33 優勝カップ
王宮です。
明け方の王宮は、眩しい光に溢れていた。
イーサンが拳を握り締めていた。
「素晴らしい優勝カップだ。見ろ、トーマス。レスラリー王国の魔術の粋を集めて、優美な曲線を描いている。全ては、コニアス国王陛下の御威光だ。明日が千秋楽だから、やっと仕上がった。まあ、許容範囲だ」
トーマスは乾いた笑いを口角に張りつけた。曙光を集めているのは、優勝カップだろうか? それともイーサンの頭皮だろうか?
優勝カップの製作には、王立魔法師団の威信が掛かっていた。トーマスは邸に戻らず、しばらく王宮に詰めていた。寝不足の目には、判断がつかぬほどにどちらも煌々としている。
「痛いほど眩い姿だ。王立魔法師団の技術を、宰相に褒めてもらって、恐縮だ。ミスリルをふんだんに使った。磨き込んだ」
銀の輝きを持ち、鋼より強いミスリルは貴重な金属だ。有能な武器にもなるが、魔法を増幅する媒体ともなる。
「王宮の宝物庫を自由にせよと言ったが、奔放に使ったな。トーマス」
コニアスは呆れた目を細めていた。
全体をミスリルで構築した優勝カップは、イーサンが抱えるほどの大きさだ。長細いカップの周囲に、レスラリー王家を象徴する竜が巻き付いている。竜の顔はカップの縁で咆哮している。竜の意匠を作り上げるのに、難儀をした。ミスリルは加工が難しい。竜は目に黒い魔石を嵌め込んだ。右前脚で青い魔石を掴み、左前脚の爪は白い魔石だ。
「魔石の色が、一つ足りない。間抜けなトーマスは抜かったんだろう。宰相の検閲が、必須だったのだ。秘密主義は足元を掬うんだ。」
相撲の房と合わせた魔石の意味に気付いたのだろう。イーサンが顎の割目に手を当ててしたり顔で腐す。
カップをの中を示した。つるりと磨かれた朱い魔法石が見える。
「優勝カップの核には、巨大な魔法石を用いました。魔法石とミスリルの相互作用にて、転移先へ魔力がなくとも移動できます。何より、この優勝カップは転移魔法陣を助けます」
止まったイーサンを脇に押し遣り、コニアスの前に立った。
王立魔法師団が創り上げる優勝カップに、魔法を施さない訳がない。
「移動は、レスラリー王国内に限っています」
優勝カップを持ち上げて周囲に施した竜を見せる。
「簡単に、瞬時に、どんな大人数でも、魔法陣が示す場所へ優勝カップと共に行けます。獣人の皆様には、垂涎の優勝カップとなります」
コニアスが指を伸ばす。竜の顔を撫でた。
「かつて雲竜神は、自在に如何なる場所をも行き来したと聞いている。レスラリー王国創設期の伝説だ。トーマスが『鏡カメラ』を持ち込んだジェイドの口調になっている。まあ、落ち付こう」
「相撲以外の利用目的を、考えるべきです。一挙にレスラリー王国の騎士団が、辺境に待機する。他には、王宮の守りを固める。もっと言えば、海峡で敵を迎える前に、攻め入る好機を得るでしょう」
イーサンが吠えた。
コニアスが立ち上がり、睥睨した。
「相撲だから価値がある。イーサンも忘れていない。相撲は神事だ。戦いを遠ざける手段だ。言い募るな。余の相撲道は、揺らがぬ。控えよ」
コニアスが覇気を放った。
「ジェイドの造り出す魔道具にも劣らぬ仕上がりだ。トーマスを始め、王立魔法師団を余は誇らしく思う」
イーサンが膝を折って下がり、トーマスと並んだ。
「本場所を、各地で開催できる。王都にも本場所を呼べる。素晴らしい優勝の褒賞だ。まずは、イーサンが熊主砦城に飛べ」
イーサンの肩を叩く。
「誉れある試運転です」
「おい、大丈夫なのか? 確かめてあるんだろうな? 身体がバラバラになったらどうしてくれるんだ」
満面の笑みで、イーサンを励ます。
「王立魔法師団の技術の粋を集めてます」
首を振ってイーサンが縋った。
「ジェイドが造ってない」
「こましゃくれた令嬢は、お好みでないはずです」
「骨は拾う。安心せよ」
声にならない叫びを上げて、イーサンが仰け反る。手に、優勝カップが託された。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
今日は、大相撲の九月場所の初日です。ううっ、嬉しい。




