2話
「玲様。次の任務の内容が届きました。今回のはあまり難しいものではありませんね。玲様にとってはですけど、ね」
『霊交幽民隊』本部内。遊んでいる俺に一人の幽霊が話しかけてきた。
「そうか、今はちょうど暇をしていたんだ。すぐに行く」
「かしこまりました」
俺は遊んでいたけん玉を机に置いて任務の概要の紙を一通り眺めた。けん玉も中々上手くなってきたな。
さてと、今回は麻薬の取引か…。一人は外国人の男でもう一人は…おっ学生か。外国人の男が薬物を学生に渡すらしい。
学生はそれにいくら払うのやら。このような任務は取引を未然に防ぐのは簡単そうだけど、根本的な解決にはならないんだよな。
ここで防げたとしても別のところで次は行う可能性もあるしな。まあ牢屋までぶち込めば話は別だけど…
「ちょっといいかエレナ。これは防げた時点で任務完了でいいのか。それともこいつらの更生まで任務に含まれるのか。」
俺に話しかけてきた彼女の名はエレナ。エレナは幽霊で俺と同じ『霊交幽民隊』の第一係だ。
白髪の髪に青い透き通った瞳、まるで人形みたいに整ったパーツ、ほんとに幽霊なのかと疑ってしまうほど美しい顔だ。
「一応、麻薬の取引を阻止した時点で任務完了となりますが、霊長は更生までできたらやってもらいたいということでした。玲様ならできると思いますが…」
霊長とは『霊交幽民隊』のトップ。代々黒崎家で受け継がれていき、今はうちの母が担っている。
「いいだろう。すぐに解決して見せる。だが一つあいつに言っといてくれ。場合によっては暴力手段も視野にいれとけとな」
「…わかりました」
一応、念を押しといたから大丈夫だろう。これで好きな形で解決できる。
「あと、エレナはどうする。今回はエレナが来ても来なくても問題なく解決できると思うぞ。お前なら人間か幽霊か分かりにくいから外に出ても大丈夫だろうし…」
幽霊は基本的には人間に見つからないように行動する。エレナも例外ではないが、幽霊に見えないんだよな。
「ほんとですか⁈ぜひ行かせてください。帰りにコンビニよってもいいでしょうか」
「う、うん。まあいいだろう」
本当はコンビニが目的なんだろうとすぐに分かったが、楽しみを潰してしまうことも良くないので首を縦に振ってあげた。
「じゃあいくか」
俺は皮のコートを一枚着て外に出て行った。エレナも俺の背中を追いかけるようについてきた。1時間で帰ってくるか。
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「…ここだ」
俺たちは車で15分くらいかけ、取引が行われるとされている場所に来た。そこには古びた倉庫が何個も連なり、昔はゴミを回収し処分する焼却工場だったそうだ。人通りも全くないし、取引するにはちょうどいいだろう。
「確か、本部からの情報では取引は二時からだそうですね」
「あと、一時間、か」
「あまり時間もないので目的の倉庫まではやく行きましょう」
「こんなにたくさんあるのにどれか分かるのか?」
倉庫は約40個ある。どこか分からないことには何も進められないだろう。
「本部もそれについては分かっていないらしく、玲様に任せるということです」
『霊交幽民隊』の情報網なら倉庫の位置くらい分かったはずなのに…さては霊長がめんどくさくやらなかったな。
「あのやろう」
「それとさっき本部から送られてきた追加の情報によりますと、外国人の男は東京在住らしく、すごくお金持ちだそうです。東京の300坪の土地に住んでいる、とか。これは相当な薬物を取引していると思われます」
一般的にはお金持ちの部類に入るのかな。まあ男の方はこれだけやっているとなると組織的に動いていると考えるのが妥当なところだろう。
「それで、学生のほうはどうなんだ。学生が薬物取引なんて普通じゃないだろ」
「えーとですね。学生の方の情報はあまり出てきませんでした。わかったことで言うと……学生の名は成田祐樹。それとむかし、火事で家族を亡くしていることくらいですかね」
「…そうか」
これは思ったより深い事件かもしれないな。外国人の方はともかく学生の方が難しい。多分、口で説得させ更生させるには無理がある。
「エレナ、霊長に伝えてくれ。更生は難しいかもしれないと」
「わかりました」
「でも、まずはどの倉庫で取引が行われるかを見つけなければ始まらないな。全体をちょっと見て回ってくる」
「私も行きます」
倉庫の周りを歩いている途中、エレナが俺に一つ質問してきた。
「玲様、前々から疑問に思っていたんですが、なぜそんなに頭がいいのに人間でいう学校?というものに通っているんですか。何も学べることはないことは分かり切っているのに」
俺は少し迷ったが隠すことでもないので答えることにした。
「んーどうしてだろうな。強いて言うなら普通の生活を手に入れたかったからかな。エレナも知ってのとおり黒崎家は幼少期には一般的の知識、運動能力はすべて身につけてある」
そう、黒崎家は特別なのだ。そして学校には当然行かない。任務を遂行し成果を上げるだけ。
「それにさ、任務にはコミュニケーション能力も必要だと思うんだよ。それを学ぶにも学校って存在は良いと思ったんだよ」
