十三話 凄腕の治癒士を見つけました
三つ並んだベッドに、それぞれ体のあちこちに包帯を巻き、腕に点滴の針を挿した男性が二人、女性が一人。
数日前に既に意識を取り戻していた女性のみが目を開き、隣で眠る男性二人をじっと見つめていた。
そんな彼らの前で、長く伸びた桃色の髪を揺らした少女が杖を構えて立っている。
「光の精霊よ。我が呼びかけに応じ、どうかこの者達に癒やしを……ヒール」
彼女が詠唱を唱えると、三人の傷がたちまち塞がっていき、やがて綺麗さっぱりと消えてしまった。
すごい……たった一度魔法を使っただけで、彼ら全員の傷を癒す事が出来るだなんて。
ゆっくりと目を開けた男性二人を、サラさんや他の団員達が、泣きながら抱きしめた。
彼らと直接話をした事がない僕も、嬉しさで胸がいっぱいになる。みんな、目が覚めて良かったね……
早速エアリーちゃんにお礼を言おうと思い、彼女の方へ向き直った瞬間――彼女が倒れていくのが見えた。
「エアリーちゃん!?」
急いでエアリーちゃんを支え、僕の胸に頭を置いた彼女へ何度も呼びかける。しかし、いくら声を掛けても反応が無い。
僕の叫びでこの事に気付いたサラさんが、急いで医者か看護師を呼びに行った。
駆けつけた医者にエアリーちゃんを診てもらうと、出された診断結果は単なる魔力切れだった。安静にしていれば、いずれ自然と目を覚ますらしい。
魔力切れ――人は生まれつき、魔力量というものが決まっている。使う魔法が高度な程、消費する魔力も大きい。魔力を全て出しきると、暫く気を失ってしまう。
宿屋まで連れて帰ってきたエアリーちゃんをベッドに寝かせ、その白く綺麗な手を握る。そしてもう片方の手で、彼女の前髪をそっとかき分けた。
……僕らの我儘で、彼女に無理をさせてしまった。
勿論、彼らの怪我が治った事自体はすごく喜ばしい。ただ……彼女にしんどい思いをさせたかったわけでもない。
エアリーちゃんが魔法を使ったときに感じた魔力は、あまり多くはなかった。つまり、エアリーちゃん自体に残っていた魔力がそもそも少なかったのだろう。魔法発動時に消費される魔力の量は見るだけでなんとなく分かるようになったのだが、体内に残っている魔力はまだ注視して見ないと分からない。
ちゃんと常時分かるようにしておけば、こういう事を回避出来たのかな。
……まぁ、既に起きたことを今更悔いても仕方ない。彼女だって、きっと自分がこうなるのは承知の上で魔法を使ってくれたのだろう。
困っている人を見つけたらすぐに駆けつけ、誰かの為に無茶が出来る……本当に、彼女は素敵な女性だ。
それなのに、ブレアくんはこの子の何が不満だったんだろう。こんなに可愛くて優しい恋人がいたら、僕なら一生大事にするんだけどな。
「ん……ここは」
繋がれた手がピクッと動き、エアリーちゃんが目を開けた。
彼女が、目を覚ました。
「エアリーちゃ――」
僕が彼女の名前を呼ぼうとすると、彼女はシーツに手をつき、まだあまり言う事もきかないであろう体を起こそうとしていた。
「何してるの!? まだ安静にしてなきゃ……」
「いえ、大丈夫です。それより……申し訳ありません。アルテアさんに、余計な手間を掛けさせてしまいました」
余計な手間? もしかして、エアリーちゃんを宿屋まで運んできた事か?
「謝る必要なんてないよ! それよりごめんね。エアリーちゃんの魔力が残り少なくなってる事に、僕が気付けなかったから……」
「違うんです! ……違うんです」
一度強く言い放ったあと、弱々しい声でエアリーちゃんが呟いた。
「私……生まれつき魔力の量が少なくて。少し魔法を使っただけで、すぐに魔力が底を突いて倒れてしまうんです」
「え、何……それ」
「だから、こうなってしまったのは全て私の……」
「それならやっぱり僕が悪いよ! ごめんね!」
「……え?」
エアリーちゃんの元の魔力量がどうであれ、僕の配慮が足りていなかった事には変わらない。今後誰かにお願いして魔法を使ってもらうときは、その辺りもちゃんと事前に確認しておかなければ。
「あ、の……驚かないんですか?」
「驚くって、何が?」
「だって……エルフは皆、魔法を得意とする種族で……」
「うん、びっくりした! あんな一瞬で皆の怪我を治せちゃうなんて、エルフって本当に魔法の天才なんだね」
それとも、エアリーちゃんがすごいのかな?
