〈番外編〉 私の王子様 前編
私の名前はフローラ・パーウィド。 仕立て屋の父と、デザイナーの母から生まれた、四人兄妹の末っ子だ。
私は昔から、人と接するのが苦手だった。
家族以外の人を前にすると何を話せば良いのか分からなくなり、緊張で手は震え汗もかいて、結局最後は姉や兄達の背中へと隠れてしまう。
本当は、もっと堂々とした自分でありたい。友達だってほしい。
けれど……人見知り、と言えるのだろう。この性格は、どれだけ頑張っても一向に直る気配が無かった。
もしこのまま、一生誰とも仲良く出来なかったらどうしよう……
自室の窓から見える小さな公園のベンチで、楽しそうにお話してる同年代の女の子達を眺めながら、一人溜息をつく。
(私もあんな風に、友達とお喋り出来たらな……)
すると突然、下の階から大きな悲鳴のようなものが聞こえてきた。それも一つではなく、複数の声が。
私の家の一階は両親の経営する服屋であり、毎日お客さんもたくさん来ている為、いつも多少は騒がしくある。
しかし、このように誰かが悲鳴をあげることなんて今までに一度も無かった。
もしかして、悪い人でも来たのかな。アトリエに居るお兄ちゃん達連れて、様子見に行ったほうが良いのかな。
どうしようどうしよう……いや、こんな所でうじうじ悩んでたら手遅れになっちゃう! まずはお兄ちゃん達を呼びに行こう。二人共すごく頼りになるから、どんな悪者だってやっつけてくれるはず!
私はそう思い、急いでドアノブに手を掛けた。
すると扉を開いたと同時に、何かにぶつかった。
廊下に出てみると、姉のソフィアが額に両手を当ててしゃがみ込んでいた。
私は慌てて姉の側に行き、その場で膝を付く。
「お姉ちゃん!? ごめんね、痛かった!?」
「大丈夫……これくらいなんともないから……」
絶対痛かったでしょ、声震えてるし。
それより、お姉ちゃんは何の用があってここに来たんだろう。まさか本当に店に悪者が来てて、私に何処かに隠れてるよう言いに来たのでは……
「お姉ちゃん……私に何か用事?」
恐る恐る尋ねると、彼女はハッとしたような顔を見せ、目を輝かせながら胸の前で両手を組んだ。
「そうだった! あのねフーちゃん、聞いて聞いて! うちの店に、とんでもない美少女が現れたの!」
とんでもない美少女……? 悪者ではなく? そっか、だからあんなに悲鳴があがってたんだ。悪い人に店が襲われたとかじゃなくて、安心した。
それにしても、あれだけの悲鳴を周りに上げさせるレベルの美少女か……ちょっと見てみたかったかも。お姉ちゃんもかなり美人な方だと思うけど、それより更に上な可能性もあるんだよね。
「もう本当に可愛い子でね、目はぱっちりしてるし髪もサラサラしてて、肌もすごく綺麗で……」
例の美少女について、姉が嬉しそうに語り始めた。よほど気に入ったんだろうな。私も今は、大分その子に興味が湧いている。
「それでその子、急に男の子用の服を手に取ったと思ったら――」
「姉さん、フローラ、そんな所に座り込んで何してるの?」
姉の話をじっと聞いていると、後ろから兄のラントが驚いた様子で話しかけてきた。
「ランくん! ランくんも聞いて聞いて、うちの店にね!」
「うん、長くなりそうだから後で聞くよ。それより、ちょっと来てくれない?」
そう言われ、何だろう? と姉と顔を見合わせながら着いていくと、兄達がここ最近ずっと籠もっていたアトリエに到着した。
「兄さん、フローラ連れてきたけど」
ラント兄さんが数回ノックをすると、ドアが開き、中からもう一人の兄であるレーゲンが出てきた。
「や、いらっしゃいフローラ」
「レーゲン兄さん、今日はどうしたの?」
私が質問すると、 兄さんはにこりと笑い「実は、フローラに着て欲しいものがあるんだよね」と私を部屋の中に引きいれた。
するとそこに飾られていたのは、レースやリボンをふんだんにあしらった、ピンク色の綺麗なドレス。
私の大好きな恋愛小説に出てくる、花の国のお姫様が挿絵で着ていたものとまるで同じデザインだった。
こんなドレスが着てみたいと前にちらっと兄達に話した事はあったが、まさか本当に作ってくれたとは。
「このドレス……私が着ていいの?」
「勿論。これは僕達が、フローラの為に作ったドレスなんだから」
憧れのお姫様と同じドレスが着られるなんて、嘘みたい……けど、私なんかに似合うのかな。
