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七話 家に人を呼ぼうと思います

 僕が出した提案に、少年少女が目を丸くする。

 あそこなら“人”は居ないし、マシロさんも今日は仕事なので女子も居ない。二人共の望みを叶えられるし、結構適した場所なのではないだろうか。


「君の家……すぐ近くにあるの?」


 少年の質問に、首を振って否定した。そして遠くに見える大きな山の頂上を指差し、あの辺に住んでいると伝えると、少し目を見開いて「えっ、あそこって……」と少し戸惑っていた。何か問題だっただろうか。


 ……あ。そういえば、どうやって二人をあそこまで連れて行こう。

 僕がいつも乗っている馬車は、マシロさんが運転している。僕に御者なんて出来ないし、そもそも勝手に乗っていってしまっては後からマシロさんが困る。つまり二人をあの屋敷に連れて行くなら、徒歩になるのだ。僕は毎日そうしてるから良いけど、魔物も出る山道を二人に歩かせるのは少々危険だ。僕がついているからといって、万が一がある。


「あ、の……」


 何か良い移動手段はないかと考えを巡らせていたら、僕の背中から愛らしい声が聞こえてきた。


「どうしたの?」

「遠いとこ、行くなら私……良い物持ってる」


◇◇◇


 なんという事だろう……僕は今、生まれて初めての経験をしている。

 まさか、まさか自分が今…………空飛ぶ絨毯に乗っているだなんて!


「きゃー! 楽しー!」

「こんなに乗って、大丈夫なの?」

「この絨毯は、大人二人まで乗れる……けど、私達は子供だから……三人でも大丈夫、だよ」


 先程彼女が鞄から取り出したのは、四つ折りにされた小さなハンカチ。僕がこの子に届けた水色のものとは、また違った刺繍が施されている。

 彼女は僕らを連れてシャルネの外の人目の無い場所に行き、そのハンカチを広げた。

 最初はあんなに小さかったのに、僕ら三人が余裕で乗れてしまうほど大きくなり、そのハンカチ――いや絨毯は、僕らを乗せて空へと飛んだのだ。


「空飛ぶ魔法の絨毯! 本で見てから、一度乗ってみたかったんだよね!」

「はしゃぐのは良いけど、落ちないでよ」


 大興奮して絨毯から身を乗り出す僕の腕を、少年がガッチリ掴んでいる。別に、ちゃんと気をつけてるから落ちたりしないのに。


「君、もしかして心配性?」

「心配させてるの誰だよ……あと、オリーブ」

「え?」


 何で急に、モクセイ科の植物?


「オリーブ・クラム。僕の名前……今後はそれで呼んで」


 名前……! そういえば、これまで一度も二人の名前を聞いていなかったな。


「僕、アルテアだよ」

「知ってる」


 すかさず僕も名乗ったら、既に知られていた。噂とか言ってたし、名前もそこで聞いたのかな。本当、どんな噂だったんだろう。


 クイクイ、と腕の裾が引っ張られる。薄紫色のうるうるとした瞳に見つめられ、危うく意識が飛びかけた。超可愛い。

 俯く彼女の顔を覗き込み「君は何て名前?」と聞くと、彼女は顔を少しだけ上げて僕の手を掴んだ。

 

「フローラ・パーウィド……あの、アルくんって呼んでも……良い?」


 成程……これが世に聞く上目遣いというものか。ものすごい破壊力だ。失神しそう。

 なんとか冷静さを保ち、「好きに呼んで」と彼女の頭を撫でた。


 そうこうしているうちに、屋敷はもう絨毯の真下だ。

 ゆっくりと下に下がり、庭に着地してから順番に降りていく。

 フローラちゃんが絨毯を折りたたむと、あっと言う間に最初のようなハンカチサイズに戻ってしまった。これも魔法の力なのだろうか。


「さ、上がって」


 彼らを屋敷に入れた後、談話室まで案内した。

 ソファに腰掛ける二人を残して僕はキッチンに行き、三人分の紅茶とお砂糖、そして一昨日に小腹が空いて作ったクッキーの余りをお盆に乗せた。

 

