9話
「特に何も見当たらないな……そっちはどうだ、エレナ?」
『こちらも何もありませんね。一体、人質はどこにいるのでしょうか』
そう、いま俺とエレナは犯罪組織、『ヴェッセル』の船に潜入中。奴らの船が今、ヨーロッパ付近で食料や日用品を補充しているようだったので簡単に乗り込むことができたのだ。
今は誰も船の中にはいないようだが、数時間後には、もう西インド諸島の方へ移動するようだ。今は奴らにばれる危険性もあまりないので俺とエレナは二人、別行動で船内捜索中だ。
なんて言ったって、この船はものすごくでかい。100人程度の組織なら余裕で入るくらいの大きさだ。
もしもの時の逃走経路の確認、人質の居場所、などなどしっかり見ていないと後々絶対に困る。逃走経路は確保可能だが、人質の居場所が全然分からない。まあ人質なんだから見つけやすいところには絶対にないと思うけど……
最後探していないところと言えば――ここか。
俺は一つの大きな部屋を見つけた。他の部屋とは格が違う大きさ。それにめっちゃ派手だ。多分、この部屋は組織のボスの部屋なんだろう。
一瞬、入ろうかと思ったが警備がすごくやばそうな予感がしたので諦めた。そのときだった――
「おい、お前は誰だ?ここはボス部屋の前だぞ」
一人の全く知らない男が話しかけてきた。やべぇ、ばれてしまったか。手にはフランスパンなどの食料を大量に持っていて、首にはチーターかトラかが分からないタトゥーをしている。
多分、彼は買い物から帰ってきた組織の人間なんだろう。どうする、逃げるか。いや、それはここまで来た計画を台無しにするのと同じだ。ここは、これしかない――
「あ、すまんな。ちょっとめまいがしてな…うっっ。俺の名はリアンだ。よろしく…」
そう、俺が考えたのは「組織の一員になっちゃえ」作戦。事情聴取のときに少年は言っていた、この組織は『霊交幽民隊』と同じようにグループ分けされていて、他のグループと顔を合わせる機会はほとんどない、とな。
だからあの後、俺たちは組織のボスの情報と取引をしようとしていた外国人の男、二人の情報を再度、徹底的に調べた。そしたら出てきた。
取引しようとした外国人の名前は「リアン・クリスティーヌ」だということが。今は周りに外国人の男はいないようだし自分がリアンだと名乗ってもばれないだろう。これでいける――
「そ、そうか。すまんな。お前、体調が悪かったのか。けど、気をつけろよ、最近は裏切り者が組織から出たらしいしな。それに噂で聞いたけど見込みのあるやつを脅して仲間に引き入れているらしいぜ」
そういうと男は立ち去って行った。ふう、なんとか乗り切ったな。裏切り者とはあの少年のことだよな。それで見込みがあるやつ……確か少年も言っていたような。俺はポケットに入れておいたトランシーバーを取り出した。
「エレナ、聞こえるか。思ったよりも早く奴らが買い物から戻ってきてしまった。いったんここは合流しよう」
『わかりま……た。いまから向かいま……」
聞こえにくいな。あいつはいま屋外にいるのか。多分、状況から察するに人質はボスの部屋にいる。あとはどうやって人質を救出し、組織を壊滅するか、だ。
船内のエンジンルームなら人も多分いないだろう。そこでエレナと作戦会議だ。
本音としては組織に潜入する前に作戦は決めておきたかった。だが、今回は「船」という限られた空間の中での任務だ。船内の状況を把握しなければ作戦も練りようがない。
「エレナ、エンジンルームに向かえ。ばれないように警戒しろよ」
「了解…です」
よし、俺もばれないように慎重に向かおう。
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玲たちががエンジンルームで合流を図ろうとしていたその頃、ボス部屋では二人の人物が会話をしていた。一人は30代後半くらいの大男。もう一人は年で言うとまだ学生くらいの少女だった。
「おい、ネズミが二匹ほど入り込んでいる。対処できるんだろうな」
大男はすごく低い声で少女に尋ねた。その声は他者を統一させるような真っすぐで落ち着いた声だ。普通の人はその威厳さにビビってしまうだろう。だが、少女はそれに焦ることなく――
「安心するんだ。船内には盗聴器がどこにでも仕掛けられている。奴らが何者かは知らないが、作戦は筒抜け。対処なんて実に容易い……」
彼女の眼には揺るぎがなかった。まるで全てを見通しているかのように。
「多分、こいつらはあの裏切り者から情報を絞り出した奴らだ。あいつは、やはり生きていたんだな。人質はまだ殺すなよ。何かで使えるかもしれない」
「私はそんなへましない。失敗一つ許されないのだ……」
少女はすごく悔しそうな眼をしていた。
「よくわかっているじゃないか。お前は俺に逆らえないんだからな。失敗した瞬間、お前の兄の命はないと……」
すると少女はいきなり大男に蹴りを繰り出した。少女の体型からは想像できない力強い蹴りを。だが、少女は大男に蹴りを当てようとはせず、奴の顔面の目の前で寸止めした。
「おーと、気に障ってしまったか。お前の兄はお前が裏切らない限り、手を出す予定はない。それに俺はお前を評価しているんだ。頑張って彼らを排除したまえ…」
そういって大男は目の前にあるモニターを見つめた。そこにはエンジンルームで身を潜めている玲とエレナの姿が映し出されていた。
「わかった。その代わり、兄さんに手を出したら……わかるよな?」
少女がそういうと大男はフッと笑って外に出て行った。ボス部屋に残された少女は悲しそうな眼をして――
「兄さん、本当にすいません……」