そう聞くと、彼女はじわじわ頬を染めて毛布に顔を埋めてしまった。照れてるんだ。可愛いなぁ……
「サラさん達もすごく感謝してたよ。目が覚めたら、たくさんお礼したいって言ってた」
エアリーちゃんは毛布に顔をくっつけたまま「そうですか……」と言ったあと、まだ少し赤みの残った顔をあげてベッドから降りた。
「エアリーちゃん? ちょ、起きて大丈夫なの……?」
「いつまでも、アルテアさんのベッドを占領するわけにはいきませんから。私は他の部屋か……別の宿に泊まります」
そう言いながら、フラフラと扉に向かっていく。けれどこの宿はもう他に空きがないらしいし、別の宿はここから一番近い所でも徒歩で数十分かかる。そんな今にも倒れそうな状態で、外を出歩くなんて危険だ。
止めようと思い彼女の肩に手を伸ばすと、予想通りエアリーちゃんの体が床に向かって傾き始めた。
僕は急いで彼女の腕を掴み、勢いよく自分の元へ引き寄せた。
床に座り込む僕の膝に乗っかったエアリーちゃんは、後ろからはよく見えないが、恐らく顔が白か青になっているだろう。そして、『ご』という言葉を何度も連呼していた。多分、ごめんなさいって言おうとしてるんだな。
腰を上げて僕から離れようとした彼女の肩を、僕は痛くない程度に強く抑えた。
「こら、逃さないよ。いいから君はここで寝て。僕が別の宿に行くから」
「なっ……アルテアさんにそのような事させられません!」
「なら、そこのソファで寝るよ」
僕が視線だけ向けたのは、一人用の小さなソファ。横になる事は出来ないので、あれを使うなら座ったまま寝る事になるだろう。
「どうしてアルテアさんが、私なんかの為にあんな場所で寝なくちゃいけないんですか……! せめて私がソファを使います!」
「それじゃあちゃんと体休まらないでしょ」
「でも……」
まだ反論する気かな……早く折れて、もう一度ベッドでゆっくり休んでほしいのに。どうしたら彼女を納得させられるんだろう。
「あ……それならいっその事、二人一緒に同じベッドで寝る?」
「えっ、私とアルテアさんが……ですか?」
…………しまった。エアリーちゃんには、まだ僕の性別を明かしていないんだった。出会ったばかりの男に同じベッドで寝ようなんて言われたら、ドン引きするに決まってる。い、今からでも本当の事を言って――
「分かりました」
「え」
「このまま朝まで言い合っていたら、二人とも寝不足になってしまいます。それでは本末転倒ですし……アルテアさんがそれでぐっすり眠れるのなら、私は構いません」
確かに、それもそう……なんだけど。エアリーちゃんは本当にそれで良いのかな。寝込みを襲われるかもしれないとか、もっと警戒した方が良い気もするんだけど。
「ですから……とりあえず、この手を離して頂けませんか。もう出ていったりはしませんから」
「あっ、ごめん」
エアリーちゃんに言われ手を話すと、彼女は立ち上がってよろよろと椅子に座り、自分の服を脱ぎ始めた。
「待って待って待って待って!!!」
「何ですか?」
「僕、まだいるんだけど……」
ゴーくんを顔の目の前に持ってきて、視界を遮りながら言うと、エアリーちゃんは手にかけたボタンを外しながら首を傾げた。
「何か問題があるのでしょうか。だってアルテアさん、女性ですよね」
思わずゴーくんを落としそうになり、地面につく直前に手で受け止める。
もしかしてエアリーちゃん、僕が女だって事気づいてたの?
「い、いつから……」
「最初からですよ。声も体格も、丸っきり女性でしたので」
そっか、だから同じベッドで寝る事も承諾したし、僕の前でも普通に着替えをし始めたのか。なんだ、僕びっくりしちゃったよ〜
…………勘違い、恥ずかしい。
でも、初対面で僕の性別に気づいた人……初めて会ったな。僕と出会った人はみんな、必ず最初に僕を男と間違えるのに。
エアリーちゃんと同じように僕も寝間着に着替えた後、まだ寝るには少し早い時間帯なので、二人ベッドに横になりながらしばらくお喋りをする事にした。
「アルテアさん、今日は本当に……色々と、ありがとうございました」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。エアリーちゃんとのデート、すごく楽しかった。明日もまた、いっぱい遊ぼうね」
次はどこに行こうかな。この国は広いから、まだまだ行けていない場所がたくさんある。サラさんたちのショーも楽しみだしね。
早速明日のプランを考えていると、僕の手にそっとエアリーちゃんの手が添えられた。
「ええ、是非」
優しく微笑むその顔に、心臓が強く脈打つ。やっぱり、すごく可愛い……
もしこの子と一緒に旅する事が出来たら、きっと楽しいだろうな。
あの日の夜のように、僕はエアリーちゃんと他愛ない話をし続け……夜が更ける頃には、もうすっかり眠りに落ちてしまっていた。