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休暇用レコード50:巽夏彦編「すずゴン。〜むふっと寄り添う(元)憑者神〜」

誰もいないリビングに入って最初にすることは、テレビをつけること

無音の空間より、何かの音がした方が安心するから


『今日のラッキーさんは蟹座の貴方!ラッキーアイテムは龍のぬいぐるみ!いい出会いがあるかも!』

「・・・」

『さて、次は今日のお天気コーナー!今日のN県は全体的に秋晴れで〜』


肝心なのは今日の天気

今日は秋晴れらしい。ホワイトボードに今日の天気を書き込んで、冷蔵庫の前に飾っておく

お父さんはもうお仕事、お母さんは夜勤。帰ってくるのはまだ先

あまり顔を合わせない僕らの会話は、毎日必ずあるものではない

けれど連絡は毎日取り合うのだ。こんな小さなボードの中で


「・・・いただきます」


朝ご飯はあらかじめ用意されている菓子パンとカップスープ

いつもの器を取り出して、ポットからお湯を注げばおしまい

いつも通りの、朝ご飯だ


「・・・ふう、ふう」


熱いそれに息を吹きかけて、自分にちょうどいい熱さになってから飲み干す


「ごちそうさま」


素早く食事を終えた後、挨拶をしてから食器を流しに持って行く


『夏彦へ。食器は水につけて置いておいてください。帰ってから洗います』

「・・・」


お母さんの書き置き通りに、水につけたらおしまいだ

僕はまだ八歳。親の目がないところで食器洗いとかはまだ任せられないのだろう

歯磨きを終え、制服に着替えたら朝の準備は完了

ランドセルをからって、靴を履く

慣れた手つきで鍵を閉めて・・・後は、誰もいない空間に「いってきます」と告げるだけ

返事は、今日もない


・・


授業を終えて、帰り道を歩いていると・・・


「・・・」

「なにこれ」


道端に段ボール

それに収まる大きなぬいぐるみ

怪獣?かな。あ、段ボールに「どらごんです」って書いてる。ドラゴンなんだ

でも本当にドラゴンかな。控えめに言って、顔が腑抜けすぎているようにしかみえないけれど


「・・・ひろって、ください?」

「むふ」

「喋った」

「むー」


むー、としか言わないけれど、それが凄くこの子らしい鳴き声・・・なのかな

じっと眺めていると、ドラゴンは僕に向かって飛びついてくる


「うわっ・・・ひっついてきた。大きい犬みたいだね」


嬉しそうに抱きついてくるぬいぐるみの顔は、普通に人間みたいな肌をしている

ちょっぴり出ている薄緑色の髪だって、人の髪みたいにさらさらだ

変なぬいぐるみ。でも

初対面の僕にもこんなに甘えてくれるんだ

・・・一緒にいたら、寂しくないかもしれない


「うち、来る?」

「むふー!」

「あ、嬉しい?そうなんだ!ねえ、名前は?」

「むっ」


どらごんは僕に紙を差し出してくる

どうやらこれに名前が書いてあるらしい


「ええっと・・・すずゴン?」

「む」

「そっか。すずゴン!今日から僕たちは家族だよ」

「むー」

「え?僕の名前?」

「むっむっ」

「僕は山吹夏彦だよ。よろしくね!」

「むぅ〜!」


むっむっと、特徴的に話すどらごんの「鈴ゴン」

こうして僕と鈴ゴンは出会った

いや、出会うべくして出会ったんだ


・・


それから僕は鈴ゴンと一緒に暮らし始めた


「鈴ゴン。ドッグフードは嫌なの?」

「ぶー・・・」

「じゃあ、僕の菓子パンあげる。美味しいよ」

「む!」


一緒にご飯を食べた。食事は人間のご飯でいいらしい

最近は、ご飯を作ってくれるようになった

お母さんが作ったご飯の味を忘れている僕にとって、鈴ゴンが作ってくれたご飯はとても美味しくて、世界一美味しいと思えた


「鈴ゴン。お風呂は?」

「むー」

「あ、一緒に入ってくれるんだね。あはは!洗ってくれてありがとう!」

「むぅ・・・」

「湯船には、入ってくれないんだね」


一緒にお風呂に入った。鈴ゴンは洗うのが上手だ

けれど、一緒に湯船には入ってくれない。綿の問題かな


「・・・夏彦。これはなんだい?」

「鈴ゴンは鈴ゴンだよ。大事な友達」

「お母さんとお父さんが買った覚えのないぬいぐるみ・・・どこから持ってきたの?」

「拾った」

