表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蜜蜂族の彼女と商人の俺

作者: 夢守紗月

ゆるゆる世界観です。独自設定の番や獣人の表現があります。



 俺はルーク、蜜蜂族の作る極上の蜂蜜に魅了された商人。

 どうにかしてうちの商会に卸してもらえないかと、交渉のため閉鎖的な蜜蜂族の町に滞在中。


 この町の主要産業は養蜂で、しかも1つの巨大な農家が代々牛耳っている。

 農家とはいえ、直接の販売も兼ねているので、農家兼商会の複合企業のお膝元の町、と言ったところか。

 どんな仕事も、この養蜂関連なため、実質町が丸ごとこの家の支配下ということになる。

 

 この家は、代々一族の女性が「女帝」と呼ばれる最高位に君臨している。

 特別措置として、町の全権委任もこの女帝に託されているため、まさに女帝、というわけだ。


 この世界には、俺みたいなヒト以外にも、哺乳類の要素を受け継ぐ獣人、魚の鱗を持つ魚人、大空を翔ける翼を持つ鳥人など、様々な種族が住んでいる。あまりに数が多すぎて、ヒト以外は全て「亜人」という括り方をされているが、種族ごとに呼ぶときは「狼獣人」または「狼族」というような言い方をする。

 彼らは、基本的にはヒトと共生しているが、獣の特徴を濃く受け継いでいたりと、少しずつ文化が違う。

 

 なかには第2形態、第3形態のような、より獣化――獣の成分が多くでる形態に変化することもあるが、基本的には第1形態――ほぼ見た目は人間だが、耳や尾、翼などだけ獣化している姿で日常生活を送る者が多い。

 

 第2形態、第3形態は、興奮したときや、より獣の習性を生かしたい時に取られることが多い姿だ。

 例えば、怒った時もそうだし、象獣人が大量の荷物を運ぶために巨大な姿に変化するときもある。

  

 少し珍しいが、俺の蜜蜂族の彼女、メルのように、昆虫の要素を受け継ぐ「虫人」もいる。

 蜜蜂族の見た目はほぼ人間だが、ふわふわした髪や透き通る妖精のような羽を持ち、集団で養蜂業を営む者が多い。

 蜜蜂族の社会は少し閉鎖的で、特に俺の滞在している村は、蜂蜜の秘伝の製法があることから、部外者の立ち入りが最近まで禁止され、その特別な蜂蜜も村で直接買うしかなかった。



 蜜蜂族のメルに初めて出会ったのは、半年かけて滞在許可証を取得して、3つ先の国にある、蜜蜂族の町へ入れた日のことだった。

入るだけでも至難の街、当然、それまで蜂蜜の交渉することはできない。俺は、なんとか、事業者用窓口にたどりついたものの、すげなく追い返され、途方にくれながら宿への道を歩いているところだった。

 

 その日は、初夏の陽気に包まれた日だった。俺の暗澹たる気持ちとは逆に、空はカラっと晴れ、出口へ続く道には花が咲き乱れていた。足元ばかり見ていた俺は気づかずに、いつしか藤の花棚に迷い込んでしまった。


 俺は惚けたように、幻想的に咲き乱れる藤棚を見つめていたが、ハッと気がついた。ここにいたら、泥棒と思われるかもしれない。来たばかりで、町の人々にいい印象を与えたいのにこれはまずい。

急いできびすを返そうとしたとき、藤の花の向こうに、誰かがいた。

 

 藤の花から見え隠れする黒色の大きな瞳、金糸のようなサラサラのロングに黒色が何筋か入った髪、そして透き通った小さな羽。肌は陶器のように白いが、うっすらと透けて見える薔薇色が、彼女が人間ではないと伝えてくれる。最初は、妖精の幻覚でも見ているのかと思った。

 俺の白茶けた髪、褐色の肌、草みたいな緑の瞳とは大違いだ。


 商人の端くれとして様々な国に赴いたが、こんなかわいい女の子、今まで見たことがなかった。一目惚れだった。


 「あら?この香り……」


 彼女が呟いてこちらを向いた瞬間、目があった。俺たちはしばらく無言でお互いを凝視し、そして彼女がふらふらとこちらに近づいてきた。しばらく見つめあっていると、彼女がハッとしたように、目を開き、鈴の鳴るような声で話しかけてきた。


