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30 十三日目は朝稽古の後で

女将も・・・

 風呂を終えて、辺境部屋の二階に向かう。階段の前でポーラに捕まった。ボリスの濡れた獣耳の毛が逆立つ。

 警戒するほどの色香を、ポーラが振り撒いている。

「朝稽古も、おきばりましたなあ。噂は、届いてはるやろ?」

 そっと後ろ髪を手で押さえて、上目遣いにボリスを見上げるポーラの目に不穏な色が過る。

 色を見間違えたようだ。ポーラには、はっきりとした怒りが見えた。止まらずに部屋に入る。

 誰にも聞かせたくない話になるだろう。熊主砦城は昨日から華やぎが増している。ポーラと二人きりにならざるを得ない。

 辺境部屋は、二階に個室が備えてある。熊主砦城の私室に比べると、随分と小さな部屋だ。騎士団の部屋と同じで、ベットと椅子があるだけだ。だが布団だけは極上で、疲れが取れる柔らかさと、全身を包み支える硬さがある。

 「報告はしないって断言したジェイドお嬢様の判断は、やはり賢明やなあ。本場所中に煩わしい事案は、全て熊主砦城内で処理をするべきだって言わはった。アニョーの手が、激しく角を磨いてました」

 ポーラが窓を開けた。

 風が(ほて)ったボリスの身体を宥めて行く。

「熊主砦城の主は、俺だ。フローラを三階に滞在させるとは、誤解される。疚しい思いはないぞ。あれは、どんなに頑張っても――」

 言い訳じみた言葉を、ポーラで手で突き刺すように遮った。

「今は相撲が最優先課題です。優勝を目指すのでしょう? 分かっておいでですか? 全てはジェイドお嬢様からの御伝言やわ。伝えましたで」

 今日も大関戦が続く。千秋楽は、番付通りなら横綱のエドワードと当たる。大関の全勝はボリスだけだ。

 大関は、東が序列の一番となる。今場所はボリスが東の大関だ。優勝を二場所続ければ、横綱に昇進だ。優勝に次ぐ成績でも昇進は考慮されるが、今場所で優勝を決めて、横綱への足固めをしたい。

 大関は厳しい番付だ。負け越せば、次の場所がカド番となる。カド番の場所でさらに負け越すと、関脇に陥落する。大関を落ちて、関脇で迎えた直ぐの場所で十番勝てば大関に返り咲く。怪我の休場も、負け越しとなる。連続で場所を休めない。

「怪我はジェイドの魔法薬で、救われる。有難い話だ。ジェイドのする全てに、意味があるはずだ」

 昨日、ジェイドがフローラを伴って帰宅した。そのまま、三階の一室にフローラが入った。上等な客室で、ジェイドの部屋の隣だ。アデレイドが滞在した部屋だった。

「意味は重くて、深そうや。渋るアニョーを宥めるジェイドお嬢様の姿も、立派でしたえ。フローラが何を考えてはるのか、よう知らんけどな」

 ボリスの背中を流れる汗が、絡みつく。

「自棄に、皆がフローラに拘る。何か見逃しているんだろうか。ジェイドだって、相撲に集中って言ったんだからな、ポーラも相撲だけを考えてくれ」

 朝稽古の前に、ジェイドとフローラは連れ立って現れた。

 僅かな動揺が走り、リッチーが場を引き締める声を上げた。

 リッチーの様子で、ジェイドは直ぐに帰って行った。フローラが後を追っていたが、ジェイドは慌てた様子もなかった。

「今日は『動く階段』の話に食いついていましたわ。ジェイドお嬢様が造ったって、フローラさんが何度も確かめてはった。なあ、何が望みなんかなあ? まあ、ボリス関の考えも、分かりたくないけど。本場所中に、女と揉めんといてな。頼むで」

 トーマスが設置した時に、『動く階段』をフローラが熱心に見入っていた。ポーラに伝えなくとも、アニョーも知っている話だ。熊主砦城で話題になった。必要なら、ジェイドにも伝わるだろう。

「アニョーに頼んである。俺は、相撲だけを考えている。同じ敷地内と言えども、熊主砦城には不知火大神殿へ転移の時だけ赴いている。辺境部屋のルールだ。婚約者のジェイドだって、弁えている」

 ポーラが破顔した。愉快だと言わんばかりに頷く。ポーラはジェイドを気に入っている。稽古場でもジェイドの世話を焼き、『鏡カメラ』を称賛していた。

「しょうもない婚約者で、厄介や。ジェイドお嬢様は、我慢しないって宣言しはったた。場を弁えて、他意を思わせる行動は慎んでいます。でも、盾になら、いつでもなりますしな」

「女将の役割って話だな。必要なのは、千秋楽だろう。必要なことを、ポーラからも聞いて欲しい。俺はジェイドと――」

 ジェイドの顔が浮かんだ。

「恋をするんやろ」

 ポーラに頷いた。

「褒賞の花嫁も、困ってできた産物だった。きっと、ホークハウゼ侯爵夫人から詳細を聞いたんだろう。ビルヘルムの態度も、憂慮が滲んでた」

「持て余しているみたいやな。愛しい婚約者とは、思えない発言や」

「俺は恋をする。褒賞の花嫁だけじゃなくて、一緒に結婚までを選んでいくん恋をするんだ。追ってきてくれた時から、俺の思いは定まっている。たとえ相撲がきっかけでも、構わない」

 引き籠っていたジェイドは、自らウルスラウス領に来てくれた。熊主砦城に居続けている。

 辺境部屋の空が今日も高い。窓から吹き込風が、葉の薫りを運ぶ。

「ボリス関の恋を応援してるで、ほんまに。今日を含めて、残りは三日。最終盤の追い込みをおきばりやす。千秋楽に、熊主砦城の三階に行きます」

 言葉を反芻している間に、ポーラが部屋から出て行った。

「あと三日だ」

 ボリスは風を吸い込んだ。


お読みいただきまして、ありがとうございました。

今日も含めて四日後には、大相撲が始まります。

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