十四話 エルフを口説きました
カーテンの隙間から漏れた光が眩しくて、ゆっくりと目を開ける。
すると目の前には、桃色の髪の少女が気持ち良さそうに寝息を立てていた。
そうだ……昨日はエアリーちゃんと一緒に寝たんだった。
彼女を起こさないようにベッドから降り、洗面所で顔を洗ったあと、僕はいつもの服へと着替える。
上着の袖に腕を通していると、ベッドからゆったり体を起こすエアリーちゃんと目が合った。
「あ、おはよう。昨日はよく眠れた? 体はもう平気かな」
挨拶しながら彼女の顔色を見てみると、昨日よりも大分血色が良くなっていた。
「あ、えっと……おはよう、ございます……」
エアリーちゃんはか細い声で挨拶を返したあと、僕と同じように服を着替え始めた。
そのあと、二人で朝食を取るべく一緒に外へ出る。
どこのお店で食べようかと話しながら街を歩いていると、向こう側から赤い髪の女性と女の子が手を繋いで歩いてくるのが見えた。
女性の方は僕らを見つけると、女の子を小脇に抱えて猛ダッシュでこちらへと向かってくる。
そしてそのまま、勢いよくエアリーちゃんへと飛びついた。
「うぇぇぇぇ〜〜〜ん!!! エアリーちゃん、よかった〜〜!!!!」
「あの、サラさん……痛いです……」
昨日エアリーちゃんが魔法で助けた人達の団長であるサラさんは、目から大粒の涙を流してエアリーちゃんを強く抱きしめていた。
そんなサラさんを、彼女の妹であるセナちゃんが不思議そうに見つめている。
「こらこら。エアリーちゃんは病み上がりなので、あんまり無理させないであげてください」
僕がそう言うと、サラさんはハッとした表情で自身の体をエアリーちゃんから引き離した。
「ごめ〜ん! でもでも、本当にありがとう! 貴方は私達の大恩人だよ!」
満面の笑みでお礼を言うサラさんに、エアリーちゃんは照れた表情でそっぽを向き「別に、お礼を言われるほどの事じゃ……」と呟いた。ふふっ、可愛いなぁ。
「そうだ、二人とも朝ご飯食べた? 昨日のお礼に、私が何か奢るよ」
「えっ!? そんなの悪いですよ……!」
エアリーちゃんだけならともかく、特に大した事もしていない僕まで奢られるわけにはいかない。
サラさんにもそう伝えたのだが、サラさんは「いーからいーから」と僕らの背中を押して強引に近くのカフェへと入らせてしまった。
◇◇◇
「おうじさま、セナのたまごサンドひとくちあげる! あーんして!」
「ほんと? 嬉しいな〜」
カフェに入り、4人席に座った僕達は、皆で仲良く朝食を取っていた。
向かいに座るセナちゃんのちぎった、小さなパンの欠片を頬張り「すごく美味しいよ」とお礼を言う。
すると、彼女の隣に座るサラさんがそれを見ながら「いいな……」と呟いた。
もしかして、サラさんもセナちゃんにあーんされたかったのかな。
サラさんにも先ほどと同じ事をするようセナちゃんにこっそり耳打ちすると、彼女はまたパンをちぎって今度はサラさんにあーんをした。うんうん、サラさん良かったね。
何故か困惑気味なサラさんの口元を見ると、そこにはたまごが少し付着している。
「あ――サラさん、ここ付いてます」
僕はそれを親指の腹で拭い取り、指についたたまごを舐め取った。すると、サラさんが顔を真っ赤にして放心していた。
もしかして、口元に食べ物つけるとこ見られたのが嫌だったのかな。僕も前世で口元にお米が付いてると友達に指摘されたときは、ちょっと恥ずかしかったし。
何も言わずに両手で顔を覆うサラさんに、セナちゃんが「よかったね!」と言っていた。“教えてもらえて良かったね”って事かな。
「天然たらし……」
ぼそっと呟かれたエアリーちゃんの言葉に、僕が気がつく事はなかった。