 「ええと、あなたはお客様かしら、迷われたの?」


 俺も突然目が覚めたようになって、慌てて返事をした。


 「あ、はい、私は商人で、交渉に来たんです。出口を間違えた見たいで」


 「あら、そしたら曲がる道を間違えたのね。1つ先の通路を曲がると行けるの」


 そういって妖精は、俺を出口まで案内してくれた。

 意外と距離があり、その道中で俺と彼女はお互いの情報を交換した。


 「私の名前はメル。ここの農園で蜂蜜作りの研究をしているんです。あなたがいたのは、試験農場の端なんです」


 「私はルークと言います、今日からこの町で商売しながら、蜂蜜を卸してもらえないか交渉していて」



 俺とメルは、意外なことに話が合った。メルは外の世界に憧れていて、俺は珍しい蜂蜜に興味があった。

 メルは「蜂蜜の可能性は、食べるだけじゃなくてもっとあるはず」と息巻いていて、俺は何としてもこの町の蜂蜜を世界中に届けたいと思っていた。この感動を色々な人に味わって欲しかった。


 「この町でおすすめのカフェとかありますか。本場で味わってみたくて」


 「だったら、この角を曲がってすぐのカフェがいいわ。私のお気に入りなの。それぞれの料理に合った蜂蜜を使い分けているのよ」


 「ありがとうございます、行ってみます……あの、それで、もしよかったら……」


 「ええ?」


 「一緒に行ってくれませんか?もしご都合が合えばですけど。助けていただいたので、お礼もしたいし」


 俺は必死だった。この場限りの出会いにしたくなかった。何とかして繋がりを持ちたかった。


 「あら、いいのに……ええ、でもありがとうございます。そしたら、明日の仕事終わりにでも」


 

 優しい彼女は、俺を突っぱねずに、その後も会ってくれた。

 

 そして、市場調査という名目の外出を重ね、お互いの家にも行き来するようになった頃ついに告白。

 彼女がうなづいてくれて、やっと恋人になれたときは天にも上がる思いだった。


☆☆☆

 

 俺の出身は1年中カラカラに乾いた砂漠の国。俺の生まれた街は、オアシスを中心に発展したところで、小さいながらも、行商人の拠点・中継地としてそこそこ重要な地だった。

 俺は親父と1人暮らしで、親父はそこで商人相手に陶器を売っていた。俺は小さい頃から親父関係の商人達に会っていて、可愛がってもらっていた。

 砂漠を超えた先にある、緑豊かな国、常に雪を抱く急峻な山々、海を超えた先にある、服装も言葉も違う国……。

 俺は見たこともない国の話を目を輝かせて聞いていた。


 親父が流行り病で亡くなったのは俺が12歳の時。途方にくれる俺の前で、よく俺に付き合ってくれていた商人の1人、ザファールが、「俺のところで商人の見習いになるか?」と誘ってくれた。

 それから彼の元で教育を受け、見習いの真似事のようなことをしていた。幼い頃から外の世界を見たいと思っていた俺にとって、商人は天職だった。


 そうこうして、やっと俺も商人の端くれになって、客の前では敬語を使うことを覚え、ザファールの仕事もかなり任せてもらえるようになったとき、ザファールが突然言った。

 

 「ルーク、お前はよくやってくれている。ここらで、1つ、新しいことに挑戦してみろ。自分で何か、新たな商品のルートを開拓してこい。この商会のためになるようなもの、お前が心から売りたいと思う物を。その情熱が、商人にとって一番大事なものだ」


 それを聞いて、俺はあるものを思い出した。幼い頃、親父のところによく来ていた商人の1人が、親父の葬式の時に、

 「これは、蜜蜂族の町で買った極上の蜂蜜だ。坊主、お前もせっかくだから食え!」

 と言って食べさせてくれた蜂蜜。

 

 甘くて豊かな香りを含んでいて、まさに極上だった。そしてそれをくれた商人の気持ちも相まって、忘れられない味になったのだ。そしてその後、その蜂蜜は一般には出回っていないと知り、ショックを受けることになる。