「そうなんですね。私も学校に行ってみたくなりました」
「…そうか」
エレナは幽霊の自分を悔やんでるわけではない。でも、人間の生活もしてみたかったってことだろうな。まあエレナは普通に学校に行っても幽霊だとばれないとは思うけど…
「それにしても倉庫の場所見つかりませんね。どうするんですか」
「いや、倉庫の場所は今さっき見つけたところだ」
「…え?もう、ですか。さすが玲様。で、どこの倉庫なんですか」
「ここだ」
俺はいま目の前にある倉庫のところで止まった。一見、他のと変わらない古びた大きい倉庫に見えるが俺はほぼ確信していた。こういうのは昔から得意な方だからな。
「なんでこの倉庫だとわかるんですか。他のとあまり変わらないように見えますが…」
「下を見ろ。地面を」
エレナが俺の指示を聞き地面をみると――
「こ、これはタイヤの痕跡ですかね」
「そうだ」
「けどタイヤの痕跡だけでここが取引現場ってわかりませんよ。タイヤ痕は他の倉庫の入り口にもありましたし、ただ道に迷ってしまったという線もありますしね」
「いや、その可能性は極めて低い。このタイヤ痕はイギリスの高級車ファントムのものだと思う。日本円で大体5000万円くらいで、買える奴は限られてくる。例えばお金持ちの外国人とかな。」
そう、取引の男を外国人でお金持ち、それらを推測すると自然と分かってくる。
「なるほど、でもなんで取引前にここに訪れたんですか」
そこなんだよな。取引前に現場に訪れる理由がまだわからない。けど大体見当はついているから大丈夫だ。
「まあ、二つくらいには絞れたから大丈夫だ。これがどっちかによってはやり方を変えるかもしれない」
「わ、わかりました。それで二つって何なんですか」
まあエレナにならいっても大丈夫だろう。情報は多いことには越したことないし。
「一つ目は普段からここで取引が行われていた可能性だ。学生以外にも外国人の男が普段取引を行っていたということならここにタイヤ痕があるのもうなずける」
でも、この可能性は極めて低い。薬物取引で普段から同じ場所を選ぶのはいかにも不自然すぎる。普通、取引する奴は毎回、取引場所を変えるものだよな。この外国人が馬鹿だという線もあるが…
「それで、二つ目はなんですか」
「ああ、二つ目は下準備をしていた可能性だ」
「・・・下準備?」
「そうだ、例えば金だけ奪って学生を始末するとか、な」
「え?」
「簡単な話だ。薬物取引だと嘘をついて巨額の金を手に入れるということだ。それに東京に300坪の土地だぞ。普通に考えて組織的にやらなきゃ無理な話だ。つまり、何らかの組織がこの事件に関与している可能性が高い」
だが、金だけ奪って始末するとなると絶対に確実性が欲しい。それに俺が思ってもいない第三の選択肢があるかもしれない。まあ多分、ここに外国人がきたことは間違いないと思うから絶対にここにヒントがある。
「ひとまず、この中を探ってみるぞ。なんかのヒントが隠れているはずだ」
「分かりました」
中に入ると――うわぁ、これはまじでゴミの匂いだな。砂がいっぱい散らばっていて小さい砂場みたいだな。もともと焼却工場だったのだからしょうがないか。けど、なんだこの違和感は。何かがおかしい気がする…
周りを見渡してみると……やはりな――
「エレナ、多分トラップがある。俺の指示をよく聞け」
「トラップですか。周りを見る限り見当たりませんけど…」
「いや、赤外線センサーのトラップだ。見えないが、少しでも触れるとボウガンが飛んでくるぞ。上を見ろ。ボウガンがあるだろ。多分、矢の先端についているのは食らえば全身が麻痺し最終的には死に至る猛毒だろう」
これで確証は得た。これは取引と見せかけた殺人だな。殺すためにボウガンを使うのはさすがだな。拳銃でも使えば音で絶対にばれる。サイレンサーをつければいいが、硝煙反応を誤魔化すのは難しいだろう。
「それでどうしますか。ボウガンを回収してから取引現場を押さえますか」
「いや、撤収だ。外国人の男はボウガンまで仕掛けるやばい奴だ。それもこれだけ大胆な仕掛けは組織で行っている可能性が高い。敵が何人いるか分からない状態でここにいるのはあまりに危険だ。一応カメラだけおいて立ち去るぞ。本部で楽しく見ようじゃないか」
「えっでも学生は…」
「安心しろ。殺しはしない。ちょっと痛い目にあってもらうがな」
俺がニヤッと笑みを浮かべると彼女は
「そういうことですか。了解です。では戻りましょうか」
だが、二つほど俺にはやることがある。
「先に車に戻っていてくれ。すぐに俺も戻るから」
そういうと、エレナは少し疑問を抱いていたがおとなしく戻って行ってくれた。
エレナが立ち去った後、俺は一つの足跡を見つけた。多分、外国人のものだろう。赤外線センサーに自分が誤って触れないように歩いたのかな。その証拠に足跡は不自然な位置に残っていた。
よし、これで準備完了。
俺は二つほど作業を行おこなった。これがあとから役に立つかもしれない――
「さ、俺も戻るかな」
車に戻るとエレナが早く本部に戻りましょうと連呼していたので「コンビニは良いのか」と聞いてみた。
「行きましょう!!」
どうやら任務よりもコンビニの方が大事だったようだ。