角、どんな可動範囲してんだよ。どっから攻撃しようにも全部角で防がれる。
向井の方を見ると向こうも向こうで結構苦戦しているみたいだ。
それにシロリンの時よりも寧ろあんまり剣の力を使いこなせていない気がする。やっぱり適合してなかったかあの武器。
それでもまあ武器がないよりはマシだろう。
「こいつ相手に手は抜けなさそうだな」
今までは向井の配信だからと抑えてきたが、それでは目の前の敵に勝てないことを悟った俺は武器に乗せるステータス数値を大幅に引き上げる。
「これが1億の力」
シュンッと抵抗もなく空を切るとその剣先から生み出されたのは俺の体なんてとっくに超えているような大きな斬撃が放たれる。
リボルバーならエネルギーの弾、剣なら飛ぶ斬撃なんだな、なんて考えながら次の攻撃の構えに移る。
「向井! そっちは行けるか?」
「任せろ!」
敵の大角を一本ずつ相手する形となっている。俺の斬撃に合わせ片方の大角が対処しようと動き、もう片方の大角は向井の炎を纏った攻撃に対処している。
ならばその間、体を防護するものは何もない。
大きな斬撃を生み出した代償として体のいたるところから軋む音が聞こえるけど、それを無視して俺は空中で体を捻り地面に足をつけるとそのまま勢いよく駆け出す。
そうしてがら空きとなった相手の胴体に向かって剣を振り下ろす。
すべてはうまくいった……かのように思えた。
「……なっ?」
どういう訳かこちらの防御に間に合わないはずの大角が目の前に迫ってきていたのである。
ガキィンッと大きな金属音が俺の耳をつんざく。
どういうことだ?
取りあえず安全圏まで退避し見上げると、大角は確かに向井の攻撃と俺の斬撃の両方を対処していた。
しかし、思惑と異なっていたのは向井の攻撃に対処していたのはもう一本の大角ではなく、俺の斬撃を対処していた大角だったのである。
何を言っているのか分からないって? 俺もそうだよ。そんなこと予想してなかったぜ。
俺の斬撃を対処している大角から枝のように分岐し、少し細い角が向井の攻撃を防いでいたのである。
まあその分耐久性は低いのか向井の剣が深々と突き刺さっているのが見える。
てかこの角、よく考えたら異常なくらい硬いな!
リボルバーで考えたらドラゴンの鱗を貫通できるくらいのステータスを載せたはずなのにまったく以て折れる気配すらないんですけど!?
「こりゃ強えな」
大角と真正面から何度か激突している剣先を見ながら思わずそんな言葉を零してしまう。
ユグドラシルの試練でもかなりの強敵の部類に入るな。それこそ向井に渡した剣の持ち主である巨人と同等か、あるいはそれ以上か。
あーあ、リボルバー使えたら楽だったんだけどな~。あれもう壊れちまったしな。
一応『万能の手』で直るかと思って試してみたけど、そんな事はなくただただ壊れたままの状態がステータスとして表示されるだけに終わったし。
この能力、使える時が限られすぎてて普通に使いづらい。今のところ産廃状態です。
『二人ともめちゃくちゃ強いんだけどな』
『あの魔物強すぎじゃんね』
『あんだけの巨体で二人の攻撃を捌いて何なら防御を咎めようとしてくる……普通にバケモンだろww』
『こんちは~。何か面白そうだったので見に来ました』
『シロリンの投稿から飛んできました~。今どんな感じですか?』
うん? 何か滅茶苦茶凄まじい勢いで視聴者数が伸び続けてんな。
現在で10万人を突破している。それでもなお増え続けてるってんだからおかしな話だ。
一応これって初配信だよな? 向井も向井でバケモンじゃねえか。
「ってそんな事を考えてる場合じゃねえか」
何か方策を……そう考えている矢先であった。
突然俺の足元が青く光り始めたのである。
「う、うお!?」
「お、押出!?」
本名呼んでんじゃねえか。
そんなツッコミを入れる間もなく、一瞬にして俺の視界は真っ青に染め上がるのであった。
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