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九話 旅に出ようと思います

「あのさ……大事な話、あるんだけど」


 夕食の最中。僕はついに意を決して、二人に旅に出ようと思っていることを打ち明けようとした。

 マシロさんは食事の手を止め、その隣に座るアクロさんもじっとこちらを見つめて、僕が次に話す言葉を待っている。

 けれど、その先の言葉が喉の奥から中々出てこない。


 多分、反対される……よね。アクロさんは絶対駄目って言うだろうし、マシロさんは普通に良いって言ってくれそうだけど、実際はどうなるか分からない。

 もし、どちらか一方にでも駄目と言われたら……僕は無理に旅立つわけにはいかない。いくら今世では好きな事が出来るからって、大好きな二人を悲しませるような真似だけは絶対にしたくない。

 だからもし反対されたら、頑張って説得するしかないのだ。出来るかは分からないけど。


 ああ、やばい……緊張してきた。ちょっと水飲もう。


「もしかして、恋人でも出来ました?」


 水を飲んで心を落ち着けてから話そうと思ったら、マシロさんの発言によって口に含んだ水が気管に入り、思いっきりむせた。


「いや違うけど!?」

「あら、そうなんですの? けれどアルテアも年頃ですし、一人くらい良い感じの子がいても……」

「いないから。僕、自分の恋愛興味無いし」


 バッサリ言い切ると、マシロさんが少ししゅんとしてしまった。逆にアクロさんは、何故かホッとしたような顔をしている。


 彼女の発言にはびっくりしたけれど、おかげで緊張は大分ほぐれた。今なら、ちゃんと伝えられそうだ。


「実は……旅に出ようと思ってるんだよね」


 二人共、僕の言葉に目を丸くする。

 やがて、アクロさんの方が先に口を開いた。


「一人でか?」

「うん……あ、ゴーくんは連れていくよ」

「目的は?」

「世界を、見て回ってみたくて」


 アクロさんは「そうか……」と言ったあと、少しの間だけ目を伏せて考え込んだ。


「良いぞ、別に」

「え…………えっ!?」


 今の、聞き間違いじゃないよね? アクロさん、良いって言った!?


「嘘、反対しないの!?」

「いやお前、反対してほしいのかよ」


 そういうわけじゃないけど……まさか、こんなにあっさり了承してくれるとは思わなかった。


「俺は、お前が決めた事なら文句は言わない。ただし、成人してからな。お前まだガキだし、あと数年はここに居ろ」


 この世界の成人年齢は、十六歳。つまり、僕が成人するまではあと四年ある。もともと僕も成人してから旅立つ予定だったし、それに関しては特に問題はない。


(わたくし)も、異論はありませんわ。各地を回って見聞を広めるのは、アルテアにとっても良い経験になりますし」


 そう言って、マシロさんがふんわりと微笑んだ。まさか、こうも簡単に両方から許可を貰えるとは……身構えてた分、少し拍子抜けしてしまった。


「本当に、良いの……?」

「ああ。でも、旅が終わったら必ずここに帰ってこいよな」

「うん、約束する!」


 嬉しい……あと四年経ったら、僕も世界を見て回れるんだ。

 その後は僕もマシロさんも食事を再開し、夕食を食べ終えた。

 寝支度を整えてベッドに横たわり、ゴーくんの頭を撫でて「おやすみ」と言ってから目を瞑る。


 旅に出る事、ちゃんと二人に認めて貰えて良かった。血の繋がりはないけれど、あの人達の事は本当の親のように思ってるから。

 旅に出るまでの四年間……そして旅が終わってここに帰ってきたあとも、うんと親孝行しよう。


 そろそろ眠たくなり、意識が途切れかけたとき、部屋の扉が開く音がして足音がこちらに近づいてきた。

 姿を確認したいけれど、瞼が重くて開かない。侵入者ならアクロさんが見逃すはずないし、多分アクロさんかマシロさんのどちらかだろう。

 相手は僕が寝てると思っているのか、起こさないよう気を遣いながらそっと僕の手を握る。


 安心感のある温もりに眠気が加速し、完全に意識を手放す瞬間――消えてしまいそうな声で「いかないで」と言われたような気がした。


◇◇◇


 屋敷の屋根の上に一人座りながら、私は今日の夕食中にアルテアから持ちかけられた話の事を考えていた。


 彼女から旅に出ると言われたとき、本当は心底嫌だった。彼女には、ずっとこの家にいてほしい。寿命のあるあの子と私達では、一緒にいられる時間は限られている。それなのに、ただでさえ短いその時間が更に減ってしまうのが怖かった。

