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〈番外編〉 私の王子様 後編

 あの衝撃の日から、一年半ほどが立った。

 初恋の人が実は女の子だったと知ったときは正直かなり戸惑ったが、不思議とこの想いは消えたりしなかった。

 私は今でもあの子の事が好きで、仲良くなりたいと思っている。


 ただ問題は、私が一向に彼女に話しかける事が出来ないという事だ。

 私がどんなに好きでも、未だに向こうは私の事を全く知らない。

 当たり前だ。だって私、彼女が来店する度にこっそり店を覗いてその姿を眺めてるだけなんだから。


(こんなの、やってること完全にただのストーカーだよ!)


 どうすれば、話しかける勇気が出るのかな……もういっそ、思い切って目の前に出てみる? いやそれで何も言えなかったら、恥ずかしくて死んでしまう。


 そう思いながら、私は今日発売の小説の新刊を買いに街へと出掛けた。いつも私が行っている本屋は若い人があまり来ず、お店もお婆さんが一人でやっているため、私みたいなタイプでも入っていきやすい。


 前の巻の続きが気になり、浮足立って本屋に向かっていたとき。


「そこの可愛いお嬢さん。このハンカチ、貴女の?」


 その声を聞いた瞬間、私の後ろに居るのが誰か分かってしまった。


 ずっと会いたくて、話したくて、仲良くなりたかった人。


 私の大好きな――彼女の声。


 振り向いた瞬間、泣きそうになった。アルテアさんが今私の目の前に居て、私の事を見てくれている。


 嬉しい。すごく嬉しい……けど、何を話そう。


 よく見ると彼女の手には、私が昔お姉ちゃんに貰った花の刺繍の施されたハンカチがあった。私がずっと大事にしている、宝物だ。

 彼女はこれを拾ってくれたんだ。じゃあ、お礼を言わなきゃ。


 心の中で何度も復唱してから、なんとかお礼の言葉を捻り出した。


 良かった……ちゃんと、言えた。


 嬉しさいっぱいの気持ちでアルテアさんからハンカチを受け取ると、もう片方の手を彼女の両手にそっと掴まれた。


 今の時点で充分過ぎるほど幸せなのに、彼女は更に私にお茶のお誘いまでしてきたのだ。


 ただ誘いの言葉を言い切る前に、男の人の大きな怒声が近くのレストランから聞こえてきた。


 離されてしまった片手を見つめ、少し寂しくなる。もう少し、あのままでいたかったかも…… 


 さっきの怒鳴り声のあとも、何か揉めているかのような声が店の中から聞こてくえる。

 アルテアさんはそれが気になったのか、レストランの方に行ってしまった。私も反射的に慌てて追いかけ、二人して生垣の前にしゃがみ込み、ガラス製の扉からこっそりと様子を覗いた。


 どうやらあの怖そうな男性は、自分が冒険者だからレストランの料金が安くなると思っていたらしい。冒険者割は酒場と宿屋にしか使えないなんて、誰でも知ってる事なのに。店員さん、可哀想……


 どうにか助けてあげられないかな。こういうとき、喧嘩の強い兄さん達ならなんとか出来るかもだけど……


 そんな事を考えていると、アルテアさんがすっと立ち上がってドアノブに手を掛けた。


 ちょっと待って、何してるの? まさか、一人であの人を止めに行く気?