「大丈夫、絶対可愛いよ」
俯く私を見て察したのか、 ラント兄さんが私の肩に手を添えて耳打ちしてきた。
うん、折角兄さん達が作ってくれたものなんだし、着なきゃ失礼だよね。
そう思い、後ろ向きな考えを抑え込んで私はドレスを着てみた。
「どう、かな……」
段ボールの陰で着替えてから、彼らの前に顔を出すと、何故か三人とも目を見開いて固まっていた。
や、やっぱり似合ってなかったのかな……
「どうしよう姉さん、想像以上に可愛くて倒れそう」
「うちの妹本当に人間? 実は天使の羽とか生えてたりしない?」
お姉ちゃんとラント兄さんに「可愛いよ」と頭を撫でられ少し照れくさくなるが、レーゲン兄さんだけはさっきから眉一つ動かさずにこちらを見つめていた。
「ちょっと、レーくんも何か言ってあげなよ」
「兄さん、どうかしたの?」
何故か一言も喋らないレーゲン兄さんを不思議に思ったラント兄さんが彼の前で手を振り、怪訝な表情で言った。
「これ、多分気絶してる」
「えっ」
この少しの時間に、彼の身に一体何があったんだろう。
「だ、だい……大丈、夫……なの?」
「まぁこればっかりは仕方ない。フローラ、放置しといて良いからね」
「え、でも……」
「そんなことより」
「そんなことより!?」
「ドレス、本当に似合ってる。世界一可愛いお姫様の誕生だね」
ラント兄さんの言葉に、顔が熱くなる。お姫様、かぁ……私も、小説に出てくるあのお姫様みたいになれたら良いなぁ。明るくて可愛くて、友達がたくさん居て、それから……
「じゃあ、いつか王子様が迎えに来ちゃうかもね」
「え?」
「「はぁ!?」」
「あ、レーくん目覚めた?」
王子様……そっか。お姫様って事は、王子様がいるのか。
私の前にも、現れるのかな。運命の――
…………いや、無いな。友達すらまともに作れない私が、恋なんて出来るわけがない。
まずはこの人見知りを告白して、一人でも多く友達を作らないと。
そういえば、結局例の美少女について最後まで聞けなかったな。
お姉ちゃんの方にちらりと目をやると、何故か落ち込んでる兄達を励ましていた。今は続き聞けそうにないな。
うーん……まぁ、良いか。次またその子が来店したとき、自分の目で確かめてみよう。
◇◇◇
四ヶ月後、また一人で自分の部屋の窓から外の様子を眺めていたら、下の階から以前と同じような悲鳴が聞こえてきた。もしかして、あの子が来たのだろうか。
私はどうしても姿が見てみたくて、彼女が帰ってしまう前に急いで下に降り、こっそりと店の中を覗いてみた。
すると視界に入ってきたのは美少女ではなく、黒髪に青い瞳の、とても綺麗な顔をした美少年だった。
か、格好良い……!
どうしよう……一目見ただけなのに、胸のドキドキが収まらない。顔すごく熱い。頭ふわふわする。こんな感覚、生まれて初めて……
これ、もしかして一目惚れってやつなのかな。
いや待って、落ち着け私。
一旦深呼吸をして冷静になってから、改めてもう一度彼の顔を見てみた。
無理やり落ち着けたはずの心臓が、再度動き出す。見れば見るほど格好良い……小説の中に出てくる王子様みたい。
やばい、完全に恋だ。
恋なんて、私には無縁の話だと思っていたのに。まさかこんなにもあっさり落ちてしまうだなんて……しかも、名前も知らないような人に。
こんなことお姉ちゃん達に知られたら、なんて思われるだろう。
「フーちゃん?」
「ひゃっ!」
後ろから掛けられた声に振り返ると、お姉ちゃんが立っていた。
「フーちゃんがここに来るなんて珍しいね。どうかしたの?」
「いや、えっと……大分前にお姉ちゃんが言ってた美少女、今日来てるかもと思って」
そうだ、元々はそのつもりでここに来たんだった。それなのに全然違う子に目を奪われてたなんて、恥ずかしい……
「美少女……? ああ、アルテアちゃんの事ね。どうだった? すごく可愛かったでしょ?」
「いや……まだ、見れてない」
「え? 嘘、だってそこにいるよ?」
お姉ちゃんがそう言って指を指したのは、私が一目惚れした美少年だ。
え、どういう事?
「ああそっか。男装してるから、分かんなかったのか。あれが私が前に話してた、アルテアちゃんだよ」
ピシャーン! と、全身に雷が落ちたような感覚が走る。
私が初めて恋した王子様は、まさかの女の子だった。