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10 故意的を享受せよ

「なぁんだ! 最初からそー言ってよねっ! てっきりオタクが出しちゃいけない方向にやる気出したのかと」


「誰が出すかっ! 恋愛相談されなくなったらどうするんだよ!!」


「あんたの倫理とか道徳って全部、恋愛相談されるかどうかに支配されてるわけ?」


「熊野さん、さすがにそれは失礼なんじゃ」


「全くだ。変な内容の恋愛相談がされないようにとかも考えてるのに」


 二人は俺のあまりに高尚な生き方に惚れ惚れして声も出せないらしい。


 この程度の会話で感嘆していたら俺と話すのは身が持たなそうで少し哀れになる。そろそろ慣れてもいい頃だろうに。


「呆れてんのよバーカ」


 ギャルはミルキーブロンドをさらりとかき上げて、軽蔑気味に鼻を鳴らす。


 一触即発の雰囲気が俺とギャルの間に醸し出されると、すぐさま歌劇さんがバランサーとして立ち回った。


 二人でいるときはあんなに愉快なのに、態度が少し柔らかいように見えた。


 ギャル相手には猫を被っているとか……それはないかと頭を振る。仲良さそうに笑い合う姿を見れば、健全な友人関係であることは一目でわかる。


 荷物を取りに教室へ戻り、各々適当に座っていた。


 相変わらずの悪天候のせいで外は夜とあまり変わらなかった。


 勘違いクソギャルへの弁解は案外簡単に済んだ。俺が何を言っても「警察」以外の語彙を発してはくれなかったけれど、歌劇さんの一言で怒髪天寸前の表情はほどけてしまった。


「これは事故です」


 言葉にパワーがあったというより、彼女が言うから意味があった。全く世知辛い世の中だ。


 ……歌劇さんは運命の人について、あの密室での相談内容については話さなかった。何を話していようと、俺の弁護には無関係だからなのかもしれないけれど、俺には歌劇さんがあえて触れなかったように見えた。


「というか二人を閉じ込めるとか信じらんない! 誰がやったのかわかったらすぐ教えてよ! 絶対に!」


「教えたら何すんだよ。怖いわ」


 ぷんすか義憤にかられるギャル。友達を大切するのは結構なことだが、こいつはたまに他人を軽んじるからなあ。仮に犯人を突き止めたとしても言わないでおこう。


「にしても、よく鍵持ってたな。資料室に用事でもあったのか?」


「いや差さってた。たまたま通りすがったら二人が見えて開けただけだし」


「犯人は鍵を閉めてわざわざ差しっぱなしにしてたのか? なんのために?」


「私に訊かれても……閉じ込めたかったけど大事にはしたくなかったとか? 鍵が差さってたら誰でも助けられるし」


「ちょっとしたいたずらのつもりだった……いやそれはないな。犯人はわざわざ資料室の鍵を職員室に借りに行ってるんだ。明らかに計画的犯行で、証拠をみすみす残す真似はしないはず」


 指先からボールチェーンをつたって大ぶりの鍵をぶら下げる。鍵の隣には『資料室②』と油性マジックで書かれたプラ製ネームタグが引っ掛けられていた。


 この学校は校舎の全ての鍵を職員室で一元管理してある。生徒が借りるにはその場にいる先生に借りる旨を伝えなければならない。


「最後の最後で日和ったんかもよ? いやてかそーじゃん! 職員室で借りたんなら、ダッシュで訊きにいきゃ、一発で犯人わかるくね!?」


「ギャルの癖に冴えてるな。さっそく職員室に、」


「すみません……借りたの私です」


 困り眉のままおずおずと手を挙げた歌劇さん。


「え? なにどゆこと?」


「先生から資料室に教材を運ぶよう頼まれていたんです。そのときに鍵も受け取っていて、その鍵は、私の受け取った鍵なんです……途中で落っことしたみたいで」


 あの扉は本来閉まっていた。


 誰かが落とし物を使って先に開け、俺たちが入ったのを確認してから鍵を閉めたということだ。


 あまり計画的とは言い難く、鍵を差しっぱなしにしたことにそもそも意図があったかどうか少し怪しくなってきた。


 顔を見られたくなくて急いだ結果抜きそびれたとかも有り得てしまう。


「私が気付いていればこんなことにはならなかったのに……本当にごめんなさい」


「きくっちは被害者なんだよ!? 誰にも謝る必要なんてないんだよ!!」


「もう過ぎたことだ。閉じ込められた時間もそう長くないしな」


 教室の壁掛け時計は六時前を示す。一時間も経っていない。下校時刻が多少遅くなったくらいで事実ほとんど実害はなかった。


「ちょっとしたいたずらだった可能性がどんどん増えていく……」


「だからって許していいはずないよ! 絶対犯人捕まえて…………してやるから!!」


 威勢が良過ぎて何言ってるか聞き取れなかった。多分聞き取らなくていい発言だった。


 チャイムが鳴る。生徒はもう学校を出ねばならない時間だ。


 まだ話したいことはあるが――ちらと歌劇さんに目を向け、彼女は目配せの意図を理解してか浅く頷く――あの相談は誰まりに話していい内容ではないだろう。二人きりになれる時間を作らなければ……学校の生徒諸賢に噂を立てられないように、できれば学外で。


「この鍵返すついでに、歌劇さんの通ったルートを見ていくか。どこで落としたのかざっくりでもわかれば犯人の目星もつくかもしれない」


 教室から職員室まで、艶やかな黒髪の後頭部を追ってゆっくり歩いてみたが、目ぼしい情報は何もなく、鍵を返してそれぞれ帰路につくことになった。

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