2 情報交換旨趣はいずこ
やっと自己紹介と状況整理します。
奥深い森は陽の光もまばらで薄暗い。
何かが鳴いているようだが、それが鳥なのか魔族なのかそれすら判別できなかった。地面を覆う植物も見覚えがあるようでいて、どこか違う。不気味なほど似て非なるもの――それが正しいのだろう。
「えーっと、とりあえず自己紹介からかな?」
手早く火を起こし、焚き火を中心に全員が腰を下ろすと金髪の青年は切り出した。魔除けの結界とやらは正しく機能しているのだろう、突然魔族のようなものに襲われた森とは思えない程の穏やかさで金髪の青年が話始める。言語は明瞭、耳の翻訳器と思しきイヤリングも機能しているようだ。
鬱蒼と茂った森の地面は柔らかく湿っていて、直接泥の上に座るなんてとんでもない、この上にどうぞと突然衣服を脱ぎだした彼の申し出を丁重に断ったという経緯はなかった事にされている。紳士なのだろうが少しやりすぎだと思う。
「俺はルアード、先程は取り乱してしまって申し訳ない。こっちの不愛想と一緒に旅をしている」
「誰が不愛想だ」
黒髪の青年がルアードと名乗った青年の横腹を肘で小突く。
「……アーネスト」
そうして名乗った黒髪の青年は、それだけ言うとまた黙ってしまった。目の前のルアードとは違い、喋るのは得意じゃないと言わんばかりに面倒くさそうに大剣を腕に抱えてこちらを見ている。
「えっと、私は……ヨシュアと、お呼びください」
自己紹介である。名乗りながら胸に手を添えてゆるく微笑むと、ややあって、やはり何かの間違いでは? と何やらルアードに呟かれた。間違いとは? 問い返すが何故か黙殺される。
「……ヨシュア?」
綺麗な名前だねぇ! にこにこと笑っているルアードとは対象的に、眉根を寄せたルーシェルが訝しげに口にした。なんだそれはと、言葉よりも雄弁に表情が語っている。実にわかりやすい。
「『メタトロン』と言うのは役職名であって本名ではないのです。力の使えない今、そして天界にいるわけでもないのにその名を語るわけにはいきません」
「……真面目な事で」
苦笑交じりに口にするのだが、返ってきたのはああそう、と露骨に興味なさげな声だった。なら何故聞いたのだろう。
「そちらの美しいお嬢さんは?」
こちらからなるべく離れた所に座った彼女はつんとそっぽを向いていて、眉間に皺を寄せたままルアードの問いに押し黙っている。四人が座ればそこまで広くもない結界の中である、それでも慣れあうつもりはないらしく、こちらとは目も合わせない。
「じゃあこのまま美しいお嬢さん呼びでいい?」
にっこりと微笑むルアードにしかし彼女は何かを言いかけて、結局ぐっと押し黙った。唇を噛みしめて恨めしそうに睨みつける。
「………………ルーシェルだ」
ややあって、歯噛みしながら小さく名乗った。余程嫌らしい。
ルアードは満足したように、いい名前だねぇと口にしながら腰にくくりつけていた皮袋から一つ、赤い色をした小さな親指の先程の石を取り出した。台座部分に細かな装飾が施されている。
「足、痛いよね?」
「放っておけ」
「いやいや、それじゃ歩けないでしょ?」
手負いの獣のように敵意を剥き出しの魔王に、ルアードは気の強い女子も嫌いじゃないよ! となにやら語りだしていた。アーネストのうんざりした表情が対照的だ。
霊力は確かにこの身にある。だが、なぜか術の発動には至らない。本来ならば自ら回復霊術を施せるはずなのに、それすら出来ないでいるらしい。彼女がこのまま治療を拒否するのであれば歩けまい。ちらと見ただけでも筋か、もしかしたら骨を痛めているであろう腫れ方をしているのだ。魔王の怪我などこちらが関知すべきものでもあるまいが、だからと言ってこのまま放置しておくわけにもいかなかった。
