60 変革 - 5 -
よろしくお願いいたします。
酒を大いに煽ってごきげんなルアードは少し足取りが怪しくはなっていたが、それでも統治者然とした表情でよろしくねぇ、とこちらへと告げると再びどこかへと行ってしまっていた。今日もよく飲んでるなあと、すれ違うエルフ達の呆れたような声に「花酒は! 祭りの名物で! 数に限りがございます!」とよく通る声で宣伝のように言いながら遠ざかっていく。揺れる金の髪と緑のリボン。
陽気な彼はオリビアとはまた違った要素で里の者から慕われているようだった。今年は帰ってきたんだねぇ、花酒の出来はどうだった? などと男女関係なくすれ違う人々ほぼ全員に声をかけられている。にこにこと人好きのする笑顔でそれら全てに軽快に対応しつつ花を配っては酒を飲み、酒を飲んではまた花を配っていた。苦笑しつつも里の人は空になった瓶を回収し、新た酒瓶を彼に差し出している。それをルアードは上機嫌で受け取り再び口をつけ――明日の彼は無事だろうかと、そんなことを思いながら遠ざかっていく後ろ姿を見送った。
さて、と。改めてヨシュアは里を一人散策することにする。
ひとまず隼人の出しているという露店を探したほうが良さそうだ、恐らくそこにいるであろうアーネストを屋敷まで連れてくればよいだろうか。そんな事を考えながら里の中心である屋敷からなだらかに伸びる石畳へと踏み出した。敷き詰められた明るいオレンジ色の石は濃淡の違いによって模様を描き美しく道を舗装していて、歩く度にこつこつと軽やかな音を立てる。
祭りの会場は住居の立ち並ぶここから少し離れた草原になるという。ぽつりぽつりと道々に立ち並ぶ露店、いつかの街のような賑やかさはないものの行き交う里の者たちは皆楽しそうに店を覗いていた。花酒を売るもの、花びらを使った茶を振る舞う店、セセアの花を使ったのだろう薄いピンク色をした菓子が並んだ店もあった。通り過ぎていくエルフ達の笑い声、頬を撫でる風はふうわりと甘い花の香を運んでくる。
柔らかな色彩の花が里中を彩っている。どこかで演奏でもしているのか、あまり聞き馴染みのない音楽も聞こえてきていた。耳に届く優しい旋律、響く歌声は生まれくる命に対する讃歌の言葉に溢れている。
森の奥深く、人から身を隠すように存在する里。穏やかな気候の、緑と光にあふれたここは様々な生命に満ち溢れていた。大地を踏みしめ植物と共に生きる彼ら、美しく平和な空間。
広大とは言えないものの、それなりの広さのある里である。
行き交う人々は当然エルフばかりだ、己の長い髪も彼らと同じ金色ではあるが瞳の色が違う。己が纏う霊力も彼らの持つ魔力とは違う上、里の出身でないので妙に目立つようだった。すれ違う人々は不思議そうにこちらに目をやり、ああ、と納得したように通り過ぎていく。外部から来た者であると認識されているのだ。それでも悪感情を持たれている様子がないのはひとえにオリビアやルアード達のおかげなのだろうと思う。迷惑しかかけていないというのに本当にありがたいことだ、感謝してもしきれない。
見上げた先には青空。薄くたなびく白い雲がわずかに浮かんでいた。
透き通った空は果てなく遠く、郷里を懐かしむにはあまりにも切ない色をしている。足元に色濃く影が落ちる。行き交うエルフ達の囁きのような笑い声、交わる事のない異物としての自分。取り残されたように一人。
――自嘲。溢れて落ちる。
さらりと己の髪が風に乗って揺れるのを無造作にかき上げた。
くだらない。ここしばらく賑やかだったから、一人での行動に妙な寂寞感を覚えているに過ぎない。