「・・・捨てなさい、夏彦。誰がどう扱っていたかもわからない、捨てられていたぬいぐるみ。しかもこんな大きなぬいぐるみだよ。置いておけないよ」

「でも、鈴ゴンは一緒にいてくれるもん」

「夏彦」

「お父さんとお母さんはお仕事ばっかりで僕と一緒にいてくれないのに!一緒にいてくれる鈴ゴンをどうして追い出そうとするの!?」


お父さんとお母さんと、鈴ゴンの事で揉めて家出した

鈴ゴンはやっとそこで自分の正体を明かした

ドラゴンの着ぐるみに入っていた、神様だと

それから鈴ゴン改め鈴は、両親との仲を取り持ち、山吹家に平穏を取り戻してくれた

鈴は僕のヒーローだ

世界一可愛くて、むふっとした、ヒーローなんだ


・・


「と、いう夢を見たんだが、どう思う。鈴」

「夏彦。それはとっても疲れている証拠だよ。もう少し寝た方がいい」

「けれど、目はしっかり覚めているぞ?身体も元気だ。鈴を抱き枕にしていたからかな?」

「今年に入って初めて見た夢がそれなのはちょっと不服・・・でも、私を抱っこして寝た結果が健康な夏彦なのは嬉しい。複雑!」


これは鈴と初詣に行った日の朝

やっと鈴が敬語を外して話してくれるようになったのに・・・

早速、不機嫌にさせてしまったらしい


「むすー!」

「すまないな、鈴」

「むすすのすっ!」


頬を膨らませる彼女は露骨に不機嫌です!と言いたげな顔で俺を見上げてくる

人に戻って、少しだけ成長しても俺の身長を越すことはない

今も30cmぐらい身長差があるはずだ


「なんだ、その怒り方」

「・・・夢の私は、こんな怒り方をするんでしょ?」

「そうかもな。でも出会ったところで終わったから、その先はわからなくて」

「それはよかった。だって夏彦の側にいるのは変な着ぐるみを着たアンポンタンではなく、賢くて聡明で可愛い女の子ですよ!」

「うん。そして大好きな彼女な」

「む・・・」


嬉しそうに抱きついてくるあたり、やはり「彼女」という関係を言葉にするだけで嬉しく思ってくれるらしい

しかし鈴よ。着ぐるみを着たアンポンタン・・・夢とはいえ君だぞ

覚がいなくてよかった。腹を押さえながら笑われるところだった

鈴はそのまま俺を押し、座布団に座らせてくる

それから俺の足の間へ滑り込んで、いつもどおり俺を座椅子にする体勢になった


「これが一番落ち着く!」

「そうか」

「ところで夏彦。今日はお正月!何をする?」

「何もしない。ただ、鈴とだらだらしとく」

「そういうのよくないと思う」

「もう初詣に行ったし、いいと思うけどなぁ」

「うっ・・・確かにお正月と言えばなイベント、もう消化しちゃってるけれど」

「もう一つあるじゃないか」

「ある?」


鈴は凄く大事な「正月らしいイベント」を忘れている

俺からしたら「いつものこと」になるイベントだし、鈴を怒らせたりしそうだけど


「寝正月があるだろ」

「駄目。だめだめ。だめ!有意義なお正月!」

「よいではないか〜」

「むっ!」


鈴をそのまま抱きしめて、横へ転がってみる

足の間にいた鈴もまた、強制的に横へ

昔の彼女だったら、俺の拘束なんて簡単に解いてきただろう

けれど今は、鈴はどこにでもいる普通の女の子だから


「今日ぐらい、ゆっくりしよう。たまには寝正月、してもいいとおもうし」

「よくない!」

「でも、俺に休んだ方がいいって言ったのは鈴だし」

「・・・む」

「それに、鈴を抱きしめていたら一番回復が見込める。これは俺の為なんだ。だから付き合ってほしい」

「しょうがない夏彦。わかった。じゃあベッド行こ。ここで寝てたら身体を痛めるから。良質な睡眠は体勢から!」

「はーい」


鈴を抱きしめつつ、寝室へ移動する

その前に鈴から「少し待ってほしい」と言われ、彼女は先に寝室へ入っていく

しばらく部屋の前で待ち・・・合図がかかった後、寝室に入る

するとそこには


「・・・夢の私は、こんな私だったんだよね?」

「・・・すずゴンだ。可愛い」


東里のお手製と思われるドラゴンの着ぐるみパジャマに身を包んだ鈴が、寝室で待ってくれていた

照れくさそうに待つ彼女を抱きしめて、ベッドに直行する

それからは鈴を抱きしめて、ただただゴロゴロするだけ

典型的な寝正月を、過ごしていった

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