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41 これより三役

三役の勝ち星が気になります。さて・・・

 ジェイドは『鏡カメラ』に目を流した。曇りなく磨かれて、土俵の上を映している。

 土俵を上部の屋形の水引幕の下に、小さな四つの『鏡カメラ』がある。四方に座る勝負審判の親方の近くにも四つ設置してある。

 八つの『鏡カメラ』が映しとる相撲の攻防の中で、勝負の行方を一番分かり易い映像をグレイが選択する。選んだ映像をスクリーンの役目を持つ『鏡カメラ』に映していく。グレイの手元には合計十の『鏡カメラ』がある。

「戦いには、使えません」

 前に座ったイーサンが、何度も振り返る。

「馬車に二時間も揺られた。だいだい、一緒に転移魔法で連れて来てくれるのが、宰相への敬意の示し方でもある。誰も『鏡カメラ』の改良も改善も、頼んでないわ。少しは――」

「頼まれていません。だいたいも、へったくれも、聞きません。少しも、ちょっとも迷惑です。離れて座って下さい。千秋楽に集中したいのです」

 忌々し気に頭を撫でて、イーサンが前を向いた。隣の席に、優勝カップが鎮座している。

「ジェイドお嬢様が厳しい。ごめんなさい。悪気はないのです。ああ、側でその、麗しい括れを見ると、ペンが止まりません」

 頬を染めたニーナとイーサンの目が、確かめ合うように絡んで離れた。宰相を務めるイーサンは独身だ。

「ニーナのペンは、常に有益な働きをします。趣味が、私とは合わないと分かりました。今日の収穫です。さあ、相撲ですわ」

 大入り満員の不知火大神殿に、レギオンの声が鳴り渡る。

「関脇と小結は何という体たらくだ。全員が負け越して千秋楽だ。苦しゅうない。ベンジャミンも思いのたけを宣べてみよ」

「恐れながら申し上げます。大関も、二人は負け越しています。おまけに、勝ちの数が少ないですね。三役揃い踏みも、今場所は役力士が外れています」

 ベンジャミンの声には悲壮感が混じった。

「上位陣には十敗に十二敗もいる。情けない。役力士の名折れだ。役を持った立場を踏まえて、名前に相応しい土俵を務める責務がある。それに引き換え、前頭筆頭の二人は見上げたもんだ。素晴らしい活躍だった」

「復活して初めての不知火大神殿の本場所ですから、番付は難しかったと親方も行司も呼出も、各々が反省しております」

 土俵下に座る勝負審判の親方衆も、各々が頷いたり、獣耳に手を添えたりしている。

「一番顧みるべきは、負け越した力士達だ。今後の奮起を期待したい。まだまだ、これからだ」

「レギオン公爵様の檄が飛びましたところで、これより三役の相撲となります。まず最初は、前頭筆頭が上がります」

「楽しみだよ。勝った方が十一勝だ。二人共に、来場所は三役だな。関脇だって良いと思うぞ。さあ、存分に勝負を見せてくれ」

 東からビルヘルムが、西からフィンが土俵に上がった。

 ビルヘルムの四股に、黄色い歓声が上がる。

「若いレディの観客が多い。目も耳も痛いほど、まあ、凄まじい人気だ。人気に応える実力もある。フィン関は、また違った層を引き寄せている。野性的だというのは、猪獣人への誉め言葉だ」

 フィンの蹲踞に野太い声援が掛かる。

「互いに人気も実力も拮抗しています。レギオン公爵様は、何処を見どころと考えていますか?」

「廻しを取った方が有利であろうな。立ち合いの先手で、差し勝った方に分があるとみておる。まあ、二人とも手足も長くて、引き締まった身体だ。黄色い歓声の意味も分かるほどに、見目が良い」

 色を増した声援が、土俵を包んだ。

「手を突いて」

 行司の声が掛かった。

 フィンもビルヘルムも、間合いを計って手を下ろさない。

 前のめりにフィンの身体が揺れる。右足を引いて、仕切り線に向かって身体がやや斜めになっている。

 ビルヘルムが、殊更ゆっくりと左手を仕切り線に下ろした。

 ジェイドは、ビルヘルムの手に合わせて息を吐いた。

「ハッキョイ、残った、残った」

 頭を低くしたフィンが、ビルヘルムにぶつかっていく。

 互いに手を張り合って、突き返す。一度離れた二人が、土俵の中央で手を前に出して握り合った。二人とも廻しに手が掛からない。取れない。フィンの仕掛けが速い。

「手を掴んだままフィン関が、直ぐに土俵際へ寄せて行く」

 ビルヘルムは懸命に足を運んで、俵伝い逃れる。

「ビルヘルム関が堪えた。右足と左足が、目に留まらぬ速さで動きます。俵が身体を支えているようです」

「腰の強さが分かるよ」

 レギオンの声に頷く。

「土俵の仕切り線まで、両者の身体が戻りました。ああっ! フィン関が手を振り切った」

 身体が近づき、フィン関が廻しを掴んだ。脇を締められ、ビルヘルム関の腕は廻しには届かない。そのまま、フィン関が投げを打つ。

 ビルヘルムの身体が、仰け反った。肘を張って、土俵に踏ん張った右足を曲げる。上がった左足は、フィンに絡んだ。

「堪えた」

「ビルヘルム関も何かしかけないと、やられっぱなしだ。ああ、もしかして、作戦かな?」

「レギオン公爵様には、ビルヘルム関の狙いが見えているのでしょうか?」

 再び土俵の中央で組み合った二人を、拍手が包む。

 足を飛ばして、フィンが仕掛けた。フィンの身体が僅かに傾いだ。腰が伸びた。

 ビルヘルムが前に出る。

「引いちゃダメ。押していけ。引くな」

 ビルヘルムが、傾いだフィンの脇に肘を張って、腕を浅く差し入れる。廻しの前を掴み直す。ビルヘルムが懸命に足を運ぶ。

「引くな、兄様、引いちゃダメ」

 願いが口から飛び出す。手を組んで、祈る。

 フィンの顎が上がった。胸が合って、ビルヘルムの寄る力を流しきれない。そのまま、土俵を割った。

 東に軍配が上がった。

「粘った。我慢できなかったフィン関が仕掛ける時を、好機と待ったビルヘルム関の粘り勝ちだ。堪えられる強靭な足腰がないと、できないよ。この相撲は取れない」

「レギオン公爵様は、粘り勝ちの一番と見ました」

 行司が、ビルヘルムに矢を下賜する。

「さすがに、身内を応援するんだな? 辺境部屋の力士が負けだ。まだ、婚約者だから、当然だ。絶叫が煩かったぞ。大きな声が出る」

 イーサンに苦笑を返した。

「相撲は、引いたら負けです」


お読みいただきまして、ありがとうございます。

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