十二話 デートしようと思います
あれから二週間ほどが経ち、サラさん達の怪我はかなり回復してきた。更に、重傷を負った団員達の内一人が、なんと目を覚ましたのだ。その事を嬉しそうに僕に報告してきたサラさん、可愛かったなぁ……他の人達も、早く目が覚めるといいな。
僕は今日も色んな店を見て回ったり、可愛い女の子を口説いたりしながら、色んな人に聞き込みをして回復魔法に長けた人がどこかにいないか探し歩いていた。
鞄からひょっこり顔を出したゴーくんに話しかけていると、少し先にあるお店から、仲良くお饅頭を頬張る見た目がそっくりな金髪おさげの女の子二人が出てきた。か、可愛い……!
早速声を掛けようと足を前に踏み出すと、突然路地裏から飛び出してきた誰かとぶつかった。
倒れて地面に仰向けに寝そべった体を少し起こすと、僕の上に長い耳を持った桃色の髪の少女が乗っかっている。
大丈夫かと声を掛けると、女の子は謝りながら顔を上げる。そして一目見て分かった。この子は、前に僕が魔物から助けた冒険者のエアリーちゃんだ。彼女の方も僕に気がついたのか、驚いて固まっている。
彼女にまた会う事が出来て、ものすごく嬉しい……のだけれど。今は、それを素直に喜べる状況ではなかった。
僕はエアリーちゃんの目元に溜まった水を、人差し指で掬い上げる。
「ねぇ、何かあった?」
すると、エアリーちゃんは何かを思い出したかのようにボロボロと涙を溢し始め、僕の上で声を上げて泣き出してしまった。
――僕が泊まっている宿に彼女を連れて行き、横並びで彼女と共にベッドに腰掛ける。
エアリーちゃんから聞いた話によると、同じく僕が以前助けた冒険者であり、エアリーちゃんの恋人でもあったブレアくん。彼がこの国で別の女性と浮気をし、それを知ったエアリーちゃんが彼を問い詰めたら開き直って逆ギレしてきたらしい。
……………………最っ低。
何それ、意味が分からない。こんな可愛い子捕まえておいて、普通浮気する? というか悪い事したらまずはごめんなさいでしょ。開き直って逆ギレって……良い人だと思ってたのに。
「前々から、徐々に私への扱いが酷くなってきている自覚はあったんです……けれどまさか、こんな急に捨てられる事になるだなんて……」
思えば、あのときもそうだったな。馬車の中で眠ってしまったエアリーちゃんを、彼が無理やり起こしたとき。単に機嫌が悪かったからだと思っていたが、あれが彼の彼女に対する普段の扱いだったのか。
許せない。女の子を、しかも自分の恋人を悲しませるだなんて……外道以外の何者でもない。
まだ辛そうな顔をしている彼女に、僕はある提案をした。
「あのさ、エアリーちゃん……僕とデートしない?」
「……デート、ですか?」
ぽかんとする彼女の手を引き、僕は半ば強引に部屋を飛び出した。
服屋に行って彼女に服をプレゼントしたり、屋台でクレープを買って二人で食べたり、似顔絵屋に僕達の似顔絵を描いてもらったり。完全に僕が無理やり連れ回す形で、エアリーちゃんと色んなお店を見て回った。最初は戸惑っていた彼女も、今はすごく楽しそうに笑っている。良かった……女の子は、笑ってる顔が一番可愛いからね。
先程描いてもらった僕らの似顔絵を嬉しそうに眺めるエアリーちゃんに、僕はずっと気になっていた事を口にした。
「エアリーちゃんって、エルフだったんだね。全然気づかなかった」
前はフードで隠れていて分からなかったが、彼女の横に伸びた長耳はエルフの特有のものだ。
「あ、はい……隠していたわけでは、ないですが……」
「エルフって、なんとなく美形が多いイメージだったけどさ……エアリーちゃん見たら、想像以上に綺麗な顔しててびっくりしたよ」
エルフの女の子ってみんなこんなに可愛いのかな。もしそうなら他の子にも会ってみたいな……
そうだ。エアリーちゃんなら、回復魔法が得意なエルフにも心当たりがあるかもしれない。
早速尋ねてみようとすると、ゴーくんが僕の鞄を強く叩いた。一体どうしたのかと思い、彼の方を見たらゴーくんが左の方に手を伸ばしている。
ゴーくんが指した先では四、五歳くらいの小さな女の子が、白い毛並みの猫を撫でようと手を近づけていた。あっ、これは嫌な予感。
