32 親子で喧嘩?
熊主砦城は賑やかです。
今日もフローラは、全身ピンクの装いだ。鮮やかで、夢を見るようなピンクが青褪めた頬を際立たせる。
「親子で、また見せつけに来たのね。不知火大神殿でも、妾の前で楽しそうにしてた」
悔しそうに口を引き結んで、フローラは狐獣人の男から身体を逸らした。肩が僅かに強張った。
狐獣人が親子の姿を見せたのは、辺境部屋のフィン達がジェイドと一緒に決まり手を披露した時だ。フローラは親子の存在に、気付いていたのだろう。
狐獣人の男の目が、フローラに湿っぽく絡みついていた。
扇を顔の前に掲げて、ジェイドは前に出た。扇を使った経験はほとんどない。呼び上げをする呼出の姿を真似た。今は引かない。アニョーに目を流した。
全てを噛分けた顔で、アニョーが少年を見た。
「賢そうな狐獣人の少年です。君なら、きっと立派な力士を目指せます。辺境部屋の見学をしていきますか? 父ちゃんの名前を聞いておきましょう」
「ああ、父ちゃんだ。痛いよ。息ができない」
狐獣人の男が少年の口を押える。背中に廻った手は見えぬように抓っているのだろう。少年が激しく身を捩った。
扇を殊更に広げて、アニョーにだけ話をする。
「あの少年は、近衛部屋を目指すそうですの。辺境部屋には興味はないって、聞いています」
「ああ、王都に行くんだ」
フローラが前に出た。狐獣人の男に手を伸ばす。
「教えてくれなかったのね。誰が王都に行くの? 待ってよ。子供がいるって、妾にバレたから困っているんでしょう? だから、待っててよ。必ず手に入れてるから。話も聞いたから、妾は知っている。問題ないわ」
混乱したフローラは、秘していた考えをぼろぼろと零す。
玄関ホールのドアが、開け放たれた。
「フローラに男がいるって本当なのか? 何処の男を、熊主砦城に引き込んだんだ」
リッチーが玄関ホールに駆け込んできた。
「何で、父様がいるの? もう、不知火大神殿に行ったはずよ」
「父親がいるとは、知らなかったぞ。おい、フローラ、話が違うだろう」
「親し気に、娘の名前を呼ぶな!」
「親しいんだよ」
狐獣人にリッチーが跳びかかる寸前で、ポーラが羽交い絞めにした。
アニョーの采配は抜かりがない。リッチーが飛び込む時間も絶妙な加減だ。メイドの掃除も、フローラの足止めになった。ポーラの配置も秀逸だ。
「お集りの皆様は、フローラさんを心配しているようです」
ジェイドの声にリッチーの戸惑いが怒りに変わった。罵声が飛ぶ。
「妻子持ちは、ダメだ。二人目の妻になるのは許さん。やっと熊主砦城に入ったと思ったら、男を連れ込む。フローラは何を考えているんだ。大人しくしていろ」
ボリスの愛妾にフローラを望んだ経緯もあるリッチーが、妻のある男を退けようとしている。持ち慣れない扇を握り直して、ジェイドはアニョーと頷き合った。しばらく喧嘩を盛り上げてもらおう。良く聞こえる潜めた声を、アニョーに向ける。
「ウルスラウス領から王都は遠いですわ」
「ええ、簡単には行き来が出来ません。妻が二人となると、忙しいでしょうな。考えられません」
アニョーの手が頭の渦を、さらに複雑に絡めている。
「馬車で数日ですから、離れると寂しいですよ。すみません。王都から来たメイドとしての実感です」
「此処に居ろ。熊主砦城に引き籠ってろ。引き籠りの手本なら側にいる。繫多な本場所中に厄介事を起こすな」
フローラの顔がリッチーに迫った。
「いやよ。相撲は嫌い。父様も大っ嫌い。誰の愛妾にはならないわ。妾の話を聞いてくれたのは一人だった。アンソニーが――」
フローラが口を押えた。
「黙れよ」
親子の仮面が剥がれた狐獣人が、出て行く。フローラを十二分に揺さぶって、満足気に口角が上がった。
「顔は見れた」
荒く耳を抓まれた狐獣人の少年が、何度も振り返る。
フローラが階段を駆け上って行った。
「話した内容は、全て書いてあります。階段は三段飛ばしです。見た様子も描きます。すみません。メモしておきます」
ニーナに頷いた。
「ポーラ女将は、今日も素晴らしい仕事ですわ」
「我慢できねえ」
呟いたリッチーの腕を、苦い顔でポーラが放した。
「本場所中に、騒動を起こしては困ります」
ジェイドの声に、アニョーが慇懃に礼をした。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
明日から、大相撲の九月場所が開催ですね。楽しみです。
投稿は、まだ続きます。お付き合いください。よろしくお願いします。