先刻より冷静に考えられるようになった分考えを巡らせる。
このまま彼女を放って置いたとして、この世界で人間を傷つけないとも限らない。出来るならばこの場で殺害が好ましいが、恐らく己のいた世界とは違うであろうここで異分子である自分達が起こすイレギュラーは避けておいた方がいいのかもしれなかった。落ち着いて考えれば我々の死後の魂の行方である。消滅が望ましいが、ここの生物に影響を及ぼす可能性も捨てきれない。であれば、ここでの殺し合いは考えた方がいい。
「でしたら私が抱えて」
「絶対に嫌だ」
熟考の末の提案を食い気味に拒否された。
「交渉成立だねぇ」
そうして身構えるルーシェルの傍に跪く、ルアードはじっと彼女の脚を見つめなんて蠱惑的なおみ足……等と口にしてアーネストに叩かれていた。ルーシェルの引いた表情が非常に珍しい。恐怖を覚えているかのようにすら見えかねないそれに、高笑いをしながら天界で暴れていた面影はない。
いやちょっとだけだから、ごめんね失礼するねとまごまご言いながらようやっと治療に移行するらしい。先程取り出した赤い小さな石を、彼女の赤く腫れあがった足首にそうっと押し付けた。
その様を訝しげに見ていたが、負傷部分に触れた石が霊力のような力を発動したのが解った。ほんのりと柔らかな光を放ち始める。温かな力がふうわりと外に溢れ出し――やがて光は止んだ。怪訝そうな顔をしてその様子を見ていたルーシェルであったが、光が消えたあと、そろりと足を動かして目を見開いた。
「……治った?」
驚いたようにルーシェルは足首を指でなぞる。
「魔石を使った簡易治療品だよ。ええと、生命のあるべき姿に戻す効能があるっていうのかな……キズ薬っての? 傷とか打撲とか、通常の姿から変わったそれを元に戻すと言ったらいいのかな」
もちろん限度はあるのだけども。
ルアードは説明しながら先刻取りだし、彼女の足を治した石――まるで炎を固めたかのような透明な赤い石を手渡していた。意外なことにそれを素直に両手で受け取った魔王は恐る恐る触れている。
「きれいだな……」
ぽつりと口にした。
そうしてその親指の先程の小さな石を白い指先でつまみ上げ、光にかざす。きらきらと、僅かな光源によって彼女の頬にまばらな赤い光が落ちる。その様子をルアードが何やらうっと。呻いて目を逸らしていた。こちらもやはり耐え難い美……ッとまたよく解らない事を言いながら。
アーネストは心底面倒くさそうな顔をしながら、自身の持っていた大剣の手入れを始めている。当のルーシェルはといえば、ルアードの言葉を完全に無視して先程渡された宝石をまじまじと見つめていた。きらきらと輝く宝石、そこから何か感じ取ったのだろうか。
「石で治療を行うのですか?」
彼女が手のひらで宝石を転がしているのを見ながら問う。魔王が治療を大人しく受けるとは意外だった。余程痛かったのか、それとも抱きかかえられるのがそれ程嫌だったのか。
「んーと、さっきアーネストが倒したような『魔』ってのが死ぬと魔石ってやつになってね。それ自身が魔力を帯びてて、加工して便利に使ってんのよ」
「魔力、それは、霊力とは違うのですか?」
「レイリョクがわかんないな……魔力は肉体が持つ不思議な力? かな? ちなみにアーネストは魔力なし。人間に魔力持ちは基本いないんだ」
次から次へと理の違う言葉が出てくる。
こちらの心情が解ったのか、ええとねぇ、とルアードが少し考え込むように言葉を探す。
「魔石は必需品でね。俺達みたいな腕に覚えのあるやつらがこうやって『魔』を倒して、魔石を集めて生計立ててんのよ。いわゆる魔石ハンターってわけ」