 そんなの無茶に決まってる。いくら格好良くて王子様みたいでも、アルテアさんは女の子なんだ。女の子が大人の男相手に一人で挑んで、勝てるわけがない。


 私は彼女を引き止めたくて、急いで彼女の腕を掴んだ。

 そうしたら彼女は私の頭を撫で、優しく微笑み言った。


「すぐ戻るから、待ってて。そしたら今度こそ、僕とお茶してくれる?」


 すごく、すごく嫌だった。

 この手を離して、彼女が酷い目に遭うのが怖い。


 けど……そんなに優しい顔と声で言われたら、もう私には頷く事しか出来なかった。


 腕を離された彼女は私の額にキスをし、レストランの中へと入っていく。


 アルテアさんはすぐに怖そうな男性に膝をつかせ、周りもそれに対し称賛していたが、私は嫌な予感がしてならなかった。


 あの人はあくまで膝をついただけで、気絶したわけではない。足に攻撃を入れて立てなくしたわけでもないのに、どうしてそんなに喜べるの? このあと、逆上して襲ってくるかもしれないのに。


 嫌……彼女に何かあるのだけは、絶対に嫌。

 誰か、お願い。彼女を守って、助けて……!


 私の不安がついに現実になろうとし、心臓が止まりかけた瞬間、一人の男の子が焦った様子でレストランの中へと入っていった。


 その直後、彼の魔法が怖そうな男性に当たり、あの人はカウンターにもたれて気絶してしまった。


 助かった、の……?

 彼女の体はもちろん無傷だ。あの男の子が、彼女を守ってくれたから。


 安心したら、ぽろぽろと涙が溢れてきた。


 しばらく折った膝に顔を埋めて泣いていると、レストランの扉が開く音がした。


 アルテアさんと彼女を助けてくれた男の子が、レストランから出てきたのだ。


 私は一度収まった涙をまた大量に零し、彼女に抱きついた。


 本当に、無事で良かった……!


 怖そうな男性を路地裏に寝かせた後、私は一生分の勇気を振り絞ってアルテアさんを助けてくれた男の子に話しかけた。


 二人がどういった関係なのかは知らないが、彼のお陰で彼女は怪我をせずに済んだ。だからもし二人が良いと言ってくれるのなら、私はお礼も言えないまま彼とお別れなんてしたくなかった。


 私が彼が一緒でも良いと言うと、彼は嬉しそうに私に近づいてきて、私の肩が少し跳ねる。や、やっぱり知らない人はまだ緊張する……


 そしてどこでお茶をするかという話になり、なんと彼女は私達を自分の家に招待してくれた。


 彼女の家は遠い所にあるらしく、それならと以前誕生日に母が「物置きで面白いもの見つけた」と言って私にくれた魔法の絨毯を鞄から取り出した。あのときはどこで使えば良いの……? と思ったが、まさかこんな所で役に立つとは。ママ、ありがとう。


 絨毯に乗っている間、アルテアさんがとてつもなくはしゃいでいた。ちょっと可愛い……


 アルテアさんを助けてくれた男の子は、自分の事をオリーブと名乗った。

 そうだ、そういえば私もまだ彼女に名乗っていなかった。


 彼女の腕の裾を軽く引っ張り、私も彼女に名前を伝えた。そして……


「あの、アルくんって呼んでも……良い?」


 やらかした。

 本当は、アルちゃんって呼びたかったのだ。多分同じくらいの年なのにさん付けは少し固いかなと思い、愛称で呼んでみようとしたのだが、緊張のあまり間違えてくん付けしてしまった。


 彼女はほんの少し目を見開いたあと、「好きに呼んで」と私の頭を撫でた。

 まぁ……男装してる人にわざわざちゃん付けするのもおかしいかもだし、この呼び方でも別に良いか。


 アルテアさん改めアルくんの家に無事到着し、玄関へと招き入れられる。


 談話室のソファに座ると、アルくんがお茶とお菓子を用意しに部屋を出ていってしまった。


 二人きりは気まずくて緊張したが、一つだけ彼に聞いてみたい事があった。


「オリ、くんは……アルくんの事、好き……なの?」


 彼がアルくんの事を、どう思っているのか。

 アルくんを助けてくれた彼にはとても感謝しているが、もし彼もアルくんの事が好きならそれは非常に不味い。だってこんなに格好良い男の子が恋敵になったら、私なんかじゃ勝てる気がしないから。


