43 後の宴
大相撲の熱戦を期待しつつ・・・すごい雷で、早起きしました。
熊主砦城の舞踏ホールに、五十人の力士が揃っていた。
「俺を呼んだだろ。親方衆と行司も呼出も、不知火大神殿で宴だ。熊主砦城で力士だけって、楽しい宴になるよ」
スコーピオンがボリスの横に胡坐をかいた。
朗らかなスコーピオンがいるだけで、ボリスの頬が弛む。
「力士だけが、熊主砦城に優勝カップで、すいっと転移だし。便利な魔道具だし。もっと四股を踏むんだ。スコーピオン関の押しを、研究したいし」
最後で負けたフィンも、晴れやかな顔で座っている。明るいフィンはもう前を見据えている。来場所へ向けて進んでいる。
「優勝の宴だ。存分に味わってほしい」
ボリスの声に、五十人の力士達が応じた。
熊主砦城での宴は、低いテーブルで行う。テーブルの周りを座布団で囲んで座る。晩餐会とは違う。
テーブルの上には乗り切らないほどの食べ物が並んでいる。
「これが、熊主砦城自慢の、豚カツにローストビーフだな。肉が俺を呼んでいる。待ってろよ。ああ、叉焼は渡さな」
「慌てなくても、追加が来る」
紗幕を渡して、それぞれのテーブルは緩く仕切られている。隣のテーブルも見えない。幾重にも渡した紗幕が、互いの姿を隠す。
土俵の上で、真剣な勝負を、土俵上だけで誰もの終わらせる訳ではない。引き摺る力士もいる。隣のテーブルからは堪えた愚痴が聞こえる。微かな号泣も漏れる。
紗幕がゆるく互いを繋いでいた。
「エドワード関が、賑やかだ。俺は呼ばないぞ。ボリス関は紋付き袴が似合う。優勝力士の特権だ」
優勝した力士だけが、紋付き袴を許される。スコーピオンもフィンも浴衣姿で寛いでいた。
「宴会場ですわ」
ジェイドの声がした。賑やかに迎えるのは、近衛騎士団のようだ。紗幕を上げると、ビルヘルムがエスコートしている。目を何度も瞬いた。
「おお、美しい。着飾ってくれたんだね。側に来て、一緒に食べよう。さあ、海峡部屋に行く日程を決めたいかい?」
エドワードが駆け寄っていく。
ビルヘルムが前を遮った。
「妹は、一番強い力士がお気に入りなんです。不知火大神殿場所は、優勝力士に譲って下さいよ」
「ボリス関は聞きたまえ。優勝力士は、無闇には座を立たない。捧げられた盃を、有難く飲み干す」
リカルドに袴の裾を押さえられた。ボリスより、よほど慣れた様子だ。優勝した風格は、リカルドが勝っていた。
「天覧相撲が今場所の、俺の唯一の見せ場だった」
キキリンは大きく負け越した。辺境部屋でただ一人の負け越しだった。苦い酒をボリスの横で飲んでいる。
「それにしても、美しい。エスコートのビルヘルム関とお似合いとは、ボリス関も焦っている。二人の親し気な様子で、麗しい姿を見たまえ」
リカルドの戯言だと聞き逃せないほど、ジェイドは柔らかく笑んでいた。
「俺を呼んでいても、まだ行かねえよ。お似合いだって、後で伝えるから心配するな。キキリンを砂漠部屋のテーブルに連れ出してくれ。あそこは、負け越しが多い」
クロードとラシードがキキリンを促す。
両手で肉を押さえた頬張ったスコーピオンに、ボリスは苦く笑った。
「似合ってて当然だ」
「兄妹の二人に悋気はないだろう。なあ、何故、ボリス関はジェイドお嬢様を望んだんだ? 教えてくれよ。褒賞でコニアス国王陛下に願った花嫁なんだろう?」
懐かしくも、思い出したくない戦いに行き当たる話だ。魔法薬の味が、ボリスの口に蘇った。
ウルスラウス領は辺境だ。戦いは苛烈で、熊主砦城は寂れていた。崩れた熊主砦城でスコーピオンとボリスは、共に魔法薬を飲んだ。
「覚えているだろう? 良く効く魔法薬を一緒に飲んだ」
一緒に戦った。魔法薬で、捥げそうな腕の傷が閉じて行った。
「不味かった。二度と飲みたくない。あれを飲むと、怪我をしないように戦う術を考える」
「だから嫁に欲しいと思った」
リカルドは首を捻っていた。ほとんど食べていない。小食のリカルドは、本場所中に廻しが緩くなるほどに痩せた。
「飲み易い魔法薬に改善させるためだろうか? 皆も一緒に考えたまえ」
すき焼きの鍋の前から動かないフィンが、肉の色を見極めていた。
「違うし。不味いから優秀なんだ。リカルドはまだ飲んだ経験がないし。分からない。そんなに細くて怪我がないとは、羨ましい」