言いながら、彼は先ほどとは違う大きめの革袋からじゃらりと他の魔石を取り出して見せてくれた。アーネストが拾い上げた緑の石を入れていた袋。そこには赤、青、緑に黄色といった大小さまざまの石が入っていた。かなりの量があるが加工前なのかどれも形がいびつだ。
「そちらさんのレイリョクってのは? 普通の人も持ってるもん?」
「霊力とは魂が生まれながらに持つ力です。大なり小なり、生物はみな持っている力なんですが……今は何故か、私達は発動できなくて」
「ふーん……」
唇に手をやりルアードは何やら考え込む。そうしてこちらと同じ結論に達したらしい、ぱちりとあった視線でそれしかないよねぇ、なんて言いながら困ったように笑った。
「やっぱり違う世界、ての? 異次元? 異世界? からやってきたのかね」
「恐らく……きっと、そうなのでしょうね」
原因はわからない。
ちらりと見やった先、黙ったままの魔王ルーシェル。魔界から天界の各階層を突破し、たった一人で自分のいる第六天までやってきた厄災の悪魔。第七天が最上階で神のおわす御座である。魔王の襲撃に他の者では太刀打ちできまいと判断し、剣を取り刃を交えていた筈であった。それなのに気が付けばこの森の中にいた。互いに手にしていた武器も力も失った状態で。
「――私は熾天使メタトロン。天界の第六天に坐する神の代理人であり天使の王」
そっと目を伏せる。口にするのは自身の置かれた身の上、言い聞かせるかのように。魔王の目的が何であれ、自身は役割を果たすまでだ。
「そして彼女は魔界に住まう悪魔を支配する魔王ルーシェル。私達は先刻まで殺し合いをしていました」
殺し、ルアードが目を見開いた。
剣の手入れをしていたアーネストもぴたりとその手を止める。
ぱちぱちと火の爆ぜる音ばかりが耳に届く、揺らめく炎、ゆらゆらと。
「私は戦天使です。人と天界を護る為に剣を振るい、悪魔を殺す者」
静かに告げればルーシェルの視線がこちらに届く、それが、どんな意味を持つものなのか知らないし知る必要もないだろう。私は天使であり彼女は悪魔である。交錯する思惑などない。汲んでやるものなどない。
「…………何を言っているのかさっぱりだが、違う世界の住人ってのは間違いなさそうだな。そちらさんの妄言とも思えないし……だけどテンシも、アクマとやらも、ここでは通じない言葉だ」
なかなか物騒だなあ、場を取り持とうとしたのか取り繕ったような乾いたルアードの声。翻訳器が一体どういう原理で働いているのかはわからないが、ニュアンスとして通じたのだろうか。天使も悪魔もいない世界。だから、霊力が使えないのだろうか。
「この世界で神と言ったら竜人の事だ。人の形に似た、竜の力を持つ神」
ルアードが語るのは聞いた事のない存在。
「遥か昔に人間を支配していたという言い伝えが残っている。人を食い、空をも飛び、人と違い強大な魔力を使っていたという。そしてそれを人が打ち滅ぼし、大地に流れた竜人の血が魔石になって呪いを発動し『魔』を生み出しているっていう話」
「呪い……」
「ま、御伽噺ってことさ」
肩をすくめておどけた様な仕草。
伝奇、伝説、子供に聞かせる寝物語。物語には何がしかの元となる出来事が存在する場合が多いが、この世界でもそれは適用されるものだろうか。神とすら呼ばれる存在、得てして人食いの物語は報復劇で終わるものだが神格化される事などあるのか。
「んで、その『魔』を退治しながらあちこち転々としてるのが俺達ってわけ」
ルアードが殊更明るく言いながらアーネストの方を見るのでつられて視線をやる。簡単な手入れは終わったのか、片づけを始めていた黒髪の青年はまあそういう事だとこれまた非常に煩わしそうに答えた。
「報酬をかけらている『魔』もいる。それに、」