 だから、俺はその蜂蜜の流通ルートを確保したかった。あの蜂蜜を食べて、俺が救われたように、他の人もあの美味しさをもっと味わってほしいと思ったのだ。


 それから、ビザを取得し、なんとか街に入り込んで今に至る。持ってきた商品を売りながら、窓口に足繁く通ったり、流通ルート案を奏上しながら、販売許可を得ようとする日々である。

 


 「ねえ、ルーク」


 仕事終わりにデートしながら夕食でも、と誘ったメルが、真剣な顔で口を開いた。


 「このままだと、ずっと営業許可は出ないと思うわ。農園の上層部は、伝統的なやり方で秘策を守っていくことに固執しているわ。ただ蜂蜜が欲しいってだけだとダメだと思うの」


 「そうだよな。やっぱり厳しいか」


俺はメルとこれからもずっと一緒にいたい。しかし、蜂蜜の流通ルートが確保できなければ、俺はまた国に戻らなければならない。滞在許可日も迫る中、俺は焦っていた。

 

 「そう、だからね、蜂蜜の加工品で攻めてみたらどうかなって」


 「加工品?」


 「そう。例えば薬として、とか。私は農園の開発部門にいるでしょ。それで、蜂蜜はただ食べるだけじゃなくて、薬にもなるのよ。構成している花の種類が違えば薬効も違う。それを組み合わせれば、効き目が穏やかな薬としても使えるわ」


 でも……とメルは続けた。

 上層部をはじめ、蜜蜂族達は、蜂蜜自体や材料となる花の質にばかりこだわり、完成した蜂蜜を加工するという発想がまだまだ薄いらしい。しかし、メルは、伝統的なやり方だけでなく、加工品をはじめ、新たな製品ややり方で蜂蜜の魅力を伝えたいらしい。


 「たしかに。俺が惚れ込んだのはあの蜂蜜の味だけど、蜂蜜をどう活かしていくかってことまで考えたことはなかったな」


 「そう、それに、蜂蜜自体の販売はあくまで私たちの方、その蜂蜜を100%使った加工品を卸すのがルークの商会って方が、反発も少ないんじゃないかしら。まあ、私は経営部門じゃいから、あくまで蜜蜂族としての勘なんだけど」


 「なるほど、ありがとう」


 そうしてにっこり笑うと、彼女も頬を染めた。ああ、かわいい。


 「頑張って、私の蜂蜜(ハニー)ちゃん」


 それを聞いて俺の頬も染まる。メルは、2人だけの時だけ、俺のことをふざけて蜂蜜(ハニー)ちゃんと呼ぶ。なんだか恥ずかしくて、それを聞くともぞもぞしてしまう。


 「私も、新しい蜂蜜(ハニー)作りを成功させて、蜂蜜(ハニー)ちゃんといられるように頑張る」


 そういいながら、メルは我が子を抱くように蜂蜜壺をぎゅっとした。


 「どっちも蜂蜜(ハニー)か、はは」


 かわいいけど、かわいいけど……壺を抱くくらいなら俺に抱きついてほしい。

 あと、本当はルークって名前で呼んでほしい。照れて言えないのかもしれないが。

 

 でも俺は口に出さなかった。

 


☆☆☆

 それから俺は、化粧品や薬を扱う関係者に意見を聞いたり、情報を集めたりして忙しい日々を過ごすことになった。

 俺の商会は陶器が主力の商会だったため、食べ物関係は新たに勉強しなおしたが、薬や化粧品には疎い。必死で勉強して、提案書を書いた。


 「ルークさんも精が出るわね」


 「兄ちゃん、頑張れよ」


 最初は遠巻きにしていた、宿の近所の住人や、聞き込み調査に協力してくれている店の主人達が、俺の必死な姿を見て、応援してくれるようになた。認められたようで嬉しかった。

 

 そんな中でも、俺の癒しはメル。なんとかして時間を作って合おうとしているが、最近「仕事が忙しくて、ごめんなさい」と言われることが多くなった。


 「メル、体調は大丈夫か?無理してないか?」


 どうしても会いたくて、農園に行った帰り、出口のところでメルを待った。久しぶりに会う彼女は、少し痩せて、顔色が悪かった。


 「あ……えっと、大丈夫」


 俺を見たメルは顔を強張らせた。なぜだ……?