 けれど……寿命が短いからこそ、あの子を引き留める事は出来ない。

 もしかしたら、私がどうしても行ってほしくないと言えば優しいあの子は諦めてくれたかもしれない。でも、それだけは駄目だ。その行為は、あの子の人生を縛る事になる。私はもう……誰かの人生を奪いたくはない。


 苦しくなった心臓を抑え込むように、胸の辺りをぎゅっと掴む。

 すると後ろから、優しく私の名前を呼ぶ声がした。振り向くと、赤い瞳の青年が私を見つめている。


 彼は「風邪引くぞ」と言って自分のマントを脱ぎ私の肩に掛け、そのまま隣へと腰を落ち着けた。


「……寂しいな、子の巣立ちって」


 夜空を見上げ苦笑するアクロに、私は思わず目を見開く。


「アクロも、寂しいと思っているんですの?」

「当たり前だろ。俺だって、アルテアの事は大事に思ってんだ。本当、自分でもびっくりするくらいにな」

「でも、その割にはちっとも辛そうじゃありませんわ」


 私なんて異論はないと言っておきながら、未だにあの子が心変わりする事を願ってしまっているのに。無理に引き留める事は出来ないから、せめて旅に出るまでの四年間に少しでも気が変わってくれたら……と。こんなの、親として最低だ。


 きっと、アクロには余裕があるのだろう。彼とは同い年だけれど、私よりも彼の方がずっと大人だから。そう、彼は昔から優しくて心も広い。どれだけ辛い状況に陥ったとしても、いつも一番に私の事を心配してくれて…………あれ。


 言い終わってから気づく。もし、アクロが……私の為に平気なフリをしてくれていただけなのだとしたら。今の私の発言は、彼を酷く傷つけてしまったのではないだろうか。


 辛そうじゃない、なんて。そんなの本人にしか分からないのに。どうしよう、謝らなきゃ!


「アクロ、ごめんなさ――」

「そりゃ、寂しいは寂しいけどさ」


 謝罪を言い終えるよりも先に、アクロの手が私の後頭部に回され、額同士が合わさった。


「そこまで辛くはねぇよ。お前がいるから」


 ポカンとする私に、アクロは続ける。


「マシロは、俺じゃ不満か?」


 ……その言い方は、ずるい。

 アクロはいつもこうなのだ。私が落ち込んでいると、真っ先に傍に来て私を元気づけてくれる。


 アルテアがこの家を出る事を寂しいと思う気持ちは、今も強く残っている。けれどそんな風に言われてしまったら、もう辛いなんて言えないし思えない。


 たった一人で旅に出るアルテアと違い、私にはアクロがいてくれるから。


「いいえ……不満なんかじゃ、ありませんわ」

「なら、四年後は笑って見送ってやろうな」


 本当に、ずるい人。

 たまにしか見せない彼の無邪気な笑顔を見て、治りかけていた胸の痛みが再発する。 


 返さなければいけないのは、尽くさなければいけないのは私の方なのに……彼にはいつも、与えられてばかりだ。


「ん……お前、なんか顔熱くね? マジで風邪引いた?」

「ち、違いますわ!」


 アクロは私にとって、大切な幼馴染。それだけで充分。それ以上の感情は、いらない。


 彼の人生を奪った私に、そんな資格ありはしないのだから。


◇◇◇


 アクロさんからもマシロさんからも許しを貰い、本格的に旅に出られる事が決まった次の日。僕はその事をオリーブとフローラにも報告した。


「まぁ、アルテアが決めた事に僕が口出す権利なんか無いし……止めるつもりもないけどさ」


 オリーブは相変わらずの無表情で淡々と告げると、人差し指をこちらに向けて僕の事を軽く睨む。


「例え観光目的でも、多分安全な旅ってのは出来ないからね。道中には魔物もいるだろうし、治安の悪い所に行けば変な奴に絡まれるかもしれない……そもそも、お金だって自分で稼がなきゃいけないんだよ。そこら辺、ちゃんと分かってるの?」