「こちらの世界もなかなか面白そうだな」
アーネストの言葉を遮るようにして不意に響くのはルーシェルの声。
すっかり足が良くなったからだろう、ぐいと先程まで指先で転がしていた赤い石をルアードに押し付けるようにして渡すと彼女はこちらをまっすぐに睨みつける。冷ややかな眼差し。
「黙っていれば随分べらべら喋るものだ、天界の王は口が軽くとも務まるものらしい」
鼻で笑いながら小馬鹿にした物言いである。
「情報収集は必要なものでは?」
つとめて冷静に答えるものの、彼女の表情は変わらない。
夜の帳のような黒髪がさざめくように揺れる。鮮血のように深い深紅の瞳はまるで氷のようだ。
「ここがどんな世界であろうと知ったことか、好きにさせてもらう」
そう言って彼女は結界の外へと出ていこうとする。
「ちょっと! 危ないよ!」
ルアードが慌てたように制止をかける。
結界の外は彼らの言う『魔』が跋扈する森だ、攻撃手段をひとつも持たない状態で一人歩くなど自殺行為である。それが解らぬわけでもあるまいに、彼女は制止の声をうるさいと一蹴した。広くもない結界、数歩で境界へと足がかかる。たわむ結界、ゆがむ彼女の姿。
「どこへ行こうというのです、」
「寄るな!」
近寄ろうとするが、しかし彼女は瞳を真っ赤に燃え上がらせこちらを睨みつけてきた。その瞳にあるのは明らかな別世界への不快感である。向けられるのは明確な憎悪。今にも飛び掛からんとするばかりの、隠そうともしない殺気。
「寄るな……貴様は敵だ」
凛とした、よく響く声で言い放ちじりじりと彼女は距離を取ろうと後退る。
こちらを睨みつける瞳が憎悪に満ち溢れている、馴れ合うつもりなどない、当然だ。向けられる殺意にざわりと肌が熱を帯びる、再び血が沸き立つのを感じていた。
「ちょ、ちょっとお二人さん!」
ルアードが慌てたように仲裁に入る。
「そういう事はお二人さんの世界でやってくれないかな」
まあまあちょっと落ち着いて、そう言って私と彼女とを引き離そうとする。笑っているが笑っていない、いつでも動けるのだと言わんばかりの体の強張り、緊張感。アーネストも研ぎ終わったばかりの剣をきつく握っていた。伊達に長く旅をしていないという事なのだろう、身のこなしが非常に流動的だ。
「貴様らには関係ないだろう」
「流石に助けた手前そういうわけにもいかんでしょ」
何も仲良くしろと言ってるんじゃないよ、時と場合を考え方がいいんじゃないのかってことだよ。そう言いながらルアードも食い下がる。彼らにとって自分達は異世界の人ならざる者で、それこそ生死など関係ないだろうに。人の良いことだ。
「それはそちらの勝手だ」
「お嬢さんの言い分も随分勝手だよ」
「その呼び方をやめろ!」
吠える。
何に苛立っているのか今度はルアードに食って掛かる。
ふうとひとつ、息をついて構えを解いた。
ルアードの言う事は至極尤もだ、私と魔王との問題をわざわざここで清算する事もないだろう。何より戦うだけの術がない。武器もなければ霊力も使えない、となれば、純粋な肉体でのやり取りにしかならない。自分よりも遥かに華奢な彼女を力づくで何とかは出来るであろうが、それは、酷く卑怯な事ではないだろうか。
「ルーシェル、」
手負いの獣のような彼女の名を呼ぶ。
「――彼の言う事も尤もです。ですので一時的ですが手を組みませんか」
小さく、けれどはっきりと告げる。
元の世界に戻ってから決着をつけるというのも、遅くはないのかもしれない。
永遠にも等しい時を生きる自分達にとって、何も急ぐ必要はないのかもしれない。
「ここは私達の知らない異国の地。なればこそ、協力して元の世界に戻るべきではありませんか?」
それからでも遅くはないでしょう?
