83話 友の頼み
「よっ」
「おう」
言葉少なに挨拶を交わす。こんな感じで素顔の俺が挨拶できるのは白崎とこいつだけだ。
「今まで何してたんだ? なんか忙しそうだったけど」
「ん? ダンジョン籠もったり生きてたりだな」
「何だそれ」
俺の返答を聞いていつものように溌溂とした笑みを見せる向井。だがその眼の奥はどうにも笑い切れていないような気もする。
なんか変だな。どうしたんだこいつ。
「そっちはどうなんだよ」
「俺は……ダンジョン籠もったり生きてたりだな」
「一緒じゃねえか」
「そうかもな」
そう言うとまた向井は笑う。どことなくぎこちないままに。
この休暇中に何か心境の変化でもあったのだろうか?
「そういや前にクラスメート達と集まったんだろ? どうだった?」
「どうだったって何だよ。どうせ興味ないだろ? お前は来なかったんだし」
「……興味ないね」
「その台詞はお前発信の話題で使う奴じゃねえよ」
某人気キャラクターの有名台詞を口ずさんだ瞬間に向井がツッコミを入れるもどこか俺の中で違和感を抱いてしまう。何だろうこの違和感。
例えば前までの向井であればまず「それク〇ウドじゃねえか!」って単純なツッコミを入れてくるはずなのに、それより一歩先に踏み込んだ技巧派のようなツッコミを入れてきているような気はする。
この違和感……もしかしてこいつ。
「腕を上げたな?」
「おっ、気付いたか。まあお前と比べればまだまだだけどな」
そうだろうそうだろう。俺のお笑いのセンスと言ったら最早クラスでは敵う者はいないレベルにまで到達している。まあ、そのセンスをクラスメートに発揮したことがほぼないからサンプル数は今のところ片手で数えられる程度だけど。
そんでその内の数回は無視されてるから、えーと、なんだろう、計算が難しくて俺の頭ではもはやこれ以上は処理しきれないな。
「最近ずっとテレビを観ながら思うんだよ。俺もいつかああなりたいなって」
「ほうほう。それは意外だな」
まさか向井がお笑い芸人を目指しているとは衝撃だ。だが確かにこいつの笑いのセンス、そして見目の良さを考えるとそれなりに良い線までいくんじゃないだろうか?
もしもコンビを組むってことになったら……く、組んでやらんこともないぞ! いやいや待て待て、まだそこまで考えてないはず。ここは匂わせだけで。
「あれだけすごい技術が茶の間を湧かせているんだからな。分かるぜ? 俺だってああなってみたい」
「お前はもうなれるだろ」
「んな訳あるか! 一見自分たちでも出来そうに見えて実はとんでもない技術が必要なんだぞ! 俺なんてまだまだそのスタートラインにすら到達できていない」
笑いとは芸術なのである。話術や芸というものは一見すると誰でも簡単に扱えるように思えてしまう。日々の会話で笑いを取り、パーティなんかで一芸をして皆の笑いを掻っ攫いなんかすれば自信もつくことだろう。
だがしかし実際はその逆なのである。誰もが扱っている物であるからこそ母数が多くなり、その分突出した才を培うのが困難なのである。
数多ある才能の中から一筋の才能を見出した感覚といったらそれはさながら雑多に置かれた骨董品の中から耽美な芸術品を見つけ出した時の高揚感に近しいことだろう。
「押出でもまだまだスタートラインにすら立ててないのか。俺ももっとダンジョンに籠って修行しないとだな」
「ダンジョンに籠って?」
ダンジョンに籠って芸を磨く? ってことはもしかしてこいつ……もう既に新しいコンビを組んでてそいつと一緒にネタ合わせでもしてるってことなんじゃないか!?
何という事だ。友である俺を差し置いて既にそんな奴を作っていただなんて。くそ、やはりユグドラシルの試練になんて行っている場合じゃなかったってことじゃないか。いやしかし『攻略者』のクエストをこなすためには仕方がなかったこと……次のクエストもまあまあ厳ついから潜らないといかないし。
「ああ。俺は先行部隊に入りたいんだ。そのためには特級探索者にならないとダメだろ? だからダンジョンに籠ってまずは実戦経験を積まないといけないんだ」
「うん?」
ん? なんか急に話が変わったか? 先行部隊? そこまで考えて今朝の母さんの言葉を思い出す。確かこいつって、ユグドラシルの攻略者に応募したとか言ってたような。
「あ、そっちの話してたのね」
「そっちの話って何だよ。俺はずっと『ユグドラシルの攻略者』になりたいって話しかしてなかったぞ」
うんうん、そうだよな。芸人になりたいだなんて突拍子もない事言うもんだな(言ってない)、とか思ってたけどそうか。そっちの話か。
さ、最初から分かってたぜ? なんてったって俺は特級探索者様だからな!
「それならまあ向井ならいけるんじゃないか? だってこの歳で上級探索者になれてんだしさ」
「だけどまだ実戦経験が圧倒的に足りない気がするんだ。上級探索者になるための条件をこなすだけじゃ、白崎達みたいにランキングに名を連ねる事だってできない」
そう言うと向井は少し悔しそうに唇をかみしめる。こんな向井を見たのは初めてだ。
今まで飄々としているように見えたけど、その実は探索者に対しての思い入れがこんなにもあったのかと少し驚く。
と同時にそうでもなけりゃこんな若い年齢で上級探索者になる奴はいないかとも思う。
「それで今日は?」
俺を呼び出してこんな話をしてくるくらいだ。大方、今日何をするのかは見当が付く。
「高難易度ダンジョン『深淵なる大地』の攻略を手伝ってほしい」
「何のために?」
「実績を積むためだ。ユグドラシルの攻略者の一員になるためには実績が必要だ。そのために配信をしながら難易度の高いダンジョンを攻略して俺の実力を世界に見せつけたいんだ」
「へえ、配信もするのか」
ダンジョン攻略を一緒にするだろうなとは思っていたがまさか配信もするとはな。
「特級探索者のお前に手伝ってもらうのは狡いってのは分かってる。だけど流石に俺単騎で攻略するには難易度が高いし、仲が良い奴の中で一緒に潜ってくれって頼めるのはお前しかいないんだ」
「な~に言ってんだ。狡いもクソもねえよ。分かった。一緒に潜ってやる」
「マジ! 助かるぜ!」
数少ない、ボッチの俺にずっと構ってくれている親友の頼みだ。他の奴だったら隠れた意思が見え透いちまうから断ってただろうけど、こいつに関しては承認欲求とかくだらない目的のためじゃないってのは分かるし俺に断る理由がない。
それにこいつに渡してみたい物もあるし。
「じゃ、早速向かうか。案内してくれ」
「おう!」
そうして思いがけなくダンジョン攻略から戻ってきて間もなく友と共に初めてのダンジョン攻略に乗り出すこととなるのであった。
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