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24 家族の選択

本場所も終盤戦に入りました。

 アデレイドの背から黄金の尻尾が、綿の柔らかさで揺れる。

 ジェイドは腕を引かれるままに、横に座った

「母様の尻尾で撫でられるのが、すごく好きです」

「随分と大人になったって、ビルヘルムは獣耳を垂らして驚いていたわ。トーマスは留まるところを知らぬほど、悲嘆くれてる。尻尾にじゃれる幼子の姿は、私の特権ね」

 陽に焼けた尻尾に包まれる。

「お昼寝の時は、いつも尻尾が撫でてくれました。お日様の匂いで、目の前もお日様の色が溢れて、蒲公英の化身だって信じていましたわ。母様の獣耳も柔らかかった。同じ獣人なら良かった」

 頬ずりをすると、アデレイドの獣耳がくちゃりと曲がった。

「ジェイドは私の可愛い娘よ。愛しているわ。トーマスと同じ人間で生まれたのよ。誇りなさい。でも今は二人だし、辛いなら、泣きなさい。尻尾に真珠が零れるのも、しばらくなかったわ。熊主砦城で怖ろしい人や出来事があったのかしら?」

 幼い時のように、黄金の尻尾で涙を拭いそうになる。

 ジェイドの魔法薬や魔道具に驚愕する大人が、怖ろしかった。

「濃紺のローブが、嫌いだった時がありました」

 ジェイドの魔道具や魔法薬を確かめて、賞賛し、ねっとりと探った大人は、濃紺のローブを着ていた。怯えて真珠を沢山零したのは、三歳ぐらいまでだっただろうか。

「あんなには、もう泣きません」

「そうね、今はブラックパールですもの。大人になったわね。熊主砦城で話題のニーナちゃん情報によると、ボリス関の周囲には、女性の影があるようね」

 ニーナの優秀さに苦笑して、ジェイドはブラックパールが生まれた経緯を伝える。

「ポーラ女将は、問題なしって聞いているわ。勿論、ニーナちゃん情報よ。フローラ嬢は色々と引っ掛かるわ。引き籠りのジェイドを此処まで引っ張り出している。ボリス関は、褒賞の花嫁を如何捉えているのかしら?」

 答えられない。熊主砦城に滞在しているのは、紛れもなくジェイドの意志だ。

「それで、秀抜な魔法の使い手で、無尽蔵と思われるほどの魔力を保有するジェイドが、困っているようね? また引き籠りたくなったのかしら?」

 畳み掛けるアデレイドが、陽だまりの尻尾でジェイドを抱きしめる。微かな毛並みの動きに憂慮を感じる。

「幼い頃から、私は魔法が得意で、持て余しています。おまけに生み出すものは奇妙で、奇天烈で、便利です」

 日本にいた翠の生活が、ジェイドの魔道具に反映している。チートを使って、思い描いた通りに魔道具を作った。魔法薬を調合した。

 スマホもテレビも当たり前だった。洗濯機も電子レンジも、翠の生活には必需品だった。冷蔵庫もエアコンも贅沢品ではなく、翠には当然の物品だった。生活の随所に、便利な製品があった。

 翠の記憶が、ジェイドの心の奥底にある。

「作り出す物の特異さが物騒だと、王宮でもイーサン宰相様に怖れられました」

 花を振り回して、アデレイドが毒づいた。

「すぐに怖気づくのよね、あの割れ顎。役割を果たすのと、相手を気遣うのを、両立できない。全ての技が足りないのよ。尻顎をぶつけて、もっと割ってやりたいわ」

 アデレイドの発言が、どんどんと剣呑になっていく。言葉と一緒に花を振り回す。

「イーサン宰相様だって対処できます。もう大人ですから。でも、今回王宮に行った時は、父様に助けられました」

「トーマスは策士よ。私だって、落とされたんだから。デビュタントでトーマスと出会ったのよ」

 アデレイドの顔が若やいだ。

「大好きな話です。ねえ、母様を褒めなかったんでしょう? 何度も聞いてきました。母様のエスコートした従兄弟のジルベルト様と父様は、友人だった。ジルベルト様の尻尾を掴んで『獣人の尾は長いですね』って、無粋の極みだと母様は呆れて――」