「うん、大丈夫! 四年後は僕、今よりもっと強くなってるはずだから。襲われても平気だよ。お金に関しては貯金があるし、それが無くなってもなんとか上手いこと稼ぐよ。見世物に出来そうな特技なら、いくつか持ってるんだ」


 だから安心して、と伝えると何故かオリーブに溜息をつかれてしまった。僕、何かいけなかっただろうか。


「アルくん……遠くに、行っちゃっても……私の事、忘れないで……ね?」


 僕の髪をヘアアレンジして遊んでいたフローラの小さな呟きに心臓を射抜かれ、僕は即座に振り返って彼女を抱きしめた。


「もちろん、絶対に忘れないよ。もし、フローラがどうしても不安だって言うのなら……旅立つ前にいっぱいデートしようか。お互いの事が、頭から離れなくなってしまうくらいに」


 フローラの顎を持ち上げ、潤んだ薄紫色の瞳を真っ直ぐ見つめながら言うと、フローラが「い、いっぱいする……」と顔を真っ赤にして僕から目線だけを逸らす。可愛い。 


 するとその様子を見ていたオリーブにまた溜息をつかれてしまったが、彼の表情は心なしか、さっきよりも穏やかだった。












 ――月日は流れ、待ち望んでいた四年後はあっという間に訪れる。


「いいか? 月に一度は手紙で近況報告、年に一度は帰省する事。それと、困ってる奴が居ても自分の身が危ないと感じたら即見捨てろ。変なのにほいほいついていかない、上手い話にすぐ乗っからない、酒は迂闊に飲まない。あとそれから……」

「もう、それ何回も聞いたってば」


 何度目になるか分からないアクロさんの忠告を半分聞き流しながら、僕は玄関で鞄の中身を再度確認した。


 十六歳の誕生日を迎え、とうとう成人した僕は今日、この屋敷を出ていく。


 街で交流があった人達には、既に昨日挨拶を済ませてきた。その際餞別としてオリーブには新しい杖を、フローラには可愛いうさぎのぬいぐるみをプレゼントしてもらった。

 僕のファンの子達には皆泣かれてしまい、特にオリーブの妹のシーラちゃんが最後まで僕にしがみついてオリーブに怒られていた。泣かせてしまった事は申し訳ないけれど、それだけ愛されていたんだと思うとすごく嬉しかった。彼女達から受け取った手紙は全て、自分の部屋で一つ一つ丁寧に読ませてもらった。


「じゃあ、行ってくるね」

「おう」


 持ち物の確認も無事終わり、旅立つ準備は出来た。先程からずっと黙り込んでいるマシロさんが気にかかりつつも、僕はドアノブに手を掛ける。


 そうしたらいきなり、マシロさんに大きな声で名前を呼ばれた。ビクッと肩が跳ね、慌てて振り返ると、僕だけでなくアクロさんも驚いている様子だった。


「ど、どうしたのマシロさん……」


 彼女は頬を赤らめ、遠慮がちに口を開く。


「あの、最後に一つだけ……私の事、お母さんと呼んでは下さいませんか?」

「えっ」


 幼少の頃から気恥ずかしくてなんだかんだ呼べてなかったその呼び名を、まさか今ここで呼ぶ事になるとは。

 でも、マシロさんのお願いだし……出来れば叶えてあげたい。


「そ、それじゃあ……その……お母さんお父さん、行ってきます」


 照れながら言うと、二人は満面の笑みで「行ってらっしゃい」と僕を送り出してくれた。

これにて一章は終わりです。アルテアとゴーくん以外のキャラクター達とは暫くお別れですが、きっとまたどこかで会えると思います。更新頻度グダグダな中、ここまで読んで下さり本当にありがとうございました。どうぞ、二章もお楽しみに。

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