朝食を終えて店の外に出ると、サラさんはこの後劇団の仲間達とショーの打ち合わせをするらしく、これからセナちゃんと一緒に劇場へ向かうらしい。
皆の様子も気になるし、僕らも付いていって良いか尋ねてみたが、今行くと皆僕らに夢中になって打ち合わせどころじゃなくなってしまうからと断られた。
その代わり、サラさんは鞄から二枚の紙切れを取り出し僕らへと差し出す。
「これ、お礼の品ね」
その紙切れには楽しそうなイラストと、“特別席”という文字が書かれていた。
「ショーの特別者チケットだよ。再来週に改めて開催する予定だから、気が向いたら見に来てほしいな」
彼女は天真爛漫な笑顔でそれだけ渡すと、「じゃあね」と手を振りながらセナちゃんの手を引いて歩いて行った。そんなお姉ちゃんの真似をして、セナちゃんも「じゃあねー!」と言いながら手を振っていた。
そっか、ようやくショーやれるんだ。
サラさん達がショーを楽しみにする観客達の為に、これまでどれだけ奮闘してきたかは見ていなくても分かる。本当に良かった……再来週が楽しみだなぁ。
そういえば、このあとの予定を何も決めていなかった。
今日もまた二人で一緒にデートしようという話はしていたけれど、具体的にどこ回ろうかな。食事はさっきとったし、ここから近いコンサートホールにでも行こうかな。一緒にプロの演奏を聴くのも、きっと楽しいはず。
エアリーちゃんにもそう提案しようとしたとき、彼女にくいくいっと袖を引かれる。
けれどその顔をこちらには向けず、彼女は俯いたまま言葉を紡ごうとした。
「あの、アルテアさ――」
「なんだエアリー、もう新しい男作ったのか?」
彼女とほぼ同時に、ハッと後ろを振り返る。
するとそこにいたのは、あの晩に僕が助けた青髪の青年……且つ優しいエアリーちゃんを酷く傷つけ泣かせた男が立っていた。
「ブ、レア……」
僕は青ざめるエアリーちゃんにゴーくんを預け、彼女の前に出てキッと相手を睨む。
すると彼は、腰に手を当てて口角をあげた。
「しかもそいつ、この前会ったやつじゃねぇか。そういや、やけに親しげにしてたもんな。もしかして、あのときからデキてたのか?」
…………………………は?
「ち、違っ……」
「散々俺を責め立てておいて、結局は自分も浮気してたって事か」
何言ってるんだ、この男は。
自分の非を認めず謝罪もしないどころか、まさかエアリーちゃんと僕の関係を邪推し始めるとは。
酷い扱いを受けてもエアリーちゃんが君から離れなかったのは、浮気の現場を見つけたときに君を責め立てたのは、彼女がまだ君の事を想っていた証拠なのに。
はぁ……もう今、この場で自分の性別バラしてやろうかな。
そう思い、僕は自分の髪ゴムに手を掛けた。
しかし、彼は更に吐き気がするような言葉を重ね始める。
「なぁアンタ、本当にそんな地味なやつで良いのか?アンタのその顔なら、女なんて選び放題だろ。そいつすぐ魔力無くなって倒れるし、色気も可愛気もゼロ。アンタには借りもあるしさ、折角なら俺がもっといい女紹介してや――」
パァン! と高い音が鳴った。
気づけば僕の右手はジンジン痛み、彼の右頬は赤く腫れている。
そして憤ったまま彼の胸ぐらを掴み、自分の顔へと引き寄せた。
「それ以上彼女を馬鹿にしてみろ。今すぐお前を燃やして、骨一本すら残らないようにしてやる」
彼の喉元に杖の先端を突きつけると、彼は青ざめた顔で喉から小さな悲鳴を漏らした。
手を離せば、彼がよろっと後ろに倒れて尻もちをつく。
「生憎だけど……エアリーちゃんの魅力も分からないような節穴男に、僕のお眼鏡にかなう女の子を紹介出来るとは到底思えない。分かったらさっさと消えてよ。そしてもう、二度と彼女に近づくな」
