〈番外編〉 噂の人気者 後編
嘘だろ、昨日の彼がアルテアだったのか? という事はつまり、彼は女……?
訳が分からなくて混乱している内に、アルテアに倒されてうずくまっていたリーゼントヘアの男が、立ち上がってアルテアに襲いかかった。
危ないと頭で理解する前に、体が動いた。彼……いや彼女に何かあるのが怖くて、気づいたときには僕も店の中に入り、リーゼント男を魔法で吹き飛ばしていた。
アルテアは何が何だかという顔で、僕にお礼を言う。
後から理解が追いついてきて、僕は彼女に強い怒りを覚えた。
そのせいでついキツい物言いをしてしまったが、彼女は笑ってこう言った。
「それに、困っている人を困っているままにはしておけないでしょ?」
大のお人好しで、誰かを助ける為には自分の身の危険も顧みない……まさか本当に噂通りの性格だったとは。
アルテアがリーゼント男の懐から財布を取り出し、男の代わりに店員にお金を支払っていると、僕の足に謎の生き物が引っ付いてきた。
びっくりして声を上げると、アルテアがその生き物を僕の足から引き剥がして抱きかかえる。
「ごめんごめん、これうちの子」
うちの子って……つまりはアルテアの使い魔って事か?。 けどこんな魔物、図鑑でも見た事がない。
可愛いでしょ? とアルテアは自慢気に言うが……そんな可愛いかな。
レストランを出るとき、アルテアが一生懸命リーゼント男を引きずろうとしていた。
喧嘩には自信があるなどと言っておきながら、一ミリも動かせていない。やっぱり、ただの女の子じゃないか……
まあこの男の場合は体格もあるし、意識のない人間は特に重いと聞くので仕方がないとも思う。
とりあえず埒が明かないので、こいつは僕が運ぶことにした。昔から家の手伝いでよく力仕事をしているので、人一人引き摺って歩くくらいなら出来る。
先に外へ出たアルテアに、胡桃色の髪をハーフアップに結った少女が抱きつく。この子も、アルテアのファンなのだろうか……
震え泣く少女をアルテアが慰めていたが、それを見た他の女子達が少女をじっと睨んでいた。これは……完全に妬んでるな。
アルテアと少女が女子達の視線に気づく前に、二人を急かして早急にその場から離れさせた。アルテアはもう少し、自分の人気を自覚した方が良い。
ハーフアップの少女は元々、アルテアとお茶をする予定だったようだ。それなら邪魔するのは悪いかとも思ったが、少女は震えながらも僕をそのお茶会に誘ってくれた。天使かな。
その後は、どこでお茶をするかという話になった。また先程のように少女が女子達から敵意を向けられないよう、なるべく女子の少ない所が良いと言ったら、何故か三人でアルテアの家に行く事になった。でも確かに人も女子も居ない所と言ったら、もう誰かの家くらいしかないか。
アルテアに家が何処にあるのか聞くと、彼女が指したのは遠くにある山の頂上辺り。
……妹から、聞いたことがある。ここから離れた大きな山の奥の方に、悪魔と魔女が住み着いたお化け屋敷があると。それ、あそこの事ではないだろうか。
自分の家がお化け屋敷扱いされていると知れば、相当ショックを受けるだろうな……一応、この事は黙っておこう。
ハーフアップの少女が遠くへ行くのなら良いものがあると、鞄から空飛ぶ絨毯を取り出し、それに乗ってアルテアの住む屋敷まで来た。まさかこんな豪邸に住んでいたとは……実はお貴族様とか? いや、そんな身分の人は護衛も無しに街を出歩かないか。
談話室の椅子に座って、お茶を淹れに行ったアルテアを、先程絨毯の上でフローラと名乗った少女と共に待つ。
…………気まずい。
何か、会話をした方が良いのだろうか……
絨毯に乗っているときは話せたのに、何故二人きりになるとこうも気まずくなるんだ!
「オリ、くんは……アルくんの事、好き……なの?」
頭の中で葛藤していたら、フローラの方から先に話しかけてきた。オリくんって、僕の事か? というか今、何て言った。僕がアルテアを好き?