目的地がはっきりしない為とりあえずエルフ達の流れに沿った結果、立ち並ぶ住居はなくなり開けた場所へと出た。いつかの岩がぽつんとある、この先が会場なのか人気のなかったこの場に多くのエルフ達が集まっていた。あの夜は気付かなかったが周囲は満開のセセアの木が幾本もあり、浮かぶいくつもの小さな光球が鮮やかに花と新緑を照らしている。
集まったエルフ達は思い思いに花を楽しんでいた。樹の下で花を見上げる者達、流れてくる音楽に身を任せ踊る者達。歌う者達。白いワンピースの女性、金の髪に緑のリボンを結んだ男性。老若男女皆一様に薄いピンク色をしたセセアで頭を飾っている。はらりと剥がれ落ちた花弁がそよぐ風に乗ってふうわりと地に落ちる。
……会場の手前であるここまでやって来たのだが、里では目立つ黒髪はついぞ見なかった。隼人の露天も見当たらない。小屋の方だろうか、それともこの先の会場に隼人の店はあるのだろうか。そう言えば何を売っているのかも聞いていなかったなとようやく気付いた。以前聞いたのは確か魔石の加工を請け負っていて、梓が焼き菓子を売って生計を立てていると言っていた覚えがある。ここに来るまでの間見た露店は飲食ばかりだった、他に道はなかった筈であるから、やはりこの先にあるのだろうか。
視界には金色ばかりが広がっている。いくら目立つ髪色だとしても、あてもなくうろついた所で件の人物が見つかるとは思えない。ルアードに連れられて里の中の探索を多少はしたとは言え、殆どが資料館と屋敷の往復ばかりだった為に土地勘は流石になかった。
さてどうしたものか。足を止めて考え込む。
急ぐ必要はないのかもしれないが、だからといってあまり時間をかけるのは憚られた。厳重な里の結界、その中でさらに幾重にも重ねられた屋敷の陣。ねえちゃんがいるから大丈夫だよとはルアードの言葉だが、そうだとしてもあまりルーシェルから離れるのは良くないように思う。悪魔達から狙われている魔王、もし襲撃があれば。周囲に多大なる被害を出す事になってしまえば。あまつさえ、彼女が殺害されたなら。莫大な霊力の開放はこの世界に如何なる影響を与えるのか。あまりにも未知数であり、避けるべき事象である。
脳裏に浮かぶのは酷く怯えた赤い瞳。
何をそんなに恐れているのか。あの日何があったのかでさえ彼女は口にしない。
当然だ。彼女は我々天使を嫌っている、こちらに弱みなど見せたくないのだろう。
魔界の事象に首を突っ込むつもりはない。助けを請われたのであればともかく、今の状態では出来ることなどなにもない。いや、たとえ彼女が助けてと言った所で何が出来るだろう。
交互に思惑が行き来する。
「随分と難しいお顔ですわ」
ふいに第三者の声が聞こえた。
声の方を見やれば、三人の少女達がくすくすと楽しそうに笑ってこちらを見ていた。年の頃はアズサとさほど変わらないだろうか。エルフ達は皆一様に金の髪と緑の瞳をしているのだが、少女達は三人とも同じ顔立ちである。ショート、ミディアム、ロングヘアーとそれぞれ髪の長さこそ違うものの、三人とも真白いワンピースに身を包んで、草原に鮮やかなピンク色の布を敷いてくつろいでいるのだ。
「ごきげんよう異国の方」
「何かお困りですの?」
ショートの凛々しい少女とミディアムの真面目そうな少女が続け、ロングヘアーのふわふわとした少女は腕に熊のぬいぐるみを抱えにこにことこちらを見ている。所謂ピクニックなのだろうか、敷布の上には菓子類が沢山入った大きな籠とポットが一つ置かれていた。周囲を飾るセセアの蕾、花、花弁。敷布の上にちょこんと座る可愛らしく飾られたぬいぐるみ。失礼にならないよう胸へと手をやり、小さく微笑んで身をかがめた。