今までこんなことなかったのに。

 

 「わ、私、まだ用事があって、ごめんね」


 そうして、職場の方に駆けて行ってしまった。


 「あ、メルさんっ!?ご、ごめんなさいね、ルークさん」


 メルの同僚のリーナさんが、慌てて後を追う。

 俺はそれを呆然と見送った。

 


 心配な気持ちと不可解な態度に気を揉んでいるある時、出先から帰る途中の俺は、メルがすらっと背の高い男性と話しているのが目に入った。2人は、公園の花壇に面したベンチに座りながら何か話している。

 

 男性は蜜蜂族で、髪の毛は長めの黄金色、顔は信じられないくらい整っていた。彼はメルに何事か囁くと、メルの頭を撫でた。


 俺は耐えられなくなって走り出した。これ以上美男美女カップルを見ていたくなかった。

 

 俺の髪は彼女の絹糸のような髪と違い、パサパサしていて、顔もあんなに整っていない。そして、新しい事業も上手くいってないし、蜜蜂族でもない。ただのヒトだった。


 彼女はそんな俺に愛想尽かしたのだろうか。



 この日から、急速に俺たちの仲はぎこちなくなった。

 俺が話しかけようとしても、メルは忙しそうですぐに戻ってしまう。デートの約束もできない。


 ただ焦っているだけなのか、と思ったが、それにしても、やけに俺を避けるようになった。

 


 そんなこんなで最悪な気分で書き上げた事業計画書を、農園に提出した。

 もうどうにでもなれ。


 しかし、意外や意外、2日後には俺の宿に農園から手紙が届き、俺の商会との提携を前向きに考えているとのことだった。そして、農園に招待され、代々農園を取り締まっている『女帝』アリシア氏から、お屋敷で直々に面会をしてくださった。


 緊張しながら訪ねた応接室で、真っ赤なルージュに豊かな金髪、黄金のドレスを纏った迫力ある美女、アリシア氏は、うっそりと微笑んだ。


 「そなたの事業案を検討にかけた。なかなか面白かったぞ。しかし、我が社としても、検討の余地はまだまだある。もう少し時間はかかるが、まずは商品を1つ2つからでどうじゃ」


 「は、はい。ありがたき幸せっ」


 「それに、我が社の者からの入れ知恵もあったようじゃが」


 「あ、それは……でも彼女は守秘義務を破っていません」


 「よいよい、味方を見つけるのも商人の力量。その力、妾は評価したぞ」


 俺は夢見心地でお屋敷を出た。まさか、上手くいくなんて。これでメルも俺のところに戻ってきてくれるかもしれない。

 だから気づかなかったのだ、誰かが後ろから近づいてきているなんて。


「おらっ」「お前のせいでっ」

「うっ」


 何者かが、俺のことを後ろから攻撃してきた。何がなんだかわからにまま、激しい頭痛とともに、俺は意識を失った。



 「ほら、さっさと起きろよ」


 顔に水をかけられて、俺は飛び起きた。足と手は縄で縛られている。暗くて埃っぽい室内に、ガラクタがたくさん積まれている。ここは倉庫なのか……?

 まずい、頭がズキズキと痛む。


 「まったく、手間かけさせやがって。」


 目の前に2人の男が立っている。身なりは悪くないが、如何せん柄が悪すぎる。


 「お前ら、誰なんだよ。俺にこんなことをして何する気だ」


 「俺たちは、この国の商人。何年もあの農園とかけあってるっていうのに、なんで外国人のお前に販売許可が出るんだよ」

 

 「そうだ、お前だけ甘い汁すするなんておかしいだろ。手を引け。」

 

 何言ってるんだこいつら、自分達の交渉術の問題だろ。


 「断る」


 「へえそんなこと言っていいのか?お前のかわいいハチの彼女がどうなってもいいってか?」


 男が下卑た笑みを浮かべる。

 俺は怒りで目の前が真っ赤になった。

 