「えっと、それは人としてって意味……」
「ううん……恋の、方……」
「いや、絶対に無いから!」
机を叩いて叫ぶと彼女の肩が跳ね上がり、目尻に涙を浮かべたので僕は慌てて謝罪した。
しかし、いきなり何を言い出すのだ……この子は。僕がアルテアに恋愛感情を持っているだなんて、どうしたらそう見える。ほんのさっきまで男と思っていた相手だぞ。
「私は、アルくんの事……好き、だよ」
頬に両手を添えて語る彼女の表情は、完全に恋する乙女だった。成程……さっきの質問は、僕が恋敵か否か確かめる為だったのか。
「本当に、アルくんの事……好きじゃ、ない?」
「うん、断じて。ここまで着いてきたのも、アルテアにこれを渡したかったからだし」
そう言って、僕は懐から布に包まれた自作の杖を取り出した。
「それ……何?」
「杖だよ。僕が作った」
杖をもう一度懐に仕舞いながら、フローラに昨日のアルテアとのやり取りを簡単に説明する。
「そんな事が……」
「ま、もしかしたら要らないって突き返されるかもだけどね」
自分で言っていて、胸がチクリと痛む。もし本当に、彼女に拒絶されたら……
「アルくん、は……多分、すごく喜ぶと思う。けど……アルくんなら、自分の為にわざわざ作ってきてくれた事……申し訳ないって、思いそう」
フローラはそう言って苦笑した。申し訳なく思う、なんて……その発想は無かったな。でも、今日でアルテアに対する認識がガラッと変わった。確かにそういった反応も有り得そうだ。
お茶とお菓子を持って戻ってきたアルテアにいざ杖を渡して見れば、彼女は目に見えて動揺しだした。
「嘘っ、僕がこれ欲しいって言ったの昨日だよ!? こんなの短時間じゃ出来ないでしょ! まさか徹夜したの!?」
まさか、まんまフローラが言った通りの反応をするとは……何だかさっきまで色々不安になっていた自分が馬鹿らしく思えて、初めて人前でこんなにも笑ってしまった。
アルテアが「ありがとう」と僕に向けた満面の笑みに、心臓が大きく高鳴る。このまま直視は危ないと思い、彼女から目を逸らした。気の所為だろうか……なんだか昨日会ったときよりも、アルテアがキラキラして見える。
とりあえず君付けがむず痒かったので呼び捨てで呼ぶようにしてもらったら、フローラが拗ねた。
頬を膨らませて、自分の事も呼び捨てで呼ぶようにアルテアに言った後、彼女はアルテアへの想いを叫んだ。
アルテアをずっと陰から見ていたという話からの突然の告白に、思わず紅茶を吹き出す。
結果的に、告白はアルテアの勘違いで終わったが……大人しそうに見えて、結構大胆な子だな。というか、アルテア鈍すぎるだろ。常日頃から女子を口説いてて、ファンもあんなにいるのなら告白くらい何度かされていてもおかしくないと思うのだけど……アルテアは女子の事、そういう目で見てないのかな。
…………今、何でちょっと安心したんだ?
てっきりもっと落ち込むかと思ったフローラは、最初の数秒間は確かにショックで目が死んでいたものの、すぐに自身の頬を両手で挟むようにペチペチと叩いて立ち直り、アルテアにまた会ってくれるかと聞いていた。
アルテアはそれに二つ返事で了承し、フローラの頭を優しく撫でる。その光景を見ていたら、何故だか胸の辺りがもやもやとした。
そんな謎のもやもやを抱えた状態のまま、フローラと共に帰る事となり、外まで見送ってくれたアルテアを絨毯の上から見下ろす。
今日は、楽しかったな。
こんな風に外に出て、誰かと一緒に話したり笑ったりしたのは……一体、いつぶりだろうか。
あのとき、アルテアの言葉を信じようとして良かった。そうでなければ、僕は今も自分の殻に閉じこもったままだっただろう。
アルテアが僕に向けてくれた真っ直ぐな瞳が、言葉が、僕の心を救ってくれた。
……アルテアと、このまま別れたくない。もっと彼女とたくさん話して、仲良くなりたい。
「今日はありがとう、二人共」
「こちらこそ……ねぇアルテア、僕ともまた会ってくれる?」
フローラと同じようにそう質問すると、アルテアはやはり笑って了承した。
それが何故か堪らなく嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
いつの間にか僕は、アルテアの事をこんなにも好きになっていたみたいだ。
他人を信用する事が、怖く無くなったわけではない。一度つけられた傷は、そう簡単には消えてくれない。
けど……もう、部屋に閉じこもるのはやめよう。
いつまでも過去のトラウマに怯えて縮こまっていたら、アルテアの隣に胸を張って居られない。
強くなろう。杖作りだけでなく、魔法の技術も磨いて。今日のようにアルテアが誰かの為に無茶をしたとき、アルテアを何からも守れるように。
そしていつか、アルテアが身だけでなく心も折れてしまいそうになったそのときは――
今度は僕が、彼女を救ってあげられたら良いな。
オリーブ視点のお話でした。デーヴとの今後の関わりについても、またどこかで書きたいと思っています。