「こんにちは、ごきょうだいですか?」
「「「三つ子でーす」」」
綺麗に重なる声と共に、三人が三人とも指を三本立てる。
彼女らのその緑の瞳には興味津々といった光が浮かんでいて、実に愉快そうに、まじまじと見つめられる。その三人からの視線にどことなく居心地の悪さを感じ、あの、と。思わず声をあげるとショートの少女がふはっと。大きく吹き出した。
「いやあ悪い悪い、噂に違わぬ美人だと思ってな! 声を聞くまで男だと信じられなかったぞ」
困惑するこちらにけらけら笑いながらショートの少女が続ける。
それを慌てたようにミディアムの少女が制止した。
「いやだわアメリア、失礼ですわよ」
「お前だってどっちだって言ってただろう」
「そうよーソフィアだってーキレイな人だーって」
「だからって笑うなんてよろしくないわ」
「ソフィアが声かけたのにー」
「だ、だって随分難しいお顔をしてるんですもの、」
「好みだったのか」
「アメリア!」
「シャーロットはー笑ってるほうが好きよー?」
「そうだな、お前は可愛いものが好きだもんな」
「きれいなものはみんな好きでしょー?」
違いない、そう言って三人はくすくすと笑っている。おそろいのワンピースを着て、金の髪に挿したセセアの柔らかな色彩がよく映えていてとても華やかな少女達である。顔を寄せ合い微笑む彼女達は、その華やかさ故になかなかな迫力があった。
「ところで、何かお困りなのでしょう? 何かお力になれまして?」
ミディアムの、ソフィアと呼ばれていた少女が改めてこちらへと向き直った。
どうやら助け舟を出してくれるようだ。里の広さと行き交う人日の数を考えても、自力で探し出すより協力を願った方が効率的だろう。
「ありがとうございます、実は人を探しているのです。長い黒髪の、」
「黒髪ってあの目も覚めるような美人の奥様ですの?」
こちらが最期まで口にする前に、まあ! とソフィアが声を上げた。ので。はぇ、と自分でも随分と素っ頓狂な声がこぼれ出た。それは大変だわ、と慌てたような少女は今なんと言った。奥様――奥様? 長い黒髪の、目も覚めるような美人といえば生憎と一人しか思い当たる節がなかった。
「い、いえ違いま、」
恐ろしい事を言い出した少女に慌てて訂正を試みるが。
「ちがうでしょーお嫁さんはあの白い髪の女の子でしょー?」
「よく一緒にいるしなあ。でも随分と年が離れているように見えるが、そちらの世界では普通の事なのか?」
「アメリアー見た目と実年齢は比例しないのは私達もでしょー」
「それもそうか。あなたも人間とは違うものな」
「異世界って異文化で不思議ですわよね」
まるで聞いていなかった。
「あの、何か勘違いされているようですが違いますから……!」
「あら違うのですか?」
「ええとーじゃああの猫耳の子ー?」
「こっちの世界じゃみない姿だよな、竜人とのハーフもあんな姿にはならんし」
「あ、もしかしてあの金髪の赤い目をした殿方……」
「違います!」
どんどんとあらぬ方向へと転がっていく会話を遮るように思わず声を張り上げた。女性達ならまだわからなくもないが、カレブまで候補に上がるとは思わなかった。というか、一体どこで彼の姿を見たのだろう。意外と情報が回っているのかも知れなかった。思い返してみても平和なこの里で、随分と派手に暴れていた記憶しかないので当然と言えば当然なのかも知れないが。だが、だからといってこの少女達の勘違いを放置しておくわけにはいかなかった。
「どなたともお付き合いはしていません……! 私が探しているのは隼人さんのいらっしゃる露店と、長い黒髪のアーネストさんです!」