 私が尋ねると、彼は全力で否定してきた。

 本当に? とそれでもしつこく聞くと、彼は懐から布に包まれた何かを取り出した。


 彼曰く、昨日杖屋で偶然会ったアルくんに自分が作った杖をベタ褒めされたようだ。


 少しだけ布を取って見せてくれた彼の自作の杖はすごく形が整っていて、これはアルくんがベタ褒めするのも分かってしまう。


 けど彼は、あまり自分の腕に自信が無いらしい。こんなに素敵な杖を貰ったら、誰だって嬉しい筈なのに。でもアルくんああ見えて謙虚だから、遠慮して逆に受け取らないかも。この前も良いと思った服が思ったより高くてやめようとしたとき、いつも一緒に来ている白髪のお姉さんに買ってあげますわと言われても拒否してたし。


 オリくんにもそう伝えると、少し安心したような顔をしていた。

 そして戻ってきたアルくんにいざ杖を渡したら、私が言った通りの反応をした為、彼が吹き出して笑った。ほら、言った通りだったでしょ? もっと自信持って良いよ。


 アルくんの笑顔に、オリくんが顔を赤らめる。その表情で、なんとなく分かってしまった。自覚の有無は分からないが、多分この人もアルくんが好きだ。なんだ、結局ライバルなのか……


 その事実に胸がもやもやとし、自分の狭量さを自覚する。自分に自信が無いのは、私も一緒だ。


 更にオリくんは、アルくんに自分を呼び捨てで呼ぶように頼んだ。

 そのせいでもやもやが加速し、私は勢い余って大胆な行動をしてしまった。


 自分の事も呼び捨てにしてほしいと言ってみたり、私が今までアルくんをずっと影から見てきた事を暴露してしまったり、終いには勢いが余り過ぎて告白してしまった。

 

 内心大分焦ったし後悔もしたが、勢い任せとはいえアルくんに伝えたかった事は伝えられた。私はきっと振られてしまうけれど、私がアルくんを好きな事はきちんと知ってもらえたはず。今はそれだけで充分――


「ありがとう、フローラ。僕もフローラの事、好きだよ」


 アルくんが私の髪を掬い、口を付ける。

 え、今なんて……もしかして、アルくんも私の事……


「にしても……本当に嬉しいな。フローラがずっと僕の()()()だったなんて」


 一瞬のぬか喜びから、一気に絶望へと叩き落される。振られる事は想定していたが、告白した事自体気づかれずにに終わるとは思っていなかった。

 いや、それもそうだ。だって私とアルくんは同性で、普通はお互い好きになんてならないはず。その事が完全に頭から抜けていた。


 でも私……諦めたくない。私がアルくんを好きなったように、アルくんが私を好きになる可能性だってあるかもしれない。


 私は自分の頬を叩き、アルくんにまた私と会ってくれるか聞いた。

 こうなったら、いつまでも弱気じゃいられない。もっと積極的に、アルくんにアプローチしていかなきゃ。


 アルくんの家から帰る途中、またもや二人きりになってしまったオリくんに、私がまだ彼に言えてなかった事を言った。


「オリくん……アルくんの……事、助けてくれてありがとう……ね」


 オリくんは私の頭に手を置き、ふっと笑う。


「こちらこそ……僕がアルテアに杖を渡せたのは、君のおかげだから。ありがとう、フローラ」


 その柔らかな表情に、不覚にもドキッとしてしまった。

 やっぱり、近くで見ると本当に格好良いなぁ。油断してたらアルくん取られちゃいそう。でも……


「私、負けない……」

「えっ、何の話?」

「色々!」


 私の王子様は、絶対誰にも渡さない。

 いつか絶対、アルくんを振り向かせてみせるから。


 それまで待っててね、アルくん。

フローラ視点のお話でした。次からようやく本編進みます。


そういえば今日、七夕ですね。アルテアの誕生日(拾われた日)です。

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