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2 嘘つきを享受せよ

「相談の内容は、『男女の友情は成立するか、否か』の話し合いで、いいんだな?」


「まあ」


「はい」


「なるほど。ではまず冷静に話し合いをしよう。『男女の友情は成立する派』のギャル、意見を」


「よややって呼べよクソオタク。えーっと、私は割と話し合うまでもないとは思ってんだよね。だって私とあいっち友達じゃん? 二人でカラオケとかゲーセン行ったりするけど好きになったりしないじゃん? ほら、成立してるじゃん」


「流石はギャルだ。俺と全く同意見だな」


「黙れ。あんな意見と一緒にするな」


 首筋あたりに突き刺さりそうな鋭さで凛々しい瞳が俺を睨みつける。


「俺にだって人の心はあるんだぞ……では『男女の友情は成立しない派』の委員長、意見を頼む」


「……男女の友情は成立しません。大上絵君と熊野さんが仲良しだというのは十分に理解しましたが、前提としてお二人に恋人はいません。恋人のいない異性同士が遊ぶことはそこから恋愛に発展するかはさておき、ないことではありません。では両方、もしくは片方に恋人がおられれば話は変わるはずです。二人に確かな友情が育まれていたとしても、周囲が、主にお付き合いされている恋人がそこに友情を見出すとは思えないのです。友情を認められないのであれば、成立していないも同然ではありませんか」


「同然って、成立してないって言ってるわけじゃねーじゃん。長々喋っちゃってさぁ、他人のことばっか考えんなよ。自分がどうしたいかが一番じゃね?」


「たかだか一つのサンプルで威張らないでくれます? あなたたちはそうでも、他の人はそうではないんです。私は一般論の話をしているんです」


「なにそれ。一般論とかどーでもいいっしょ」


「どうでもよくないでしょう!?」


「まあまあ冷静に冷静に。また俺が変なこと言って一旦しらけさせないといけないのか?」


 両者に割って入り、ひりついた空気が引き延ばされることおよそ十秒――立ち上がりかけた委員長は椅子へ丁寧に腰掛け、ギャルもギャルで冷笑的な態度を改めた。


 ギャルは他者のことを考えず自分のことだけ、委員長は自分のことよりも他者からの目線を気にしている。そりゃあ平行線だ。『男女の友情は成立するか、否か』の土俵がお互い違うのだから、建設的な話し合いができるわけもない……まあ建設的な話し合いをする議題でもないんだけれど。


「んーそうだな。相談役からジャッジを出す前に、一つ聞きたいことがある……いや別に下ネタじゃないぞ。空いた椅子に手を掛けるのやめてくれるか委員長、まじで怖いから」


「…………」


「よぉし、いいこだ。んで、二人っていつ仲良くなったんだ?」


「きくっち椅子ぶつけていいよ」


「ちょいちょいちょおおおいっ!? 待て待て! クラスで目立つ二人がいきなり一緒に来たら気になりもするだろ!? そもそも友達だって知らなかったし!」


「そういう雑談は! 最初にするものではないですか!?」


「お前らの喧嘩がなかったらしてたわ!!」


 俺は格ゲーでも相手に通る技はこするタイプだ。二人にとってあの喧嘩は痛いところらしく、少し萎えたようにギャルが口を開いた。


「……勉強、教えてもらってたんだよ。私らちょー馬鹿で、きくっち天才って一年のとき噂になってたし、試験期間入る前に教えてもらったら最強じゃんって。それで話すようになった、これでいい?」


 ギャルはぶっきらぼうに語気を強めて、椅子から俺の机の上へとおしりを移動させ、白くきめ細かな両の生足をぱたぱたと前後に揺らした。せめてもの抵抗というか、その地味な嫌がらせに椅子を投げないだけの素敵な配慮が痛み入った。


 だが、それよりも二人の関係性が見えてきたことがありがたい。これでようやく相談役としての結論を出せるというもの。


「……二人の意見を聞いたうえで、どちらかに勝敗をつけなければならないとすれば、俺はギャルの勝ちだと思う。俺が成立する派ってのもあるが、委員長は一回ギャルの意見を認めてるからな。それはそれとして、と論点を変えたように聞こえた。実際は変わってないけれど、そこはディベートとしちゃ欠けている。良かったなギャル、あの天才委員長に勝ったぞ」


「え……うん、まあ、」


 せっかく勝ったというのにギャルは空返事でその凛とした顔に赤みはなく、ちらちらと委員長の方を、


「認めません」


 委員長はぴしゃりと告げた。およそ出席番号が近いだけの人間へ向けていい語気ではない、冷徹で冷淡な人権を度外視した物言いで、眉を吊り上げて、普段怒らない人が怒った時特有の気迫が漏れ出ていた。それこそまた椅子でぶん殴られそうな――けれど、俺は防御姿勢を取るどころか、座するそれから離れることさえしなかった。その粗雑さが焦りや必死さからくるものだと看破したばかりに。


「いますぐ訂正してください。議題の芯を捨てて、聞こえ方を注視するなんてばかばかしい。私の方が正しいはずです。正しいはずなんです!」


「俺は一度聞いたはずだよ。『相談の内容は、『男女の友情は成立するか、否か』の話し合いで、いいんだな?』って。話し合いなんてその場のノリと勢いで決まるもんだろう? そもそも話題が不向きなんだよ。こんな話題、人それぞれの結論があるに決まってる」


「あいっち、いくらなんでもそれはないんじゃ、」


「もう一度聞くぞ、我がクラスの誇る三大マドンナのお二人さん。相談の内容は、『二人の共通の友達が恋人と別れた後、友達としてよりを戻そうとしているが男女の友情は成立するか、否か』じゃなくて、『男女の友情は成立するか、否か』なんだな?」


 一年生を獲得して精を出す運動部の声は遠く、教室には静寂だけが居残る。


 この静寂は、沈黙は、肯定と見做してよいだろう。

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