案の定、いきなり触られびっくりした白猫は、少女の手を引っ掻いてどこかに去り、尻もちをついた彼女は、その場に座り込んだまま大泣きし始めた。
急いで泣いている少女の元へ行こうとしたら、僕よりも先に走り出したのは、エアリーちゃんだった。
彼女は少女の目の前にしゃがみ込み、優しく頭を撫でる。
「大丈夫? 怖かったね」
「ん……ねこちゃん、にげちゃった」
「そっか……でもね、猫ちゃんもいきなり触られたらびっくりしちゃうと思うんだ。だから、いくら可愛くても勝手に触ったら駄目。分かった?」
「……うん。もうかってにさわらない」
「よくできました。お姉ちゃんと一緒にいるときなら、触っても大丈夫だから。今度、撫で方のコツ教えてあげるね」
「っ……ありがとう、おねえちゃん」
エアリーちゃんと話してる内に少女はすっかり泣き止み、愛くるしい笑みを浮かべている。
そっと隣に行くと、彼女は僕に気づくなり「勝手に飛び出していってしまい申し訳ありません」と謝ってきた。僕が気にしないでと笑うも、彼女の顔はやや青い。うーん……僕からすれば、今の彼女の行動はむしろ賞賛すべきものなのだけれど。
さっきまで泣いていた幼き少女が、僕を指差して「おうじさま!」と声を上げた。よく言われる言葉だ。
「僕に何かご用ですか? お姫様」
しゃがんで少女の片手を取ると、顔を赤らめて嬉しそうにもう片方の手を自身の頬に当てた。そこで違和感に気づく。彼女は先程、猫に手を思い切り引っ掻かれた筈。それなのに、彼女の手は少しも傷ついてはいなかった。
どうしてだろうと考えを巡らせていると、後ろから僕の名を呼ぶ声が聞こえた。
「アルテアくん? そんな所で何してるの?」
立ち上がって振り返ると、大きな紙袋を持ったサラさんが首を傾げている。
彼女は僕のスボンをぎゅっと掴んでいる少女を見ると、ぎょっとした顔で「え!?」と叫んだ。
「セナ! おうちで待っててって言ったじゃない! まさか一人でここまで来たの!?」
あれ、もしかして二人って知り合い? そういえばこの子の髪、サラさんと同じ赤色だな……
眉をひそめて怒るサラさんに、セナちゃんというらしい少女は涙目になりながら「だって……せなもおみまい、いきたかったんだもん……」と呟いた。
「分かった分かった、セナの事も連れてってあげるから。その代わり、病院ではちゃんと大人しくしてね」
「わかった!」
サラさんが深くため息をつき、荷物を持っていない方の手でセナちゃんと手を繋ぐ。そして次はこちらに目を向けた。
「アルテアくん、ごめんね。うちの妹が何か迷惑掛けなかった?」
やっぱり姉妹だったのか。言われてみると、確かに二人ともよく似ている。
「全然。サラさんは、これから病院へ?」
「うん、あの子たちのお見舞いにね。ところで、アルテアくんの隣にいる子ってさ……エルフ、だよね」
サラさんの言葉に、エアリーちゃんが何故か少し怯えたような表情をした。
「は、はい……エアリー・メイスって、いいます……」
「ふぅん……ねぇ、エアリーちゃんってさ」
サラさんがエアリーちゃんの一歩手前まで近付き、真剣な顔で尋ねた。
「回復魔法が得意な知り合いとか、いたりしない?」
そうだ、僕もそれを聞こうと思ってたんだ。
エアリーちゃんは困惑顔で、サラさんの言葉を反復する。
「か、回復魔法が得意な知り合い……ですか?」
「そう! ほら、エルフって魔法得意な子が多いイメージでしょ? 実は私の仲間が何人か魔物のせいで大怪我しちゃって……お願い! 何でもするから、もしそういう人がいれば紹介してほしいの!」
深々と頭を下げて懇願するサラさんを見て、僕も同じように頭を下げた。
「僕からも、お願いしたい……!」
そして数秒程経ったが、エアリーちゃんからの返事はない。当たり前だ。いきなりこんな事言われても、困るだけだよね。
「…………あの、一先ず顔を上げて下さい」
サラさんとほぼ同時に顔を上げると、エアリーちゃんは目を伏せたままこう言った。
「要は、その方達の怪我を治せる人がいたら良いんですよね」
僕とサラさんが、こくりと頷く。
エアリーちゃんは徐ろに顔をあげ、口を開いた。
「なら……その役目、私が引き受けます」