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プロローグ

 傍から見れば、私の人生はバラ色だ。

 十七年前に八乙女財閥の令嬢として生まれた私、八乙女(やおとめ)(かなえ)は容姿や才能にも恵まれた。

 食事や衣服は全て高級品だし、多くの異性にも言い寄られている。そんな素晴らしい人生、周りからすれば羨ましいのかもしれない。


 だけど、私には自由が無い。


 私の両親は、私を人として扱ってはくれない。私は両親にとって、自分が評価される為の道具でしかない。

 物心ついたときから、両親に性格も好みも決められた。素を出すことは許されず、常に笑顔を張り付け、好きでも無いものを好きと言い、喉から手が出るほど手に入れたいものを嫌いと言わされる。


 ……私は一体、何の為に生きてるんだろう。


 今日は、先週お見合いで出会った葉桐(はぎり)(ゆず)さんという二つ年上の男性と、商店街に新しく出来た喫茶店でお茶をする事になっている。

 純白のワンピースに、つばの広い帽子。どこの漫画のヒロインだという服装で、私は彼と待ち合わせている喫茶店へと向かった。


(まさか注文する品まで決められるなんて……お母様は私のこと、プラグラムで動くロボットとでも思っているのかしら)


 母に渡されたメモ書きの内容を思い返しながら、入口のドアノブに手を掛ける。

 店員さんに待ち合わせしていると伝えると、葉桐さんの座っている窓側の席に案内してくれた。


「すみません、お待たせしてしまいましたか?」 

「いいえ、僕も今来たところですので」


 軽く挨拶を交わしてから、私も葉桐さんの目の前に座った。

 とりあえず注文をしようとメニュー表を開くと、彼の視線がずっとこちらに向いている事に気づく。


「あの、どうかしましたか?」

「いえ、その……叶さんが、あまりにもお可愛らしいもので。何というか、見惚れてました」


 よく目を凝らすと、彼の頬は心なしか赤い。私は彼を恋愛対象として見ている訳では無いが、そう面と向かって言われるとこちらも照れてしまう。


「あ……ありがとう、ございます…………」


 数秒ほど、無言の時間が続いた。私はメニュー表で顔を隠し、彼はひたすらコーヒーを飲み続ける。

 そんな甘い空気を壊したのは、外から聞こえてきた悲鳴だった。


「ひったくりよ!!! 誰か捕まえてちょうだい!!!!」


 窓から外の様子を見ると、道の真ん中に座りこんだ三十代くらいの女性が泣きながら叫んでいる。


 流石に見過ごせない。女性を泣かせるなんて最低だ。

 私は急いで店の外に出て、ひったくり犯を追いかけた。足で追いつかない事は分かっていたので、裏道から犯人が逃げそうな場所に先回りをする。


 すると案の定、サングラスにマスクをつけた中年男性が、女物の鞄を抱えてこちらへ走ってきた。


 犯人は私に気がつくと、逃げずにそのまま飛び込んできたので、蹴りを入れて気絶させた。そして鞄を女性に、犯人を警察に引き渡した。


 その後被害に遭った女性に自分の上着をかけ、暫く女性の側に居た。実はこの鞄の中に、一年ほど前に亡くなった父親が大事にしていた万年筆が入っていたそうだ。

 女性は嬉しそうに父親の事を話す。大好きだったんだろうな……お父さんの事。自分は両親にそういう感情を持った事がないので、少しだけ羨ましい。


 私は女性を抱きしめ、彼女が泣き止むまで話を聞いた。

 後ろから肩を叩かれ、振り返るとそこには喫茶店に置いてきてしまった葉桐さんの姿。デート中に飛び出して行ってしまった事を慌てて謝罪するが、彼は笑いながら、格好良かったねと私の頭を撫でてくれた。

 またもや甘い空気になり、互いに頬を染める私達を皆がニヤニヤしながら見守っている。

 なんだか余計に恥ずかしくなり、とりあえず立ち上がろうとしたら、足の付け根にズキッと痛みが走った。

 ひったくり犯を蹴り飛ばしたときに、痛めてしまったのだろう。

 女性が私のせいでと謝罪してきたが、完全に私の自業自得だ。


 葉桐さんに起こしてもらおうと手を差し出した直後、彼は何故か突然顔を真っ青にして、遠くへ走り去っていってしまった。

 

「え……?」

「叶さん、危ない!」


 女性がこちらに手を伸ばしながら叫んだ言葉に私が取った行動は、彼女を全身で覆う事。何が危ないのかは分からない。でもこうしなければ、この人が私を庇いそうな気がしたから。  

 彼女を庇って一秒も経たずに、私の背中を銃弾が撃ち抜いた。

 地面に倒れかけた私を、女性が抱き留めてくれた。撃たれた所からは、大量の血が流れ出ている。


「お前だ……お前のせいで、俺が…………!」


 これ、どうなってるの? どうして私が、銃で撃たれたの? 何が、私のせいなの?


 女性の泣き叫ぶ姿が見える。ああ、折角泣き止んでくれたのに。でも、当たったのがこの人じゃなくて良かった。


 周囲のざわめきから、状況を探る。犯人が警察官の銃を奪い取り、周りの人を脅しながらここまで逃げてきたそうだ。

 

 何それ、そんなのあり?


