五話 小さなお友達が出来ました
走って逃げ、走って逃げ、距離がある程度離れたら詠唱を唱えて魔法を放つ。先程からずっと、これの繰り返しだ。
マシロさんがヤバい封印を解いてくれたお陰で、僕は今死ぬ気で森の中を駆け回っている。
てか何なのゴーレムって! 普通こういうとき最初に戦うなら、スライムとかじゃないの!? いや、そもそも生き物である必要って……
心の中で文句言ってる内に、ゴーレムの拳が僕の頭上目掛けて降りてきた。
「うわっ!」
咄嗟に横へ転がり回り、なんとか攻撃を回避する。
そして立ち上がると同時に、杖を構えた。
「火の精霊様……貴方の力、一時お借りします。ファイアボール!」
火で出来たボールが、ゴーレムの肩に当たる。威力はそこそこ出せるようになってきたが、命中率はまだ低めだ。ゴーレムが動き回るせいで、中々思ったところに当たらない。
そういえばこれって、呪文言わなくても撃てたりしたないのかな……? 詠唱を省けば、効率もグンと上がると思うんだけど。
走りながら魔導書をペラペラ捲っていると、“詠唱無しで魔法を使う方法”という項目を見つけた。
杖に魔力を集中させて、心の中で使いたい魔法を強く思い描く。
僕は杖先から風の刃を生み出し、ゴーレムの足に勢いよくぶつけた。
「出来た!」
何度か魔法を連発すると、ゴーレムの片足が壊れてバランスを崩し、仰向けに倒れた。
ゴーレムは、いくら体を攻撃しても意味がない。ゴーレムの全ての動力源は胴体部に埋め込まれている“核”であり、完全に動きを止めるにはそれを破壊しなければいけない。
僕はゴーレムに乗っかり、胸辺りの岩を小さいものから一つずつ退けていった。ゴーレムは無数の岩が一つに纏まっているという構造で出来ており、核はそのたくさんある岩の中に紛れ込んでいる。目立つ色をしているので、見ればすぐに分かるはずだ。
こういうときの為に、魔物についてちゃんと勉強しておいて良かった……
早く見つけて取り出さないと、ゴーレムが辺りの岩や土を引き寄せて足を再生してしまう。
手を休めることなく岩を退かし続けていたら、奥の方で他とは手触りの違う岩を見つけた。恐らく、これが核だろう。
僕はその周りの岩を退けて、両手で核を掴む。
それと同時に、ゴーレムが足を完全に再生し終えてしまった。
急いで核を引っ張り出そうと、腕により力を入れて踏ん張る。
ゴーレムが腕をついて立ち上がったタイミングで、核がスポンと抜けた。ゴーレムの動きは止まり、その巨体が再び倒れていく。
それは良かったけど……どうしよう。既に立ち上がった状態のゴーレムから核を抜いた事で、僕は空中に放り出されてしまった。今ここから落ちたら、僕は間違いなく大怪我じゃ済まない。
風の魔法でなんとか……駄目だ。杖も魔導書も下に置いてきてしまっている。
折角勝ったのに死んじゃうだなんて……そんなのあんまりだ!
両腕でゴーレムの核を強く抱きしめ、ギュッと目を瞑る。
すると僕の体は、いつまでも地面に接する事なく空中で止まっていた。
「よく頑張りましたわね。アルテア」
耳元で囁かれた、聞き覚えのある透き通った声。
目を開いて真っ先に視界に入ったのは、いつものマシロさんのニコニコ顔だった。
マシロさんは箒に跨がるのではなくちょこんと座り、僕とあまり背丈の変わらない体で僕をお姫様だっこしている。
「マ……マシロさ〜ん!」
僕は彼女の顔を見たことでそれまでの緊張感が一気に解け、ぶわっと泣き出してしまった。
「酷いよマシロさん! 僕魔法初心者なのに、いきなりあんなのと戦わせるなんて! 僕すっごく頑張ったんだからね! マシロさんのバカ! でも落ちそうなとこ助けてくれたのはありがとう!」
地に降ろされた後、力の入っていない拳でマシロさんをポカポカ叩きながら僕がずっと言いたかった事を言っていく。
今回はなんとか勝てたから良いものを、下手したら死んでた可能性だってあるんだ。こんな思いさせられて、いくらマシロさん相手でも怒らずにはいられない。
「本当に本当に、死ぬところだったんだよ!」
「ふふっ、大丈夫ですわ。アルテアには身体保護魔法を掛けているので、よっぽどの事が無ければ死にません」
僕の頭を撫でながら、彼女はそう言った。
身体保護魔法……? そんな魔法があるのか。そういえば、以前アクロさんも似たような事言ってたな。
確かに言われてみれば、僕の体は不自然なまでにどこも傷ついていない。服は綺麗なままだし、硬く重い岩を何度も動かしてきた両の手のひらは擦り傷一つついていなかった。
必死だったとはいえ、何故気づかなかったんだろう。
「じゃあそれ、先に教えてくれたら良かったのに」
「人は追い詰められた方が、成長が早いのですわ」
間違ってはないけど。もっと他にやり方あったでしょ。
はぁ……なんだかマシロさんの屈託のない笑顔見てたら、怒る気も失せてきた。とりあえずこの話は一旦置いておいて、今は僕が抱えているゴーレムの核の今後について考えよう。
出来ることなら、僕はあまりゴーレムの核を壊したくない。
ゴーレムという魔物は、元々人間に作られたものである。人の都合で勝手に生みだしておいて、また同じく人の都合で勝手に破壊するのは、例えゴーレムに感情が無かったとしても、不憫に思えた。
だからといってもう一度あの巨体に戻してしまえば、僕の努力が全部水の泡になってしまう。
核がもう少し小さければ、ミニゴーレムとか作れそうなんだけど……そうだ、いいこと思いついた!