はっきりと否定すると、えー、と。つまらなさそうに少女達は唇を尖らせた。
ただただ条件が重なって共に居るだけの彼女達がそのように見られているのはあまりにも心苦しい。便宜上夫婦だということにした事もあったが、ルーシェルからの反発は凄まじいものがあった。天使と悪魔がなどと想像するのも嫌だったのだろう、冗談ではないと徹底的に拒否していた。当然主人がそうであるのだからリーネンも願い下げだろう。
「あー、ハヤトって確か加工師の」
「あなたも彼と同じ異界から来られたと聞いていますわ」
「ハヤトのきれいなのよねーシャーロットも持ってるのー」
言いながら髪の長いシャーロットは首元から小さな石のついたネックレスをつまんで見せた。瞳と同じきれいな緑色の石は魔石なのだろう、僅かな力は感じるがだからといって大した魔力を帯びているわけではない。石の周囲を細い金属で縁取られて入るものの、自分がつけている増幅装置のような加工はなくあくまでも装飾品としてのもの。
「そうです、隼人さんの露店を探していて。どのあたりにあるかご存じないでしょうか?」
アーネストは恐らく隼人の所にいるだろうとルアードは言っていた。賑やかなところは苦手そうであるし、こういった盛大な祭りの最中に稽古なども難しいだろう。里の外には一人では出られない。いや、出ることは可能だが魔力がなければ戻ることが出来ない。一人で何処かに行くことは実質無理なわけである。
ふうん。同じ顔がみっつ、にんまりと笑った。
「ご案内は出来ますけども、」
「お花はきれいなのだけどー少し飽き飽きしてるっていうかー」
「知りたいのなら、相応の対価は必要ではないか?」
何のことだとわずかに身構えるこちらの腕を、さあどうぞとばかりに少女達が引く。振り払うことは出来たのだろうが、華奢な少女達のその手を振りほどくにはなかなかに勇気が必要だった。傷付けてしまうのではという躊躇いが彼女達の敷布の上に膝を付けた。
悪感情は感じないが真意が読めない。そう、突然の三人の行動が読めず困惑していたのである。
拒否がないことを同意と受け取ったのかどうかはわからなかったが、雰囲気の違う同じ顔が全く同じように目を細めた。一層楽しそうに。くすくすとこらえきれないように漏れ出る笑い声。三人を代表してショートのアメリアがこちらに語りかける。
「フリーであるなら、問題はないよな?」
※
「これはまた、随分と遊ばれたみたいだな」
色違いの目を大きく見開き、隼人が呆れたようにこちらを見て苦笑する。短髪の彼の髪に結ばれたリボンが小さく揺れる。
こっちこっちと三つ子達に腕を引かれ、やってきたのは花祭りのメイン会場だった。入口の方に小さく構えた露店、テーブルに掛けられた白い布の上に色とりどりの魔石で作られたアクセサリーが並べてある。隅に置かれた籠には個包装された焼き菓子。梓の作ったものだろう。……隼人の露店を覗いていた他のエルフ達の視線が痛い。
「対価は必要だよ」
くすくすと笑いながらアメリアが言う。
ようやっとたどり着いた隼人の露店まで、少女三人に腕を引かれてきたのである。右腕を組むアメリア、左手で手を繋ぐシャーロット。ソフィアは満足げに自分の側にぴったりとついているのである。
「美人が増したでしょー」
そう言ってにこにこと笑顔でいるのはシャーロット。
そうでしょうと言わんばかりに胸を張るのはソフィアだ。
「ソフィアは器用だからなあ。ほらハヤト、いいだろ?」
「まあ随分手の込んだ編み込みがされてるなあ……」
自慢げなアメリアに呆れたように隼人は返す。