 何より傷ついたのが、葉桐さんが私を見捨てたという事実。

 そういえば彼は、私がひったくり犯を捕まえて警察に引き渡すまで、喫茶店から全く出てこなかったな。

  

 当然といえば、当然なのかもしれない。誰だって皆、自分が大切に決まってる。

 自分の事よりも私を優先して欲しいなんて、傲慢でしかない。それでも私は、彼に手を引かれながら一緒に逃げたかった。


(私、最悪だな…………)


 彼女が私を抱きしめ、わんわんと泣きじゃくっている。せめて死ぬなら、彼女の居ない所が良かった。目の前で人が死ぬなんて一生のトラウマものだ。


「すみません……お見苦しい姿をお見せして。重かったら下ろしてくれても構いませんよ」

「喋らないで! 直に救急車が来るわ。犯人も、すぐに警察の方達が取り押さえてくれたの」

「…………お姉さん。私の話、聞いてくれますか?」


 きっと、私が助かることはない。なんとなくだが、そんな気がする。昔から、私の勘はよく当たるのだ。

 どうせ死ぬのなら、最後に誰かと話がしたい。女性は俯いたまま何も返事をしないので、了承を待たずに勝手に話し始める事にした。

 

「私、カレーうどんが好物なんです。まあ、一回しか食べたことないんですけどね」


 中学生のとき、一度だけ両親に内緒で友達とうどんを食べに行った事がある。そのときに食べたカレーうどんは今まで食べてきたどの料理よりも美味しくて、一口食べる毎に不思議と涙が溢れてきた。

 

 “折角連れてきてもらったのに、泣いてごめんね”


 そう謝罪すると、あの子は笑いながら言ったのだ。


 “涙って意外と万能なんだよ? 目のゴミもストレスもまとめて外に流し出てくれるし、目の乾燥も無くしてくれる。こんなにすごいんだから、いっぱい出せば良いじゃんか”

 

「小五のクラス替え以来、ずっと私に絡んでくる人が居たんですよ。バカで、ウザくて、面倒で…………だけど私は、その人がくれた言葉を一言一句覚えています」


 暗くなりつつある視界の中で、女性の笑った顔がうっすらと見える。良かった、泣き止んでくれたみたいだ。


「その方は、今でも叶さんに絡んでくるのかしら?」

「今はもう、連絡すら取れません。現在あの人が住んでいるのは、とても気軽には行けない場所なので」

「そう……それは寂しいわね」


 まずい、そろそろお迎えが来る。


「お姉さん。最後に一つ、私からのアドバイスです」

「え?」

「感謝の言葉は、伝えられるときに伝えた方が良いですよ」


 私はそれだけ告げると、重い瞼を完全に閉じた。


 八乙女叶、十七歳。私の人生はそこで終わりを迎えた。とてもあっけない終わりだった。

 でも、悔いは無い。むしろよく十七年も生きたものだ。偉いぞ、私。

 来世では、私の夢を叶えられるのかな。というか、来世なんてあるのかな。

 もしあったら、今度こそは叶えたいな。私の――


『すみません。君、八乙女叶さんだよね?』

「はい、何ですか?」


 あれ、今どこから聞こえてきた? それより私、今普通に喋れたよね?


 恐る恐る目を開けると、そこには誰もいない、何も無い空間が広がっていた。まさかあの世? 

 もしかしたら、実は私はまだ生きていて、夢を見ているだけなのかな。


『残念だけど、君は死んだよ』


 何だ、夢じゃなかったのか…………って、さっきからこの声何!?


 辺りをぐるりと見回しても、人影は無い。一体、どこから私に語りかけてるんだ?


『ごめんね、僕は実体が無いんだ。悪いけど、このまま話をさせてくれないかな』


 さっきから気になってたけど、この人私が何も言ってないのに返事してくる。もしかして、心読まれてる?


『うん、僕は神様だからね』


 成程、神様なら納得だ。


『理解早くない?』


 いやむしろ、全く理解出来ていない。訳の分からない事が多すぎて逆に神様だったら何でもありな気がしたから、とりあえずそこで納得して思考を止めただけだ。


「それで、神様が私に何の御用でしょうか」

『あのね。君、生まれ変われるよ』

「は?」

『僕は君が生きているとき、ずっと君の事を見守ってたんだよね。それで君が生前に積んだ徳が一定量を超えたから、神である僕からご褒美が贈られる事になったんだ』

「まぁ、そうなんですね。ところで……それって一般的にはストーカーというのですが、一体何処まで見て」

『君、言ってたよね。来世こそは自分の夢を叶えたいって』

「ええ。本当に生まれ変われるなんてとても嬉しいです。ところで、神様が私をストーカーしてた件について詳しくお聞きした」

『ストーカーじゃないから。仕事だから。それより、生まれ変われるにあたって何か希望はある?』

「じゃあ……来世は、自由な所に生まれたいです」

『了解。じゃあ、生まれ変わらせるよ』


 目を閉じると瞼に温かい空気が触れる感覚がし、私の意識はそのまま消えて無くなった。

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