「マシロさん、この核小さく出来る?」
「? 出来ますわ」
マシロさんが核に杖をコツンと当てると、サッカーボールくらいの大きさだった核がみるみるうちに手のひらサイズまで縮んでいく。
「一体、これで何を?」
僕はさっき退かした岩をいくつか持ってきて、縮小された核の周りに並べて置いた。
そうすると核が一番大きな岩にスゥっと入り込み、他の岩達もそれにくっついて、一つの小さな岩人形が形成された。
「「か……可愛い!!!」」
こうして出来上がったミニゴーレムは、僕らの想像を絶するほどに可愛かった。ああ、僕はなんて恐ろしい事をしたのだろう……この世にこんな尊く愛らしい存在を生み出してしまうだなんて。
僕もマシロさんも、可愛いものにはめっぽう弱い。だって、可愛いは正義だから!
あまりの可愛さに二人で手を組んでキャーキャー叫んでいたら、ミニゴーレムが僕の膝に手を置いてきょとんと頭を傾げた。あ、可愛すぎて死んじゃいそう……
「こっ、この子どうします!?」
「いっ、家に連れて帰っても良いかな!?」
「良いですわ賛成ですわ! あ、名前もつけましょう! ゴーレムなので、ゴーくんとかどうですの?」
マシロさんが珍しくまともな案出してきた。野良猫にエンジェル(天使みたいに可愛いから)とか雀にカレーライス(茶色と白だから)とか、いつもは変な名前ばっかりつけるのに。
とはいえ、ゴーレムだからゴーくんは些か安直過ぎやしないだろうか。
ミニゴーレムの方を見ると、僕の膝下でぴょんぴょんと跳ねていた。可愛い。
「もしかして、ゴーくんって名前気に入ったの?」
彼(彼女?)はクルッと一回転してから、謎のポーズを取る。可愛い。これは気に入ったって事で良いのかな。
この子がそういうなら、ゴーくんで良いか。
「これからよろしくね、ゴーくん」
ゴーくんに人差し指を差し出すと、ゴーくんは両手で僕の指を掴んだ。いやもう本当に可愛いなこの子。
家に帰った後は、少しだけ休憩を取ってからすぐに庭で剣の素振りを始めた。
ゴーくんを肩に乗せて、一、ニと剣を振っていく。
無心でやっていたからか、アクロさんに声を掛けられたときには、辺りはすっかり夜になってた。
「よし、早速始め……る前に。アルテア、お前俺に何か言うことあるよな?」
うーん……やっぱり聞いてくるよね、ゴーくんの事。
隠す理由も無いので今日あった事を全て正直に話したら、アクロさんが五秒間くらい静止した。
「何あいつ、バカじゃねーの……? 練習で……っていうか、そもそもガキにゴーレムの相手させんなよ……」
こめかみを抑えて項垂れるアクロさん。きっと今までも苦労してきたんだな……
「初めて会ったときは赤ちゃん抱えて空飛んだアクロさんに怒るくらいだから、もっとまともな人っぽかったのに」
「は? お前、なんでその事覚えてるんだ? まだ物心もついてなかったのに」
「えっ!? いやそのあれだよ! なんとなく覚えてるだけ! ほら、お母さんのお腹に居たときの記憶がある人っているじゃん!? そういう感じで、別にはっきり覚えてるわけじゃなくて……」
「なるほど、そういう事もあるんだな」
危ない、なんとか誤魔化せた! そうだよね、普通の人は赤ちゃんの頃の記憶なんてあるわけないもんね。
「あのときあいつが怒ってたのはな……アルテア、『七つまでは神のうち』っていう言葉知ってるか?」
「うん。昔の子供は七歳を迎える前に死んじゃうことが多かったから、人は七歳までは神の子って言われてたんでしょ」
この言葉は前世からあり、確か七五三の由来になっていたと思う。
こっちの世界には七五三は無いが、地域によっては七歳の誕生日を迎えた子供を盛大に祝ったりするらしい。
「ああ。だけどあいつはあの言葉を変な風に解釈して、七歳に達していない子供を天に近づけてしまえば神に見つかって攫われると思ったらしい」
何その発想、逆にすごい。
「昔から、色々とズレてんだよな。世間知らずってのもあるが……俺も小さい頃は、あいつに散々振り回された」
「でも、そういうところも可愛いんでしょ?」
「ああ、めちゃくちゃかわ……って何言わせようとしてんだ!」
アクロさんが耳まで真っ赤にして、何か一人でぶつぶつと聞いてもいない言い訳をし始めた。
そんな光景を面白がって見ていたら、アクロさんに「何ニヤついてんだ! いいからさっさと剣持て、練習始めるぞ!」と言われてしまった。
僕は「はーい」とニヤついた顔のまま返事をし、腰のベルトにつけた鞘から、剣を抜くのだった。