「次に会ったのは、領地の邸に来た時だった」

 初めて聞く話だった。出会いのデビュタントは、ホークハウゼ侯爵家の笑い話と、レディファーストの教訓として伝わっていた。

 出会いの続きを、ジェイドは微笑んで促した。

「トーマスが海を見に来たの」

 アデレイドの故郷は、海に面したレスラリー王国の西側だった。

「トーマスはそのまま辺境に出征した。海を見たら遠回りなのにね、来てくれたわ。騎士団の詰襟に濃紺のローブを纏って、従軍の魔法師だったのよ」

 魔法師が後方から防御魔法を用いて支援し、戦いを進める。レスラリー王国の騎士団は、それぞれが魔法師を従軍させていた。

「父様は、戦いの話をしませんでした」

 好んでする話でもない。トーマスから戦いの話を聞いた覚えはなかった。

「三回目に逢った時に、ジルベルトの尻尾を帰還させてくれたの。トーマスも焼け焦げて、尻尾はもっと黒くなってた。トーマスは魔法師を辞めた」

 逢った覚えのない親族は、ほとんどが戦いで命を落としていた。ジェイドが知るジルベルトは、美しい毛並みの尻尾が描かれた墓標のみだ。

「トーマスと一緒に王都に出て、すぐに結婚したの。だって、戦いがいつ始まるか分からなかったのよ。次に会えるのを待っていられないわ。ビルヘルムとジェイドを授かった」

 ジェイドの知るトーマスは、濃紺のローブを着ていた。記憶が混乱する。幼いジェイドは濃紺のローブを嫌悪したはずだ。トーマスはいつからまた身に着けたのだろうか? 戦いでジルムンドを亡くし、一度は濃紺のローブを脱いだ。また手を伸ばした理由があるはずだ。

 ジェイドは、花を見詰めた。花を贈るボリスに、戦いが重ならない。ボリスも辺境での戦いを話さない。

 だが、コニアスが『マイクコップ』から伝えたように、ウルスラウス領は長く戦地でだった。戦いは、ジェイドにとっても他人事ではなかった。

「トーマスは不思議がっていて、でも喜んでいたのよ。ジェイドが造る魔道具が戦いでは役に立たない。戦いを知らないような魔道具ばかりで、武器にならない」

 心の奥底の翠が赤ペンを持って拳を握った。

 翠は実際の戦いを知らなかった。酷い戦場は過去の話で、遠くの出来事だった。戦いを無責任に悲しみ、無関係な態度で過ごした。我が事とは受け止めず、生きていられた。翠の中には、戦いに役立つ知識が皆無だった。

「覚えています。『記憶の鏡』は白く反射して、戦場を残しませんでした。『動く階段』はただの板になって、『登る箱』は箱が壊れてしまいました。役立たずです」

 翠の暮らした日本は、平和だった。

 熊主砦城に『登る箱』と『動く階段』が設置されたのは、戦いの後だった。辺境の砦となるの熊主砦城内ではなく、辺境部屋に通じる斜面にある。戦場から遠い場所だ。平和の神事を行う場所だ。

「唯一効果があったのが、魔法薬だったわね。ボリス関が惚れ込んだ魔法薬よ」

 戦いがなくとも怪我はする。翠の中に、怪我を早く治したいと記憶があった。怪我をする力士が、土俵を去るのを惜しんだ。外傷を瞬時に治す魔法薬を、ジェイドはチートを使って、創り出した。

「父様は、私の魔道具や魔法薬を守るために、濃紺のローブをまた来たんですね。違います。私を守るために王立魔法師団に、また入った。もしや兄様も、私のために近衛騎士団を選択したんでしょうか?」

 辻褄が合う。

 王都を離れないトーマスもビルヘルムも、王宮の動きを探っている。声高に王立魔法師団に勧誘するイーサンを思い出した。

「トーマスは濃紺のローブを着て、褒賞に娘を推薦し、引き籠りを推奨した。ボリス関なら、戦いを知る閣下なら、ジェイドを託せると考えた。絶対に破棄も解消もできない王命で、婚約に持ち込んだ。ジェイドを望む人は多いわ。獣人も人間も群がる」

 群がると表現するほどに、浅ましい姿が思い浮かぶ。ジェイドを利用したいと貪る力は、常にあるようだ。

「この婚約は、虫よけの意味もあったのですね」

「私は全力でトーマスを支持したわ。ビルヘルムは、敏くて繊細で、妹が大好きなの」

「兄様が力士になったのも、ボリス関を探っているのですか?」

 否定しきれない。

「こましゃくれた令嬢が文献に埋もれて、おしゃれもしないって噂も、楽しくて嬉しくて、喜んだのよ。麗しい醜聞で、平和を感じる」

「母様は、普通の令嬢でない私を怖くはないのですか? 私――」

 言い淀んだ。転生の事実が喉の詰まる。不可思議で平和な魔道具や魔法薬を生み出すチートを持っていると伝えるのは、家族の負担をさらに増やす。

「眼鏡のベンジャミンと非力なグレイも、一風変わっているけれど、装束を身に纏って役目をはたしている。同じね」

 アデレイドが立ち上がり、花束をジェイドに向けた。

「今日の相撲が終わったら、馬車で飛鷹城に帰るわ。皆が呼ぶ声が聞こえるの。アデレイド奥様、お水! 餌! 足りないって牛や豚が絶叫よ。しっかり肥えたら、美味しくいただく。自然の摂理。ジェイドはかけがえない家族で、大切な娘よ。忘れないでね」

 言葉もなくジェイドは見送った。

 十日目の一日を、ジェイドは引き籠った。ニーナにも入室を許さず、ボリスの花束と和菓子は断った。アニョーを遠ざけた。

 熊主砦城の三階の客室で、扉を閉ざし、深く深く考えに沈み込んだ。


お読みいただきまして、ありがとうございました。

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