表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/43

36 来客大歓迎

 ウルスラウス領は盛り上がっていた。不知火大神殿には、連日、相撲観戦に獣人も人間も、男も女も、老いも若きも、集っていた。

 熊主砦城は、ボリスが千秋楽を迎えるまで全勝で勝ち進んでいたため、興奮した熱気があった。

「熱気も冷めますわね。アニョーの角が、今日は萎んでいるようです。三階から、フローラさんも出て来ませんね」

 一際冷え込んだ一角が、熊主砦城にあった。今のレスラリー王国で、唯一うら寂しく、空気が淀んでいた。近寄る者全てが、臭気を放った途端に凍り付くほどの寄り付き(がた)い場所に、ジェイドは立っていた。

 ジェイドの横にはアニョーが控えた。

 後ろには、辺境騎士団の団員が等間隔で並んでいる。鎧の重装備で、厳めしい。いつもとは異なる昼前だった。

 千秋楽は、常より早くボリス達の出発を後押しした。研ぎ澄まされたボリスの顔が、魔法陣の光に消えて行った。

「来客があります。賑やかで心弾み忙しい千秋楽に、本当に迷惑です。引き籠った客のフローラと何方(どちら)が気懸りか、判断がつきません」

 沈み切ったアニョーの声に、客と聞いて、ジェイドの心の奥底で翠が拳を振り上げた。主不在の熊主砦城で、ジェイドは留守を守っている。

「アニョー、聞きなさい。『客、水を絶ちて来たらば、これを水の内に迎うること()く、(なか)(わた)らしめて、これを撃つは利なり』と兵法にあります。川の中で戦うのは、こちらにも不利になります。引き込んで、敵を撃つのです。川を渡った敵は、それだけで疲労しています。ああ、今回は客でしたわ」

「ジェイドお嬢様は、古い文献に詳しいのですね。敵を、ああ、客を熊主砦城に引き込んでいるのですね」

 後ろに立ち並ぶ騎士団から声が上がる。

「敵の撃ち方にまで詳しい侯爵令嬢だった。ちょっと怖ろしい。どうしよう、辺境騎士団は生温いとか思われてるかな?」

 最前列に立った屈強な騎士が、唇を尖らせた。

 額を押さえて、感じ入る騎士も見える。

「かなりの強者と見た。相応しき戦術である」

「来るのは客だろう? 敵とは、聞いていない。帰りたいよ」

「辺境騎士団を召し出したんだ。敵襲も考慮すべきって状況なら、千秋楽も忙しい。早く片付けようぜ」

 騎士たちから賛同の声が上がった。

 ジェイドが伝えたのは、レスラリー王国には伝わっていない(いにしえ)の孫子の兵法だ。黙って、首肯した。

 騎士団がざわめき、伸びきれないほど背筋を正して居並んだ。

「何を言ってるのか、意味不明な呟きもします。すみません。正直に言い募り過ぎました。メモに書き切れません。もう一度、繰り返してください」

 ニーナの耳元で話していると、魔法陣が光った。

「前触れの通りに、時間ぴったりです。さあ、客が来ますよ」

「ジェイドお嬢様に来た先触れも、異様でした。クマのぬいぐるみが喋って、驚きました。電話と名前のある魔道具でした」

「電話は妙な魔道具ですが、慣れました。すみません。メモによりますと、トーマス様から毎日電話があります。暇なのでしょうか?」

 光が珍しい竜の形に結んでいく。

「父様から聞いていた通りの光です。王立魔法師団の転移魔道具は、強い力ですわ」

 ジェイドが引き寄せることなく、魔法陣の中に男の姿が浮かび上がった。大きな箱を抱えていた。

「イーサン宰相様、熊主砦城にお出で頂きまして、家令のアニョーは心から歓迎いたします」

 イーサンが激しく手や足を触っている。

 確かめた場所を指で指し示し、ジェイドは笑顔を張り付けた。

「身体も全て揃っています。怪我もありません。何か御不審な点が、ございましたでしょうか?」

「魔法陣での移動だって初めてなんだ。優勝カップの転移魔法補助が、正常に機能するか、本当に肝を冷やした」

 笑みを深める。

「父様の魔法は、優秀です。信じていなかったのですね」

「王立魔法師団に何か不備を感じているのでしょうか? 宰相様の発言です。明確に厳然と書き残しておきます」

 ニーナは胸を突き出して、メモを取り続ける。

 メモを覗き込むと絵が描かれていた。桃の形だろうか? 数字の3を横に描いたのか? Wだろうか? 珍しさに、ニーナに首を傾げて見せた。

 ニーナが手を止めて、二本の指で自分の顎を撫でた。今日もニーナは優秀だ。

「目が離せない形で、心が浮き立つます。すみません。造形に心が躍っています」

 ニーナが頬を染めていた。

「心は計り知れませんね。ニーナの趣味に異議は申し立てません。好みを尊重します」

 真っ赤になった顔を押さえて、ニーナの手が止まった。

「異議も不審もない。ごちゃごたと御託を並べて、こましゃくれた侯爵令嬢だ。黙ってついて来い。早く、視察を始める。まずは、辺境部屋へ案内せよ。騎士団は抜かりなく不審者を探せ。レスラリー王国の宰相を狙う奴が、潜んでいるかもしれない」

 視察に熊主砦城は入っていない。

 辺境騎士団の先導で、イーサンが進んでいく。ジェイドを手招く。

「魔道具の確認が急務だ。『登る箱』は何処だ? 早く『動く階段』を見せろ。辺境は風が強いな」

「父様から、鄭重に御案内をしなさいと言い付かっております。熊主砦城は来客を歓迎しますわ」

 トーマスは、辺境に設置した魔道具を必ずイーサンに確かめさせるようにと厳命があった。騎士団の配置も、トーマスからの指示だった。

「ビスクドールを、後生大事に抱き締めていた。トーマスも憐れな様子だ」

 顎を突き出すイーサンが騎士団を従えて進んでいく。

 アニョーが玄関ホールで振り返った。

「ドアが開きました。やはりこの音は、三階です」

 騎士団の甲冑が擦れ合う。

 イーサンは声高に指示を飛ばす。

 熊主砦城の玄関ホールの諠譟は止まない。

 音を聞き分けたアニョーに、称賛を向けた。獣人の中でも優れた聴覚のようだ。

「アニョーは順風(じゅんぷう)()ですね。異国の守護神の名前です。赤い顔で、頭に二本の角があります。全身が赤い場合もありますわ」

「初めて聞きます。歩きながら書き留めます。ジェイドお嬢様の知識は、幅広くて、説教臭くて、おばあちゃんの知恵袋のようです。ああ、すみません。褒めています。私には聞こえませんでした」

 四十数年の経験が、言葉を古臭くしている。ジェイドの口から言い訳が零れた。

「古い、古い文献にありました。遠くまで見える目を持つ千里眼と一緒にいるんです。順風耳は耳敏くて、変化を逃しませんわ。さあ、熊主砦城は来客大歓迎です」

 アニョーが頭を抱えて、ジェイドの後について来た。


お読みいただきまして、ありがとうございます。

ちょっと相撲から離れた話が続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