 あの二人、共通の知り合い()が居なくなった途端気まずくなってないだろうか。絨毯に乗っている間は普通に二人とも会話してたし、大丈夫だとは思うんだけど……


 そんな不安を少しばかり抱えながら談話室の近くまで来ると、部屋から楽しそうな話し声が聞こえてきた。なんだ、完全に杞憂だったな。


 三回ノックした後にドアを開いて中に入り、お盆の上にある物を全てテーブルに置いて、ようやくお茶会の準備が整った。後は仲良く雑談しながら、お茶を飲むだけだ。


「さっき、何の話してたの? 随分楽しそうだったね」


 フローラちゃんの隣に座ってからさっきの事について尋ねると、フローラちゃんは顔を真っ赤にして頬に両手を当て、オリーブくんは無表情なまま頬だけをほんのり赤く染めてそっぽを向き、同時に「内緒」と言った。

 僕がお茶を淹れてる間に、二人は内緒の話をするほど仲良くなったみたいだ。余程気が合ったんだな。仲良きことは美しきかなっていうし、これは良い事だ。


「そんな事より、僕は元々君に用事があったの。ひとまず先にそれ済まさせて」


 一人でうんうんと頷いていたら、オリーブくんが懐から布に包まれた棒状の物を取りだし、僕の目の前に差し出した。


「何? これ」


 受け取った棒状の物に巻かれている布を取ると、僕が昨日見つけて買おうとした、彼の自作の杖と全く同じものが現れた。しかし先端部分につけてある宝石の色は、水色ではなく緑色になっている。


「君がどうしても欲しそうにしてたから、もう一つ作った。それあげる」


 なるほど。僕がどうしても欲しそうにしてたから、もう一つ…………作った!? 一晩で!?


「嘘っ、僕がこれ欲しいって言ったの昨日だよ!? こんなの短時間じゃ出来ないでしょ! まさか徹夜したの!?」


 いくら何でも申し訳無さすぎる。そんなに無理させてまで、この杖が欲しかった訳では無いのに。


 あたふたする僕を見て、オリーブくんがプッと吹き出した。これまでも微笑んだりはしてたけど、こんな満面の笑みを見たのは初めてだな。元々綺麗だった顔がより一層際立っている。


「違うよ。部屋に仕舞ってあった作りかけのものを、仕上げて完成させただけ。ほとんど出来上がってたし、すぐ終わったから。ふふっ、予想通りの反応……」


 なんだ、僕の為に寝る間も惜しんで杖作りしてたのかと……まぁ、昨日たまたま会っただけの人にそこまでするわけないか。


「ありがとう、オリーブくん。大事にするよ」


 杖を買いに街まで行って、結局何も買わなかったけど……まさか、こんな形で手に入るなんて。しかも、僕が一番欲しかったやつ。嬉しくて、つい顔がニヤけてしまった。

 お礼を言われて照れくさいのか、オリーブくんは僕から目を逸らしてティーカップに口をつけた。


「別に……オリーブでいい」

「そう? じゃ、ありがとう。オリーブ」


 なんて……言い直してはみたけど、誰かを呼び捨てで呼ぶなんて今までに一度もしたこと無かったから、結構違和感あるな……あと、思ったより照れる。


「ずるい……」


 彼の名を呼んだ直後、フローラちゃんが僕の袖をちょんと摘んで呟いた。彼女は頬をぷく〜っと膨らませ、眉間に皺を寄せている。

 しまった……ずっとオリーブと二人で話していたから、怒らせてしまったかもしれない。僕とした事が、女の子を機嫌を損ねさせてしまうなんて……!


「ご、ごめんね? 退屈だったよね。こ、今度はフローラちゃんの話も聞きたいな〜なんて……」


 流石にこんな見え透いたご機嫌取りの言葉じゃ、許してもらえないだろうか……


「名前……」

「え?」

「私の……事も、ちゃん付けじゃなくて……フローラって、呼んでほしい……」


 真剣な顔でそう言われ、戸惑いつつも「フローラ……?」と呼びかけると、彼女は満面の笑みで「アルくん!」と返してくれた。とてつもなく可愛いけど、こっちも慣れるまでは時間掛かりそう。