そう言ってもう一度睨みを利かせると、ブレアくんは走ってその場から逃げ出した。
あ、しまった……謝罪くらいは引き出そうと思ったのに、つい追い返してしまった。
まぁでも、これであの男が今後エアリーちゃんに絡んでくる事はないだろう。
「エアリーちゃん、大丈夫?」
それより、彼女の精神状態の方が心配だ。
僕はすぐさま振り向いて、彼女の様子を確認する。
「ええ、ご心配なく。アルテアさん、ありがとうございます」
ぎこちない作り笑いを浮かべる彼女の肩は、少し震えていた。
この件は、僕にも非がある。僕がちゃんと彼に性別を明かしていれば、あんな事言われなかったはずなのに。
「ごめん……僕が紛らわしい事したから」
「アルテアさんは悪くありませんよ。言ったでしょう? 彼からは、元々酷い扱いを受けていたんです。むしろ、これを機に離れられて良かった」
まだ少し固く笑う彼女に手を差し出し、僕はずっと思っていた事を口にした。
「あのさ……もしよかったら、僕と一緒に来ない? 君と旅が出来たら、きっとこの先がもっと楽しくなると思うんだ」
エアリーちゃんは一瞬目を丸くしたあと、ふいっと顔を逸らす。
「私、役に立ちませんよ。すぐに魔力切れを起こして倒れますし、不器用だからやれる事も少なくて……」
「そんなの関係ない、僕は君がいい」
魔力切れなんて、もう起こさせない。彼女に出来ない事は、全部僕がやればいい。
「それに、エアリーちゃんは可愛いから。居てくれるだけで僕の癒しになるよ」
そう、彼女は可愛いんだ。
その上優しくて、気が利いて、すごい魔法が使えて、人の為に頑張る事が出来て……こんなに素敵な女の子、僕が放っておけるはずが無い。
「駄目、かな……」
恐る恐る尋ねると、エアリーちゃんがクスッと笑った。
「ふふっ、可愛い……ですか。アルテアさんは、本当にそればっかりですね」
その花のような笑みに胸が高鳴り、顔が熱くなる。
彼女は僕が差し出した手に自分の手を重ねると、まっすぐに僕の目を見つめた。
「分かりました。貴女がそこまで言って下さるのなら、私は貴女の仲間になります。どうぞこれからよろしくお願いしますね、アルテアさん」
……可愛い可愛いとは思っていたけど、流石に可愛すぎやしないかこの子。
やばい、すごく嬉しい。嬉しすぎてどうにかなりそう。
「ありがとう……エアリーちゃん」
僕の仲間になると言ってくれた彼女に感謝を伝えると、彼女は口元に手を当てて数秒ほど考え込んだ。そして少し頬を赤らめ、小さな口を開く。
「名前、呼び捨てでいいです。エアリーちゃんって、長くて呼びづらいでしょうし」
そうかな……?
特に呼びづらいと思った事はないけど、本人がそう言ってくれるのなら今後はそう呼ばせてもらおうかな。
「分かったよ、エアリー。けど、長さで言ったらアルテアさんも長くない? それに、敬語も使わなくて大丈夫だよ」
「……お気持ちだけ受け取っておきます」
気持ちだけ受け取られた。
僕には呼び捨てやタメ口は使いたくないのかな……まぁ、まだ出会って日が浅いもんね。ちょっと寂しいけど、仕方無い。
「じゃあ、行こっか」
未だ繋がれたままの彼女の手を軽く引き、僕は歩き始める。
「え、行くって……」
「デートの続き。するでしょ?」
僕の言葉を聞いた彼女の顔がパァッと明るくなり、嬉しそうに口を開いた。
「っ……はい!」
可愛いエルフの女の子――エアリーが、仲間になりました。
長らくお待たせしてしまってすみません……!現在学校やら課題やらが忙しく、中々筆を執る時間がとれない状況となっております……これからも引き続き不定期更新にはなってしまいますが、出来るだけ早く皆様に続きをお出し出来るよう努力致しますので、どうか温かい目で見守って下さると幸いです。