 「メルに手を出すな、このクソッタレ。お前らは商人失格だ!」


 「何だと!」


 逆上した男はナイフを取り出し、俺の腕に刺した。鮮血が出る。あまりの痛みにうめき声が出る。


 「へへ、お前がいなくなれば権利はこっちのもんよ。お前がとんずらして事業託されたって言えばいいんだからな」


 そうして、男が俺の胸にナイフを刺そうとしたとき、急に倉庫の扉が開き、逆光の中、誰かが入ってきた。


 「私の蜂蜜(ハニー)ちゃんに何するの!?」


 メルだった。でもいつもと違い、翼は大きく、お尻のあたりから何か巨大なものが出ている。

 針だった。

 顔は怒りで真っ赤だ。


 「ああこんなに血が……許せない」

 

メルがこちらを見て悲鳴を上げると、今まさに俺の胸に刺そうとした男に飛びかかって、自分の針を突き刺した。


男はうめき、ナイフを落とすと、そのまま崩れ落ちた。もう1人の仲間は逃げようとした。

 

 とその時、


 「そこまでだ!」


 大量の警察と、メルの農園の人たちが入ってきた。俺たちは助かったのだ。


 「メ、メル、ありが……」


 そこでおれは言葉を失った。男を背中から刺したメルも、顔面蒼白になって倒れていた。


 「メル、どうしたんだ!?」


 「……蜂蜜(ハニー)をよろしくね」


 彼女はまるで遺言のように囁くと、そのまま意識を失った。


 「え、え!?てか蜂蜜(ハニー)ってどっちのこと!?俺なの、蜂蜜なの!?」


 パニックになっている俺のところに、リーナさんが駆けつけてきた。


 「まさか、メルさん、針刺しちゃったの!?」


 「え、それがどうしたのか?」


 「っ……蜜蜂族は」

 リーナさんは声を詰まらせる。

 

   一生で一度だけ、毒針を使えます。でも。

 


   使うと死んでしまうんです。

 


 その言葉を聞きながら、俺は、痛みと疲労で意識を失ってしまった。




 

 ☆☆☆

 目が覚めると、病室のようだった。真っ白の天井に白いシーツ。

 俺が呻き声をあげると、誰かが動いた。


 「ルークさん」


 リーナさんだ。


 「メルは今……」


 何としてでもメルに会いたかった。たとえ亡くなっていても。


 リーナさんは黙って首を振った。

 

 「ルークさんの体調が落ち着いてからですね」


 リーナさんが医者を呼んできてくれて、あれから丸一日たったことや、治療について聞きながら、俺はまた意識を失った。


 


 それから3日後の夜。

 亡くなってしまったメルのことを考えて、俺はいつものようにひっそり泣いていた。


 優しい月明かりが差し込む病室は、あまりに静謐で、俺の嗚咽がただただ響いていた。


 のドアを誰かがそっと開けた。

 それは俺がどんなに焦がれても、もう会えないメルだった。


 「メル……?」


 「蜂蜜(ハニー)ちゃん」


 彼女は静かに微笑んだ。


 「だって君は亡くなったって」


 「私もそう思ってたの、でもなんとか助かったみたい」


 そう言ってメルは微笑んだ。患者用の白いワンピースを纏った彼女は、月の光に照らされて、今にも儚く消えそうだった。


 「メルっ」


 俺は思わずメルを掻き抱いた。彼女がどこかに行ってしまうような気がして。

 そこには、確かに、温かくて柔らかい、俺の彼女がいた。


 生きてた、生きてた!!

 

 「メルっ、俺がどれだけ心配したか」


 「うん、うん、ごめんね蜂蜜(ハニー)ちゃん」


 そうして2人で抱き合いながらわあわあ泣いて、そのまま同じベッドで寝てしまった。


 

 

 ☆☆☆

 「ちょっと2人とも!!!!」

 怒声が響き渡り、俺たち2人は飛び起きた。目の前には仁王立ちの医者と、オロオロしているリーナさんが。

 医者は白髪のおじいちゃんだったが、怒髪天をつく勢いで逆立っている。

 

