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〈番外編〉 噂の人気者 前編

 僕の名はオリーブ・クラム。僕の家は杖屋で、僕も将来家業を継ぐことになっている。

 ただ……僕には、杖を作る才能が無かったようだ。

 初めて杖を作ったとき、父も母も妹も、僕の事をとても褒めてくれた。僕自身も、自分の杖を格好良いと思っていた。

 だけど周りには、『ダサい』と言われるばかり。僕が魔法を使う度、皆がクスクス笑う。


 それが嫌で、嫌で、もう杖を作るのを辞めようとしていたとき、ある男の子に出会った。


「なぁお前、杖作れるんだって? 俺にもお前と同じの作ってくれよ」


 彼の名前はデーヴ。彼は僕の杖を、たくさん褒めてくれた。僕が誰かに笑われると、怒ってくれた。誰に笑われても、彼は味方で居てくれる。それがとても心強かった。


 あの日、彼の本音を聞くまでは。


 もうすぐ、彼に渡す用の杖が完成する。折角なら色違いにしようと、僕の杖に付いているのとは別の色の魔鉱石を買いに行った帰り。近くの公園で、デーヴらしき人物の声が聞こえてきた。


「あいつ、本気であのダサい杖を格好いいとか思ってるんだぜ? 本当笑えるよな」


 咄嗟に木の陰へ隠れた。きっと偶然、彼に声が似てただけだ。大丈夫。デーヴは絶対、そんな事言ったりしない。


 恐る恐る声の主を見てみると、そこに希望なんて無かった。

 今僕を馬鹿にしているのは正真正銘、デーヴだ。


「今度あいつが、俺に自作の杖をプレゼントしてくれるんだとよ。だから俺はあいつの目の前で、それをバキバキにへし折ってやるんだ。こんなダサい杖要らねぇよってな」


 僕の中で、今まで築き上げてきた何かが壊れていく。


 ずっと、信じていたのに……


 それからは、いよいよ杖作りを辞めた。デーヴに会うのが怖くて、外にも一切出なくなった。


 元々杖作り以外に趣味と呼べるものが無かった僕は、ただひたすら自室で勉強していた。

 決して、楽しくは無い。あくまで暇つぶしだ。どうせ何をしてもつまらないのなら、将来に少しでも役立ちそうな事をしておいた方が良い。


 何の面白みも無い日常を送っていたある日、一つ下の妹がとても嬉しそうに外から帰ってきた。


「お兄ちゃん、聞いて聞いて! 私、好きな人が出来たの!」


 うつ伏せになって算術の本を読む僕の背中に、妹が布団越しにダイブする。


「ちょ、シーラ重い……退いて」

「アルテア様って言うんだけど、すっごく格好いいの! ファンクラブにもさっき入会してきたわ!」

「聞いて……」


 僕の背中に乗ったまま、妹のシーラが今日好きになったという男の子について語り始めた。重い……


「それでね、私今までお兄ちゃんと結婚するって言ってたでしょ? でもごめんなさい、私お兄ちゃんとは結婚出来ないわ。だって、運命の人に出会っちゃったんだもの!」


 何故か僕が振られたみたいになってる。というかアルテアって誰。何で様付け? ファンクラブとかあるの?


「アルテア様は、私が気に登って降りられなくなっていた所を助けてくれたの。そしてこう言ったのよ……『お転婆なお姫様だね』って! きゃー!」


 一人で盛り上がってる所悪いけど、早く退いてくれないかな。


「はっ、そうだわ! こうしちゃいられない……今すぐアルテア様にラブレターを書かないと!」


 そう言うと妹は、急いで僕の部屋から出ていった。毎度毎度、台風みたいな子だな。


 …………アルテアか。面食いのシーラがここまで気に入るということは、相当顔が良いのだろう。シーラの事も助けてくれたみたいだし、悪いやつでは無さそうだ。


 その時点では、僕はアルテアに対してさほど興味は持たなかった。


◇◇◇


 シーラがアルテアとやらのファンになってから数週間後、懐に仕舞っていた筈の僕の杖が行方不明になった。

 心当たりならある。今朝、品出しの手伝いをしていたときに、気づかず床に落としたのだろう。

 

 やばいやばいやばい…………早くあの杖を回収しないと、また馬鹿にされる!

 

 既に開店してしまった店の店内をこっそり覗いてみると、案の定店の隅の机に僕の杖が置いてあった。

 何であたかもこの店の商品ですみたいな感じに、ほかの杖と一緒に並べられてるんだ。親切な客が、落ちていたのを適当な机に置いたのか?