そう、現在自分の髪はソフィアの手によって随分と派手に編み込まれているのである。左右に大きな三つ編みを作りそれをアップにしているのだ。長い緑のリボンもきちんと結ばれている、セセアの花も添えられている。何故か数が増え蕾も追加されたようではあるが。普段あまりさらすことのない首筋がすうすうしてなんだか落ち着かない。
ここまでの道案内をしてもらう対価は己の髪を好きにいじるというものだった。あまり時間はないと告げたのでそこまで大幅な時間経過はなかったのが救いである。手早く髪をほどき梳き上げられ、あっという間に編み上げられたのだ。
対価とは他人に労力などを提供したさい報酬として受け取る利益な筈だが、彼女らの要求が自分にはよく理解できていなかった。髪を結うあいだ実に楽しそうではあったが……ヨシュアは考えるのをやめた。わかり得ないものというものはいくらでも存在する。
「んで、あんたはどうした。一人か?」
「ええと……」
他の客の相手をしながらこちらに問うてくる隼人にかいつまんで説明すると、アーネストねぇ、と。途端どこか面白くなさそうに顔をしかめた。
「梓はなあ、散々苦労したんだ。幸せになってほしいってのはあるがね」
言いながら隼人はすいと上へと視線をやる。
見上げた彼の視線の先、そこにはセセアの木の幹の上で寝転がっているアーネストがいた。気だるげに向けられる青い瞳、風に揺れる黒髪にどうやら緑のリボンはないようだ。
「そこんとこ解ってるのかこの野郎」
「…………俺は別に、」
「は? 梓のどこが気に入らないってんだこの野郎」
「どうすりゃいいんだよ」
ほとほと困り果てたようにアーネストは呻く。
愉快なことになってるねぇと大体の事情を察したらしい三つ子のエルフ達が、こちらに纏わりついたままけらけら笑いだした。
「なるほどアズサと人間がねぇ」
「アズサは器量良しですもの、人間ごときには勿体ないですわ」
「でもーアズサが幸せならーいいんではー?」
「アズサならもっといい殿方もいらっしゃるでしょうに。この里にも殿方は沢山いましてよ」
「種族が違うのはダメだろ」
「異世界の人間はー?」
「そこは当人たちの問題でしょう」
「愛はー時空も超えるー?」
「生活様式が似通ってればいけそうなものだがな。ハヤト達も苦労しただろ?」
突然アメリアに振られた隼人はしかし、さして気にした様子もなく来客の対応をしている。そこそこ繁盛しているらしい、客達はこちらをちらちらと見ながらも一つ二つと魔石で作られたアクセサリーを買っていく。
「近代化してないってのはまあ戸惑うわなー、あと食べ物が違うのは慣れてもきつい時がある」
「キンダイカ?」
「魔法のない世界で魔法の代わりに動くカラクリが沢山あるみたいなもんかな」
まあ、ないならないでなんとかなるんだが。
言いながら少し減ったテーブルの上に箱から在庫を出して並べ直す。丁寧に作られたとわかるアクセサリー、今日は祭りだからか鏃などは置いてなかった。色とりどりの石たちが儚げな魔力を漂わせ、明るい日差しの下できらきらと光を反射させている。
「でもやっぱり、種が違う者同士は相容れないのだわ。どうしたって分かり合えない。見た目こそ似通ってはいても、心が通じ合っても一つには居られないのよ」
「あー……まあなあ。竜とのハーフもどちらにも受け入れられないしな」
種族が、違えば。
ソフィアの言葉が妙に重く転がった。ような気がする。
姿形が似ていても、言語や文化の違いがある。言葉の壁は解消されても根本的な考え方が違う。生まれ育った環境、その人の背景。相互理解など幻想だと言ったのはルーシェルだっただろうか、理解出来ずとも理解する努力を止めたくはない。では、それを乗りこえ互いに理解が深まったその先は、?