「あの魔法薬は、不味いから良い。俺は分かるよ」
スコーピオンが丸太のような身体を揺すった。
「二度と飲みたくない。実感するほどの不味さだ。だから、ジェイドと結婚したいと思ったんだ」
「へえ、あの不味さの意味が分かるんだね。まあ、ホークハウゼ侯爵家としても、婚約に異論はない。エスコートは此処までだ」
ビルヘルムがジェイドの手を離した。
白いドレスだった。王宮で一度見た、あのデビュタントにボリスが送った品だった。ジェイドに似合う。ミモザの花弁が、ジェイドの身体に沿って流れる。
「誰も駒にしてはならないのです。治り過ぎる魔法薬です」
戦う騎士を駒と考えたら、幾らでも騎士を注ぎ込むだろう。怪我をしても治るなら、騎士の命が惜しくない。駒になった騎士を使い捨てるまで、戦いが続いてしまう。終わりがない戦いとなる。
「ああ、怪我を繰り返さないためだ。だから、二度と飲みたくない不味さの魔法薬が必要なんだ。貼付する魔法薬と飲む魔法薬を一緒に使うのも、ジェイドの考えた工夫だろう?」
ボリスの背から腕を伸ばしたリカルドが、ジェイドに問い掛けた。
「ジェイドお嬢様に教えを請おう。納得できない。不味いより、旨いほうが良いだろう。離したまえ。腕をもつな」
「優勝力士が動けないって、俺を呼んだだろう。教えてくれたのは、リカルドだ。邪魔だ」
「さあ、来場所の優勝に向けて考えるし」
スコーピオンが席を立った。フィンと連れ立って、リカルドを抱えた。
紗幕が、大きく開いた。
首にチョーカーが見えた。ブラックパールだ。
「綺麗だ。似合っている。その、随分と大人びて見える。熊主砦城で流したブラックパールだ」
「ボリス関にドレスを見て欲しかったんです。でもダンスもしないし、椅子もない宴会場で、場違いでした。ニーナもポーラ女将も勧めてくれたので、ドレスを着ました」
紗幕が下ろされた。辺りのざわめきが遠くなる。
「ダンスをしなくても、相撲はできる。椅子がなくても、座布団はある。熊主砦城で一緒にいて欲しい。優勝したから、考えてくれるんだろう?」
逃さないと、ジェイドの手を引いた。ボリスの膝の上に、ジェイドが横座りになった。
「相撲も座布団も好きです」
ボリスを受け入れて、ジェイドが大人しく膝の上にいる。
「膝の上は如何だ? いつでも稽古を見てくれ。本場所にも一緒に行こう」
俯くジェイドの頬に手を添えた。
「あの、離れていても一緒だって思います」
本場所が続けば、逢えない日々もある。確かに、離れていた時間もジェイドを感じてボリスは土俵に向かっていた。
「ジェイドの思うままでいい。答えを聞かせて欲しい。相撲は、引いちゃダメなんだろう?」
時々、ジェイドが口にしていた言葉だ。ボリスも引かない。押していく。
「優勝した。それが条件ではないが、結婚をしたい」
「私も引きません。結婚は、もう少し待ってください」
「何だと?」
「ボリス関をお慕いしています。ボリス閣下の熊主砦城を、一緒に守りたいとも思っています。だから、相撲に集中したいんです」
ジェイドの目が翡翠に煌めいた。この色を帯びたジェイドが危険だと、ボリスは嫌と言うほど知った。止められない衝動が、ジェイドの中にある。
「待ってくれ。土俵は俺が集中する。ジェイドは、俺に集中してくれ」
「相撲が好きなんです。相撲は、引いたら負けです。ボリス関との時間も楽しくて、愛しいです。一緒に居たい。だから私にも、もっと、できる事があると思うんです。引いちゃあダメだって、実感しました。押すんです」
押し切られた。
「相撲に負けた。捨てないでくれ」
「必ず、二人の先には結婚がありますわ」
ボリスの頬に、柔らかい感触が触れた。
真っ赤に染めたジェイドの顔が見える。朱に染まる頬に手を伸ばす。笑んだジェイドを抱き寄せた。
【了】
お読みいただきまして、ありがとうございました。
最終話まで書くことが出来ました。作品を探していただき、読んでいただき、本当にありがとうございました。完結するのも、目標の一つでした。読んで下さる人の存在が、とても心強かったです。
最終話投稿初日に、とても沢山の人にこの作品を探していただきました。驚きつつも、嬉しいです。相撲の話にお付き合いいただき、感謝申し上げます。