 「絶対安静だと言ったろ、このたわけめ!!!!」


 「すすすすみません」


 「ひいいいいいごめんなさい」


 俺たちは2人してペコペコ謝る。


 とそこで、リーナさんが医者に何やら耳打ちする。


 「ふむふむ、なら仕方がないか……」


 何やら医者の怒りが収まり、こちらをくるっと振り向いた。


 「まあ、2人揃っているなら話が早い。」

  

 そうして医者が話した内容は、あまりに予想外なものだった。


 温厚な蜜蜂族が一生に一度、針を使う時、それは伴侶に命の危機が迫ったときだと言う。


 「彼女たちは、自分のためには使わない、伴侶が全てなんじゃ」


 ただし、その針は強力な毒を持っているが、一度しか使えない。

 なぜなら、死んでしまうからだ。


 「でもメルは生きて……」


 「このお嬢さんのお陰じゃ」


 そして医者はリーナさんを見る。


 なぜ死んでしまうのか。

 

 それは、一度毒針を刺すと、針を引き抜く時に毒針ごと下腹部がちぎれてしまうためらしい。

 

 グロい。

 

 しかし、俺を刺したあと、メルは引き抜けてしまう前に意識消失。

 慌てて駆けつけたリーナさんが、針のみを切断して犯人からメルを離したそうだ。


 「なるほど、だから私はもう歩けるんですね」


 「そうじゃ、もうそなたはあらかた回復している。ただ、今後どのような影響が出るかわからんが。なにせ、今まで例のないことだからの。まずは、2人とも養生しなさい」


 「「はい」」



 ☆☆☆

 

 その後も、メルは何度も病室に来てくれた。ニコニコして、いつもよりべったりしている。

 まるで、付き合ったばかりの頃のようだった。

 

 それはとても俺の役得なのだが……俺はずっと気になっていたことがある。


 あの顔のいい野郎とはどうなったんだ?俺が怪我したから、同情してくれてるのか?



 もやもやしながらも、体調が回復し、とうとう女帝ことアリシア氏に謁見することになった。

 この町は、特別措置として政治的なことにも彼女に全権が委任されているので、ならずものたちの裁きも行ってくれた。


 今日はその報告と、今後のことについて話し合うために、メルと共にアリシア氏に呼ばれたのだ。


全ての報告が終わり、それでは……となったところで、アリシア氏が、ふと思い出したように言った。


 「して、そなた達の結婚はいつじゃ?」


 「え、結婚……」


 「わわ、アリシア様、その話はまだ……!!」


 ふむ?と彼女は片眉を上げた。その動作すら優美だ。


 「しかし、番であろう?何をしておるのじゃ?」


 「えっ?」


 「ん?だってそなた、蜂蜜(ハニー)と呼ばれていたそうではないか、衆目の中で」


 「えっ??」


 そこで、俺はとんでもない事実を知る。

 

 蜜蜂族は「唯一無二の伴侶」である番を持ち、それは会って一目でわかるらしい。

 番は一生に一度しか出会わず、出会った後、長期的に離れていると体調を崩す。

 そして、離れるほどに番への執着が増し、暴走してしまうこともあるのだとか。


 そして、蜜蜂族の最大の特徴は

 「番のことを、蜂蜜(ハニー)と呼ぶ」

 ことだそうだ。

 

 あれはふざけていたのではなかったのだ。


 とんでもない事実が判明し、混乱と恥ずかしさから真っ赤になった俺とメルはなんとか謁見の間を出た。

 

 

 そしてお互いの本音を話したところ、メルは種族の違う俺になかなか打ち明けられず、忙しさから会えなくなり体調悪化。心配をかけたくないのと、自分の暴走を恐れてわざと避けていたらしい。


「じゃあ、あの噴水のところに居た美形な男の蜜蜂族は」


「え?ああ、あれはカイル様。アリシア様の伴侶よ?私が番から離れてるのを心配してくれて」


「えええ、あの女帝の!!???」


 というやりとりもあったが、一件落着。



 


 その後、メルと商品開発を始めたり、それを持って砂漠の向こうのザファールに結婚式の招待状を持って行って驚かれるやら茶化されるやらするのも、また別の話。





 

 


ぶっとんだ設定ですが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

獣人モノが好きですが、そういえば蜜蜂系は見たことがないな、と思って妄想した結果の作品です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