告げるが魔王は当然のように賛同しない。
「たかが口約束で貴様を信用しろと?」
「信用などしないで結構。私も貴女を信じたりなどしません」
「は、ッ……」
それみたことかと魔王は笑う。
信用に足りるだけの実績もないのに、頭から信じるのはあまりに愚行である。
「天使も戯言を言うのだな」
「私はただ、約束を守るのみです」
真っすぐに彼女を見つめて告げる。静かに、けれど低く重く。
互いに元の世界へと戻り、その後改めて決着をつける。それはこの世界の生物に与える影響を考慮した結果ではあるが、それとは別に簡単に死なれては困るという個人的な思いでもあった。唐突にこの世界へと飛ばされ戦いに水を差されたのだ。このままでは終われないと、そう思っているのは自分だけではないはずだ。
「やり直しを要求します。元の世界に戻り先程の続きをする、これは信用云々ではなく約束です」
これは約束であり規約であり、本来混じらわぬ我々の間に交わされるただ一つの決まり事。
ルーシェルは何か言いたそうに唇を戦慄かせていたが、結局やめてしまった。悔しそうに唇を噛みしめている、彼女自身も現在不利であることは理解しているのだろう。だからこそ提案に反対するだけの理由もない。
「短い間ですが、これからよろしくお願いしますね」
すっと右手を差し出した。
「……せいぜい寝首をかかれないことだな」
握手をしようとしたのだが彼女は手を取らない。ふいと顔を背けるが、先程までの激しい殺意は消えていた。互いに決して信用するわけではない、警戒心を持ったままではあるが態度は多少軟化したようである。
「上手くまとまったかな」
一先ずこの世界で対立する事は避けられたようだと安堵していたら、にっこりルアードが微笑みかけてきた。彼にも随分世話になっている、改めて礼を言おうとしたのだが突然ぱんぱんぱんっと手を打ち鳴らしたかと思うと、
「ハイオッケー! 超絶美人サン達の傷付くさまは見たくないのでね! ハイ解決! よかった!」
物凄いハイテンションで捲し立てられた。
まるで嵐のような勢いにはぇ、と。己でもよくわからない言葉が口から転がり落ちる。
「助けた手前ってのも本音だけどね! やっぱり美人サンの怪我はね! 見たくないよね! 心穏やかに健やかでいて欲しいよね!」
力一杯あーよかった! と叫ぶ金髪の青年に彼と共に旅をしていると言ってきたアーネストが、心の底から面倒くさそうに煩いと嗜めた。いや、嗜めたというか呟いただけというか。
「お前はどの立場なんだ」
それでも一応は突っ込むようで溜息交じりの言葉に、しかしルアードは美を求めて何が悪いと完全に開き直っている。ぎちりと、アーネストが大剣をきつく握りしめたのが見えてしまった。
「俺はキレイなものが好きだ! 美人なんてこの世の至高じゃないか愛でて何が悪い!」
「男が対象外なんだからその理屈はおかしいだろうが」
「綺麗なおねえさん! は! 皆好きだろうが!」
「主語をでかくするな!」
力説するルアードにアーネストは怒号を飛ばす。
「いい加減大人しくしろ! お前がこの世界の標準と思われたくない!」
「こんな人外級の美人を前に! 大人しくなんて!」
「実際人外だろ! もうお前は黙ってろ!」
わあわあと言い合いを始める人の子らを前にしばし呆然としていたが、眼の前で広がる光景に覚える感情は元気だなぁといったふわふわしたものだった。血の通う愛し子達。言葉の意味までは、半分も理解できなかったが。
「……何を笑っている」
引きつった顔で二人の様子を見ていたルーシェルが、こちらを見上げながら咎めるような口調で問う。笑っている? 私が? 気が付かなかった、そうか私は笑っていたのか。それすら何だかおかしくて。
「いえ、……地上の生き物のやり取りを間近で見るのは初めてでしたもので。愛らしいものですね」
ふふ、と小さく笑えば絶句という表現がぴったりな青白い顔をした魔王がそこにはいた。
ややあって、
「貴様……正気か……?」
絞り出すように告げられた彼女の言葉の意味を、自分は正しく理解出来ていなかったのである。
ここまで読んでいただきありがとうございます。