「まあ、なんでもいいんだが。おたくらはお客さん?」
面倒臭そうに隼人は商品を勧める。
頭上に居るアーネストはずっと黙ったままであった。
「あらいやだ、今手持ちがないのですわ」
「これ新作ー?」
「ふーん、道具としては全くだがアクセとしては申し分ないな」
「俺はただの人間だからな」
並べられた指輪やペンダント、髪飾りなどを見やる。手の込んだ物もあればシンプルなものなどそれなりの種類があった。石の色は濃度の差こそあれ赤、青、緑、黄色の四色。その中で一際深紅の石が目についた。楕円形の石を細い金で縁取りされたシンプルなペンダントトップ。
不意に、きゅ、と。こちらの腕を組んでいたアメリアの手に力がこもった。
どうしたのだろうと見やればニッコリと笑ってこちらを見上げてくる。
「ねえダーリン、おねだりしてもいいか?」
「だ、だーりん……?」
言葉の意味が理解できず思わずオウム返しをしていた。
それは、親しい間柄で使われる単語であったように記憶していた。つい先程出会ったばかりの彼女との間で交わされるものなのであろうか。いや、距離を取りたいわけではなくて、距離を詰める速度は個々人で違うとは思うのだがいささか急ではなかろうか。
「おーい、あんまりこいつからかうなよ。冗談通じねぇんだから」
隼人の呆れた声が飛ぶ。
冗談だったのかとそこでようやく解った。よかったと息を吐くとアメリアはへへ、と悪びれもせずやっぱダメかあと笑っている。アクセサリーが欲しいのだろうか。闘技場で稼いだお金もまだ残っているので購入は可能だった。
「どれが欲しいのでしょう」
三つ子の少女達に問いかけると、何故だろう、三人ともぎょっとしたように目を見開いた。どうしたのだろうと不思議に思っていると隼人が慌てたように声を荒げる。
「おいばか甘やかすな、こいつらのは冗談だと言っただろう」
「ですが私はお金を使いませんし……」
「そういう問題じゃなくてだな!」
そうじゃないと言われてもよくわからない。
欲しいという人がいて、手に入れる事ができる者がいるならそれでいいと思うのだが。隼人の剣幕を見るにどうやら駄目らしい。
「あら、随分と真面目な方なのね」
「真面目で堅実な奴はいいなぁ、こんだけ美人で紳士でお手付きじゃないならあたしらにもワンチャンあるんじゃね?」
「おい適当なことを言うな、だいたい種族の違いはどうした」
「お付き合いだけならいんじゃね?」
「いい加減だな」
「長い生はー楽しまなきゃですよー?」
三つ子のエルフは相変わらずこちらから離れることもなく、きゃっきゃと面白そうに笑っている。
「ともかくだ! ヨシュアは簡単に財布を出すな!」
「ですが、」
「お前がやりたいと思った奴に買ってやればいい、ねだられたからと言って買うな。お前らも冗談でも人にねだるんじゃない」
「「「はあーい」」」
隼人の苦言をしかし三つ子はおかしーの、と言わんばかりにくすくす笑っている。どこからが冗談であったのかは最後までわからなかった。
やりたいと思った奴に。
隼人に言われ、そんな人などいるだろうかと考えてみる。人は働いて稼ぎ、糧を得るのであればここで購入することが悪いことだとは思わなかった。三つ子達にはダメだという、であれば随分とお世話になっているルアードやオリビアに渡すのは大丈夫だろうか。
そんな事を考えながら隼人の作品に目をやる。
布の上に並べられたアクセサリー類。
数は多くないがそれなりに種類がある、その中でも一際目を引くのが深紅の石をしたペンダントトップだった。
透明度の高い赤い石が光を受けて白い布の上に模様を描く、綺麗だと思った。深く濃い赤色、は。彼女の瞳を彷彿させた。あの白く細い首筋にきっと酷く映えるだろう。
けれど、普通に渡したとして彼女が素直に受け取るとは思えなかった。どこか怯えた悪魔、彼女は誰にも助けを求めない。それならば。
「あの、隼人さん。一つお願いがあるのですが……」
そう言って深紅の石を手に取った。
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