「私……ずっと、アルくんとお話したかった……」


 フローラが笑みを称えたまま両手を合わせて口に当て、うっとりしたように声を漏らした。


「ずっと?」


 彼女とは今日が初対面のはずなのだけど……もしどこかで会っていたのなら、こんなに可愛い子僕が忘れるはずがない。


「アルくん……よく私のママとパパのお店、来てくれてる。私、ずっとアルくんの事……隠れて見てた」

「え、フローラのお母さんとお父さんのお店って……」

「服屋さん。ママがデザインした衣装を、パパが作って売ってるの……」


 服屋…………? あ、僕が初めて男装をした、あの店か! そういえば行く度にマシロさんと謎のコンビネーションを見せて僕を着せ替え人形にしてくるあの美人な店長さん、フローラにどことなく雰囲気が似てる気がする。こう、ふんわりしたオーラとか。


「あそこ、フローラの両親がやってるお店だったんだ!」

「私……人見知り、だから……話しかけたりは、出来なかった。けど、私……」


 少し間を置いてから、ゆっくりと深呼吸をし、フローラが叫んだ。


「初めて見たときから、アルくんの事がす…………好き、だったの!」


 突然の告白に僕は固まり、オリーブはゴーくんに背中を擦られながら咽まくっている。

 なんて可愛い事を言ってくれるのだろう! 今の僕、だらしない顔を彼女やオリーブに晒してはいないだろうか。上がりきった口角が、ちっとも下がってくれない。


 だって、嬉しすぎるんだもん。女の子にこんな風に好きと言って貰えるなんて、前世では絶対に有り得なかったから。

 

「ありがとう、フローラ。僕もフローラの事、好きだよ」


 フローラの髪を一房掬って口づけをし、同じ言葉を返すと、フローラが茹でダコになってしまった。頭から湯気でも出るんじゃないかっていうくらいに、全身真っ赤っ赤だ。好きって、言った方も言われた方も恥ずかしくなっちゃうよね。僕も少し顔が熱い。


「にしても……本当に嬉しいな。フローラがずっと僕の()()()だったなんて」

「…………ファン?」


 頬を掻きながらそう言ったら、フローラか首を傾げた。


「あの……アルくん、私……」

「あれ、違った?」


 フローラも他の女の子達みたいに、僕に憧れてくれてたんだと思ったんだけど……僕の思い上がりだったのかな。もしそうだとしたら、結構恥ずかしい事を言ってしまったかもしれない。


「あ、えっと…………はい、ファンです」


 何故急に敬語……もしかして気を遣われたのかな。心無しか、フローラの目から生気が失われたような気がする。どうしよう。優しいから口に出さないだけで、内心では自意識過剰のイタい勘違い野郎とか思われてたら。


「可哀想に……」


 オリーブにまで憐れまれた! だってあんな風に好きとか言われたら、この子僕のファンなのかなって思うじゃん……


「ねぇ、アルくん」

「は、はい!」

「また……私と、会ってくれる……?」

「…………へ?」


 これ以上何を言われるのかと思って身構えてたら、彼女の口から出てきたのは軽蔑の言葉でも同情の言葉でも無かった。

 こんな恥ずかしい勘違いをしてしまったのに、フローラはまた僕に会いたいと思ってくれるのか。なんて優しい子なんだ……天使かな。


 勿論だと伝えたら、フローラが「嬉しい……」と微笑んだ。天使だった。


「私、そろそろ帰らなきゃ……オリくん、一緒に帰ろう?」

「そうだね。僕も帰るよ」


 フローラとオリーブが席を立ち、帰る支度をし始めた。

 確かに外が段々薄暗くなってきたし、真っ暗になる前に帰った方が良いかも。

 僕も屋敷の外まではついて行き、宙に浮かぶ絨毯に乗った二人に、今日のお礼を言った。


「今日はありがとう、二人共」

「こちらこそ……ねぇアルテア、僕ともまた会ってくれる?」


 オリーブが、先程のフローラと全く同じ質問をしてきた。僕の勘違いに引いてはいたけど、嫌われては無かったようだ。


「うん! またね。オリーブ、フローラ」


 僕に手を振り返すフローラの横で、オリーブがほんの僅かに笑みを溢す。こんなに素敵な知り合いが、二人同時に出来るなんて。こっちの世界に生まれてからは、本当に幸せな事ばかり起きる。これで、あの人が居たらな……


 オリーブに貰った大事な杖を握りしめながら、僕は小さくなっていく二人の背中を、見えなくなるまで見つめていた。

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