 

 さっと行って回収したいけど、お客さんが居る今の時間帯にそんな事したら絶対に盗んだと思われる。仕方ないから、母さんに頼んで取ってきてもら…………いや、あの人カウンターに突っ伏して寝てるんだけど。仕事しろよ。


 とりあえず起こそうと母さんの肩に手を伸ばしたら、店の扉が開き、カランコロンと鳴る。

 そのとき入ってきた、黒髪に青い瞳の男の子に、僕は一瞬で目を奪われた。

 

 子供なのに、すごく綺麗な顔だ……


 彼は一緒に入ってきた白髪のお姉さんと共に、杖を選んでいるようだった。


 つい母さんを起こすのも忘れて彼に見入っていたら、お姉さんと別行動になった彼が何故か、僕の杖を手に取った。


 最初はまたバカにされるのかと思ったが、彼の口から出てきたのは、値札が無いなどの言葉。まさか、本気で買うつもりなのか? あれを?


 意味が分からない。でも早く返してもらわないと、今度は彼が恥をかくことになる。


「すみませ――」

「待って」


 彼が母を呼ぶ前に、服の裾を掴んで引き留めた。

 …………ここからどうしよう。


「それ、僕の。ここに置き忘れて……」


 って、こんな事言って信じてもらえるわけ無いだろ!


「え、そうなの? 勝手に取ってごめんね。じゃあこれは、君に返すよ」


 は? 信じた……? 僕としては助かったけど、この人こんなんで大丈夫かな。いつか騙されて変な壺とか買わされそう。


 それより、どうしてこんな杖を買おうとしたのかが気になる。

 思い切って尋ねてみると、彼はきょとんとした顔で次々にこの杖の良い所を言ってのけた。更には、売っている店か、作った人を紹介してほしいとまで言う。

 素直に僕が作ったと吐露すれば、今度は僕自身を褒めちぎりだした。

 彼は、気づいてくれたのだ。僕の思いに、努力に、工夫に。その上僕が、良い杖職人になれるって……


 彼が店を出ていった後、暫くその場で立ち尽くしていた。

 彼の言葉を、信じられるだろうか。またデーヴのように、嘘をついているだけなのではないか。

 分からない……もう、裏切られるのは嫌だ。


 その夜、僕は自室の棚から作りかけのまま放置していた杖と工具を取り出して、元々はデーヴに渡す予定だった杖を完成させた。

 

 こんな事をしても、無駄かもしれない。あれはお世辞で、本当に欲しかった訳ではないと突き返されるかもしれない。

 けど……もう一度だけ、信じてみたいと思った。これで本当に裏切られたとしても、今回は大丈夫だ。心の準備は済ませてある。何を言われても言い返せるように、頭の中で色んなパターンのシュミレーションもした。


 翌日、彼にもう一度会う為に、僕は三年ぶりに外へ出た。父さんも母さんも僕が外へ出ようとしたのが余程嬉しかったようで、送り出すときは泣きながら喜んでいた。


 久々に歩いたシャルネの街は、どこに行ってもアルテアという人物の噂で持ち切りだった。


 シーラからも少しは聞いていたが、アルテアというのは相当な女好きで、常に誰かしらを口説いているらしい。

 そこだけ聞くとただのクソ野郎だが、それと同時に大のお人好しで、誰かを助ける為には自分の身の危険も顧みない性格。

 アルテアを慕っている子達も、容姿や甘い台詞だけでなく、そんな人柄に惹かれたようだ。

 

「私、またアルテア様に助けてもらっちゃった!」

「アルテア様、本当に格好いいわよね!」

「同じ女性とは思えない!」


 また、アルテアの話題…………というか、アルテアって女だったのか。てっきり男だと思ってた。

 今はどちらかというと、アルテアよりも昨日の彼の情報が欲しいのだけど。

 

 街の人に聞き込みをしたいが、僕はあまり人と話すのが得意ではない。

 一体、どこに行けば彼に会えるのだろうか……


 色々な所を探し回って歩いていたら、レストランに人だかりができているのを見つけた。

 

 有名人でも来てるのかな……なんて思ったりもしたが、どうやら違ったみたいだ。

 例のアルテアが、迷惑客を懲らしめたらしい。噂をすればなんとやらだ。


 どうせならその姿を一目見ておこうかと、人だかりを抜けてレストランの窓から中を覗いてみた。


 黒髪を一つに纏めた、青い瞳の華奢な美少年…………


 彼じゃないか。

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