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38 三役揃い踏み

 ジェイドは熊主砦城の階段を、ゆっくりと登って行った。イーサンの訪問で凍り付いた空気は、まだ澱んでいる。一足ごとに空気を浄化したくて、ジェイドは弾んだ声を出した。

「今日の千秋楽は、行事も多くても心が湧き立ちます。さあ『動く階段』は三階に納めてしまいましょう。楽しみなのは、やはり三役揃い踏みかしら? 見逃せません」

 千秋楽でしか見られない行事の一つが、三役揃い踏みだ。

 相撲での三役は、大関と関脇と小結を指す。三役揃い踏みは、必ずしも三役が勤める訳ではない。千秋楽の後ろ三番で相撲を取る力士が、三役揃い踏みを任される。その場所で優勝に絡み、場所を盛り上げた力士が、取り組みを割り戻して三役揃い踏みを務める場合もある。

 取り組みを行う前の東西各三人の力士が土俵に上がって、揃って、四股を踏む揃い踏みを披露する。

「共に前頭筆頭のビルヘルム関とフィン関が、三役揃い踏みを務めます。十勝まで来て、何方(どちら)を応援すれば良いのか、悩みますわ。いいえ、見どころのある取り組みを応援するわ。そう、相撲が推しです。要は誰が位置するかしら、ふふっ」

 綻ぶ口元を『動く階段』で隠した。

 三役揃い踏みは、東西で形が異なる。東は、真ん中の一人が後ろに下がり正面に向かって扇を広げた形になる。対して西は扇を返した形となり、真ん中の一人が前に出る。

 取り組みで勝った力士には、結びの二番前には矢が、結び前には弦が、結びには弓が与えられる。

「翠は幼い頃から、あの矢が気になってましたわ。結びの弓は、弓取り式で毎日見ます。矢は何方の手に渡るかしら? 今日は千秋楽。ああ、終わります」

 場所が終わっていくのを実感するのが、三役揃い踏みだ。

「ええ、終わりよ。待ってたわ。持っている物を、妾に良く見せてよ。『動く階段』でしょう?」

 部屋の前にフローラが待っていた。

「やっと『動く階段』を拝める」

 フローラの後ろから狐獣人の男が顔を出した。アンソニーだ。

「不知火大神殿より前に、熊主砦城の三階に三役が揃ったようですね」

 扇の要はジェイドだ。

「何を見ても、相撲に例えている。ジェイドお嬢様は、本当に相撲バカね。『動く階段』が必要なの。渡してよ」

 手に持った板を両手で掲げる。割れた断面を見せた。

「壊れています」

「構わねえ。魔道具が動けば、取引になるんだ。早く寄越せ」

 二人に前を塞がれ、ジェイドは後退った。階段を駆け下りても、犬獣人のフローラに追いつかれる。アンソニーの走力も、ジェイドを上回るはずだ。

「三段飛ばして階段を駆け上がる脚力には、敵いませんわ。獣人の体力を私は尊敬しています」

 伸ばされたフローラの手を躱して、振り返って走り出す。

「ダメよ。ジェイドお嬢様。そっちはボリス関の私室で、今は、行かないで。引き返して。アンソニーったら、ジェイドお嬢様を止めて、お願い」

「現実を見せてやれよ」

 アンソニーが下卑た笑いをジェイドに投げた。

 引かない。先には、ボリスの私室のドアが開いていた。駆け込んだ。

「あかんわ。三階まで来てしまいましたわ。堪忍な」

 しどけなく首を傾げて、ポーラがソファーに座っていた。ポーラとジェイドが出会った場所だ。

「今日は三階が大賑わいです」

 アニョーが聞き取った三階の音は、随分と多かったようだ。

「此処で、ジェイドお嬢様はブラックパールの涙を零しましたなあ。懐かしい思い出になったわ」

 飛び込んできたフローラが、金切り声を上げた。

「やっぱり女がいる。アンソニーが忍んで来た時に、聞こえたのよ。許せない。ポーラ女将は何しているの? ボリス関の私室で千秋楽の準備なの? 婚約者のジェイドが可哀想だわ」

「私が可哀想ですか?」

 小首を傾げたジェイドの両肩を掴んで、フローラが揺さぶった。

「男に裏切られるって辛いのよ。嫌なのに、離れられない。逢いたくて、熊主砦城に来てくれれば嬉しくなって――」

 フローラの両腕が下がった。項垂れた肩に狐獣人の耳が触れた。頬をなぞる指に、フローラが小さく笑んだ。

「犬獣人は吠え過ぎで、耳がよう聞こえん。ボリス関には、伝えましたわ。千秋楽に三階に行くって話です」

「どの獣人も同じだ。相撲にかまけて、娘や妻を蔑ろにしているんだろう。俺はこんなにみすぼらしい犬獣人の尻尾だって、愛でているんだ。惨めなフローラを慰める」

 フローラを貶める言葉を、アンソニーが滔々と零していく。

「しょぼい尻尾で気が乗らなくても仕方がない。フローラのためなら我慢できるよ。フローラの毛並みは、狐獣人の俺には敵わない。魔道具を手に入れて、見てくれの悪いフローラを着飾らせる。ちったあ、見られるようになる。魔道具は金になる」

 恥ずかし気にフローラの獣耳が横にしょげた。

「フローラの連れてはるのは、子供がいる狐獣人さんや、タチ悪いでほんまに」

 ジェイドの腕を引き寄せて、ポーラが『動く階段』を掴んだ。

「子供がいたって、諦めないわ」

「勿論、フローラは俺から離れない。妻子持ちも受け入れたんだ」

 ポーラの腕に押されて、ジェイドはソファーを廻り込んだ。ポーラの背中かから顔を出して、狐獣人を見た。くすんだ色の獣耳だ。

「妻子はいないと思います。私は不知火大神殿で、あの狐獣人の少年が屋台に入っていくのを見ました。辺境部屋が決まり手を披露した日の出来事です」

 獣耳が忙しなく揺れる。尻尾は毛の先まで立っている。

「俺の可愛い子供だ。買い物していたんだ」

「屋台の奥に入っていました。売り子でしょうね」

 フローラがアンソニーから離れた。

 ポーラがソファーの後ろにフローラを押し込む。

「扇が返りましたわ。要はポーラ女将です。三役揃い踏みは、熊主砦城の三階でレディが勤めます。さあ、言い訳を聞きましょう」

「忙しいのに人が少ないからって、頼まれた。手伝ってただけだ」

「手伝いはできません。孤児院と養老院に入っている人だけが、販売するのが決まりです。一切の妥協はありません。父様とイーサン宰相様が決めました」

「黙れ」

 アンソニーが毒づいた。



お読みいただきまして、ありがとうございます。

押しの力士が勝つと、やはり気分も上がります。ふふっ。

でも体力が持ちません。身体を整えるために、明日から投稿を三日間お休みします。次回は20日火曜日の投稿です。よろしくお願いいたします。

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